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おはなし



「おまわりさーん」
「……あのね、辻さん。用がないのに来ないでください」
「だって休憩時間になったから」
「休憩時間だからって警察署に来なくてもいいでしょう」
「今日こそ俺のことしょっちゅう職質する警官の足を踏んづけてやろうと思って」
「俺のことですよね?」
「たあ!」
「痛いんですけど?」
割と平和な街です。御立派に大きな警察署があるといっても、出動要請がたくさんあるわけじゃありません。ピーポー鳴らしながらパトカーを走らせるのだって、滅多なことじゃありません。のんびりゆるりまったり、って感じ。別に俺も、テレビで見るようなドンパチかます警官になりたかったわけじゃないから、いいんですよ。楽しいしね。
けれど、されど、しかしながら。とっても平和な街にも、変わり者ぐらいはいるのです。変わり者その一、目の前のお役所に勤めてる公務員さんの、辻さん。普通の見た目なんだけど、何故かしょっちゅう職質される。多分、なんか変な雰囲気を持ってるんだろうなあ。良い人なんですけどね。警戒指示が出た直後に、嫌にこそこそしながら警察署の裏口付近をうろうろしたりすらからいけないんだよ。
「おまわりさん、警察手帳見せて」
「嫌ですよ」
「あと五分で休憩時間終わっちゃうでしょ!早く!」
「なんでですか!しつこい!」
「名前が知りたいの!」
「すごく見せたくない!」
「じゃあ刑事ドラマごっこがしたいの!」
「嘘つけー!」

辻さんは、変わり者の中でも、良いタイプの変わり者だ。あんまり良くないタイプの変わり者もいる。
「おーい、おーまわーりさーん」
「……ああ……」
「なんか面白いことなあいー?」
「……ないです……」
「またまたー!」
ヒューヒュー!と指をさされて、頭が痛くなりました。変わり者その二、探偵さん。この人に至っては名前すら教えてくれない。探偵、らしいが自称なので真意は分からない。笑い方の擬音が、にたあ、って感じ。しかもぼさぼさ頭とくたびれたスーツでふらふらするので、平和が売りの署内でも鼻つまみ者になっている。なのに、何故か俺にばっかり構うので、俺が担当者みたいになってる。辻さんといい、探偵さんといい、変わり者担当にするのはやめてほしいんですけど。
「そんじゃ、なんかあったら教えてねー」
「嫌です」
「えー、バラバラ殺人事件とかないの?」
「事件が起きたらまずあんたのことをしょっぴきます」
「マジで?うけるー」
「うけません」

