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おはなし



「あ、当也!」
「……おー」
ひら、と手を挙げた当也が、ぱたりとすぐに下ろした。手が疲れるから、って前にも言われた気がするけど、目印としてだめだよね。俺の右手をつないでいた海が、2秒前までぴょんこぴょんこしてたのに、急にしゅんとして足取りが重くなった。人見知ってる。
「久しぶりー」
「うん」
「海でーす。海、自己紹介して」
「……ぃ……す……」
「声ちっちゃ!」
「……………」
「こっちも人見知ってんじゃん!」
「……弁財天当也です……」
海に負けず劣らず声が小さい。まあ当也が声張ってるとこなんて見たことないけど。俺の背後から出てこない海に、おい、さくちゃんのお友達でこーちゃんが生まれた時から一緒にいるやつだぞ、と足を揺らしたところ、半分だけ出てきた。
「……こんにちは……」
「……こ、こんにちわっ」
「人見知りVS人見知り」
航介と海も一緒に、東京に旅行に来たので、当也に会っとくかー、と。声をかけたら、日時と場所を指定されたので、みんなで来た次第である。ちなみに航介はタイミング悪く「あいつ来ねえな、お茶買ってくるわ」と行ってしまったところだった。今のうちに当也と海の親睦を深めておこう。
「海、とーちゃんだよ」
「おい。やめろ」
「とーちゃん……」
「……………」
「苦虫噛み潰し顔〜!」
「……覚えておけよ」
俺のことを睨んだ当也が、びくびくしている海に、はい、と律儀に返事をした。とーちゃん、はい、とーちゃん、はい、と数回繰り返した海が、おずおずと手を差し出した。握手だ!海の歩み寄りのしるしだ!握手だよ!当也!
「……?」
「……………」
「……………」
「……………」
「手を取れや!」
じっと見るな!海も戸惑ってるだろうが!と手を出させれば、やっと握手が成立した。海はぱっと顔を輝かせてにこにこしているけど、当也が曖昧に笑っている。お前子どもの扱いを知らないのか、と思ったけど、よく考えたらそれもそうか。一人っ子だし、小さい子どもと関わる機会がこの男にあるとも思えない。
「とーちゃん」
「はい」
「……たった今、俺、当也に響也さんとの血の繋がりを感じているところ……」
「さくちゃん、とーちゃんとうみ、おててつなぐよ」
「どうぞ」
「おてて」
「はい」
従順なしもべか?何故かずっと敬語で、小さい海の手を握った当也が、ゴリラは?と俺に聞いた。本人にバレたら怒られるぞ。
「あいた」
「……おい」
「暴力。子どもの前で」
「……………」
およそ俺にも向けないような顔だ。海に見えない角度ですごいガン飛ばしてるから、海、お願い、今だけは上を見ないであげて。二十数年来連れ添ってる幼馴染のかわいいスキンシップタイムだから。無言のまま、苛立ちと怒り5000%のブチギレ顔と、嘲笑と侮蔑を込めた器用な真顔で、数秒間やり合った航介と当也が、チッ!て離れた。険悪!そうこなくっちゃ!
「ちなみになにしたの?航介」
「靴のかかと踏んだ」
「踏まれた」
「ちっちゃ!こっす!」
「こーちゃん、だっこ」
「自分で歩くって約束したろ」
「うみ、あしつかれたの」
「疲れてない。さっきまでも抱っこした」
「やだの!」
「甘えんぼのとこ見られてもいいんだ。がんばるお約束したのに」
「む……」
うむむ、と口を尖らせて考えた海が、航介が戻ってきたからと甘えようとしたのを撤回して、当也の手を握り直した。うみつかれてない!げんき!と当也にフォローを入れる辺り、現金。
「海」
「なあに?」
「おお……海は当也の中でも名前呼び捨て枠なんだ……」
「なにその枠」
「当也って苗字で人のこと呼ぶ方が多いじゃない」
「こんな子どものこと辻って呼ぶ?」
「それもそうか」
「うみ、つじうみだよ!」
「海」
「なーあに!」
「おい、何処行くんだよ」
「うるさいゴリラ」
「てめ……」
「あ!こーちゃんおこってる!」
「……怒ってない、怒ってない……」
航介、忍耐力との戦い。当也相手でキレない航介、という構図は海がいなかったら絶対に有り得ないと思う。
出発。俺たちはこの辺のことに全く詳しくないので、当也にプレゼンをお願いしている。歩き出すにあたって海が、俺と手をつなぐか、航介と手をつなぐか、このまま当也と手を繋ぎ続けるか、と若干迷って、航介のところに行った。多分一番普段通りで安心するからなのだろう。人の多さに押されたのか、緊張してるのか、肩から下げてるパンダさんのポシェット、ぐちゃってなるまで握りしめてたし。
「こーちゃっ」
「ん」
「うみととーちゃんともだち!」
「やめといた方がいいぞ」
「聞こえてんだけど」

