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おはなし



「うらない〜」
「……そういうの信じてないんだけど」
「あかりちゃんは、えーと、えー」
すごくそっぽを向いているけれど、耳は完全にこっちを向いている。あからさまにそっぽ向きすぎて、実はこっちが気になってるのがばればれだ。占いとかおまじないとか、ちょっと気にしちゃうタイプなのは知ってる。だからやってる!
えーと、うーん、えー、って迷ってたら、なんなの、って急かされた。気になるんなら、気になるー!って言えばいいじゃん。絶対言わないよねー!あかりちゃんはそういうとこがほんっとかわいいよねー!
「健康、元気元気!」
「おー」
「お金、あんまり使いすぎないこと!」
「……おー」
「恋愛運!」
「おー」
「……………」
「……………」
「……………」
「……なによ?」
「うふふ……」
すごい気になってる。訝しげな目で見ている。なんなの、と重ねたあかりちゃんに、えー、知りたい?知りたい?って擦り寄れば、跳ね除けられなかった。珍しい!本気で気になっていらっしゃる!
「恋愛運、はねえ、んふふー」
「何」
「好きな人と、急接近の、チャーンス!」
「……………」
「めっちゃ見るじゃん!おもたい!」
「貸しなさいよ」
「いやですー!へーえ!ひゅー!なるほど!?急接近するとこうなってこうなると!?」
「あ″あ″!」
「な、なにしてるの」
どたばたしてたので、見るに見かねたのか、まきちゃんが声をかけにきた。重たそうな本読んでたから、集中してるから話しかけなかったんだけど、騒ぎすぎちゃった。よく見たら、他のクラスメイトからも、高井が本橋をまたおもちゃにしている、ってぼそぼそ言われてるし。いっけね!
「騒ぎすぎよ。休み時間だからって」
「おお……まきちゃんが委員長してる……」
「?」
「まきちゃんも占ってあげよっか?今月の運勢がね、なんとここに書いてあるんですよお」
「いい、信じてないし……」
「恋愛運はー」
「……………」
「……………」
「……なに?なんで黙るの」
「うふぅ……」
堪え切れない歓喜の笑いが漏れた。まきちゃんもこういうの気になるんじゃん!信じてないとか言って、聞きたいんじゃん!恋愛運!いくら堅物委員長ぶったってだめなんだからね、あたしにはかわいいかわいいまきちゃんなんだからねっ!と言いたいけど我慢した。変な笑い、と引く二人に、まきちゃんのはここ、と雑誌を広げてみせる。ふうん、と声を上げたあかりちゃんが、読み上げる。
「恋人と更に燃え上がる好機」
「……恋人がいる前提……?」
「ラッキーアイテム、黒い下着」
「まきちゃん!買いに行こう!ダッシュ!」
「いらないわよ!」



「と、女子が昼に話してたの聞きました?」
「聞いてない」
「聞いてない」
「なんて?」
「航介が瀧川の話をそもそも聞いてなかったって」
「眠くて」
「クソ、クソ、お前が一番のクソ」
「あ?」
都築、俺、航介、と指差した瀧川が死んだ。お供え物はポッキーがいいかな。嘘です。
「俺も占いがしたい」
「高井さんに見せてもらえばいいじゃん。女の子向けの雑誌に載ってるやつでしょ?」
「えー、なに見てたんだろ。セブンティーン?ニコラ?」
「なんで都築詳しいの?」
「mini?vivi?sweet?ar?MORE?」
「都築なんて?」
「分かんない」
「呪文だ」
なんで都築が女性誌に詳しいかなんてどうせ姉と妹、もしかしたら母の影響なので、ほっとくとして。やりたいやりたい!占い、もとい女子向けの雑誌を見たい!どんな男子がモテるのかとか載ってるかもしれないしあわよくば俺はそうなりたい!と幼児のような地団駄を踏む瀧川に、本日放課後暇な人、と挙手を募った。都築も航介もどうせ暇だよね。まあ手なんか上げてないんだけど。
「でかい本屋行ったら雑誌ぐらい一億冊売ってるよ、放課後寄ろう」
「イエー!朔太郎!」
「いええ」
すごい強いハイタッチ。俺は別に女子向けの雑誌は読みたくない、瀧川が一人で燃え上がって爆死するのがおもしろそうだから。航介と都築もそのモチベーションなんだろうか、と、無理やり誘ったことをすっかり忘れて見れば、ふにゃふにゃと大変ふわふわな理由をとってつけていた。
「……こないだ都築から借りた漫画何巻まで出てるっけ」
「えー、あれ、途中までしか俺集めてない。航介に貸したのも途中までだよ」
「ふうん……本屋行くなら続き買う」
「貸してよ」
「うーん、読んでから」
ゆっる。航介って都築相手だと割と殺伐としないよね。俺のことはすぐグーでぶつのに!

