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おはなし



お風呂から出て、充電途中の携帯を手に取る。明日乗る電車の時間を調べようと思ったのだけれど、待ち受け画面に来ていた通知に、思わず声が出た。
『ごめん、明日行けなくなった』
「……うそお……」
送信主は伏見。明日は、俺と伏見と有馬で、参考書を選びに行く予定だった。欲しい参考書を全部買ってたらお金がなくなってしまうので、三人でばらばらに一冊ずつ別のジャンルのものを買って、回して使おう、と。小野寺はバイトだから行けないってしょんぼりして、来ないお前には絶対に見せない、と伏見が嘲り笑っていたのをよく覚えている。ちょうど休みの日で、しかも運良く三人とも暇だったから、伏見が服を見たいとかなんとか言ってて、有馬もなんか行きたかったステーキ屋さんがあるんだとか言ってて、俺はそれに連れて行かれる予定だったのだ。しかも最終的に、参考書は少し古いものでよければ図書館とかにあるし、買わなくても良いのでは?ということになった。ただのおでかけじゃん。本屋さんに行く、という有馬の中で一番めんどくさい予定がなくなったので、ゲーセン行こうぜ!とか、カラオケ行こうぜ!とか、騒いでたし。カラオケは絶対に行かない。けど三人で行くならまあ、と思って、今日の夕方伏見と別れた時には、明日楽しみだねーなんて話も出た。それが急になんで行けなくなるんだ。
グループラインに送られた伏見の言葉に、有馬が返事をしている。『なんで?』。あと、はてなマークを頭に浮かべたくまさんのスタンプ。そりゃそうだ。俺もその言葉を送りたい。悩んでいるうちに、伏見から返事が来た。『顔も知らない親戚が死んだらしいよ』『よく知らんけど』。……こう、どうして返事に困る言い方をするのか。伏見の家族関係が冷え切っているのは知ってるし、その誰かさんの死には本当に全く興味もなく、そんなことで自分の予定を潰すな、とすら感じているんだろう。あれだけ楽しみにされていて、そんな必殺手段みたいな嘘をつかれたとしたら、俺はもう伏見を二度と信用できない。だから、多分これは本当。有馬も『そりゃたいへんだ』『弁当もたいへんだって言うよ』と返事をしていた。なので、どう返そうか迷った挙句に、『大変だね』と送った。秒で『大変じゃない』『行きたくない』『葬式終わったら行ってもいい?』と連投されて、いいけど、と思ったけれど、喪に服すべきではないかとも頭をよぎって、『どうだろう?』と返してしまった。伏見から、ねこちゃんがぐったりしているスタンプ。全部見たらしい小野寺が、『伏見明日晩飯無し?』と完全に個人的な質問を投げ、『明日小野寺家晩飯なに?』『しらね ない』『葬式終わったらそっち行くわ』『俺バイトなのに?』と、二人でやれよ!という会話が続いて来たのでとりあえず携帯を置いた。
さて、どうしよう。明日一日、有馬と二人になってしまった。どうしようもこうしようも、これで俺まで行けなくなったとでも言おうものなら、有馬は悲しみに悲しむだろう。不貞腐れるかもしれない。次大学で会った時に嫌そうな顔ぐらいはされるかもしれない。拗ねるかもしれない。そんなことになるなら、二人で出かけるのは、俺がこう、平常心を保てれば、全然オッケーってわけだ。平気平気。なんとかなる。
とりあえず、寝坊だけはしないように、アラームを三重にかけた。

「おはよ!」
「……おはよう」
「意外と寒いな!」
「もうすぐ秋だから……」
先に着いたのは俺で、後から走ってきたのが有馬。いつものことだ。肌寒いかな、くらいの気温なので、俺は長袖を羽織って来た。道行く人も、先週よりも半袖の人は少なくなってきたように見える。しかし有馬は、寒いとかなんとか言っていたけれど、普通に半袖のTシャツ姿である。全然寒くなさそう。さすがは寒さを感じる器官を失った人間だ。
