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おはなし



「たんけんしよ!」
「おおー!」

いつもとおんなじに遊んでいたある日、もりすけが人差し指を立てたので、ぼくらは探検隊を結成した。小学3年生の夏休みだった。隊員番号1番、保高衛助。2番がぼく、辻海。3番、青根将生。まさきはずうっと、だめだよお、大人がいないと探検なんてケガしちゃうよお、とめそめそしていたので、もりすけに怒られた。明日けっこーだ!と木に登って座っていたもりすけはグーをお日さまに向かって突き出して、そのままバランスを崩して落っこちてきて、ひざこぞうを擦りむいた。まさきが泣いた。
次の日。装備、虫取りあみと、虫かごと、ちっちゃくなるつりざおと、おかしと水筒。あと、もりすけがお家から持ってきた懐中電灯。まさきが持ってきたカメラ。ぼくが持っていったのは、レジャーシート。こーちゃんとさくちゃんには、明日は探検をしてくるから!とちゃんと言ってきた。二人とも不思議そうな顔をしたけれど、困ったら帰っておいで、大ケガしたら痛いからな、って言ってくれた。うん。ぼく、ケガしない!ばんこそ持ってるし!
「しゅっぱーつ!」
「おー!」
「お、おー……」

どこに行くか決めてなかった。結局、いつもと同じ、神社の木の下。川沿いに歩いて、海に行こう!というもりすけに、海は車じゃないと行けないんだよ、こーちゃんが言ってたよ、と教えてあげたら、すねた。
「あの、あのね、ぼ、っぼく、地図書いた、かいてきたの、あの、みて、これつかって、たんけん……」
「ちず!?」
「あわ、ひぇえ」
「すげー!まさきすげーじゃん!やっるー!すっげー!まさき!おい!」
「えへへ、えへへへ……いた、もりすけくん、いたい、いたいよお……」
飛び起きたもりすけが、まさきの手から、まさきが書いてきてくれた地図を取った。地面に広げてみんなで見る。大きい地図だ。まさき一人でこれを書くのは、きっと大変だったはず。おかあさんに内緒で夜更かしして書いたんだ、とほっぺたを赤くして照れながら言うまさきに、すごいすごいと二人で詰め寄れば、爆発しそうなぐらい真っ赤になった。ぞうさん公園、保育園、小学校、川、お祭りやるとこ、あと自分たちの家。このへんが書いてないなあ、けど何があるかは分からないなあ、と三人で頭をひねって、今日はその「地図に書けなかった分からない場所」に何があるかを、調べに行くことにした。

