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おはなし



「りんご」
「ごま」
「まり」
「りんご!」
「はい馬鹿の負け。あったかい紅茶」
「ちゃ?」
「しりとり終わってるっつの」
ホットミルクティー、と蹴られてベンチから立ち上がる。く、と顎で指された先には自販機があって、じゃあお金、と手を出すと、負けたくせになに言ってるの?ととても不愉快そうに言われた。賭けるなら最初から言えよ!
「言っても言わなくても負けてただろ。早く。凍え死ぬ」
「ばーか!伏見の馬鹿!」
「特大ブーメラン。うける」
なんでこんなことになったかって、伏見が弁当の家に遊びに行くんだっていうから俺も付いて行きたいって言ったら、それは別に良いけどバイトがあるから後で来てくれ、って弁当に言われて、時間潰すかーって伏見と話してたら、伏見が「弁当のバイト先見たい」とか言い出して弁当には秘密で塾の前まで行ったけど中に入れるわけもなく、しかもここまで来ちゃうと暇つぶしする場所もなくて、仕方ないから取り敢えず座れるかなって、前に弁当と来た公園のベンチに居座って、突然伏見がしりとりをはじめて俺をパシリにした。多分あってるはず。俺が覚えてる限りではそんな感じだった、多分。
振り向いたら、伏見が一人で携帯を弄ってベンチに座っていた。ああしてると、遠くで見る分なら、害がないから、ほんと女の子みたいに見えないこともないのにな。伏見が座っているベンチは丘の麓で、丘の上にも広場があって、そこで小学生がボールで遊んでいる。伏見子ども嫌いなんだっけ。小学生はどうなんだろう。
「買って来たよ」
「ビール」
「はー!?さっきホットミルクティーって言っただろ!」
「さっきコンビニあったじゃん?」
「行かねえからな!」
「あーさむさむ」
そんな寒くないだろ。まだ秋だ。まあ、思いっきり曇り空で、太陽の光の恩恵は受けられないけれど。俺なんか半袖だぞ。伏見はカーディガン着てる。弁当もなんか長袖だった気がするけど、あそこで遊んでる小学生も半袖だし、半袖が変なわけじゃない。
「弁当何時にバイト終わんの?」
「ちょっと寄るだけって言ってた」
「ここにいるって連絡しとこ」
「あーあ、有馬とそれまで二人か。時間をドブに捨ててしまったな」
「そんな嫌がんなくても良いじゃんな」
「いやだよー」
エーン、と棒読みに泣き真似をされた。本当に嫌なら、伏見だったら、そもそもここに来ないと思う。一回泣き真似をしたら満足したらしく缶を開けて、いや寒くねえの?と聞かれた。寒くないって。なんて答えている間に、弁当からは、「今塾出たからそっちに行く」「けどなんで公園にいるの?」と当然の質問が来た。公園の気分なんだよ、と送れば、しばらくして、ねこが首を傾げているスタンプが返ってきた。
「体おかしいよ」
「おかしくないよ」
「子供体温」
「あ!それ前弁当にも言われた!」
「室内に入りたい」
「ボール?」
「耳腐ってんの?」
「ボールで遊んでるの楽しそうだから」
「お前の望みを俺に押し付けないで」
丘の上から転がってきたサッカーボールを止めようと、小学生が競い合うように追いかけている。わああ、と転んで、それでも大笑いしている声がする。ぼおっとそれを見て、手前にいる伏見に目を向ければ、ミルクティーの缶にかりかり爪を立てていて、全く興味なしだった。道路から入ってきたのは、ベビーカーを押したお母さんと、きゃあきゃあと嬉しそうな子ども。高い声に、伏見がちょっと眉を寄せた。
「……どっか入ろうよ」
「そお?もうすぐ来るんならいいじゃん」
「……もうすぐ本当に来るの?」
「うん。ライン来た」
「……んー」
携帯の画面を見せれば、じゃあしょうがない、と口を尖らせる。てんてん、と音を立てて跳ねてきたボールを拾って顔を上げれば、ありがとー!と元気な小学生の声がした。そっちに投げてやって、手を振って応える。さっき来た小さい子が、山を登ろうとして滑って、あーん、とめそめそしている。お母さんに抱き上げられてすぐに泣き止んで、降ろせとばかりに暴れている。公園って面白いよな。飽きない。
「どこが面白いの……」
「人がたくさんいるところ」
「新宿駅にでも行け」
「あ」
ふわ、と伏見の頭に枯葉が落ちて来て、乗っかった。本人は気づいてない。なに?と不満そうな目で見上げられて、たぬきが思い浮かんで、つい笑ってしまった。俺の目線に自分の頭を触った伏見が、葉っぱを取って、俺の鳩尾を殴った。ゲロ出るかと思った。
「ぉえぇ……」
「最低」
「べっつにいいだろ、笑うぐらい……」
「弁当に言いつけるから」
「やめろよ!お前絶対嫌な言い方するだろ!」
「ふん」
鼻息も荒く怒っている伏見が、ひらひらと落ちて来た枯葉に手を伸ばして、すかっと空を切って、捕まえられなかった。む、と更にふてくされた伏見が、目の前にもう一回落ちて来た落ち葉に手を伸ばして、またすかってした。反射神経が悪いとか運動神経が悪いとかじゃなくて、普通に難しいよな、軽い葉っぱ掴むのって。ふわふわしちゃって。
「どっちが先に葉っぱ掴めるか勝負な」
「……はあ?」
「負けた方が、コンビニで肉まん買って来る」
「……お前の方が運動できてずるい。両手縛ってやって」
「掴めねえじゃねえかよ!」
「じゃあ目ぇ瞑ってやって」
「見えなきゃ掴めないんだよ!」
「剣を握ったままでは抱きしめることも叶わないんだから、その二律背反は受け入れて」
「に……にり……なに?意味分かんない」
「クソザコ馬鹿が」
ストレートな悪口を最後に、また落ちて来た葉っぱに伏見が手を伸ばした。すか、って落ちて行く葉っぱに、もう一度手を伸ばす。あとちょっとで掴まえられそうなのにな。ていうか立てよ。座ったままじゃ難しいよ。立ち上がって手を伸ばした俺に、掴まえてしまうと思った伏見が脛を蹴っ飛ばして来た。
「いてえな!」
「足が勝手に」
「立てばいいじゃんか」
「なんで?」
「負けたら肉まんだぞ」
「どうして俺がお前のいうこと聞かなくちゃいけないのか全然分からない」
「そういう勝負だからだよ!」
脛をがつんがつん蹴られてるけど、なんとか葉っぱを一枚掴まえた。どうだ、と伏見の方を振り向いて枯葉を掲げると、ぱかりと口を開けた伏見が指をさして、後頭部になにかがぶち当たった。
「ぃいってぇ!」
「あ!ごめんなさーい!」
「当てたの誰だよ!」
「おれじゃねーよ!」
「お前だろ!」
「ごめんなさい!」
「あー、全然平気、俺頑丈だから!」
小競り合いをしながら駆け寄って来た小学生をフォローして、な!と伏見の方を向いたら、今さっきまで座ってたはずのベンチに伏見がいなかった。どこだ、と探せば、公園の出口に向かって歩いていた。なんでだ。あ、勝負で負けたからか!肉まんを買いに行ってるのか!素直なところもあるじゃん!
すいませんごめんなさい、と頭を下げて来る小学生たちは、多分高学年で、一人だけちっこいのがいた。弟とかかな。後頭部にぶち当たったから、しかも俺がでっかい声を出しちゃったから、ものすごく悪いことをしたと思われてるのかも。全然平気!痛いとか言ったけど痛くなかったから!とボールをリフティングしながら平気アピールをすれば、すごいすごいと盛り上がられてしまった。
「え?すごい?」
「すげー!」
「サッカー選手みたい!」
「まじで?高校の時に練習した」
「お兄さんサッカー得意なの?」
「ううん。ちゃんとやったこと2回ぐらいしかない」
「俺サッカーやってんだー」
「おれも!」
「リフティングできる?」
「できるよー!」
「誰が一番出来るか勝負しようぜ」
「お兄さんもやる?」
「やるやる!」

