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プール


正直な話、楽しかった。相手がどうとかいう問題じゃなかった。夏のプールの活気と雰囲気とその他諸々を完全に舐めていた。なにが楽しいって、まず広い。一周する間に滅茶苦茶はしゃいでしまった。思い出したくないくらいだ。どのくらい時間が経ったか分からないけれど、戻った時には伏見の上にはパラソルが出現していて、小野寺が何故かひいひいしながらそれを押さえていた。自立するやつを借りなよ。こそこそと小野寺の方に寄っていった有馬が、口元に手を当てて、それなりにでかい声で言った。
「聞いて。弁当がすげえ楽しそ」
「だらあ!」
「いっ……!」
「……弁当がグーでぶった……」
「つーかそんなの見えてたしね」
「言わないでってつい今さっき言ったとこなのに……ポンコツ……」
「伏見には言うなっつったじゃん!だから留めておけなくて小野寺に言ったのに!」
じゃあなんだ、誰にも言うなって言わなかった俺がいけないのか。グーで殴ってしまったせいで涙目になって睨んでくる有馬に、言葉を詰まらせると、弁当からのグーなんてむしろレアだからご褒美なんじゃない、と伏見が適当なことを言った。有馬も有馬で単純だから、成る程!と。なにが成る程だ、馬鹿。
まあ、その話は切り上げて。パラソルをずっと支えていたらしい小野寺が可哀想になってきたので、支えの下の台も一緒に借りたらよかったのではないかと他の人のパラソルを見せて説明すると、目から鱗といった顔をしていた。気づいてなかったのか、そもそも。伏見は舌打ちをかましたので、恐らく知っていたと思われる。ひどいやつだ。
「なー、もっかい、早くー」
「……疲れた」
「日陰から出たくない」
「何のために来たんだよ!小野寺行こ!」
「パラソルの台……台を借りてから……」
「なんでなんにもしてないのに疲れ果ててんだよ!」
「これ意外と重いんだよお……」
倒れないように重いんだろうな、多分。伏見が日陰を強請る手前、逆らえない小野寺。奴隷と王様の格差社会の縮図を見ているようだ。
有馬がもっかいもっかいとうるさいのだが、俺はそんな体力ないから一旦休憩したいし、伏見は動く気がそもそもないし、小野寺は伏見が寝転がってる限りパラソルから手が離せない。一番いいのは伏見がパラソルから出てプールに行ってる間に、支えの台を俺と小野寺で借りてくることなんだけど。何故かすでに汗だくの小野寺一人に、結構重いパラソルを支えるための恐らくは重いであろう台まで任せるのは、ちょっと。既にぜえぜえしてるし。
『ご来場の皆様に、お知らせ致します』
「なんだろ」
「迷子かな」
「おい馬鹿、ママが探してるぞ。行ってこい」
「俺迷子じゃない!」
「馬鹿を先に否定しなよ……」
『大プールにて開催予定の大放水に参加を希望されるお客様は、女神像付近の受付までお越しください』
「なに?」
「今だけやってるイベントだっけ。割引券に書いてあったよ」
「ふうん」
「なにすんの?」
「うーん、よく分かんないけど」
一番知ってる小野寺曰く、ホースやバケツを持ったキャストがプールの外から中の人たちに水をぶちまけまくるイベント、らしい。中央の立入禁止区域からは大きな噴水がせりあがり、そこからも水が噴射される、と。ただ大きなプールにそんなに大勢押しかけられても溢れかえってしまうので、一番濡れるエリアには参加のためのチケットが必要で、そのための案内が今の放送なのではないか、とのことだった。チケット自体は無料で、日に何度か開催されるため、放送に合わせて並べば参加は誰でもできるらしい。ふむふむ、と話を聞いていた有馬の髪の毛を、伏見の手が掴んだ。鷲掴みだ。痛そう。
「並ぶ」
「いってえ!」
「馬鹿一人に任せると不安だから、連れてく」
「……じゃあ、その間に俺と小野寺で、パラソルの台を借りてきてもいいかな」
「うん。参加する人全員いないとチケットとれないとかあるかな」
「平気なんじゃない?そこまで厳しくないでしょ」
急な心変わりだ。すたすたと有馬の髪の毛を引っ掴んだまま行ってしまった伏見に、二人で顔を見合わせる。なにがそんなに琴線に触れたのか、よく分からない。まあ、確かに楽しそうな目玉イベントではあるけど。有馬の悲鳴が遠ざかって、聞こえなくなった。
「……台座借りに行こうか?」
「うん……」

「混んでた?」
「ううん、そんなに。はい、チケット」
「お腹すいたなー」
「ご飯食べる?」
というわけで、飯の時間だ。チケットに書いてある入場時間は、1時間後。少し早いけど、まあお昼時なので、売店も結構人がいる。なにがいいかなあ、と4人で首を伸ばしてメニューを見て、伏見がひょこひょこしているので小野寺が親切心から持ち上げようとして殴られたりしつつ、列が前へと進んで行く。みんなは分かんないけど、俺に限っては、そこまでお腹空いてないからなあ。
「……弁当死んじゃう……」
「え?」
「おにぎり一個でなにをどうするつもりなんだよ」
「……食べるんだよ」
「そりゃそうだよ!」
カップラーメンとか、ホットドッグとか、フライドポテトとか。そういう感じの、総括してジャンクフード的なものが多かったので、おにぎりにしたんだけど。小野寺だっておにぎり買ってたじゃん、と見れば、おにぎりの他にいろいろあった。まさか、唐揚げとカップラーメンとおにぎり食べるの?それ何食分?
「弁当が少なすぎるだろ、おにぎり一個って」
「……二つあるよ」
「一つも二つも変わんねえよ!」
「ていうか小野寺これじゃ足んないしね」
「う……」
「ねっ」
伏見が小野寺の水着のポケットから引っ張り出したのは、番号のついてる、順番が来ると鳴るやつだった。ポケベル、で合ってるのかな。ていうか、まだ頼んでんの。どんだけ食べんの。そう聞けば、だってフランクフルトも食べたかった、でも売り切れてたから出来たら呼んでもらえるように注文してきたんだ、他にそういう人たくさんいたもん、としょぼくれていた。いや別に、責めてるわけじゃないけど。伏見が、うわ…みたいな顔でこっちを見てくるのも気に入らない。どちらかと言うとそっちの方が気に入らない。
「弁当、これやるよ」
「いらないよ……」
「ちゃんと食わんと。放水の勢いに負けて倒れちゃうかもしれない」
「俺のも分けてあげるよ!」
「いらないって」
「俺のは分けない」
「いらないんだから分けなくていいんだよ」
「伏見はケチだなー!」
「だからいらないんだって」
有馬からは焼きそば、小野寺からは唐揚げを貰った。美味しいけれども。


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