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mellow


「はあーあ。お出掛けしたいなー」
「したらいいじゃない」
「んー。んーんー」
足をぷらぷらさせてぼやく珠子に、土曜日でも日曜日でも、誰とでもお出掛けしたらいいじゃない、と心から疑問なく思う。誰を誘っても、何人誘っても、何処へ行くんでも、珠子なら上手く引っ張っていけるだろう。話の片手間に走らせていたシャーペンを筆箱にしまってノートを閉じれば、もう帰っちゃうの?と珠子が残念そうな顔をして首を傾げた。まあ、そろそろ。
「一緒に帰ろ」
「いいけど」
「ねえ、真希ちゃん」
「ん?」
「ワンピースとか着ないの?」
「ワンピース」
「そう、ワンピース。私服で」
「……あんまり着ないかも」
「そっか!じゃあ決まり!」
「なにが?」
「次のお休み、真希ちゃんとあたしに似合うワンピースを探しに行きましょう!」
「……はい?」
「行きます!」
「……いえ」
「行くんです!」
言うなれば、そう!これはデートなのです!
そうはっきりと言い切った珠子に押し切られるがまま、次の休みの予定が決まった。まあ、どうせ暇だし、家にいたってやることはないし、珠子に連れ出してもらうならきっと楽しいし。ただ、ワンピースっていうのがなあ。上手くそこだけずらせないかな。
次の日。にっこにこしながら前の席に腰掛けた珠子が、じゃんじゃじゃーん!と靴下を脱ぎ始めた。いきなりなんだ。
「見てー!真希ちゃんとのデートが嬉しくて、張り切っちゃいましたー!」
「……かわいい」
「でしょお、昨日このせいで全然寝れなかったの」
珠子の足の爪には、青い海と、白い花が、きらきらと舞っていた。夏だからね、サンダル履きたいしね、と鼻息を荒くしている珠子に、ついうっかり、いいなあ、と言ってしまった。そしたら彼女は、ちょっと微妙な顔をして。
「……でもこれ、何時間かかったと思う?」
「1時間」
「ぶー。真希ちゃん、あたしが絵下手なの知ってるでしょ」
「……そういうキットがあるんじゃないの?」
「あるけど、自分でやりたかったのー」
「……2時間?」
「ぶぶー!」
寝れなかったの、なんて言葉に相応しい、気の遠くなるような時間をかけて、比喩でなく夜が明けるまで頑張って、珠子は自分の足に海と花を描いたらしかった。確かに、絵は下手だ。なのに綺麗だったから、てっきりそういうシールとかキットとかを使ったんだろうと思ってしまった。よく見るとクマがあるような気がする。
「なんでそんな無理したのよ……」
「だって、真希ちゃんとデートだから」
「……………」
「お?嬉しい顔?」
「違います」
「いやいや?珠子さんには分かりますよ?真希ちゃん、地味に嬉しかったでしょ?」
「違います」
地味にじゃなく、相当、結構、嬉しかった。私なんかと一緒に出掛けるために、大好きな睡眠を削って一生懸命おしゃれしてくれたことが、すごく、なんだか、特別にしてもらえたような気分で。
「ふふ、ねえ、真希ちゃん。やったげよっか、爪にお絵描き」
「……夜が明けるからいい」
「パジャマパーティーしようよー、うちでだらだらして、おしゃべりしてる間にお絵描きしてあげるからー」
「机に突っ伏さないで」
「ねこ描いてあげよっか?」
「モンスターになるからいい」
「あー!そういうこと言うんだ!ねこ好きなくせに!」
「にゃんこが好きなことと珠子の絵が下手くそなことは関係ないでしょう」
「にゃんこって言ったー!」
次のお休み。電車に延々揺られて、この辺りでは一番買い物に適している辺りに出て、珠子が御所望のワンピースはしっくり来たものが無かったらしく、お揃いのキーホルダーとブレスレットを買って、ちょっと贅沢したデザートを食べて、また電車に揺られて帰ってきた。珠子の足にはまだ海と花が散りばめられていたし、私の手の小指には昨日の放課後、ちょっとだけだから!また練習したから!と羽交い締めにされて描かれた、お揃いの白いお花が咲いていた。月曜日には学校があるから消さなくちゃいけないけど、それでもなんとなく、というか素直にとっても、すっごく、嬉しかった。
「真希ちゃん、今日一日中ずーっと爪見てるねえ」
「……そう?」
「うん。真希ちゃん、かーわいい」
かわいいのはそっちの方だ。


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