「そんでさー、その時母ちゃんがめっちゃ怒って」
「宿題はちゃんとやった方がいいぞ、頭悪くなるから」
「お兄さんやった?」
「やってない」
「頭わりーじゃん!」
「うるっせえな!」
「……なに、してんの……?」
膝の上に小学一年生のハルを乗せて、ハルの兄ちゃんのユズと、シゲトと、オウスケと、リョウタと話してたら、弁当と、合流したらしい伏見が、引いた顔で見てた。なんでそんな顔。
「おしゃべりしてんの」
「……仲良くなったの?」
「仲良くなった。なー」
「なー!」
「アリマ、もっかいあの変な顔やって」
「もうやんねえよ!ほっぺた千切れる!」
「あの人誰?」
「弁当」
「ベントー!お前も来いよ!」
「……いや……」
「馬鹿は置いていこう」
「待てよ!俺もいく!じゃあな!」
「えー!もうすぐトモが来るんだ、サッカーめっちゃ上手いんだ!アリマと勝負してるとこ見たい!」
「みたーい」
「ハル降りろって!マジで置いてかれる!またな!あ!ラインのID教えてやるから!」
「らいん?」
「じゃあ電話番号な!携帯の!」
「ケータイ持ってねーよ」
「母ちゃんの借りろ!ほら!」
走り書きした適当な紙を千切って渡すと、また遊ぼうなー、と手を振られた。それに手を振り返して、弁当と伏見を追いかける。ドン引きの顔でまだ見てくる。だからなんなの、その顔。
「……朔太郎より誰でもいい人、この世界にはいないと思ってた……」
「え?どういうこと?」
「誰とでも仲良くなりすぎて気持ち悪いって」
「そう?小学生だろ?」
「知らん小学生と全力で遊ぶなよ」
「伏見なんか人見知りしてコンビニ、あ!肉まんは?」
「もう食った」
「俺のは!?」
「ハナから買ってない」
「ええ!?俺葉っぱ掴まえたのに!?」
「うるさ」
「いってえ!お前今日暴力が過ぎるぞ!」



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