子どもの扱いなんか知らない、とまでは言われなかったけれど、どんなものが好きなのか、どういうところに行きたいのか、は聞かれた。甘いものが好きだとか、遊べる場所に行けたらいいとか、そんな感じの返事をした気がする。だからこのルートが組まれたのだろうけれど。
「けーき!けーき!」
「……嫌がらせか?」
「甘いものが好きだって朔太郎が」
「うあー!こーちゃん!ちょこのにおい!こーちゃんってば!」
待ち合わせが昼頃だったこともあって、お昼ご飯は食べるから食事は取らずに来てくれ、とは言われていた。だから、なんだろうなーとは思っていたのだけれど。
スイーツバイキング。女子向け、というよりは子ども向けらしく、海が目を輝かせたケーキはもちろん、手づかみで食べられるシュークリームやエクレア、切り分けられて皮が取り除かれている果物、マカロンにクッキー、なんてものもたくさんあった。ご飯らしきものは、カレーとハンバーグ、あとスパゲッティぐらいのものか。本人は否定するものの、甘いものが好きな当也らしいチョイスだ。俺はまあ、甘いもの食べるぞーって意気込めば食べれるけど、航介はそこまで甘いものを好き好んで食べない。食べたくはなるけど、その頻度がとても稀、という感じ。なので、げんなりしていた。まあ、たまにはこういうのもいいでしょう。荷物番に当也と航介を残して、俺と海で取りに行く。どうしてこの分担なのかって、航介が甘い匂いにお腹いっぱいになって「海、さくちゃんと行け」と細々告げたからである。
「うみー、うみ、どれにしよかなー」
「いちごケーキがあるよ」
「たべる!」
「チョコのケーキと、プリンも」
「プリンたべる!ちょこけーき、さくちゃんがたべて!」
「はい」
「あ!これはこーちゃんにあげる!ばにゃ、ばなな!」
「こーちゃんのも取ってあげるの?」
「とーちゃんはなにのけーきがすきかなー!」
あれもこれも、と海がどっさり取ってくれたので、量は食べるが甘いものが大好物ではない航介と、甘いものが大好物だが量を食べない当也は、結局席を立たなかった。サンドイッチがおいしい、とは航介談である。海はほっぺをまんまるくして、おいしー!おいしー!とご満悦。しかし食べるのが遅いので、全部一口ずつかじって、先に進まない。後始末ルートの予感がするなあ。口の周りがいろんなものでぐちゃぐちゃだ。べとー、と服の袖でそれを拭った海に、止めるのが一歩遅かった航介が、あー、とがっくりした。チョコ、落ちなそう。耳に見立てたホワイトチョコが刺さってるシュークリームを頬張ろうとした海が、ぶやー、と手を滑らせかけて、手と口の周りに生クリームをべっとりつけた。
「うさぎさーん」
「……お腹いっぱい」
「……………」
「うさぎさん、おみみあげるー」
「航介にあげな」
「……もういい。海、さくちゃんにあげな」
「ん!」
「あーん」
「……さくちゃん」
「ん?」
「さくちゃん?」
「はい。なに、当也」
「……うけるなって……」
「一番呼びやすいのがさくちゃんとこーちゃんなんだよ」
「おい、こーちゃん」
「……………」
「こーちゃん!とーちゃんがよんでるよ!」
「……なんだ、とーちゃん」
「……………」
「……………」
「険悪スキンシップも大概にしてよねー」