伏見がいないので、服屋とかを回る必要がなくなった。さてどうしようか、とりあえずショッピングモールへ向かうか、と足を進める途中、ぐう、とお腹を鳴らした有馬が、ハンバーガーの気分、と小声で言ったので、ファーストフード店に入る。お昼時、席は混んでいて座れなさそうだった。外出てその辺で食べてもいいんじゃない、と言う有馬に、じゃあそうしようとレジに並ぶ。
「弁当なに食うの?」
「うーん……月見」
「俺あれ下手くそなんだよなー」
「なにが?」
「食べるのが」
「……ラーメンだけじゃないんだ」
「いっぱい挟まってるハンバーガー、中身と外見が分離しちゃう」
俺はそんなにお腹がぺこぺこではないので、月見バーガーだけ。飲み物はさっきコンビニでペットボトルを買った。有馬は、なんかすごいいろいろ挟まってるクラブハウスサンドみたいなののセットを買った。だからそういうのこぼすんじゃないの?いいけど。
近場で一番大きいモールなので、何度も訪れたことがある。一階の真ん中に広場があって、そこならベンチもたくさんあるから、そこで軽いお昼ご飯にすることになった。いただきます!と元気よく手を合わせた有馬が、もごもごとベーコンを包み紙の中に滑り落としながら食べている。もうばらばらだよ。
「べんと、ポテト食う?」
「ひとつ」
「いっぱい食え」
「そんなにいらないよ……」

「ゲーセン行きたい」
だそうで。クレーンキャッチャー系のゲームが上手い有馬は、ゲームセンターが好きだ。そして、あれを取ると決めるとその場から全然離れなくなる。今日はそうならないといいなあ、と思いながら、お菓子の詰め合わせやらぬいぐるみやらが詰まっている筐体の間を、縫うように歩く。
「あ!カービィ!」
「うん」
「やった?」
「やった。さんざん」
「俺さあ、カービィみたいになりたくて、いっぱい口に頬張って食べたの。小学生の時」
「うん」
「全部出した」
「……かわいそう」
「人間はカービィにはなれないんだ」
悲しげな顔だけれど、当たり前のことしか言ってない。思い出し記念、とカービィの小さいぬいぐるみマスコットをとった有馬が、それをくるくる回しながら、次は何にしようかなあ、と進んでいく。ワンプレイで一つ取れるのがすごい。気になったところで立ち止まって、ちゃりちゃりと小銭を数える。袋入りのブラックサンダーと、丸っこくなったうさぎのお手玉みたいなのと、なんかの漫画のキャラクターらしいお化けのキーホルダー。お化けのキーホルダーは二つとれたから、一つくれた。マシュマロみたいで気持ちいい。ブラックサンダーは一つもらった。鞄とかは基本持ってない有馬が、ご自由にお取りくださいの袋に取れたお菓子とお手玉を入れて、お化けも入れて、カービィはポケットに入れた。一番思い入れが強かったみたい。
「弁当もやってみればいいのに」
「クレーンキャッチャーあんまり得意じゃないから……」
「じゃあなんか一緒にやろうぜ、あれは?」
「えー……」
エアホッケーを指さされて、いやあ、と首を振った。一対一とか絶対いやだ。車を運転するゲームとか、太鼓をたたくリズムゲームとか、有馬はいろいろ指をさしたけれど、やんわり断り続ける。ぶすくれた有馬が、じゃああれなら!って最後に俺を引きずっていったのは、シューティングゲームだった。大きい画面の、ゾンビを撃ち殺すやつ。
「これならいいよ」
「いえー。お前これ得意?」
「やったことない」
「ないの?」
百円玉を入れて、チュートリアルを流し見る。撃てば弾が出る、リロードは画面外に向かって引き金を引く、以上。あれ?俺の丸はどこにあるの?と有馬が画面の中で狙いをふらふらさせている。銃の先がふらふらだからどこに照準が合ってるのかわかんないんだろ。
「ここだよ」