お仕事が終わったので、お酒でも飲みに行こうと思います。今日1日で変わり者ワンツーに会ってしまったので、疲れたわけですよ。纏めるのやめてほしい。お纏め割とかがあるわけじゃないでしょ。どこでもいいから飲み屋、と思って扉を開いて、後悔した。ここ割といつも混んでるから、1席空いててラッキー、イエーイ、と思ったのに。
「あっ、おまわりさんだ」
「……なんでいるんですか……」
「一人なの?」
「一人じゃ悪いんですか」
「こっちおいで」
「帰ります」
「都築、一名様ご案内して」
「一名様ごあんなーい!」
「あっすいませんごめんなさい」
「なんでおまわりさん都築に謝ってんの?」
「か、顔が良くて……」
店員さんに、辻さんのお隣に設置されてしまった。いいんだけど。一人で飲みに来たのに、と思わなくもない。あと店員さんの顔が良い。そして近い。おまわりさんなんですかー?とか聞かれたけれど、うひい!ってなる。
「おまわりさん、お酒とか飲むんだね」
「まあ、そうっすね」
「彼女とかいないの?」
「いますよ」
「はあー?連れて来いよ!」
「……辻さんの隣、思ったよりも嫌なんですけど……」
「あはは、結構飲んだくれてたからねえ。酔っ払ってはいないはずなんだけど」
店員さんに笑われて、飲んでねえー!と辻さんがグラスを持ち上げて、こぼした。出たい、この店を、早く。うっかり職質した嫌がらせか?こんなことなら彼女と家で大人しくしていれば良かった。昨日機嫌悪かったからって一人で飲みに来ないで、静かに家に帰ればよかった。まあ、満席だから、これ以上の登場人物は増えないだろう。
「ごちそうさまー」
「はーい、またおいでー」
「……………」
俺と辻さんは隣り合っていて、辻さんの反対側の席が空いてしまった。あっ……って思った。嫌な予感しかしない。そして、俺の嫌な予感は割と当たる。昨日機嫌が悪い気がした彼女に一か八かぎゅっとしてみたら張り倒されて三段蹴りを食らった時にも、ぎゅっとする前に嫌な予感がしていたのだ。彼女を信じた俺を褒めてほしい。
綺麗な顔の男の店員さんが、出て行ったお客さんに手を振って見送って、似てる顔の女の子が忍者のようにスッと出て来てテーブルを拭き、グラスを下げて消えた。見間違いかな。俺疲れてんのかな。
「おまわりさん、敬礼してー」
「しません」
「こんばんわあ、席空いてますー?」
「はあい、空いてますよ。どーぞ」
「……あっれえ?おまわりさあん?」
「……ヒッ……」
帰ります。席を立って踵を返したら、なにしてんの?って辻さんに手を引かれて、入って来た探偵さんにはとおせんぼされて、座らされた。やめてください、頼むから帰らせてください。泣きそう。
「おまわりさんのお友達?」
「仕事仲間かなー」
「じゃあおまわりさんですか」
「ううん、俺、探偵さん。かっこいいでしょ」
「探偵さん!」
「しかも割と高性能なんだよー?東京の方にいた時は、事件をいくつも解決して、警察からお礼状もらってんだからー」
「へーえ!」
しかもなんで俺を挟んで意気投合してんのさ、やめてよ、ほんとにやめてよお。頭の中でガンを飛ばしてくる彼女に助けを求めたけれど、うるせえんだよひょろもやし!と怒鳴られただけだった。愛想の良いにこにこな辻さんと、何考えてるんだか分からないにたにたの探偵さんに挟まれて、頭がおかしくなりそうだ。
「おまわりさん彼女いるんだってー」
「探偵さんがどんな子か当ててあげよう」
「……帰ります……」
「そうだなあ、おまわりさんの性格からして、きっと彼女の方が気が強くてオラオラしてるんだろうなあ」
「あの、手を、すいません、手を離してください」
「探偵さんは、探偵事務所的なやつがあるの?ドラマみたいな」
「そうだよー。丹原探偵事務所だよ」
「へえー」
「なにその情報!俺知らないんですけど!」
「おまわりさんには言ってなかったっけ?」
「どこにあるんですかその事務所!ガサ入れしてやりますからね!いつかきっと!」
「怖えー、法の番犬が牙を剥くぞーってか」
「がおーってか」
「あっはっは、お兄ちゃんうけんねー」
「ねえ!丹原さんって呼びますからね!今度から!」
「でも俺おまわりさんの名前知らないしなー」
「教えませんから!」
「警察手帳も見せてくんないんだよ」
「けちいなー、おまわりさん」
「けちくありません!あんたたち俺のことおもちゃにしてるでしょう!」
「してないよ」
「敬ってるよなー」
「ごちそうさまでした!」
「はいはい、今度は彼女も連れておいでね」
「二度と来ません!」
「朔太郎のせいでお客さんが減った」

「弥太さあん」
「……ひい……」
「あれ?間違ってた?弥太さん」
「……な、なんで、っ俺の、俺の名前知ってるんですか……」
「どうしてそんなめちゃくちゃに怯えんのさ。ねー、辻ちゃーん」
「ねー、丹原さん」
「……なに仲良くなってんすか……」
「ライン交換した」
「辻ちゃん、困ったことがあったら探偵さんに頼れよ☆」
「はあい」
「なんで俺の名前知ってんすか!」
「受付係さんに聞いたんだよ」
「仲良くやろうぜー、弥太ちゃーん」


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