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おはなし



「弁当の体どうなってんの?」
「ぺったんこじゃんな」
「内臓ないんじゃない?」
「当也昔からそうだよ」
ソファーに仰向けに寝ている当也を見て、小野寺くんと有馬くんと伏見くんが、ちょっと平べったすぎるのではないか?流石に不健康なのでは?とぼそぼそ言っている。ソファーと一体化する勢いで薄いからね、当也。仰向けだと更に際立つよね。
もうすぐ日付も変わる、深夜11時30分。当也が電池切れになったのは30分ぐらい前。俺たちは順番こにお風呂に入って、今は最後の航介の番。航介は仕事終わったのが夕方だから、ざっくりシャワー浴びてきたし最後でいい、とのことで。お前らは自分ちで入れ、と当也には言われたけれど、ちょっと何言ってるか分かんなかった。ソファーの背もたれ側じゃない方の手をお腹に乗せている当也を見て、有馬くんがぽそりと言う。
「弁当お腹痛いのかな」
「ただ手を置いてるだけだと思うけど」
「股間だったら面白かったのに」
「子どもじゃないんだから……」
「ね」
「同意求めんなよ!」
ねえ?と伏見くんに小首を傾げられて、いや、頷き難いよ。以前君は当也の服を剥いてかなりこっぴどく怒らせたと聞いてるぞ。
そんなこんなしているうちに、航介がお風呂から出てきて、濡れた髪を拭きながら、うるせえな、寝ろよ、とグラスに麦茶を注いだ。えー、でもー、ええー、と三人からばらばらに嫌そうな声が上がる。眠くない、ってことだろう。
「航介帰るの?」
「帰る」
「帰んないで」
「帰るよ」
「言うこと聞けよ!」
台所で麦茶を飲んでいた航介の所に、伏見くんが走って行った。引き止めに行ったんだろうけど。言うこと聞け!って迫るよりも、伏見くんなら、普通にお願いした方がいいと思うけど。くあ、と小野寺くんが大きな欠伸をした。眠いの?と聞けば、うーん、だって。
「寝ないの?」
「寝れない……」
「まあ、小野寺くんと有馬くんは寝てたからねえ……」
「朔太郎も帰る?」
「どっちでもいいんだよねー」
「航介帰っちゃった?」
「あれ?伏見は?」
「玄関で揉めてるんじゃない?」
ぐうぐう寝ている当也に代わって、小野寺くんが、近所迷惑ですよ、と止めに行ってくれた。結局帰れなかったらしい航介が、伏見くんにしっかり手を繋がれて帰ってきた。髪の毛まだ濡れてるから、せめて乾かしてから帰ったほうがいいと思うよ。
テレビでもつけようよ、と有馬くんがリモコンに手を伸ばした。知らないお笑い芸人さんが、コンビでなんかネタをやってる。ちょっと面白かったけど、過ぎ去ってしまうと何が面白かったかさっぱりだ。チャンネルを変えたら、今度は料理をしていた。ただ、料理してる女の人が水着だ。そんな格好で包丁を…火を…?って、航介が戸惑いに戸惑っている。危ないよねえ。俺もそう思う。
「何作ってんだろ」
「なんだろう。お豆腐使ってる」
「麻婆豆腐かな」
「えー?水着で?」
「そんなこと言ったら何も作れないよ」
「豆腐の味噌汁飲みてえな」
「小野寺」
「い、嫌だよ!なんで今から!」
「お前の取り柄は一回ずつ味が違う味噌汁を作れることだろ」
「もっと他の取り柄が欲しい!」
またチャンネルを変えた。報道番組、はリモコン操作権を持っている有馬くんのお気に召さなかったのか、秒で違うチャンネルにされた。まあ、このメンバーでニュース見てもねえ。
「あ。この人知ってる」
「声でかい人だろ」
「え?それ航介のこ、ぁいたたた嘘です嘘」
「こないだ池の上で何日間暮らしていけるのかって実験させられてた」
「かわいそう」
ぱ、と変えられた番組では、お笑い芸人さんがお相撲をしていた。深夜に近い時間帯だから、こういう番組多いよね。土俵から落ちた先は泥らしく、先日池の上で暮らしたらしいお笑い芸人さんは、押し出されて泥に落ち、噂に違わぬ大きい声で絶叫していた。うはは、と当也が寝ているソファーによりかかって笑った有馬くんが、笑顔のままこっちを見た。
「相撲してみたい!」
「……有馬くん、今何時か分かってる?」
