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No one matters but you



新城出流。幼少期に子役の経験を持ち、しばらく休業期間に入った後、剣崎仁志初監督作品である「瓦解」で主演を演じる。整形し顔を変え連続殺人を犯す過去の人気俳優の役を熱演し、その後さまざまなドラマ・映画に出演する。代表作は、愛に生きた武士の一生を描いた「桜の下」。人口知的生命体との戦いを描く大ヒット人気漫画の映画化、「ハローユニバース」。三日後に終わる世界で生き残る術を探すサスペンス「漂流」。
中野竜比古。18歳で舞台デビュー、バイプレイヤーとして活動を続けていたが、「瓦解」で新城出流とダブル主演。その後、舞台・映画に多数出演、昨年度、最優秀助演男優賞を受賞。代表作は、一家殺人事件で生き残った子どもの復讐を描く「かすみそう」。大手企業の中で巻き起こる昇進戦争群像劇「ゲットアップレディー」。現代版に再編され、ロングランとなった舞台「ロミオとジュリエット」。
「みい」
「……おー、ぶち。新城だよ」
膝に登ってきたぶちに、ほれ、と雑誌を見せると、そっぽを向いて寝てしまった。ほんと嫌われてるな。
二人が対談する雑誌があるというから、買ってみた。説明欄には、およそ書ききれないから端折りに端折った出演作が書かれていた。他にもたくさんやってるし、あれもこれも、とぼんやり思いながら、ページをめくる。『伝説の映画「瓦解」から◯年!ついに再共演を果たす二人のロングインタビュー!』を筆頭とした文字を読むと目が泳ぐ。別に重要な話はしていない。芸能人モードの新城は当たり障りないことしか言わないし、中野さんはそもそも基本的に根幹に関わることは言わない。上っ面と上っ面の対談だ。何が楽しいんだろう。
再共演。こないだ新城がげんなりしてた。別に中野さんとやるのが嫌だとかじゃなくてこの役があんまり気乗りしないっていうか俺とあの人そういう感じじゃないっていうか…だそうだ。共演の内容までは聞いてない。映画じゃなくてドラマらしい。ぺらりとページをめくって、吹き出した。

「ただいまー」
「おかえり」
わざと雑誌に載ってたポーズを取って出迎えたら、にっこにこだった新城が、びしりと固まった。笑い出さないようにこっちは必死なんだから、早くなんか言って欲しい。
「……見たな?」
「見た」
「……今回は中原くんの目に映らないように全力を尽くすべきか本気で悩んだのに……」
「ふっ、おまっ、お前の、っキメ顔、ぶふっ」
「いくら中原くんと言えどもー!」
「あっは、ははははは!」
飛びかかられて、申し訳ないけれどげらげら笑ってしまった。だっておかしくて。次の共演作は、中野さんとバディの刑事物、なんだとか。ただ普通のハードボイルド刑事物じゃなくて、新城は元双子で片方が死んでてその人格だけが残った二重人格の役で、中野さんは上司役なんだけど女性恐怖症で動物嫌いで辛いものしか食べない、などなど、ピーキーな設定がかなり付与されている。面白そうだけど。二人が初めてやったあの映画と、ベクトルは違うけれど同じように、どんな役にでも成り代る新城と、どんな役でも自分に取り込む中野さんだから、できる気もするし。
「はー。笑った」
「いいのお?連ドラだよ?しかも期待大のやつだよ?俺忙しくなるよ?あーあ、中原くんってばまたどうせ体壊すし!?それに!寂しくなっちゃうよ!?」
「ぶちがいるから平気」
「ぐぬ……」
にゃおん、と鳴いて寄ってきたぶちに、飯にしようなー、とリビングへ足を向ける。ねえ!ねええ!と新城が追ってくる。お前が忙しいのなんていつものことだろ。
あむあむとご飯を食べてるぶちは、先日拾った猫だ。黒と白のぶち柄で、金色の目。本当なら獣医さんにお願いするとかして、誰か別の人に譲るつもりだったんだけど、出来なかった。新城も、俺も、そこまで面倒を見て手放せるわけもなく、痩せっぽちだったぶちがちゃんとご飯を食べてくれるようになった時点で愛着が湧いてしまって、飼うことを決めた。中野さんは猫が好きらしく、新城が写真をたくさん送って自慢するのもあって、うちに猫缶を持ってきてくれたこともある。今食べてるのは俺が買った安いカリカリ。中野さんが持ってきてくれるのは高価な猫缶。その差を知らない満足げなぶちが丸くなって、くしくしと顔を洗う。かわいい。
「中野さんと俺、セット扱いなの……?中原くんどう思う……?どういうこと……?」
「うるせーな、仕事なんだからしゃんしゃんやれ」
「ねー、ぶちー、中原くんが泣いてたらぶちが慰めてやるんだよ」