放課後。自転車で、地元で一番大きい、スーパー兼服屋兼本屋兼その他諸々屋さんにやってきた。ここにくればなんでも揃う。例えばさくちゃんの今日のパンツとか。
本屋さんの前で、なかなか進もうとしない瀧川を先頭に、早く行け、用事を済ませろ、とみんなで押しているのだけれど、異様に踏ん張ってるせいで全然前に進まない。航介がめんどくさそうに地獄万力のような力で瀧川の背中を押しているけれど、鞄がみしみしやばい音を立てるだけで瀧川が進んでくれない。なんでや。
「早く買ってきなよ」
「待って」
「いたーい、ただよしくん指もげちゃーう」
「待って。待って」
「誰もなにも言ってねえだろ」
「俺に出来るだけぴったりついてきて」
「嫌だよ」
「なんでだよ」
「あそこだけ薄ピンクの甘い匂いがする気がする……」
「ねえー、ただよしくんの指もうもげてるー、人差し指なーい」
あそこ、と女性誌コーナーを指差しながらよく分からない幻覚を見ている瀧川が、踏みとどまる支点として、都築の人差し指を犠牲にしている。大丈夫?その真っ赤になってる指に、航介の押す力と瀧川の踏みとどまる力、全てが掛かってない?マジでもげない?俺、流石に友だちの指がもげるところは見たくない。
もういい、漫画のとこ行く、と諦めたらしい航介が都築の首根っこを掴んで引きずっていく。あーん、とされるがままの都築の人差し指に引っ張られて瀧川も連れていかれそうになっていたので呼び戻して、早く雑誌を買ってきなさいよ、と言ったものの。
「おなかいたい」
「はー!ばか!根性無し!」
「朔太郎買ってきて。俺より女子に近いだろ」
「どこがさ」
「目でかいし、妹いるし、顔が女っぽい。はいお金、俺トイレ」
「妹以外悪口じゃん!」
「褒めてる褒めてるマジで腹痛い」
なんて会話があり、一人で取り残されてしまった。航介はなんで都築を連れてったんだ、と思ったけど、二人は同じ漫画の話をしていたんだった。おおかた、航介は題名なんか覚えてなくて、都築の記憶力を頼りにしているってだけだろう。えー、じゃあマジで俺一人で選ぶの、女子雑誌。やだー。腹立つから子ども向けの絵本でも買って行ってやろうか、と思ったがお金が足りない。絵本って高いんだね。
どれにしよう。同い年くらいの子が表紙のやつの方がいいのだろうか。そもそも高井さんがどんな雑誌を持っていたのかすら分からないし、どんな雑誌に占いが載っているのかも分からない。もういっそ、占いの雑誌を買えば良いのでは?瀧川の要求は無視する形になるけれど。
「さくちゃん先輩!」
「わあああああ!」
「わああ」
「びっ、だっ、まっ、びっくりした!」
「びっくりした、ダンプカーでぶーん、まもりくんか、びっくりした!の略ですか?」
「そうだよ!違う!真ん中が違う!」
「まんなか?真守じゃなくて、マジシャンかと思いましたか?うふふ」
「ダンプカーでぶーん、マジシャン!だったらいよいよ頭おかしいでしょ!」
「先輩、お店の人がこっちを見てますよ。先輩のことが好きなのかも」
「うるさいからじゃない!?」
怒られちゃうから店を出た。先輩が見えたから走ってきちゃったんですよ!とにこにこしている後輩は小型犬みたいでかわいいので、頭を撫でておいた。させるがまま、どうぞ撫でろ、なところに末っ子力を感じる。
「なにしてたんですか?」
「雑誌を選んでたの」
「おすすめしてあげましょうか?」
「雑誌?おすすめがあるの?」
「はい!とっても嬉しい気持ちになります!」
むふー!と差し出されたのは、グルメ雑誌だった。うわー!嬉しくて幸せな気持ちになっちゃう!なにこのステーキ!なにこの唐揚げ!なにこのハンバーガー!分厚い!おいしそう!見てるだけで幸せになっちゃう!