「12時」
「相撲をやる時間?」
「相撲にやる時間とかやらない時間とかあるの?」
「ある……ないか……あるかも」
「調べる。なんか俺の知らないルールがあるのかも」
ねえよ!航介が迷った挙句に「あるかも」って言ったのは、この時間から相撲を取る狂った状況に巻き込まれたくないからだよ!小野寺くんまで、あるかもー、と有馬くんの携帯を覗き込んでいる。伏見くんは巻き込まれたくなかったのか、当也が寝ているところにどこからか持ってきた布団をかけて、自分もその脇になんとか潜り込もうとして、失敗した。流石に他人の半分ぐらいしか質量がない当也でも、ソファーに寝そべっているところにもう一人入れるほど細くない。チッ!て舌打ちした伏見くんが、それでも寝たふりを決め込もうと当也の足元に潜り込もうとして、航介に静かに首根っこを引っ掴まれて連れ戻された。もはや猫の扱いじゃん。しかもその一連の流れを通して、微動だにしないで眠りこけてる当也がやばい。唸るぐらいしろよ。お布団かけられて完全におやすみモードじゃん。
「んー、ないんじゃね?よく分かんないけど」
「丸から出たら負けってだけじゃないの?」
「そうだよ」
「どこの丸使う?」
「当也!あの人たちリビングで相撲とろうとしてるよ!?いいの!?何か壊したりしたらやちよ切れると思うよ!?ねえ!」
「ぐう」
全然起きねえー!もう俺知らないから!
この丸使おうぜー、と勝手に畳の間に移動した有馬くんたちが、審判やって!審判!と航介を読んだ。使おうとしている畳の縁は最早丸ではないのだけれど、いいんだろうか。全然乗り気じゃない航介が、審判じゃなくて行司、と教えてくれたんだけど、有馬くんと小野寺くんが全く聞いてない。
「伏見くん、どっちが勝つと思う?」
「……小野寺が勝つに五万」
「高額!でも絶対有馬くんに賭けたくない!」
「小野寺構えろ!おら!」
「どの線から出ちゃだめなんだっけ?」
「ここ」
「出たら負け?」
「そう」
「相撲のルールでそんな不安なることある?」
「小野寺馬鹿だから」
「はっけよーい、のこったー」
のんびりした航介の声で、おりゃー!と有馬くんが小野寺くんに飛びかかったけれど、わー、と平坦に驚いた小野寺くんが、普通に有馬くんを持ち上げて、畳の縁の外にぽいっと捨てた。そういうゲームじゃない。ししまるにじゃれつかれてる時の当也みたいだった。ししまるが有馬くんで、当也が小野寺くん。
「……………」
「……?」
「航介。俺の勝ち」
「ああ。小野寺山の勝ち」
「やったー」
「……今俺どうなった……?」
「持ち上げられて捨てられた」
「……え……?」
頭がついていかないらしい有馬くんが、まさか俺持ち上げられて捨てられちゃったの?と唖然としている。そうだよ。その通りだよ。有馬くんがぶつかりに行った時に、小野寺くんは後退こそすれ、前屈み気味で待ってたから倒れることもなく、普通に体幹で持ち堪えて有馬くんを抱えて持ち上げたよ。伏見くんが、ほらね、って感じだった。
「勝っちゃったなー」
「ずるいぞ!持ち上げるのは反則だろ!」
「行司の航介さん、どうですか」
「反則じゃないですね」
「だって」
「審判!ちゃんと見て!」
「審判じゃなくて行司」
釣り落としとか、上手投げとか、そういう技があるんだよ。と、航介はめんどくさそうに教えてくれた。相撲博士だ!と小野寺くんは大喜びだったけれど、父親のかずなりが相撲が好きなだけである。航介もよく付き合わされて見てたし。
「じゃあ俺は小野寺になにされて負けたの?」
「それは知らん」
「えー、博士じゃないじゃん」
「航介お腹空いた」
「……………」
「お腹空いたー、ねえー、航介ー」
「……自分でなんか食えばいい……」
「この家のどのお菓子食べていいのか分かんない」
「食べていいお菓子なんかねえよ」
「あるでしょ!それかあったかい牛乳作って」
小野寺くんに、お前普段こんなん相手してんのか?死ぬぞ?と呆れたように言った航介が、それでも断りきれずにホットミルクを作りに行った。俺のも、ってお願いしといた。応えてくれるかは不明。
「朔太郎も相撲しようぜ」
「しないよ……」
