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プール



「有馬じゃん」
「ん?」
「ほのちゃん。有馬がいるよ」
「麻友ちゃん。穂花ちゃんもいるの?」
「ぎゃー!伏見くんもいるじゃないですかー!やだー!」
「やなの?」
「ひええええ!」
「あはははは」
大学で見たことある人だ。有馬と伏見を突然目の前にした場合のとても正しい反応をしてる方が、確か佐山さん。それを笑ってる方が、一宮さん。どっちも授業被ったことあるから、俺からは名前知ってるけど、あっちは俺のこと知ってるのかな。猫被った伏見が、偶然だねー、とにこにこしているのを見ながらぼんやりそう思った。小野寺も口をもにもにさせている。居場所ないしね。
「穂花ちゃん、なんで逃げるの」
「見ないでくださあい!こんなことなら水着新しくしてくるんでした!」
「ほのちゃん充分可愛いよ」
「まゆちゃん黙ってー!」
「俺もそう思う」
「ギャー!」
「あっ逃げた」
「有馬が急に褒めたりするから」
「だって犬のネックレスしてたから」
「……それ?」
「うん」
「犬のネックレスが可愛いって?」
「うん」
「……穂花ちゃんに謝りなよ」
「え?なんで」
呆れ顔の伏見に同意である。有馬の目の付け所がおかしい。犬のネックレス、ちょっと見たかったけど。走り去ってしまった佐山さんを、まあ戻ってくるでしょうけどね、と見送った一宮さんが、男四人でプール?と苦笑いした。男四人でプールですよ。
「小野寺はまだしも、弁財天がいるのは意外かな」
「無理くり連れてきたようなもんだけどね」
「朝からいたの?」
「うん、大体」
「分かんなかったなー、あたしたちも朝からいたけど」
「さっきの水ぶっかけるやつもいたし」
「あー、あれは行かなかったわ。人すごくて」
楽しかった?と聞かれて、なぜか俺のことを見るので、一応頷いておいた。さっきまで有馬と伏見と話してたのに、なんで俺のこと見たんだろう。間違えちゃったのかな。満足そうに頷いてるけど。
「んじゃ、ほのちゃん回収に行ってくるかね」
「じゃあなー」
「後でもし会ったら、水着が可愛いってちゃんも言ってやんなよー」
「麻友ちゃんも可愛いよー」
「ははは、伏見お前大概にしろな」
「……伏見に全く靡かないタイプの女の子だ、珍しい」
小野寺がぽつりと零した呟きに、珍しくもねえよ、と片眉を上げた伏見が振り向いた。化けの皮を剥がすのが早すぎる。曰く、別に落とそうとしてないからいい友達ぐらいで丁度いい、そうで。ただ、八方美人をキャラ付けしている以上、可愛いとか、似合うよとか、ちょっとしたことに気がついて褒めるとか、そういうことは基本誰にでも行なっているらしい。昔は味方を増やすための条件として、相手に好かれることが必要不可欠だったから、全方位に好意を持たれるように動いていたそうだけれど。伏見の行動原理は難しい。小野寺は自分が零した疑問の割に納得しているようで、それもそうだという感じで呆気なく話を終わらせたけれど、有馬は頭の上にはてなを浮かべている。小野寺は付き合いの長さだけ伏見のことが分かってるからそりゃそうだけど、俺はどっちかというと有馬と同じ立場だ。昔っていうのは多分、今より捻くれてたと噂の高校生以前の話だろうけど、なにがあったらその数年で外から見た自分のキャラクターを捻じ曲げながら過ごさなきゃならないんだ。不思議だ。でも、と伏見が首を傾げて吐いた言葉に、小野寺が平坦に聞き返した。
「水着新しくしてくるんだったって穂花ちゃん言ってたけど、こないだ買ったばっかりだって飲みに行った時言ってたのにな」
「……飲みに行ったの?」
「うん」
「女の子と?」
「うん」
「二人?」
「大勢」
「そういう時は俺も誘えっつったろー!」
「馬鹿いると場が持たないから嫌」
「大勢ってどのくらい?」
「うるさ。うざ」
「ほら!小野寺も行きたかったってよ!」

