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みんなでおやすみ



「きょうは、うみがさくちゃんやるー」
「……ん?」
「うみが、さくちゃん、なる」
「……こーちゃん、ちょっと海が何言ってるかさくちゃん分かんないんだけど」
「海がさくちゃんになるそうだ」
「聞き直しても意味が分からなかった……」
「ほーら、さくちゃん、おきがえしなくちゃだめですよー」
「えっえっなに!?なんなの!?」
「ぱじゃまのままじゃあ、おそといけませんよー」
「なになになに!せっかくのお休みなのに!」

海が朔太郎に「やっぱりもっかいねてー!おはようからやるのー!」と頭突きして、朔太郎が布団に逆戻りしていった。ほっとくといつまでも寝腐る海を起こしたのは朔太郎なのに。可哀想に。ていうか、さくちゃんやる、とか言ってたけど、さっきの着替え云々、全然朔太郎に似てないからな。思いつきでまたなにを始めたんだか。確かに昨日の夜寝かしつけてる時、明日はみんなでお休みの日なんだって話をしたら、じゃあとくべつだね、たのしいことをしよう、と半分以上閉じた目でふむふむしていた。たのしいこと、を考えた結果なのだろうか。
「さくちゃん、あさですよー」
「まだ眠いよー」
「こらー!おきなさーい!おふとんどかしちゃうんだからね!」
「あいたたっ、痛い!髪の毛も掴んでる!」
えーい!と元気な掛け声と共に、朔太郎から布団と髪の毛を奪った海が、満足そうに鼻息荒くふんふんしている。よく見るといつの間に準備したのか、首に朔太郎のネクタイまでまいているなりきりっぷりだ。朔太郎が旋毛を押さえて蹲っている間に、ごはんなんだからおきるじかんです、と腰に手を当てて仁王立ちした海が、食器棚からいろいろ取り出し始めた。自分のスプーンとかフォークとか、俺たちの箸とか、コップとか。しかしまあ、よく見てるなあ。いつも朔太郎がそれ準備してる間、海は寝ぼけて布団の上で半目になってるのに。
「おきがえするよ、さくちゃん」
「うん」
「おててだして」
「一人で着替えられるよ」
「きがえられない!まだあかちゃんでしょ!」
「俺いつの間に赤ちゃんになったの?」
「ひっぱれー、ひっぱれー、ってするのよ」
朔太郎の真似というより保育園の先生の真似が入ってきている気がする。口調とか。朔太郎の服の袖を持って、うんしょうんしょと脱がし始めた海は、朔太郎がガチの戸惑い顔でこっちを見ているのには気づいていないだろう。思いつきの気まぐれなんだし、たまの休みだし、海が満足するまで付き合ってやればいいんじゃないかとは思うけど。
「さくちゃん、ちゃっくじーってしてあげる」
「海ファスナー上げれんの?」
「さくちゃんはできる!」
意訳、海は今さくちゃんなのでできる、ということだろう。いやあ、無理だよ。挑戦するたび出来なくて泣くじゃん。朔太郎もそれを知っているので、今日の服はチャック壊れてるからさくちゃんがやる、と自分でさっさと前を閉めていた。海は不満なようで、朔太郎に殴りかかっているけれど。
「あー!うみがやるのに!このー!」
「あっ、海、今さくちゃんなのにパンチするんだ、さくちゃん海のことパンチしたことなんかないのに」
「う」
「いたーい」
「……ご……い」
「謝る声めっちゃちっちゃい」
「飯食べないの?」
「くう!」
「食べる」
「たべるー!」
いただきます、ときちんと手を合わせた海からネクタイを外せば、さくちゃんなのにー、と文句を言いながらも食べる方が優先らしく、目は皿の中しか見てなかった。本能に忠実だな。食べてる間になりきりは忘れたのか、あのねえ、うみのねえ、とお喋りしながら食べるので、当たり前だがこぼす。話を聞きながらこぼしたところに目をやって指で教えれば、それでねえ、と器用に話を続けながら拾って食べた。自分で拾うし、机の上だからいいけど。