どういうところで遊ぶのか分からなかったからネットで調べて人気があるところにした、と前置きをされて、連れてこられたのは、テレビで見たことあるところだった。
「海が都会っ子になっちゃう……」
「え?」
「当也は既に都会っ子!」
「都会っ子……?」
子ども向けのおもちゃがたくさん置いてあるお店なんだけど、なんと全品お試し可能、遊び放題、というサービス精神に溢れた素敵な場所である。テレビでこないだやってた。子どもづれのお母さんが、買うかどうか悩んでたものを実際子どもが遊んでるところを見られるので嬉しいです、とコメントしていたのをよく覚えている。いやいや、こんなとこ行ったら遊ぶだけ遊んで買わないでしょ、と航介と笑ったのだ。知育玩具が多くて、海はゆるいからこういうの向かないなーなんて話も、した。案の定、机に向かう遊びで好きなことはお絵かき程度の海は、なあにこれ、なあにこれ、と一つずつ手に取るけれど、一発目から「こーちゃんやって」「さくちゃんこれして」だったので、頼れないように当也に任せてみることにした。初対面よりは慣れたのか、当也の人差し指を握った海が、いろんな動物の柄が書いてある木のおもちゃを手に取った。
「とーちゃん、なにこれえ」
「パズルだよ。立てて組み立てるんだ」
「んー、んー、うみむずかしい?」
「できるよ」
「とーちゃん、おてつだいして」
「やってごらん」
「んん……」
「じゃあ、一つ作って見せてあげる」
かちかちと組み立てた当也に、すごいすごい、と海が喜ぶ。じゃあ次は自分でやってみよう、とパズルを崩した当也に、もっかいやって、と甘えた海だけれど、当也はそんなに甘くない。小さいのをぱっと組み上げて、これと同じのを作ってみよう、と必要なパーツだけを渡した当也を見ながら、こういうのほんと得意だよな、と零した航介に、同意を込めて頷く。なんとなく響也さんがかぶる。自分たちが子どもだった頃にも、当也のお父さんであるところの響也さんは、手助けすることはなく、斜め後ろぐらいからぼんやりと見守っては、困った時だけ後ろから手を伸ばして、すぐにその手を引っ込めてしまうような人だったから。難しい顔でパズルと戦う海に、口出しせずにじっと待っては、折れそうになるタイミングで、ここに置いてみるのはどう、と指先だけ貸して。
「あー!できたー!」
「すごいすごい」
「こーちゃん!みてえ!さくちゃん!」
「海ちゃんは天才だー!」
「海、がんばったな」
「うへへー!とーちゃんが、おしえてくれたんだよー!」
「海ががんばったんだよ」
「とーちゃんすき!ありがとー!」
「……………」
当也が赤くなってる。はあ、どーも、じゃないよ。照れ屋か。

夕方近い時間になって、海も目が眠そうになってきたので、お開きにすることにした。お昼寝のルーチンが出来ちゃってるから、はしゃげばはしゃぐだけ眠たくなっちゃうんだよね、海。当也の手前、まだプライドが勝つのか、あるくもん、と航介の指を握ってぺとぺと歩いている海が、向かい側から歩いてきた同い年くらいの女の子を見た。
「あ。ふーせん」
「ほんとだ」
「うみ、ふーせんほしいよ」
「どこかで配ってるのかな」
「ふーせん!うゔ!」
「今探してるから」
「……あそこじゃない?大道芸やってる」
橋の下、さっきまでいたのとは違う建物の入り口に、ちょうどジャグリングをしている大道芸人がいた。その人の周りには風船がたくさん縛られていて、一芸終わってお金をもらうタイミングで、子どもには風船をお返ししているらしい。眠いのと足が疲れたのでぐずぐずになってる海が、あおいの!と航介にぽこぽこ八つ当たりはじめた。行ってみようか、と抱き上げて運ぶと、もにゃもにゃまだ文句を言っていたけれど。
「海、風船くださいって言ってこよ」
「うん」
「航介と当也はこの辺にいてね」
「おー」
「待っててよ!喧嘩しないでよ!いなくならないでよ!」
「やかましい」
「早く行け」
ふーせんくださあい、と握りしめたお金を帽子に入れながら言う海に、大道芸人さんは笑顔で風船を取ってくれた。最初黄色いのを渡されてしまって、あお…と小声で言った人見知り海の言葉もちゃんとキャッチしてくれて。良い人だ。
風船パワーで元気を取り戻した海が、ぴょこぴょこしながらまた歩く。当也と航介が、内容は分からないけれど、なにか話して笑っていて、なんだか懐かしい気分になった。
「なに話してんの!」
「朔太郎が原チャで転んだ話」
「を聞いてた」
「やめてよ!なに楽しいこと話してるのかと思ったじゃんか!」
「楽しいだろ」
「楽しくないよ!」
「みて、とーちゃん、ふーせん」
「よかったね」
「あおいの。ぷーさんとおそろい」
「うん」
「海、ちゃんと持たないと飛んでくぞ」
「やああ」



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