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執着と終着


まず。
今目の前にいるあたしは、あたしじゃなくてもいいし、あたしだっていいし、要するに代替えが出来る、ざっくばらんな言い方をすれば「モブキャラ」ってやつなわけだ。辻くん。君は、大切な人と大切な話をしなくちゃいけないはずの時に、いくらでも代わりが用意されているモブキャラに逃げたんだ。それは分かっているよね。それすらも分かっていないのであれば、失格だよ。何に失格したかって?そんなの、生きることに決まっているだろう。本筋を外れて遊び呆けることがそう簡単に許されるほど、生きることは簡単じゃあないよ。ここにいなくてもいいあたしがそう思うんだから、君はもっと実感があるだろう。ほら、大切なターニングポイントの数々で、ずっと隣にいて、一緒に轍を刻んで来た、掛け替えの無い人のところに行かなくていいの?まあそりゃ、今更行かせやしないけどね。せめて話が終わるまで待ってほしいところかな。
じゃあ、名前のないモブキャラはそれらしく、顔が与えられていないキャラクターにしか出来ない話をするよ。こういう立場のいいところはさ、嫌われ者になったところで誰に嫌われてるんだかすら分からないところだよね。名前があって、顔があって、キャラクターがあって、君の中で確固たる存在になってしまうと、それはできない。何を言ってるのか分からないとは言わせないぜ、今から分かるように話してあげるから。
まあ、そうだね、まずは君を叱ろう。辻くんは逃げて、ここに来た。最低だ。あたしには預かり知らぬ誰かさんと、大切な話をしなくちゃいけないはずだったのに、それを先延ばしにして見なかったふりをして、あわよくば無かったことにして、逃げた。どこからどう見ても悪手だよ、バッドエンド直行。愛し合っていたはずの恋人にバタフライナイフで刺され、腑が溢れながら苦しみ抜いて死んでも文句は言えないね。辻くんはそういうことをした。きっかけとか、ちょっとした異変とか、そういうことに気がつかないほど脳みそが緩い君じゃないだろう?気づいていて、知らん振り。誰が相手であったとしてもあまりいいことではないし、今回の場合は恐らく、君にとって掛け替えの無い唯一が知らん振りの相手だ。あーあ、残念。その人とはもう今まで通りの関係に戻れるだなんて甘っちょろいことを思わない方がいいね。はは、うける、なにショック受けてんの?そんなの、当たり前じゃん。罪には罰を、報いは然るべき方法で。理を破ることはできないよ。君のご先祖様のお化けが突然に目の前へ現れて、やっほー!元気してた?久しぶりじゃん!なんて言うわけないだろ?理っていうのはルールだよ。守らなくてはいけないもの。その中でも君は、周りと円滑な人間関係を築く上で破ってはいけないお約束を、ぶち破ったわけだ。そんな重大なことしてないと思ってた?知ってる?人間関係ってね、結構簡単に崩れるんだよ。人間って思ってるよりもあっさり簡単に死んじゃうのと一緒。ね、分かってくれたかな。
話半分で聞いてくれても構わないよ。あたしは辻くんにお説教ぶちかましてるわけだから、そんなの聞きたくないってんなら、そりゃそうだとも思う。あたしが辻くんだったら、とっくにビンタしてラブホ出てってるからね。聞いてくれているって時点で、君にはかなり刺さる内容なんだろうとは察しがつくけれど、話すのをやめるのはやめておくよ。あたしが途中で口を止めたら、大切なものを見なかったふりして放り出した君のこと、誰が叱るんだい?身内って、友達って、知り合いって、そういう時冷たいよねえ。無関係のモブキャラ、通りすがりの誰かさんじゃないと、君のことは穿てない。かわいそうにね。
じゃあ、話の切り口を変えようか。あたしが君とのどうしようもない、発展性のない付き合いを続けているのは、偏に君が「人気者」だからだ。君の近くにポジションをとっておくと、なにかとやりやすい。なにがやりやすいかって、円滑な人間関係ってやつさ。辻くんが失敗したやつ。ははは。え?引きずり過ぎて腹立つ?あっそう、じゃあやめるよ。とにかく、人気者の辻くんの近くに関係性を築いておくと、便利なんだ。それじゃあ、もしあたしが、その関係性をもっと近くしようと思ったら、どうする?セックスフレンドからフレンドに、なんなら一歩高飛びしてもいい。どうやって高飛びするかって?そんなの簡単、1秒もかからない。これを使うのさ。


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