「はっ、ち、違う!これを買いに来たんじゃない!」
「でも美味しそうですよ」
「美味しそうだけど違う!」
「ちぇー。戻して来ます」
あぶない。なんて幸せな雑誌なんだ。真守くんはなにをしていたの、と聞けば、これです!と高らかに突き上げられたのは購入済みの漫画だった。まだ制服だし、電車乗らないと帰れないのに寄り道なんて珍しい、と問いかければ、駅でお兄ちゃんに会ったからお買い物したいって連れて来てもらったんです、だそうで。どの兄だろう。そしてその兄はどこへ行ったんだ。
「東由利原先輩がいるのが見えたら後をつけに行きました」
「何故航介の後を……」
「スキなんですって」
「ひゅー……」
「ひゅー!」
「あ、そうだ、真守くんはお姉さんいるじゃない。お姉さんがよく読んでる雑誌とか、この中にないの?」
「これですか?」
「パチンコ情報誌!?嘘でしょ!?」
「あとはこれとか……」
「ペット誌……君の家ってペットいないじゃない……?」
「うーん、あ!これ、昨日みり姉ちゃんが見てましたよ!」
ようやく女の人が読んでそうな雑誌に辿り着いた。ちょっと年齢層が違う気もするけど、まあいいか。これを買います、とレジに向かって、じゃあ帰ります!と手を振る真守くんとさよならする。瀧川が帰ってこないなあ。トイレの中で苦しみのたうちまわっているのだろうか。
そして航介と都築も見失った。漫画コーナーにいないじゃないのよ、嘘つき!女性誌を持った俺一人置いてどこに行ったのよ!
「……………」
「……………」
「あっ、朔太郎くーん」
「……なにその不思議な空間……」
航介と都築を探して歩いて、通りすがったアイス屋さんの前に、仲有と、当也と、高井さんがいた。なんでだ。なにこの取り合わせ。高井さんが手を振っているけれど、当也と仲有が無の顔をしていて怖い。なぜ。不思議しかない。
「……当也なにしてるの?」
「……つかまった」
「なぜ……」
「俺はただ……ただノートと赤ペンを買いに来ただけなのに……仲有が」
「お、俺は弁財天が一人で暇そうだったから」
「暇じゃなかった、一人を満喫していた」
「……高井さんはなんでこの二人と?」
「えー、アイス食べたかったんだけど一人じゃ嫌だなーって。仲有はどうせ暇だし、アイス買ってくれるって言うから」
「お前、高井さんのアイスは買ったのか、俺のことは無理やり付き合わせて自腹でアイスを買わせたのに」
「いっ、い、いいでしょ、たまちゃんにアイスをプレゼントするのと弁財天にアイスを奢るのは違うでしょ!」
「言い方から扱いの差が表れている」
「やーん、あたしのために争わないでー」
きゃっ、と頰に手を当てた高井さんと、ものすごく嫌そうな顔で仲有を睨んでいる当也と、青くなってぶるぶるしている仲有。なんだこの歪んだ空間。なに持ってるの?と高井さんに聞かれたので、本屋さんで買った雑誌を見せた。こんなん読んでなかった?と確認したものの、反応からして全然違ったっぽい。
「ひゃー!朔太郎くんが大人のお姉さんの雑誌持ってる!」
「なにこれ。友梨音ちゃんにあげるの?」
「ううん、瀧川の」
「……は……あっ、ごめん、なんかよく聞こえなくて……」
「瀧川の」
「……………」
「……………」
「仲有、当也、二人して痛ましい顔をしないでやっておくれよ」
「朔太郎くん!見てっ、見てもいい!?」
「いいよ」
「ひえー、大人だー、お姉さんの雑誌ー……」
どれ、と覗き込んだけれど、うん、確かに、年齢層のターゲットが全然違う。彼氏探し中♡今日の仕事終わりは合コン!勝負服にはビビッドピンクを差し色に☆って感じ。高井さんが、はえー、と呆けた溜息をつきながら読んでいる。メイク術とかも載っているけれど、書いてある化粧品がこの辺じゃ売ってなさそう。選ぶ雑誌を完全に間違えたけれど、どうせ瀧川のだからいいか。うらないコーナーが掲載されていればそれでいい。
「……その瀧川は?」
「どっか行っちゃったのよ」
「一人なの?かわいそう」
「都築と航介もいたよ。どっか行っちゃったけど」
「完全に一人じゃん……」
「一人一人って言わないでよ!悲しくなってくる!」