「お家ばっかりだね」
「ま、まいごになったり、しないかな」
「しねーよ!あ!ちょうちょ!」
「あっ」
もりすけが走って行ってしまったので、まさきと一緒においかける。まさきのが、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ぼくより走るのが早いから、だんだん背中が遠くなる。もりすけはチーターなので、もうとっくに見えない。
「あぅ、も、もりすけくんっ」
「つかまえらんなかったー」
「ぜえ……ぜえ……」
「うみくん!うみくんがひゅーひゅーしてる!しんじゃう!」
「うみ走るのおっそいなー」
「も……もりすけが、はやい……だけ……」
「あら。大丈夫?」
汗だらだらだったぼくを隠すみたいに、影が被さった。三人で顔を上げれば、女の人が日傘を差して立っていた。すごい汗、とハンカチで頰を拭われて、冷たい手だ、と思った。
「あ、そうだわ。ちょっと待っててね」
「……行っちゃった」
「……きれーなおねいさんだったなー……」
「もりすけ、でれでれ」
「いいだろ!きれーだったろ!」
「……きれいでしたねえ……」
それは、そうだけど。まさきまでぽやんとしているのは、珍しい。ほんの数分で戻ってきたお姉さんは、はいこれ、とポッキンアイスをくれた。ひえひえでおいしい。三人だから、半分余って、それはお姉さんが食べた。
「虫取りしてたの?」
「おれたち、探検隊なんだ!」
「あら。そうなの」
「地図もあるんだ!ほら!」
「あっ、ぼ、ぼくが書いた地図」
「ぼくが書いたの?すごいわ、こんなに広い地図」
「……ふへ……」
「おねいさん、ここの家の人?」
「そうねえ。このあたりのことには、きみたちよりは、詳しいけど」
「じゃあ、案内してよ!」
「ええ?」
なっ、いいだろ!ともりすけが笑って、お姉さんも、いいわよ、と笑ってくれた。ぼくは元気になった?と顔を覗き込まれて、頷く。いっぱい走ったから、ちょっとエネルギー切れになっただけ。アイスで復活した。
お姉さんは親切だった。こっちに行くと、川に抜ける道があって。あっちに行くと、大きいスーパーに出られる道。そっちを曲がってお家の間を抜けてずーっと行くと、山の方。まさきの書いた地図を見ながら、じゃあ今はここのへんにいるんだな、とみんなで話して、おねえさんのいえ、と書き足した。お姉さんはちょっと恥ずかしそうだった。しばらく歩いた先、広い原っぱがあって、レジャーシートをしいて、休憩することにした。ここは昔工事してたのよ、と日傘を閉じたお姉さんが教えてくれた。なにを作る工事だったんだろう?
「ぼくたちは、ここの子?」
「うん」
「家このへん!」
「そうなの。よく歩いてきたわねえ」
「おねいさんは?」
「お姉さんは、お盆だから帰ってきたの。帰省ってやつね」
「おぼん、あっ、ぼく、おはかまいり、しました。この前、おじいちゃんのおはかまいり、お花あげて……」
「うみっ、ぼくもした、おじいちゃん!」
「おれはしてない」
にこにことぼくたちのお話を聞いてくれるお姉さんの長い髪が、さらさらと風になびいた。少し茶色がかったそれが、お姉さんの指に絡んでほどける。笑う時にきゅっと閉じる口が、さくちゃんがにまにまするときに似てるなーってちょっと思った。あと、まんまるの目とか。でもまさきもまんまるの目だし、ぼくの目だってまんまるだ。こーちゃんともりすけは違うけど。
おかしを食べて、お茶を飲んで、次はどこに行こう、と話していたら、まさきがリュックをがさがさしはじめた。これ、と取り出されたのは丸っこいカメラで。
「あ、ぼく、カメラ、おかあさんに借りて。ポラロイドカメラっていって、写真がすぐに出てくる、ふしぎカメラで」
「かーして!」
「あっ、もり、もりすけくん、こわしたらぼくっ、おこられる」
「おねいさん!はいちーず」
「え?」
「なんか出てきた!」
「その写真をかわかすと、すぐに見えるようになるんだ。もりすけくん、ぱたぱたして」
「おー!」
うにー、と機械の音がして、ポラロイドカメラから紙が出てきた。お姉さんに向かってシャッターを切ったもりすけが、紙をぱたぱたと振って、裏返して見て、またぱたぱたして、もっかい裏返して見た。
「なんもないぞ」
「え、あれえ……ほんとだ、まっくらだ……」
「まさき、こわしたんじゃねーの」
「ちっ、ちがうよ、きっと、写真とる時に、もりすけくんの指がカメラの前にあって、まっくらになっちゃったんだよ」
「おれのせいかー!」
「うああ」
「どれ。本当に壊れちゃったのかな?」
お姉さんの細い指がシャッターを押して、出てきた紙を渡される。ぱたぱたしたら、ぽかんとしてるぼくがちゃんと写ってた。なんだ、もりすけがカメラの写真うつすところに指引っ掛けちゃってただけじゃんか。壊れてなかったね、よかった、とカメラをまさきに返したお姉さんが、伸びをして立ち上がった。
「お尻が痛くなっちゃった」
「おねいさん、帰っちゃうの?」
「あら。もうちょっと案内してあげてもいいのよ?」
「ほんと!?」
「お姉さん、もうちょっとぶらぶらしたい気分だったりして。ふふ」