「持ち上げてあげるよ?」
「嫌だよ!」
「小野寺のやつはすぐ持ち上げにかかってくるからな。ずる相撲だ、俺とやろう」
「有馬くんともやらないよ!?」

「おい。これ飲んだら寝ろよ」
「航介が作ったの?本当に?」
「そうだよ。なんか文句あんのかよ」
ホットミルク、というには、蜂蜜の甘さが薄かった。小野寺くんと有馬くんは、それから三回相撲を取って、有馬くんが無理やり押し出して一回勝った。俺が行司さんをやってあげた。そして当也は起きない。
「薄い」
「ほら。こいつは文句言うっつったろ」
「眼鏡の人が何と言おうと俺はこのあったかい牛乳を大事にする」
「大事にしなくていい、早く飲め」
「伏見くん、ホットミルク」
「……あったかい牛乳……」
「ホットミルクって言いそうな顔なのにホットミルクって言わないじゃん!伏見くん!」
「ひっ」
「怯えられてる。やめろ」
「ぺろぺろぺろ!」
なんて会話の間、有馬くんと小野寺くんは、殴り合いの喧嘩をしたあと河原で転がって語り合うみたいになってた。なに話してたかは知らない。
ホットミルクを頑として「あったかい牛乳」と言う伏見くんが可愛くて、どうにか可愛がろうと周りをうろうろしたんだけど、航介に追い払われた。転がってた小野寺くんと有馬くんに、当也をベッドに運んであげなよ、とお願いしたんだけど、快諾してくれなかった。航介は絶対しないし、伏見くんにはきっと無理だし、俺にも無理。よって、自然に起きるのを待つことになった。この人はちゃめちゃに寝起き悪いけど、いいのかな。
「見て。ブリッジ」
「ブリッジぐらい俺もできる」
暇な有馬くんと小野寺くんが、なぜかブリッジをしはじめた。どっちが長くできるか競争な!も楽しそうなことを始めたので、俺もできるから入れて、としてみせたところ、それまで両手でホットミルクのマグカップを持って、何かの広告のように静かに、百点満点の態度でこくこく飲んでいた伏見くんが、ゆっくり立ち上がった。マグカップを持たされた航介が、もういらないのか?とちょっと残念そうな顔をしているのに、飲むけど持ってて、と端的に答えた伏見くんは、悪い顔をしていた。
「……………」
「伏見くん?伏見くん、待って?その人差し指はなに?ねえ!」
「だ、れ、に、し、よ、う、か、な」
「突っつかれるぞ!逃げろ!」
「ブリッジでどうやって逃げんだよ!」
「手と足を動かすんだよ!ほら!」
「うわ朔太郎気持ち悪」
「な、の、な、の、な」
「こっち来るぞ!」
「逃げろー!」
普通に考えてブリッジで徒歩から逃げるなんて無理だ。有馬くんが捕まって、人差し指でお腹を突つかれて、くすぐったーい!ぐらいかと思ったら、恐るべきスピードで足を絡められて腕ひしぎ十字固めを決められていた。やべえ。有馬くんの断末魔がうるさい。どうやら伏見くんのプロレス技経験者らしい小野寺くんが、ざっと顔を青くしてリビングから本気で飛び出していったので、あれは本当に痛いやつなのだな、恐らく本人自体はやられたことがなくて力加減が分かっていないのだろうな、と他人事のように思う。俺は航介からよく暴力を振るわれるので慣れてるけど、痛いよね、関節極められんのって。転がっている有馬くんを投げ捨てて、じり…と近づいて来る伏見くんに、落ち着くんだ!と片手を上げながら下がる。君、俺のこと嫌いなんでしょ!じゃあ触んないほうがいいよ!
「でも痛がってるところは見たい」
「サディスティック!航介止めてよ!」
「伏見が戦えるなんて知らなかった」
「なに呑気に観戦してんだよ!あんなことされたらひ弱でか弱いさくちゃんの腕すぽんって取れちゃうよ!?」
「取ってやってくれ」
「あいあいさー」
「味方ゼロ!みんなバカ!」
ひゅ、と俺の顔の横を飛んで行ったクッションに、伏見くんがぽかんと口を開けて俺の後ろを見た。あ。やっべ。
「……うるさい……」

次の日の朝ご飯は全員凍ったパンを出された。みんなで謝ったら、ちゃんと焼いてくれた。当也の怒りの表現の仕方、やちよと一緒だ。



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