「ぶち、ただいま」
「なぅ」
「新城は今日は帰ってこないって」
その代わりにテレビに出てるぞー、とリモコンを手に取る。ネクタイを外しながらソファーに沈んだ俺に近づいてきたぶちが、テレビに背中を向けて俺の膝に乗った。お前もしかして、新城の顔が嫌いなのか。気が合わないな。顎や眉間を撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細めた。膝に乗られると、飯も飲み物も取りに行かれないんだけど。
しばらく前に収録は終わってて、番宣で出るんだって言ってた。武蔵の野郎!とも言ってた。なんか、サングラスとスーツの鬼から走って逃げるやつ。出る代償として、水棹さんに過去の同番組の録画を全て要求したらしい。報酬金が出るからって、とてもがめつい悪い顔をしていた。延々テレビに向かっている時の新城が割と怖かった。あいつ集中しだすと目ぇかっぴらいてぶつぶつ言いだすんだよな。それを指摘したら、母譲りで、と照れていた。
「おー、走ってる走ってる」
「なーお」
「ぶち、新城が大金持って帰ってきたら、いい猫缶買ってもらおうな」
捕まったら負け、という単純なルールだ。アイドルも出てるし芸人も出てる。裏のかきあい、小狡い作戦、なんでもありらしい。うーん。ぶちを一旦膝に下ろして、晩飯をあっためながらぼんやり呟く。
「……なんでもありのルールで、新城が負けるわけないよなあ……」
新城出流はハイパーせこいので、過去作を全て見て研究を重ねたことなんてはなからおくびにも出さず、最後まで逃げ切る算段をつけて体力配分をし、画面に映ることを捨てて隠れ、無駄に走らず逃げ切れる場所で待機し、身内の裏切りは見て見ぬ振りをして自分の手は汚さず、勝てる勝負にだけ決死の形相の演技をして打って出て、捕まった身内を助けようというポーズだけとって好感度を上げることも忘れず、ぎりぎり最後にきっちり自首して、要はお金だけもらって勝ち逃げした。もう叩かれてしまえ、お前のようなやつは。このお金でみんなで打ち上げに行きましょうね!なんてにっこり言ってたけど、あいつ付き合い悪いから絶対行かない。一応ツイッターを見たら、番組名はトレンドに入っていた。誰か新城のこと叩いてるかな、と思ったけど、かっこいい!さすが!スマート!なんて意見が多数だったので携帯を放り投げた。誰も分かっちゃない。
「……ぶちー」
一人ぼっちだったら、耐えきれなかったかも。今までどうやって一人で新城を待ってたのか、忘れてしまった。ふわふわの毛並みを撫でながら、おっきくなれよー、と適当に思いついた言葉を口に出せば、太ももの辺りを肉球でふにふにと踏まれた。猫の愛情表現らしい。動画撮っちゃお、新城に見せてやるんだ。