「こ、こわい……くらい……」
「まさき。ぼくがいるよ」
「うん……ころんじゃったら、ごめんね……」
「おせーぞ!はやく!」
「もりすけ、まって」
「転んじゃっても大丈夫、お姉さんが助けてあげよう」
暗くて、じめじめしていて、すべる。ぷるぷるしているまさきと手をつないで、前を歩くお姉さんともりすけを追いかける。さっきの原っぱから、来た方と反対側に歩いたら森があって、ここなんだろー!と目をきらきらにしたもりすけが、懐中電灯をつけて突撃したのだ。虫取りあみは、木に引っかかるから、おいてきた。お姉さんの日傘も閉じた。葉っぱのすきまからしかお日さまの光が入ってこないから、お昼なのに暗くて、まさきがずっとすんすん言ってる。大丈夫、お姉さんも「ここは怖くないよ」って言ってた。
「あっ」
「ひえっ、う、うみくん、なにっ」
「とかげ。とっ、と、おう、っ、つかまえた」
「ほ、ほんとだ……すごい、とかげつかまえるなんて……」
「つれてこう。こーちゃんに見せたげる」
「とかげは、なに食べるのかな……」
「虫とかじゃない」
「むし……」
とかげをつかまえたので、土と葉っぱと木の枝と一緒に、かごに入れた。なにやってんだよ!と走って帰ってきたもりすけが、とかげすげーじゃん!とまた目をきらきらにして、お姉さんもにこにこしていた。とかげ、いつもはつかまえらんないから、今日はのんびりなとかげと出会えて良かった。さくちゃんとこーちゃんに、つかまえたよって見せたら、神社のあたりにバイバイしてあげよう。
うすぐらい森にも目が慣れてきて、歩くのもさっきよりかはふらふらじゃなくなってきた。水の音がする、とみんなで草をかき分けたら、水たまりにしては大きい、けど池にしては小さいものがあって、すいすいとあめんぼが泳いでいた。ぱちりと写真をとったまさきが、だいはっけんだね、と地図に「もり」「いけ・もしかしたらみずたまり」と書いた。こんなところにこんなものがあるなんて、知らなかった。
「あ!りす!」
「えっ、どこ」
「あっち!」
「ああ、走ったら危ないわよ」
「だいじょわぶっ」
べしゃー!と思いっきり転んだもりすけが、どろんこになった。お姉さんが、ほら、もう、とかばんからハンカチを出してもりすけの顔を拭いてくれて、ハンカチと一緒に紙がかばんから出てきちゃって、ひろう。写真、みたい。真っ白できれいなドレスを着た女の人と、おなじ真っ白なかっこいい服を着た男の人。さくちゃんがよく着てるやつみたいな、なんだっけ、スーツ。おっこちたよ、と渡せば、お姉さんはすごく嬉しそうに受け取ってくれた。だいじなものなのかな。
「ええ。お姉さんの一番大事」
「このドレスの人、お姉さん?」
「いいえ。お姉さんの大事な人を大好きになってくれた、素敵な人よ」
「ふうん」
「このお兄さん、さくちゃんに似てる」
「あー、そうだなー、うみのさくちゃんとおなじみたいな顔だ」
さくちゃんを知ってるもりすけとまさきも、ほんとだ、にてる、と言ってくれた。スーツだからかなあ。そうこうしてるうちに、もりすけがおっきいくしゃみをしたから、森から出ることにした。びしょびしょの服だと、風邪引くんだもんね。
「あ。ねこだ」
「しろたさん!」
「うみくんのねこ?」
「ううん、ちがうけど、しろたさんとはなかよしで、あっ、しろたさんー!」
「まてよ、うみ!」
みい、と鳴いた白いねこ。森の出口で、まるでぼくたちを待っていたみたいだった。しろたさんを追いかけて走り出す直前、お姉さんがぼくたちの背中に向かって言った。
「またいつか、会いましょうね。お姉さん、きみたちとお散歩できて、楽しかったわ!」

夜ご飯。こーちゃんは洗い物してて、さくちゃんに今日あったことをみーんな話した。
「てゆーことがあって、探検は大成功だった」
「へえー。お姉さん、親切な人で良かったね」
「うん。うみ、おねいさんにちゃんとありがとーしたい」
「場所覚えてる?」
「ばっちし!」
「そんなにいろいろしてもらって、さくちゃんもありがとうしたいなあ。とかげさんも、生まれた森の方が元気になるかもしれないし」
「……うん」
そう、とかげさん、元気がなくなってしまったのである。それはよくない。明日行きたい、とお願いすれば、さくちゃんもお休みだからいいよ、とのんびり言われた。お皿を洗い終わったこーちゃんが、外に出て、すぐ帰ってきた。これ、とかごに入れられたのは、ミミズだった。
「こーちゃん、捕まえてきてくれたの」
「土掘ったらいるだろ、ミミズ……これで、明日までは元気でいてくれるといいな」
「うん!」

「ここ?」
「ここ。おねいさんち」
「……ここかあ……」
ここにはもう人は住んでいないよ、とさくちゃんに言われて、首をかしげる。だって、お姉さん、お盆だから帰ってきたって言ってたよ。そう教えてあげれば、困った顔で笑ったさくちゃんが、んーと、と喋り出した。
「ここね、さくちゃんのおばあちゃんち。海のひいばあちゃん」
「ひいばあちゃん……」
「海が小学校に上がる前に、病気で天国に行っちゃってね。お家の中の整理は終わったんだけど、家自体はまだ残ってるんだ」
「おねいさんなの?」
「ううん、おばあちゃん。さちえのとこに行ってみようか。若い頃の写真があるかもしれないよ」
さくちゃん、ちょっと泣きそうな顔だった。お盆だから帰ってきたんだね、と付け足したさくちゃんが、どんな写真持ってたって?と聞いてきたので、真っ白いドレスを着た女の人と、真っ白いスーツを着た、さくちゃんに似た男の人の、
「あ!」
「ん?」
「ドレスの人、さちえに似てた!」
「……おばあちゃんの棺に、さちえとお父さんの結婚式の写真、入れたもんなあ……」



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