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おはなし



「もうすぐ小野寺が誕生日なんだって」
「……そうなんだ?」
「うん。9月入っても暑いなーって話ししてたら、そういえば!って言ってた」
だからそうなんだって!と笑った有馬は、バースデーサプライズとか、ぱーっとお祝いとか、そういうことが大好きなので、にまにまと小野寺の誕生日に向けての計画を練り始めた。ケーキ買ってきて昼飯の時に出してやろうぜ!と、満面の笑み。いつ買ってくるつもりだ、冷蔵庫を持ち運びでもするのか、と自分でも分かるくらいの呆れ声が出て、有馬の言葉に深い溜息をついた。
「え?コンビニで買ってくんだよ!そのまま渡してそのまま食って貰えばいいじゃん!」
「……そう……」
「なんでがっくり?あ、弁当も食べたかった?一緒に買っといてやろっか」
「いい……」
「なんで!」
「そんなに食べれない」
「ああ」
ああ、じゃねえ。納得するな。ぽん、と手を打たれて、気が抜けた。

なんて話をしたのがいつだったろうか。9月の頭だった気がする。それから、すっかりそんなことは忘れて普通に過ごして、いつも通りの今日がきた。二限始まりで小野寺と会って、おはよう、課題終わった?なんて話して、チャイムぎりぎりで有馬が滑り込んできて、伏見は小野寺曰く「二日酔いで死んでる」。本当かどうかは知らない。ただ、伏見の意識があって自分で休むと決めた時には、代返のお願いとか、授業の内容を後で教えて欲しいとか、そういう連絡が来ることも少なくはないので、本当に体調が優れなくて寝ているのかもしれない。小野寺がそれを知っているということは、小野寺の家でぐったりなのだろう。伏見が自分の家に寄り付きたがらないことは、隠されているようで周知である。
「腹減ったー」
「あ。伏見昼食べてから来るって」
「次の授業、休むとレポートだもんな」
「……お昼買ってきたら。俺、持ってる」
「弁当今日の昼なに?」
「おにぎり……」
「じゃあ昼飯買って来るー」
「あ、俺も」
「ええ!?」
「えっ、ええ!?」
びっくりした。心臓が飛び出したかと思った。大声と大声で怒鳴りあうのやめてほしい。朝買ったおにぎり、鞄から出そうとして落としかけたじゃないか。最初のが有馬で、それに驚いて同じような声をあげたのが小野寺だ。え?お?ん?と二人で首を傾げあっているので、大声のショックで記憶を失ったのか、と心配になる。
「……ご飯、買ってきたら……?」
「あ、ああ、そう、そうだった。行ってくる」
「俺も、」
「いやいや!小野寺は座ってろって!な!買ってきてやるから!な!」
「えっ!?なに!?だからさっきから、有馬なんなの!?」
「うるさい!座れ!」
「わああ」
座れ、と言われて大人しく座るところに、ししまるを思い出した。怒鳴られた挙句に何故か昼飯を買いにも行かせてもらえない小野寺。かわいそうに。誕生日なのに。
思い出したのは、ししまるのことだけじゃなくて、小野寺の誕生日のことだった。確か今日じゃなかったか。有馬は、あの時考えた雑なサプライズを有言実行しようとしているのだ。しかし、当然ながら、小野寺がコンビニについてきてしまっては、こっそりケーキを買ってびっくりさせる計画は台無しである。だから有馬はなんとしてでも小野寺をこの場に留まらせたいわけで、だからあんな大声だったのだ。そこまではわかる。けど、最初の「ええ!?」のトーンからして、まさかお前もコンビニに行きたいとは、信じられん、という気持ちが見え隠れしていた。いや、昼飯買いにそりゃコンビニぐらい行くだろ。だからあの、サプライズを考えていた時点で、それをバレずにやるのは無理難題なのでは、と溜息をついていたのに。この青ジャージは全く気がついていなかったらしい。馬鹿だ。
「なに食う?カツサンド?」
「えー、決めてないから選びに行きたかったのに、マジで俺行けないの……」
「カツサンド?」
「……有馬はカツサンドがおすすめらしいよ」
「……カツサンド以外のもの」
「なんでだよ!」
じゃあメロンパン、あとチキンの辛いやつ、野菜ジュース。有馬が「いつものやつな!」と去って行ったけれど、いつものやつと言うほど食べていただろうか。小野寺の方を見ると、微妙そうな顔だった。恐らく、いつものやつではない。
「なんなんだろー」
「……なんなんだろうね」
一応、知らんぷりをしてあげた。あんながばがばな隠し方でも、小野寺相手だったら通用するかもしれないし、サプライズを企てている有馬がばれてないと思っているなら、俺がばらしてしまっては申し訳ない。ケーキが出てきてびっくりしてくれたらいいけど、とぼんやり思っていると、伏見の連絡に返事をしていたらしい小野寺が、あ、と声をあげた。
「もしかしてさあ、有馬のあれ、俺今日誕生日だからかな?」
「、」
「奢ってくれるのかなー、昼飯!」
普通に絶句してしまった。ばれてる。いくら小野寺相手でも、そりゃ流石にばれるか。けど、掠ってこそすれ、絶妙に合ってない。もっと高いものお願いすればよかったなー、とにまにましている。この調子なら、普通にケーキも喜んでもらえるかもしれない。よかった、と一人内心で頷いていると、野菜ジュースじゃなくてデザートを買ってきて貰えば良かった、それなら素直にカツサンドを頼んでも良かった、と期待混じりの後悔を口にしていた小野寺が、あ!とさっきより大きな声をあげた。
「ケーキとか買ってきてくれちゃったりしないかなあ!」
「……し……す、………しないんじゃない?」
「えー?」
すごい葛藤した。しない、とも、する、とも言い難い。背中が汗だらだら。なんでおめでたいはずの人様の誕生日にこんな追い詰められなきゃならないんだ。今日に限って勘が冴え渡る日らしい小野寺が、でもコンビニにもケーキは売ってるし、と付け足して、まさかな!そんなわけないか!と締めくくった。そのまさかだよ!そんなわけなくないんだよ!さっきからどうして、そこまですれすれで分からないんだ!頭を抱えたい、ここから逃げたい、と目を遠くに向けていると、携帯が震えた。有馬から、ケーキあった!ろうそくはないから割り箸を刺す!とのことだった。なんの儀式だ。木の棒が突き刺さったコンビニスイーツを想像して半笑いで固まっていると、どかんと音を立てて狭い部屋の扉が開いた。ここ一応、休み時間の空き教室をお借りしているわけだから、もし誰か何も知らない人が「ここでご飯食べてもいいですか?」って入ってきてたらどうしようとか思わなかったわだろうか、と現実逃避をする。食堂空いてなくて…とか、有り得ない話じゃないだろう。扉の開いた音にまず驚いたらしい小野寺が飛び上がって振り向いた。
「じゃーん!ハッピーバースデー!」
「え?わあ、ケーキ!弁当、ケーキだよ!」
「……わーびっくりしたー」
「棒読み!」
「ふふー、小野寺、なんと、弁当もグルだったのだー!」
「えー!」
いや分かるだろ、分かれよ。小さいケーキに、墓標のように割り箸が突き刺されているのを見て、もったいない、と眩暈がした気がした。きゃっきゃと喜んでいる小野寺が写真を撮って、有馬が、僭越ながら、とバースデーソングを歌い出す。がちゃがちゃだ。なんだこれ。
「なんで箸刺さってんの?」
「はっぴばーすでーでぃーあ、おのでらー!」
「有馬、なんで箸刺さってんの?」
「俺今歌ってるだろ!聞けよ!」
「箸」
「最初からもっかいな!」
嘘だろ。地獄か。