ドラマの撮影が始まってしばらくすると、他に抱えてる仕事も重なって、新城は自分で言った通りに忙しくなった。帰ってきても深夜だったり、朝になって着替えだけ取りに来たり、はたまた昼のスケジュールが空いたから寝ると寝室に駆け込んだり。俺は普通に毎日仕事があるので、朝家を出て夜帰る生活を送っている。厳しい時には飯なんか置いとかなくてもいいって言ってるのに、余程のことがない限り、晩飯が必ず置いてある。泊まり撮影の間はどう考えても無理だけど、そういうわけじゃなくて夕食がない日は今までを遡っても数日しかないし、その数日は決まって本当に申し訳なさそうな顔で謝られたり、埋め合わせだからと後日はちゃめちゃに豪華な飯と美味い酒が出て来てべろべろになる。だから、今朝起きて「今日から明日の夜まで泊まりになりました。ごめん!ちゃんとご飯食べてゆっくり休んでね!いつでも見てるからね!」という書き置きがあって最初に思ったのは、前に一度だけ作ってくれたローストビーフ丼がもう一度食べたいから強請ろう、ということだった。ていうか、最後の一文が怖すぎるだろ。いつでも見てるって。本気か嘘か分からない。
「なーお」
「おはよ、ぶち。新城は明日の夜までいないってよ」
買い置きのシリアルを適当に食べて、ぶちのご飯とトイレを整えて、いい子に待ってろな、と頭を撫でる。寝癖を直してスーツを着て、髭はまともに生えた試しがない。隣が冷たいベッドでしばらく寝てるせいで、目の下の暗さが目立ってきた。新城に見つかったら、ほーらね!って言われるな。
一応、新城は芸能人なので、このマンションのセキュリティはかなり厳しい。こんなところにどうして俺まで一緒に住めてるのか、甚だ疑問である。エレベーターもいろんなところにあるので、他の住人と顔を合わせることも少ない。一階まで降りると、24時間在中のコンシェルジュが、おはようございます、いってらっしゃいませ、と柔らかな声で挨拶をして頭を下げた。あの人は友達とかに、私が働いてるマンションに新城出流が住んでるんだけど!とか言ったりしないのかな。できないのか、保守義務みたいなのがあるから。一応頭を下げて、無言のまま挨拶を返して、自動ドアをくぐる。
今日はゴミの日だから、マンションの外にあるダストステーションがいっぱいだ。俺も使うけど。扉を開けてゴミ袋を放り込んで、後ろから歩いて来た人がゴミ袋を持ってるのを見て、扉を開けたまま待つ。この距離で閉めるのも嫌味だし、ここを使うってことはあのマンションに住んでるってことだ。ありがとうございます、とマスクをつけた若い男がゴミ袋を入れ、何故かそのままダストステーションの中に入った。なんか間違えて捨てちゃったのかな。開けときますよ、と声だけかけて、ストッパーを下げて扉を開け、駅への道を辿る。近いから、そんなでもない。はずなんだけど、帰り道は異様に長く感じるのはどうしてなんだろうな。

「おつかれさまでした」
「おつかれ!俺ももうすぐ出るから、中原先に上がっていいよ」
「はい。鍵お願いします、すみません」
「いいのいいの!」
あっけらかんと笑った同僚にお礼を言って、会社を出る。急に残業になってしまった。ぶちは大丈夫だろうか。お腹を空かせていたら申し訳ないな、とホームに向かう足が急ぐ。ぎりぎりで飛び乗った電車の中で携帯を開くと、新城からラインが来ていた。
『仲良くなった!今度うちに来たいんだって、どうしよー?』
「……町田侑哉じゃん」
いえーい、という言葉が相応しいピースサインで映っているのは、新城と、最近よくテレビで見る若手俳優、町田侑哉だった。この人、なんかの特撮で主演やった、んだっけ。今度のドラマで共演するのか。金髪が似合う。なんていうか、こう見ると、新城って芸能人なんだなあ、と思い直してしまって、もやもやする。どうしようもこうしようも、呼ぶなよ。俺も住んでる家だぞ、男二人で同居してるなんて、側から見ておかしいだろ。『いやだ』と三文字打ち込んで送信して、ちょっと後悔した。せっかく仲良くなったのに、俺のせいで距離が空いちゃったら、新城は俺のこと嫌になるかもしれない。そんなことないかもしんないけど、多少嫌になってもらうぐらいの方がちょうどいいかもしんないけど、でも、愛想尽かされるかもしれない。嫌な想像に、なんか泣きそうだ、と自分でわかるぐらい目頭がじわじわしてきて、考えるのをやめた。何度か打ち直して、最終的に送ったのは『やっぱり嘘』『呼べばいい、俺も会ってみたい』なんて文章だった。会ってみたい気持ちは嘘じゃないけれど、打ち込んだ言葉は嘘ばっかりだ。
駅から出たところで、人にぶつかりかけて避ける。すいません、と掠れた声が出て、相手に聞こえていただろうか、不快に思われたままなんじゃなかろうか、と不安だけが増していく。俺がこんなんだから、新城だってほんとなら、もっともっとお仕事したいはずなのに、足引っ張ってるんじゃないかな。ぶちのことを拾ったのも俺だ。面倒は極力一人で見るようにしてるけど、本当は嫌だったりしなかったかな。新城の考えてることは、いつも、いつでも、いつまでも、何一つ分からない。雨の匂いがして、ありふれた街の喧騒が全部自分の悪口に聞こえて、かき消すように煙草に火をつけた。歩き煙草すると罰金払わなきゃいけないけど、歩き煙草してるのが警察に見つからなければいい話であって、だから早く、早く帰ろう、帰って寝よう。今晩もどうせ、一人きりのベッドだ。いつもより早足でマンションに着き、郵便受けを見たら何故かゴミが入っていた。嫌がらせか。コンビニのレジ袋を引っ張り出して、エレベーターホールのゴミ箱にぶち込んだ。最悪の気分。

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