「ほおー!」
「あっ、関係ないところ撃つな」
「え?今の俺?」
「そうだよ。弾無くなってるよ」
「そっかー。あ、ゾンビ、弁当ゾンビ」
「ああ」
「わー、殺した!弁当!」
「早くリロードして」
「あ!また俺の丸なくなった!」
「だから画面の中に照準戻して!」
「ゾンビに襲われる!」
「早く撃って!」
「わー!」
第1ステージでここまでぼこぼこにされかけてよく生きて次のステージに進めたと思う。ほとんど俺が倒した。俺こういうゲーム得意じゃないんだけど。リザルトが終わって、始まった第2ステージに、ぼんやり思う。こういうのって第2ステージからすごい敵強くなるよね。
「あっ死んだ」
「……だろうと思った」
「あー!むかつく!コンティニュー!」
結局、俺が死ぬまで有馬がコンティニューしたので、第三ステージぐらいまで行けた。俺一人じゃ第二ステージの途中で死んでたかも。有馬は吸収が早いので、進むうちにさくさくと操作方法を身につけて、ヘッドショットが上手くなったりしたから、ちょっともったいない。
「楽しかったー」
「……はしゃいじゃった」
「楽しそうだったもん。弁当やっぱゲームうまいよな」
「有馬よりはそりゃ……」
「俺はやりながら上達するタイプなの!」

「映画見たいのとかない?」
「ない」
「じゃあ冷やかしに行くかー」
「冷やかして……」
映画館の冷やかしとは。ゲームセンターを出て三階に上がって、人が増えた中を縫って歩く。どうも目当ては広告のチラシが置いてあるコーナーらしい。洋画が固まっているあたりにすいすい進んでいった有馬が、これ見たいんだよなあ、と手に取ったのはホラー映画のチラシだった。嫌がらせか。
「あ、違う違う!忘れてた!」
「別にいいけど……」
「怖いんだって聞いて、へーって思ってたんだけど、弁当と見に行こうとは思ってない」
「なんのフォロー?」
「だってさっきより距離遠いし!」
遠いとか言うぐらいなら早くその手に握ったチラシを放してほしい。こっちは薄目で焦点を合わせないように必死なんだ。何故かきちんと折り畳んでポケットに入れた有馬が、これでいいのか!と手を見せてくる。もうほんとものすごく見たいから持ち帰るのか、握りすぎて皺になっちゃったから申し訳なくて持ち帰るのか、どっちだろう。さっきとったカービィががポケットから溢れて落ちて、ぶら下げれば落とさないと思ったのか、有馬の腰元にはぷらぷらとピンク色が揺れるようになった。見られてるぞ、隣の小学生に。
これが見たいなあ、あれの続編はいつやるのかなあ、なんて話をチラシを見ながらする。映画の趣味は似ているので。宇宙からやってきた侵略者と戦うヒーローが主人公の映画、確か1はうちで観たっけ。続編が今度公開する予定らしく、これ一緒に観に行こう、とナチュラルに言われて、普通に頷いてから、そういえばこうやって誘われるのは初めてだな、と思った。同じ映画を見ているけれど、俺は暇な時に一人で行ってしまうことが多いし、有馬は他の友だち、多分きっと俺といるよりも騒げて楽しい友だちを誘って行くんだろうと、勝手に思ってた。レンタル版をうちで観ることは多々あっても、映画館で二人で観るのは、なんというか、こう。
「弁当ポップコーン食う派?」
「……食べきれないから買わない」
「二人なら食えるから買っていい?」
「別にいいよ」
なんていうか、すごく楽しみだなあ、と思ってしまったのだ。

「あっ」
「……あ、」
「……こんにちは」
「……こんにちは……」
有馬がトイレに行ってしまったのを待っていると、絶対に見覚えのある、しかし絶妙に名前が思い出せない、誰だっけ、誰かに声をかけられた。あっちも同じらしく、あー、と微妙そうな声を出している。お互い「あっ」って言ってしまったがために、知らないふりができない。誰だっけ。有馬が戻ってきたら多分分かるんだけど。