「そしたらうみの、あ!さくちゃん!」
「おう、びっくりした、なに」
「こぼして!」
「……こぼして?えっ、いや、こぼさないよ」
「うみがさくちゃんなの!こぼして!」
「ええ……」
「じゃあこぼしたふりしてー!」
「……あー、落としちゃったー」
「ぷぷー!さくちゃんこぼしてるー!もったいなーい!」
「……俺普段こんなかな」
「こんなだよ」
「うみがひろってあげよー」
「……ちょっと改める……」
「あーんしてあげよー」
「いいよ別に、んぐっ」

「おでかけします」
「……どこに?」
「おかいもの!」
「買い物予定あんの?」
「別に」
「ほらあ、さくちゃん、おかたずけするよ」
「俺何にも出してないよ」
買い物行く前のパターンとしてお片付けが組み込まれているから言ったのか、と思いきや海が出したブロックを片付けろと朔太郎に指図していたので、それは自分でやらせた。ぶすくれた顔で片付けをし終えた海が、朔太郎のネクタイを再び首に巻いて、おくつはいて、くるまでいくよ、といつも朔太郎が海に言うことを鼻高々に告げている。はい、はい、って大人しく聞いてる朔太郎が、俺に車の鍵を渡した。お前運転しろよ。
「やだね」
「俺もやだよ。どこに買い物行くんだよ」
「海、どこに買い物行くの」
「おさかな!」
「……今日市場休みなんだけど」
「まあ散歩がてらいいんじゃない」
「おひるごはんは、らーめんたべるよ!」
「……海、さくちゃんになったからってそんなこと決められないんだからな」
「きめれるの!こーちゃん、さくちゃんのいうことはいはいってして!」
「ラーメンは、食べない」
「たべるのー!」
「海、こーちゃん元々さくちゃんの言うことなんか基本聞いてくれないよ。海がおねだりした方がまだマシだよ」
「うう……こーちゃん……」
「なんだ」
「……うみ、らーめんたべたいの……」
「……………」
「おねがあい……」
「……………」
駄目です。と言うのに躊躇した結果、家でラーメン作ってやるから、に落ち着いた。だって外で食べるとべしょべしょになるんだ、海まだ啜るの下手だから。車に乗り込むと、もう既に昼飯のことしか考えていない海は、ねえはやくおうちかえろー、とか言い出した。お前がお買い物って言ったんだぞ。
「うみ、さくちゃんだから、おいすすわらなーい」
「さくちゃんだからって言えば何でも通ると思ったら大間違いだ」
「やだあああ!おいすやだのゔええええ」
「おー、鬼」
だって、チャイルドシートに座らないと危ないだろ。号泣されても、困る。それに、我儘に朔太郎のふりを使われても、ってのもある。抱き上げてチャイルドシートに座らせてベルトを付ければ暴れたので、ロックをかけた。残念だったねえ海ちゃん、と助手席でなく海の隣に座った朔太郎と鏡越しで目が合って、言いたいことはなんとなく分かる。フォローは任せた。
「見て海、さくちゃんもシートベルト。がちゃーん、おそろい」
「やだあああ、しーとべうどきらいだの、ええええん」
「知ってる?海のチャイルドシート、ここにボタンがあるんだよ」
「ゔぅう……いらないぃ……」
「押しちゃおー。ぽち」
「やー!うみがおす!ぽち!」
「あっ、取れちゃった」
「ひえええええ」
運転中だから後ろは向けないけれど、声でなんとなく察する。ベルトロックの解除ボタンで遊ばないでほしい。かちゃん、と軽い音と共に外れたであろうベルトの留め金に驚きと恐怖の悲鳴を上げた海が、こわれちゃったよおお、と悲壮な声でまた泣き出した。
