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プール




「入り口ってここ?」
「列ができてるとこだろ」
「あそこか」
「あれはかき氷の列なんじゃないかな」
「有馬だけかき氷に並んできてもいいけど」
「なんでだよ!意地悪!伏見の馬鹿!」
「お前が発見した列だろ、責任を持てよ」
「いやだー!」
「早く行けって」
「ぎゃー!」
有馬が伏見の手によって列から押し出され、それなりの混雑の中ではぐれかけたりもしたけれど、まあなんとか大プールの中に入ることができた。伏見が黙って目を輝かせているので、普通に他意無く楽しみだったらしい。なんかするつもりだったのかとか疑ってごめん。
何度か集合を促す放送が鳴って、人が集まってきた。外側にも結構人がいる。あれを見る限りでは、中に入らなくても、十分なおこぼれがあるらしい。ていうことは中は大変なことになるのではないか、と思った途端、プール中央の広間が迫り上がり、バズーカみたいな噴水が出てきた。噴水、というのは柔らかな表現で、狙撃銃と呼んでもいいかもしれない。大砲みたいなのの隣に、小銃みたいなのもたくさんある。大放水っていうか、射殺されないかな。本当に大丈夫なのでしょうか。伏見がうきうきする理由が分かった気がする。あの男は案外こういう、痛いんだか楽しいんだか、悲鳴なんだか歓声なんだか、どっちつかずになるようなイベントが好きだ。ぞろぞろと出てきたスタッフも、手に手にでかい水鉄砲やバケツを抱えている。最後の人なんて、消防隊みたいなホースを持ってきた。思ってたやつの数段上だ。よく見たら、周りに小さい子はいない。自分がこんなに場違いだと思ったことはない。
「……出たい」
「えっ?なに?」
「……なんでもない……」
一つの狭い場所に人が密集しているので、肌がすごく触れ合う。隣の女の子に申し訳ない。全然あっちは気にしてなさそうだけど。うーん。こういうとこでそういうとこまで気にすんのがおかしいのか。密着度がすごいんだよなあ。
「べんと?楽しくない?」
「……たのしい……」
「さっきめっちゃはしゃいでたしな……」
有馬に顔を覗き込まれて、目をそらしながら、半分嘘をついた。半分は本当、楽しいことは楽しい、それは確かだ。多分微妙な気分なのは、俺のパーソナルスペースがあんまり狭いほうじゃないから、べたべたするのとか好きじゃないから、それでだ。スキンシップに抵抗のない三人は、けろっとしてるし。差を感じる。
『それでは皆様ー!』
「……………」
「……多分俺に隠れたところで後ろからも水はくるよ……」
「……分かってる」
勢いのいいアナウンスに、小野寺を盾にすることを決めた。二人は気づいていないが、本人には当然バレた。まさかとは思うけど、眼鏡壊れたりしないよね、多分。

「……………」
「べーんと」
「……なに」
「時差ある!」
「小野寺もだよ。おい」
「……あっ、はい」
「時差」
「二人ともでかいから水やばかったのかなあ」
「小野寺はまだしも、お前と弁当そんな変わんないだろ」
「それもそうだわ」
「……喉乾いた」
「なんか買い行く?」
「かき氷食べたい」
「さっきあったじゃん、かき氷屋さん」
「買ってくる」
「俺も行く!」
「げえ、馬鹿連れて行きたくない」
「弁当!小野寺!何味!」
「……え?」
「もー!なんでもいいよな!」
「……………」
「……………」
「……はー……」
「……はああ……」
二人は嵐のように行ってしまった。溜息を吐きまくる小野寺と溜息を吐きまくる俺の二人で取り残されたけれど、正直万々歳である。小野寺がなんで溜息マシーンになってるかって、多分対象が違うだけで俺と同じ理由だ。いや、だってさ、破壊力が凄かったわけ。ド正面の超至近距離で、あの顔面にはしゃがれてにっこにこされて、テンション上がってるのに重ねて人が多いからとてもくっついてくるわけで、何の変哲も無い水滴が飛び散るだけできらきらしたエフェクトがかかってるみたいになってんの、やばい以外の何物でもないでしょ。青春はなんたらだ、みたいなキャッチコピーがついてる感じの、スポーツ飲料のCMみたいだった。ばっしゃばっしゃと容赦無くぶちまけられる大量の水より、隣の整った顔の方が殺傷能力が高かっただけの話だ。声も出なかった。分かりやすく単純に、見惚れた。本人が馬鹿で鈍感で本当に良かったと思う。小野寺の場合は、見ている相手が馬鹿でも鈍感でもないので、後からしこたま引っ張られるんだろうなあ。
遠くから聞こえるアップテンポなBGMに、俺たちのパラソルの前を歩いて行った女の子たちが、この曲いいよねー!と反応した。俺も知ってる、この曲。正式名称は知らない、勝手に俺が有馬軍団と名付けたアイドルグループの最新曲だ。夏らしい歌詞と曲調に、一人家で恥ずかしくなりながらミュージックビデオを見た時のことが思い起こされて、じたばたしそうになった。なんでよりによって今このタイミングで!じたばたを抑えてぶるぶるしてる俺を見た小野寺が、口を開いた。
「……弁当」
「違う。違う違う、なんでもない、本当に」
「俺もその辺走ってきていいかな……」
「…….えっ?待って、一人にしないで」
「無理……抑えきれない……走るか泳ぐかしたい……」
「置いていかないで!やめて!」

「なにやってんの?」
「小野寺が!俺を置いて行こうとする!」
「離せよ弁当!行かせてくれ!」
「……え、なに、なにやってんの?」
「小野寺止めんの手伝ってよ!」
「行かせてくれー!」
「でも俺も伏見も両手塞がってるし……」
「弁当すごい頑張ってんのに小野寺は普通に弁当のことを引きずって進んでいる」
「解説してないで!ねえ!」
「わはは」
「平坦に笑いながら写真撮らないで!」
「小野寺、イチゴとメロンどっちがいい?」
「うわああ!いちごー!」


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