「ちぃくん、おまたせー」
「……あー、おー」
「あ、お知り合い?はじめましてー」
「は、はじめまして」
まずい、はじめましての人が出てきた。愛想笑いをなんとか浮かべながら、頼むから早く帰ってきてくれ、と念じる。その念が通じたのか、相手としても気まずかったのか、それじゃあこれで、とやんわりさようならを言われて、引き攣った愛想笑いのまま軽く頭を下げる。だ、誰だっけ、伏見関係な気がする。背中を向けた二人の男に、もう二度とこのショッピングモールの中では顔を合わせませんように、と祈っていると、有馬が帰ってきた。
「変な顔してどしたの」
「……多分知り合い、っぽい人に、声をかけられた」
「なにそれ。遠」
「覚えてない……」
「誰?大学の人?あ!渚だ!」
おーい!と有馬が手を振ったおかげで、立ち去った人が振り向き、ものすごく嫌そうな顔をこっちに向けてきた。渚、思い出した、伏見の後輩だ。有馬のことが嫌いな人。馬鹿だから嫌われていることに気がついていないんだろうか、それともわざとか、とぼんやり思っていると、渚さんはこっちに来ることなく、チッ!と吐き捨てる勢いで踵を返して行ってしまった。俺とさよならした時の方が態度が良かった。隣にいた、恐らく友達であろう人が、へこへこと頭を下げながらついていく。下手に大声で声をかけたから気分を害したぞ。
「えー、いつもなら来てくれるんだけど」
「……それは、有馬の隣に伏見がいるからなんじゃない?」
「あー!なるほど!なんだよー、弁当じゃだめかー」
「俺ほっとんど面識ないし……」
「ほっとんど?」
「ほっとんど」
「そんな溜めるほど?」
「溜めるほど」

「クレープ安いって」
「……食べる?」
「食べる食べる。弁当お腹空いた?」
「空いてはない」
「食べれる?」
「食べる」
「どれにすっかなー」
ラッキー、と鼻歌交じりの有馬が、どんどんレジの方へ進んで行ってしまう。俺まだ選んでないんだけど。運良く人がいないタイミングで、ご注文は、と店員さんに聞かれて、メニューを見上げる。どれも美味しそうだ。全品値引き対象らしいから、どれを選んでもお得ってこと。アイスが入ってるのとか選んじゃおうかなあ。有馬が先に頼むか、とぼんやり選んでいたら、笑顔の店員さんと目が合った。
「……?」
「あの、ご注文は……」
「……………」
「……………」
「……早く頼みなよ」
「俺選んでる」
「俺も選んでる」
「早く決めろよ」
「決まってるから並んだんじゃないの」
「決まってない」
「すぱっと決めて」
「弁当が先に頼みなよ」
「だから俺まだ選んでる」
「えー、じゃあ待って」
「……並び直そうよ」
いつのまにか、後ろには列ができていた。女の子のグループと、家族づれ。俺たちがのんびりしてて、後ろの人に迷惑をかけるのも、どうかと思う。そもそも何食べるか決まってないわけだし。もう一回並びます、と引っ込んだ俺たちに、店員さんはメニューを貸してくれた。親切だ。
「甘いのがいい」
「……クレープ食べるのにわざわざしょっぱいの食べるの?」
「腹減ってたらな」
「ふうん……」
「弁当は甘いのだろ」
「そうだけど」
「俺どうしようかなー。アイス入りいいよな」
「いい」
「でもこのチョコバナナの……果物が入ってる系のやつも……捨てがたい」
「……なんで決めかけたのに新しくいいやつ見つけるのさ」
「なに?」
「迷うじゃんか」
「迷ってなんぼだろ?こういうのは」
「俺はこれにしようかな」
「うわー!プリンじゃん!そういうのもあるなら先に言えよ!」
「ずっとここに書いてあったよ」
「アイス……アイスをこのプリンのやつにトッピングしてしまうというのは……?」
「……絶対にこぼすよ。やめな」
「俺もそう思う」
「ご注文は?」
「あっ」
「……………」
結局また決まってないし。
