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mellow


義足の彼女の夢は、山に登ることでした。ちょうどつけたテレビでやってた、感動的なドキュメンタリーのナレーションに、伏見が乾いた笑い声を上げた。
「はは」
「……伏見の笑いどころほんと分かんない」
「自分一人じゃ叶えられそうにないものを夢に定めてあわよくばずっと夢を見続けようとしてるところがうける」
「うーん、難しい」
「もー、ばか。ばかでら」
どうやら機嫌が良いらしい。くすくす笑いながら揶揄されて、そう思う。機嫌悪かったらそもそも俺の「難しい」に答えてくれすらしないからな。無視、もしくは舌打ち。返事をしてもらえたのが嬉しくて、でも、と言葉を続ける。
「伏見にも夢はあったんじゃない?」
「ちっちゃい頃ならな」
「なにになりたかったの」
「宇宙飛行士」
「……へえ……」
「なにその含みがある返事」
星が好きだったんだよ、家で夜中ずっと一人ぼっちでも、空を見てれば楽しかったから。そう続けられて、らしくないとも意外だとも言えなかった。御尤もな理由だ。けれど、伏見はどうしたって現実主義者なので、将来の夢、なんてふわふわして曖昧なものは不必要と見做してとっとと切り捨てたのだろう。うけるー、ももう一度駄目押しで口に出した伏見が、テレビを消した。ていうか、と彼は当たり前のように口を開く。
「才能がないとなれないものには、俺はなれないからさ。そしたら、誰でも頑張ればなれるもの、になるしかないだろ?」
「……どういうこと?」
「特筆すべき才能がない、ってことだよ。この義足の女と一緒。持ってるのはただのパーソナリティー」
機嫌のいい伏見は、いつもよりも自分のことをたくさん話してくれる。俺には難しくて分からない言葉ばかり。でも、俺は伏見が零す、舌先三寸丁々発止の、言い逃れに近い長台詞が、割と嫌いじゃない。それを聞いてると、俺なんかには理解し得ない伏見が、ちょっとだけ齧れるような気がして。
「俺は天才じゃないし秀才じゃないし、どっちかっていうと才能は無い。努力しか無い。努力も才能の内だとか言う奴もいるけど、そんなのただの逃げだろ?」
「そうかなあ」
「そうだよ。才能なんてもんは何も無い、自分には努力しか無い、それが嫌だから自分が唯一持ってる努力を才能の仲間入りさせたんだ。ずるいよなあ」
「でも、伏見は、俺には無いものをたくさん持ってる」
「そうだよ。でも、お前も俺には無いものをたくさん持ってる。そのほとんどが、才能、ってやつだ」
例えば、中学生の時のバレー部の話。例えば、高校生の時の弓道部の話。どちらにも共通するのは「小野寺達紀は初めてのことでもある程度頑張ってみるとそれなりに高評価のところまで難無く昇りつめることができる」という一点に尽きる、と伏見は言った。ただし、運動面に関して、と付け加えたけれど。
「それは才能だよ。俺には無くて、お前にあるもの。夢を見れなくなるきっかけ」
「……さいのう」
「小野寺の小指かなんかを食い千切ったらその才能くれる、っていうなら、やりたいくらいだよ」
「食い千切ってくれるの!」
「そこに食いつくなよ……」
それともここのがいいかな、と薬指を立てられて、含まれた意味ににこにこしていると、うげえ、って顔をされた。俺が好意を示すと嫌がるのは何故。歪んでいる、と小さく零した伏見はクッションの上に寝転がってテレビを消した。
「……恋と夢は、叶わない方がいいんだ、ってさ」
「なにそれ」
「なんかで見た。歌詞だったかな。叶わなければ、冷めることも、醒めることも、ないから」
俺もそう思うよ、と欠伸交じりで適当に、伏見は言った。才能が無ければ夢も見れない。夢を見るなら叶わない方がいい。矛盾しているようで一貫しているのは多分、夢見ること自体を伏見は自分に許していない、ってことだけだ。現実でしか生きられないから。現実で精一杯必死だから。飄々と上手くやってるように見せかけて、伏見のそういうところが、俺は好きだと思う。死に物狂いでぼろぼろに、突き抜けてとち狂ってることを、決して周りに悟らせない、横暴さ。
「俺の将来の夢はねえ、伏見に好きって言ってもらうこと」
「あっそ。俺も夢作ろ」
「なに?」
「……んー」
天国に行くこと。
そう、笑った伏見に、じゃあ俺はそれを邪魔しなくちゃね、と返せば、頷かれた。だって叶えたくないんでしょう。夢なんて、見たくないんでしょう。
一緒に地獄に落ちようね。


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