「一人ぼっちなら一緒にいてあげてもいいよ」
「当也俺の話聞いてた!?」
そんなこんなで、アイスを買って来た。もうあの三人のことは忘れて、こっちに吸収合併されちゃうんだからね。期間限定のなんか変な色のまだらのやつがあったからそれにした。おいしい。何味だろう。
「うらないー、じゃあ、弁財天くんから」
「なぜ……」
「誕生日が一番早いから」
仕事運のところは関係ないので、金運と恋愛運とラッキーアイテムを見ることにする。金運、今月は大きな出費は控えた方が吉☆。恋愛運、彼氏と小さな事で争ってしまうかも!?冷静に自分の思いを伝えるよう心がけてね☆。ラッキーアイテムは、ターコイズブルーのネックレスだそうだ。語尾に☆をつけないといけない縛りがあるんだろうか。
「ターコイズブルーのネックレス持ってる?」
「持ってない」
「あたし持ってるよ、ターコイズブルーの石が入ってるやつ。今月中貸してあげよっか」
「え、いや、いいです……」
「仲有はー、あ!金運すごい良いね!収入アップのチャンスだって!」
「えっ、や、やったー……」
「でも恋愛運が駄目だって!彼氏にこっぴどく振られるけど今月中は新しい恋を探しても手酷い未来しか無し!」
「ええ!?俺振られるの!?」
「……まず仲有に彼氏はいないのでは……」
「ねー。現段階で彼女もいないしね」
「はっ……」
空想上の恋人にこっぴどく振られる未来を想像したのか涙目の仲有に、ラッキーアイテムはパープルのペンだって、と肩を叩く。紫って書けや、なんだパープルって。現実に頭が戻って来たらしい仲有が、たまちゃんのところはー、とにこにこ指で探して、ぎゃーん!と泣き声をあげた。
「だまぢゃん彼氏いるのおおお」
「いないよ……」
「仲有大丈夫?情緒おかしくなってるよ」
「存在しない彼氏に振られておかしくなっちゃったんじゃない」
高井さんの恋愛運、彼氏と旅行に行くと今よりもーっと距離が近づくかも☆。金運、狙ってたジュエリーが手に入るチャンス!出費をためらわないで☆。ラッキーアイテムは、キラキラしたポーチ。ここにきて色指定がなくなったぞ!
じゃあ朔太郎くんのー、と探してくれている高井さんが頭を下げた向こう側に、航介と都築と瀧川が歩いて行くのが見えた。歩きながら航介が、きょろきょろと辺りを見回して、こっちを見た。
「あー!」
「うわあ」
「いたー!」
「どこ行ってたんだ」
「こっちの台詞だよお!」
大声をあげた俺に、こっちを指差した航介が二人に何か言って、ぞろぞろと近づいて来た。仲有ががさがさしながら当也の後ろに隠れた。まだ航介が怖いらしい。怖がられていることが本人に気づかれていないのが唯一の救いだ。
「雑誌買えたの?」
「買ったよ!まもりくんに助けてもらったんだよ!」
「ああ、航介がすごい絡まれてたよ」
「どの兄だったの?」
「……一番下」
「怖い人」
「当也即答じゃん」
「……悪い人ではないのは知ってるから……」
「朔太郎くん3月生まれだっけ?」
「1月」
「はい!俺!瀧川時満!4月!し!が!つ!」
「朔太郎くんは、金運、大きい買い物に踏み切るなら今!」
「何買ったら良いかな?家?」
「俺の声もしかして高井さんに聞こえてなかった?」
「恋愛運、新しい出会いに恵まれる月!恋人ができちゃうかも!」
「えー、お胸の大きな大人のお姉さんとの出会いがあっちゃったりするかなー」
「それは恋人じゃないんじゃない?」

「男で囲んじゃってごめんね」
「んーん、楽しかった」
「じゃあねー」
高井さんが歩いて行ったのを、仲有が慌てて自転車で追いかけた。二人きりなんだから二人乗りして帰りなさいよ。そして早く告れ。
帰るかー、とだらだら自転車の準備をしていたのだけれど、いつのまにか当也と航介が忽然と消えた。辺りを見回したら、二人だけ普通に入口の方へ戻って行くところで。雑誌の袋を瀧川に押し付けて、ばいばい!と手を振って二人に追いついた。
「なにしてんの!」
「ゲーセン」
「俺も行く!」




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