「忘れ物パンチ」
「うえ」
「……伏見」
「おはよ。あー、だるい」
ケーキ関連のざわざわが落ち着いて、3人で分け合った小さいピースはすぐ無くなった。忘れ物パンチ、に鍵を仕込んでいたらしい伏見が、お前どうやって家に帰るつもりだったんだ?と小野寺に聞いた。伏見が寝てたから自宅の鍵を置いていった、わけではないのかな。後頭部に鍵が刺さった小野寺が、いたい、とさすっていた。どかりと固い椅子に沈んで、あーあ、ともたれかかって来る伏見は、確かに力が無いように見えた。寝るかも、寝たら起こして、もし起きなかったら起こさないでもいいけど、と目を閉じながら訥々と言われて、頷く。体調があまり良くなさそうだというのも鑑みて。そんな伏見を有馬がつついて、おい、と声をあげた。
「伏見が遅く来るから、もう小野寺のお誕生日のお祝い終わっちゃったからな!」
「もう祝ったからいい」
「えっ!?」
「クソほど祝ったからもう今日は閉店。お祝い終了」
「なんだよー!勝手に祝うなよ!」
「馬鹿の声は耳に刺さる」
授業が始まると、伏見は眠たげな目で、時々身をよじりながら、辛そうに起きていた。小野寺が心配そうに見ているが、なんというか、「小野寺の家で伏見が寝込んでいる」のはよく聞くし違和感はない、し、「もうお誕生日のお祝いはした」「二日酔いでダウン」も合わせて考えれば納得はいくのだけれど、小野寺より余程自分のリミットが分かっているはずの伏見が一人だけ潰されているところとか、二日酔いってだけであの猫かぶりがここまで消耗するかとか、いろいろ思うところはあるのだけれど、口を出すと藪蛇になりかねないので黙る。下手に伏見をつつくと自爆テロを起こしかねない。
「べんと、なんか甘いものない?糖分が足りない」
「……今はない」
「げえ……弁当ならなんか持ってるかと思ったのに……」
「伏見いつも鞄に食料入ってんじゃん。尽きたのか?」
「あー、昨日小野寺んち行ってそのまま、鞄の外見汚しちゃったから、中身だけ入れ替えて、鞄こいつの借りて、だるいから重いのやだし、いらないもの置いてきて……」
「伏見変だぞ。小野寺ちゃんと持ち帰れよ」
「うん……」
しょぼくれている。確かに変だ。熱があるのでは?と有馬が額に手を当てても動かない。ちなみに熱はなさそうだった。ただだるいだけか。
「つかれたあ」
「早く帰りな」
「んー。お腹空いた」
「……おにぎりならあるよ」
「くれんの?」
「うん」
「弁当好き……」
「……それ昼飯のやつじゃ……」
「二つ買ったけど食べきれなかったから」
「嘘だろ?」
「弁当が消滅しちゃう」
「自分で食いなよ……痩せ細る弁当見たくないわ……」
がんばれ、暑さに負けるな、と自分もへたばってる伏見に元気付けられた。なんで。



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