「犬がこう……骨をくわえてた、しっぽにチェーン」
「全然分かんない」
「そんなに気になるっていうならなんで見てないんだよ!」
「急に女の子の首とか見ない」
「俺だって別に四六時中日がな一日女の子の首を見てるわけじゃねえよ!太陽できらってなってちかってなったから見ただけ!」
「弁当、赤いよ」
「え?」
「おい!ちゃんと聞けコラ!」
「ほら。熱い」
「……焼けたかな」
「お前がどんなだったって言うから教えてんだぞ!弁当てめえ!」
「有馬うるさいよ」
「ちょっと声大きすぎ」
「……わー!もう!小野寺!」
「は」
「寝てるー!」
有馬のテンションがすこぶる高い。確かに、犬のネックレスってどんなん?と聞いたのはこっちだけど、説明があんなに下手くそだとは思わなかったのだ。うとうとしてた小野寺を揺すり起こした有馬が、もう知らない!水に入ってくるから!と駆けて行った。どうぞ勝手にしてくれ。俺の肩をぺたぺたと触っていた伏見が、ここも赤い、そして熱い、こっちも、とだんだん色んなところを触るので、くすぐったくて振り払った。
「……やだ」
「日焼けしたねえ」
「……日焼け止め塗ったんだけど」
「あんなんこの日差しじゃ意味ないだろ」
「そうかな」
「痛くなる?痒くなる?」
「……どっちも。どっちか分かんない」
「黒くなんの?」
「あんまならない。赤くなって終わり」
「ふーん。俺割と黒くなる」
「へえ」
「冬になると何故かまた白くなるけど」
「……なんで?」
「分かんない」
「皮剥けるの?」
「ううん、別に。小野寺は脱皮するけど」
「ああ、すぐ皮剥けるって言ってた気がする」
「すげえでかいの取れるんだよ、びろびろーって」
「……朔太郎が喜びそう」
「弁当は嬉しくなさそうだね」
「そうね……」
体操座りして肩を抱けば、確かに熱かった。真っ赤になるんだろうなあ。気休めにでもと朝着ていたシャツを羽織ったら、擦れて微妙に痛かった。もうこんなじゃ、打つ手無しじゃんか。今晩のお風呂が不安である。
「あつーい」
「……水に入ってくればいいんじゃないの」
「俺他人がいっぱいいるプールあんま好きくない」
「……ん……うん……?」
「なに?」
「いや……うーん……」
「なんか納得いかない?矛盾してた?」
「……うん」
「人生そんなもんだよ」
「……そうですか」
「今俺のことめんどくさくなったでしょ」
「なってない」
「なった」
「なってない」
「こっち見て」
「なってません」
「ここに二人で残されたことを後悔しはじめたでしょ」
そう思うならその無駄に精神が追い詰められる追求をやめてくれ、とは言えなかった。

「かえろ」
「えー!まだ遊ぶ!」
「有馬、あの親子連れを見てごらん」
「あ?」
そろそろ帰りましょう、と諭すお母さんに、いやだいやだ!まだ遊ぶ!と駄々をこねる子どもを指さした伏見に、有馬が黙った。今全く同じことしてたからな。そりゃ黙るよ。
そろそろ日も陰ってきて、涼しいとまではいかないものの、昼間ほどの酷暑と陽射しからは解放された。ご飯でも食べて帰ろう、という話になって、お財布の中を見て肩を落として帰ろうとした小野寺のために、手軽で安価なファミレスになった。小野寺はいつも金欠な気がする。
「俺のせいじゃないよ」
「まだ何にも言ってないよ……」
「今回はほんとに伏見のせいじゃないよ!俺がお金たくさん使っちゃったんだ!」
「いつもは伏見が小野寺の財布から使い込んでるんだろ」
「いつもはそうだけど……」
しゅんとしている小野寺と対照的に、使い込んでる張本人は、俺中華食べたーい、と呑気に携帯を弄っている。中華、確かにちょっと食べたいかも。くん、と鼻を鳴らした有馬が、小さく呟いた。
「まだプールの匂いがする」
「……そう?」
「ん?ああ、うーん、なんとなく」
ふうん、と答えたけど、分からなくもないな、と内心で思う。有るんだか無いんだか分からないくらいに薄まったプールの匂いと、ちょっとひりひりする背中と肩、朝より重くなった鞄、とか。有馬が言いたいのはそういうことなんだろうなあ。
「はらぺこだよ」
「なー」
「前みたいに、机に乗り切らなくなるまで頼むなよな」
「でも腹減ったんだもんよ」

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