結局、俺はアップルキャラメルチーズケーキ、有馬がアイス抹茶あずきいちごにした。プリンはやめた。クレープ屋さんの前で頬張る。おいしい。一口くれと手を取られてかじられ、お返しにとクレープを突き出されて、はしっこを食べた。あずぎとクリームしか入ってなかったなあ、と思ってたら、有馬がいちごをくれた。有馬の食べたところにはちゃんとりんごとかチーズケーキが入っていただろうか。
「うまい」
「……クレープなんて久しぶりに食べた」
「うそ」
「うそじゃないよ」
「弁当しょっちゅう食べてるでしょ」
「しょっちゅう……?」
「甘いの好きじゃん」
「好きじゃないよ」
「好きだよ!もういつまでその嘘つき続けるんだよ!」
「ごちそうさまでした」

「お腹いっぱいなんだけど」
「晩御飯はステーキだぞ」
「……無理」
「無理じゃない無理じゃない!」
「ステーキは本当に無理」
「もうはちゃめちゃに動いて腹減らそう!」
「はちゃめちゃに動くのも無理」
「わがままか!」
歩いて上がるぞ!と元気な有馬に引っ張られて再び3階まで階段で上がって、こんなことでお腹が空くわけがない。上がりきったところに電気屋さんがあって、くじ引き会場になっているらしく、人だかりができていた。なんだろう、と吸い寄せられた有馬が、あ!と指をさす。
「スプラトゥーン!」
「うるさ」
「体験できるって!弁当!俺あれやったことないんだ!弁当はどうせあるかもしれないけど」
「うちスイッチないからないよ」
「ないじゃん!いえーい!」
「いった」
ばしーん、と背中を叩かれて、いやにテンションの高い有馬に引きずられて、体験コーナーの前に立った。子供が並んでいる中に混ざるの、抵抗あるんだけど。しかしそんなことも気にしない有馬は、やってみたかったんだよ!とぴょこぴょこしているので、恐らくは本当に心の底からやってみたかったようだ。でもこれ、ちょっとブーム去ってない?
「そうなん?わかんない」
「2出たのしばらく前だし」
「やりたい気持ちだけ育ってたわー」
「こういうところでやれば良かったじゃん」
「うーん……やったことなかった」
「なんで」
「弁当なら付き合ってくれるから」
「……ゲームならなんでもいいわけじゃない」
「あ!空いたぞ!」
「聞いてる?」
イカみたいな人間。人間みたいなイカ?よく分からないけれど。体験版で一人プレイ専用だったので、有馬がやればいいんじゃないか、と横に避ける。操作方法やアドバイスがちょこちょこ出てきてくれて、分かりやすい。分かりやすいのに、こんなに分かりやすいのに。
「あー、あれ?あっ、なんか食らってる」
「……………」
「あ!外した!」
「……………」
「む、このー、おら!当たんねっ、おら!」
「……………」
「わー!死んじゃう!」
「……………」
「死んだ」
「……………」
「弁当次やる?」
「貸して」
すごいもやもやした。他人のプレイを見てるとこんなにもやもやするものなのか。そこはああすれば、ここでこうしなくちゃ、と思ってしまうからいけないのかもしれない。引ったくるように受け取ったコントローラーで、チュートリアルをほぼすっ飛ばして、通信対戦モードまで持っていく。
「え、早くね?練習は?弁当」
「いい」
「こっち見もしねえじゃん……」
「勝つから」
「戦闘民族か?」

勝った。有馬がなぜか隣にいた小学生と仲良くなって、肩組んで祝福してくれた。そこまでしなくていい。
「次は何する?」
「もう帰りたい」
「ステーキ食べるっつってんだろ!」
「お腹すいてない」
「スポッチャ行こうぜ!」
「ここにないじゃん」
「ここって下でチャリ借りれんの知ってる?」
「……げええ……」
「本気で嫌そうな顔すんなよ!」
