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ハッピーサマータイム


「海行く人ー」
「はい」
「はーい」
「はーい!はいはい!」
「航介は?」
「え?なに?聞いてなかった」
「行くって」
「オッケー」
「なにが?」
「イヤホンなんかつけてるから聞きそびれんだよー」
「瀧川てめえ、お前がこれ新曲だから聞けっつったんだろうがよ!」
「あー!ごめんなさい!もげるもげる!」
高井さんが突然現れて、点呼をとって、メモして、去ろうとするので引き止めた。急に海ってどうしたの、まあ確かに夏だからぴったりではあるけれど。
「んー、高校生活最後の思い出作り」
「ほお」
「あとはただあたしが行きたいだけかなー。お友だちと海」
「野郎ばっかだけど?」
「真希ちゃんと灯ちゃんも来るよ。あと誰か女の子声かけようかと思ったけど、人数多すぎちゃうなって」
「そうねえ」
「四対三。比率的にもいいんじゃないすか」
「イエーイ!女子と海ー!最高!イエーぎゃあああ!」
「なにしてんの瀧川」
「急にコケた」
喜び騒ぎ回っていた瀧川が床に倒れ伏して脛を押さえている。瀧川の自爆事故だと思われて呆れた目で見られているけど、ただよしくんは見逃さないぞ。倒れてる瀧川の隣で机に突っ伏して寝たふりしてる仲有。足出したな、あいつ。危ないんだぞ、わざと引っ掛けて。まあ瀧川だからいいけど。ていうか、どちらかというと仲有が自分で声を上げて「俺も行きたい!」って言えばいいのに。でも、そんな勇気ないか。高井さんのことが破茶滅茶に、そりゃもう滅茶苦茶に大好きなのは周りにばればれだけど、本人からなかなかモーションをかけないので、じれったいのだ。しょうがない、一肌脱いであげよう。
「他の人は誘わないの?」
「うん。あれ?今あたしそう言わなかった?」
「他の人は誘わないの?」
「うん。うん?都築くん?NPCかな?」
「……………」
「ひゃあ!誰、俺のこと叩いたの!あっ、たまちゃん、聞いてないよ、俺ずっと寝てた!盗み聞きなんてしてないよ!」
「……誰か、他に、誘わないの?」
「え、うん……誘わない……」
「……………」
「あいたっ、さっき叩いたの都築!?なんでしつこく俺のこと叩くの!」
「仲有も行きたいってさ!俺、仲有語が分かるんだ!ちなみに「さっき叩いたの都築!?」っていうのが、俺も一緒に海に行きたい!って意味!」
「……誘ってない……」
「え、えぅ、べ、別に俺、行きたいとか言ってないよ、たまちゃんの水着、じゃなっ、ほ、他の男が変な目で見るかもしれない、けど、それはほら、後尾ければいいし、じゃなくて」
「ただよしくんのお願い、高井さん」
「うぐ……!」
「仲有も一緒に行きたいなあ、高井さん」
「……さ、誘ってない、ので……!」
「……高井、言うこと聞けよ……」
「あー!やめて!やめてよお都築!たまちゃんに壁ドンしないで!かっこいいからやめて!」
「仲有!」
「ひゃい!」
「海、ご一緒にどうぞ!」
「あっ、えっ、や、やったー!」
「……俺が転んで痛みに悶え転げてるうちに面白いことになってる」
「ドンマイ瀧川」
「なあ瀧川、これ次の曲にするのってどうやんの」
作戦は無事成功した。朔太郎からは半笑いで拍手された。なにその微妙な笑み。もっと褒め称えなさいよ。航介はいい加減イヤホンを耳から抜きなさいよ。その朔太郎が、はあい、と手を挙げた。
「じゃあ、とにかく海に行くとしてさ。質問」
「はい、朔太郎くん」
「どうやって行くの?」
「……はい?」
「いや、海って、そこのチャリで行けるやつじゃないんだろうなって」
「……………」
高井さんが固まってしまった。右斜め上を見つめて動作停止している。朔太郎の言う通り、俺たちもよく行く海っぺりは、テトラポットだらけで砂浜ではないので、水着というより磯遊びが似合う。高井さんが想像してる海とは違うかも。砂浜のある、所謂海水浴場的なやつに行きたいなら、車が必要になってくる。遊ぶなら荷物も多いだろうしね。
しばらく固まっていた高井さんが、お父さんかお兄ちゃんに車出してもらおうかなー、と悩みだした。でもそれだったら俺たちまで付いて行くと人数多すぎちゃうし、女子だけで行った方がいいんじゃないかなー、とか提案してみたけど、唸っている。瀧川と航介はまだ音楽機器をもちゃもちゃしている。話を聞け。
「だからここだって!変なとこ押すなよ、壊れる!」
「よし」
「押す力がつえーんだよ航介のゴリラ!めきっつった!液晶が!」
「瀧川うるせ」
「都築!航介の力任せ癖どうにかなんねえかなあ!」
「力任せになんてしてないだろ」
「航介の力任せ癖はもう治らないから、海に行く方法を考えてよ」
「あ?」
「チャリで行けばいいじゃん」
「なんにも聞いてない航介は黙っててくださあい」
「なに?」
「だからさ」
瀧川にもう一度最初から説明してあげた。航介は俺が黙れと言ったので大人しくイヤホンに耳を傾けている。良い子だ。ふむふむと話を聞いた瀧川が、なんだ、そんなことだったら、と挙手した。なに?挙手流行ってんの?
「車出せるけど」
「親に頼むの?」
「え?いや、俺」
「……ん、え?瀧川?」
「うん」
「瀧川時満さん?」
「はい」
「車ですけど。自転車にも車って入ってるけど、それじゃないよ」
「うん。車」
「なんで」
「免許持ってるから」
「なんで!?」
「え?18になってすぐとったから」
「高校的にアリなの!?」
「言わなければバレねえんだよ」
二台あれば乗り切れるよな?と人数を数えられて、まあ確かにそうなんだけど、瀧川が免許持ってるって驚きの事実に付いて行けない。いつの間に。確かに瀧川もう18だけど。高校三年生になると同時に18とかだけど。四月頭に誕生日だって騒いでたから。
「高井家の車と俺の車に分かれる感じで」
「それならみんなで行けるかな」
「じゃあ、俺の車に乗りたい人ー!」
「……………」
「……………」
「……………」
「はいそこ三人こっち決定なー!都築忠義!辻朔太郎!江野浦航介!ついでに仲有要!」
「ひえっ、俺、そっちなの」
「えー、仲有とうち近いから、こっちで拾った方が早い」
「……ふうう……」
「心の底から安堵の溜息ついてんじゃねーよ!友達やめるぞ仲有の馬鹿!」
無免許じゃないんだから心配は1つもないだろうが!と瀧川は怒っているが、無免許じゃなくたって心配はごまんとある。自分の立ち位置をもっと把握してほしい。海に着くまでに一騒動起こしたくない。やめてほしい。でも、瀧川が車を動かせるのは渡りに船なのだ。悩ましい。恐怖を味わった後で楽しい海、と思えばエンターテイメント性がちょっとは増すかなあ。

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