「あーあ、やだやだって言うから」
「あっ、ああぅ、さくちゃ、さくちゃあん」
「直してあげようか」
「ん、うんっ、はやく、はやく」
「よしよし」
「こーちゃんこっちみるまえになおして!」
「バレたら怒られるからな」
「やああ、うみこーちゃんとなかよししたい」
「ほら、嵌ったよ。もうやだやだしないでね」
「うん、うん、おやくそく、ぴゃっ」
「……どうかした?」
「なんにもない!」
鏡ごしに後ろをちらちら見てたので、うっかり海と目が合ってしまった。あんだけでかい声で騒いでれば運転席に丸聞こえとか、そういう頭はないらしい海は、わざとらしく外の景色を見て、きれーい!とか言ってる。しょうがないから、そうだなー、と乗ってあげた。朔太郎が笑いを堪えるあまり息が止まりそうだ。
「ついたぞ」
「だれもいなーい!」
「休みなんだって」
「うみちゃんがきたぞー!」
「誰もいないって」
「はっ、おかいもも、うみはいま、さくちゃんだから」
肩から下げていたパンダさんの小銭入れから、こないだ拾ってきて大事にしてる綺麗な傘付きどんぐりを出した海が、うろうろしはじめた。なにをしているのかと後をついていくと、おみせはどこだ、おさかなやさん、とぶつぶつ言っていたので、まあ。
「いらっしゃい」
「こーちゃん!おみせのひとですか!」
「はあ、まあ」
「おさかなください、ひゃっこ」
「2億円です」
「はい、におくえん」
その辺に転がってた空の発泡スチロールを机代わりに、簡易カウンターにすれば、海が嬉しそうに寄ってきた。俺の雑な応対に朔太郎が横から、ぼったくりよ、この魚鮮度が悪いわ、とケチをつけてくるので、無視した。出されたのは案の定どんぐりだったので、レジを打つふりだけして、どんぐりを返す。
「おつりです」
「すてきなぐりぐりですねー」
「あと、お魚です」
「おいしそうですねー、おうちでさくちゃんとこーちゃんとたべます」
「おまけです」
「あっ、あめちゃん!あめ!いちごのあめ!」
「これ食べてさくちゃんと待ってろ、忘れ物思い出した」
「うん!」
「飴食べてる間歩くなよ」
「うん!」
「ちょっと事務所行ってくる」
「なに忘れたの?」
「……トラックの鍵」
正確には、俺が普段使ってるトラックの鍵を、明日は父が使うので事務所の机の上に置いといてくれと頼まれていたのを、忘れた。海と遊ぶのにしゃがんだ時、鍵がいっぱいついてるキーリングが音を立てて、それで見下ろして、ようやく気づいた。あぶねえ、どやされるとこだった。海がお買い物とか言ってくれて良かった。
わざわざ事務所に上げると、海からすると秘密基地じみたあの場所は魅力の塊らしく、全然その場を離れようとしてくれなくなるので、今日は飴で釣って下で待たせておくことにした。鍵を机の上に置くだけだから、そんなに待たせないし。ちゃちゃっと用を済ませて下に戻れば、馴染みの顔がいた。
「あ、八幡さん」
「こんちにわー!」
「あらー、海ちゃん。こんなとこまで、どうしたの」
「散歩です、たまのお休みなので、みんなで」
「お父さんたちも大変ねえ、お休みなのに」
「お休みだからですよ」
「だからってあんた、職場に来なくても」
「海が来たいって言ったんすよ」
「おばちゃん、こないだおにぎりおいしかったー!」
「そう?また遊びにきたら食べさしてあげようね」
「うん!」
「今日も来ればいいのに、おいしいもの食べさしてあげるよ」
「いくー!うみ、おばちゃんとこでおいしいのもたべるー!」
「えっ」
「えっ」
「どうぞー」


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