自転車が借りれることは知ってたけど、本当にそうするとは。面倒だから一台でいいかと、二人乗りで近所のラウンドワンまで行った。じゃんけんで漕ぎ役を決めたけれど、行きは俺で帰りが有馬になった。帰りのが疲れてそうだから行きで良かったかな。しかしまあ、お休みの日なので、ボーリングは混んでたしスポッチャも混んでた。なんだよー、と有馬はぶつくさ言ってたけど、ゲームコーナーだけでもまあ広いので、うろうろしてるだけで結構時間は経った。カラオケカラオケと有馬がうるさかったので、そこは混んでてくれて助かった。二人でとか、なんの地獄だ。
「ダーツできるって」
「ダーツ腹減らねえじゃん」
「……時間余ってんだからもうなんでもいいじゃん」
「腹減るものがいい。弁当がステーキを食べられるように」
「食べれるよ」
「うそ」
嘘じゃない。そんな目で見ないでほしい。だらだらしているうちに、普通に外は暗くなりかけていて、自転車を借りられる時間もあるし、と帰ることになった。なんもしてない。なにしに来たんだ。帰りは有馬が漕いだ。すごい早かった。
「めーっちゃ混んでんじゃん」
「……夜ご飯時だしね」
「名前書いとこ」
「……ねえ」
「ん?アリマって書いた」
「貸切って書いてある」
「え?」
誰かの結婚式の二次会があるらしい。置いてある予約ボードの横にも、本日貸切のため、と貼り紙がしてあるけれど、有馬は気づかなかったらしい。よく見ると、たくさん名前が書いてあるのもみんな昨日の日付だし。恥ずかしー!と有馬が自分の名前をぐしゃぐしゃ消している。確かにちょっと分かりにくいところに貼ってあったかもしれない。横だからね。
「どうすんだよー」
「帰ろうか」
「さっきからすぐ帰りたがる!弁当俺といるの嫌みたい!」
「嫌……では」
「晩飯どうしよ、腹減っちゃったよ」
うーむ、とレストランガイドとにらめっこしている有馬の横で、こんなことならここを出る前にステーキ屋さんを覗いておけばよかった、と思う。人気のお店らしいし、隣に結婚式場があるから、このモールの中ではお店の貸切が然程珍しいことではない。吹き抜けになってる大きい窓から、お昼にハンバーガーを食べた広場が見えた。
「……有馬」
「あ?」
「出店が出てる」
「どこ?」
「広場。イベントかな」
「ほんとだ。行こうぜ」
「うん」
ちょうちんがぶら下がってて、どこからかお囃子が聞こえる。夕涼みのお祭り、ということなのだろう。つい最近まで暑くて、寒さすら感じるようになったのは今朝からの話だから。
いか焼き、りんごあめ、たこやき、チョコバナナ、焼きそば、じゃがバター、かき氷、フランクフルト、焼き鳥。どうして出店の食べ物っておいしそうに見えるんだろう。あれこれ買いすぎたかもしれない。いつの間にか、有馬が片手にビール持ってた。焼き鳥の時に一緒に買ったのかな。
「かんぱーい!」
「かんぱい」
「うめー」
「おいしい」
「これはこれで良かったなー」
「……お祭りなんて、行かないし」
「かき氷溶けちゃうな」
「……甘いものは後で買えば良かったね」
「そうなー」
涼しい風が吹き抜けて、気持ちよかった。おいしい。なんか、今日は食べてばっかりな気もするけれど。子どものはしゃぐ声に、あっちでスーパーボールすくいやってるんだな、と有馬が目を向けた。頷きながら、そっちに目をやる。テントの下では大人がお酒を飲んで上機嫌に笑っている。夏の終わりとしては、上々なんじゃないかな、なんて。

「あ。伏見からラインだ」
「ん」
「あ!?あいつラーメン食ってやがる!」
「……お葬式は?」
「終わったんじゃね?ほら。小野寺とラーメン食ってる」
「……お葬式の後にラーメン食べる?普通」
「相当腹減ってたんじゃねえ?」
「うん……」
「今度はみんなでステーキ食いに行くかー」


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