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ここで死ね





「いっただっきまーふ!」
もう食べてる。そう口を挟むことすら躊躇うのは、目を輝かせて、おいしいおいしいと頰を緩められるせいで、絆されているからだ。
これがおいしそう、あれがおいしそう、とテレビやら雑誌やらを引っ張り出してきては指さされるのは、もう慣れた。有馬は俺のことを、見たものは何でもかんでも作れる天才か何かだと思っている。全くそんなことはない。おいしいと下がる目尻と上がる口角を見たいがために、こっちだって必死なわけで。思ったのと違ったと思って落ち込んでも、失敗作だからと隠しても、俺の作ったものに関しては一口たりともお残しを許さない有馬は、執念深く食い荒らしては次を求めるので、答えざるを得ない。良く思われていたい、なんて分不相応な欲は、ずっと染み付いて消えずにいる。
「んー。んむ、うまーい」
「……そりゃよかった」
にこにこしながら有馬が頬張っているのは手羽中の照り焼きで、まだ熱いのにも関わらずはくはくと頬張っている。お酒が進みそうだなあ、と笑われて、次はそうしようか、なんて返事をしながら。
「……………」
「ん、ん?べんと、食わねえの?」
「……食べる」
「うん。うまいぞ」
自分で作ったからそこまで大絶賛はできない。売ってるやつの方が何倍も美味しいと思う。そうじゃなくて。そういうんじゃなくて。
暑いから頭が茹だったのか、暑さに体力が奪われることで死が近いと勘違いした馬鹿な体が生命を残そうとしているのか、もう理由なんかどうだっていいけれど、一言でまとめると欲求不満だ。多分。そんなのなったことないから分からないけど、多分そう。そうじゃなかったら、「とにかくどうしようもなく有馬に飯を食わせたい」なんて訳の分からない欲に説明がつけられない。勢いよく齧り付いて掻き込む姿が見たい。おいしいと緩む頰が見たい。それ以上のなにを期待しているわけでもなく、かといってそれが性欲に結びついているわけでもなく、ただただ、有馬が飯をかっ食らっているところを見たくてたまらないのだ。頭がおかしい。自分でも分かってる。そういう行為に臨みたいと普通に欲情するより、むしろたちが悪い。有馬が飯を食っているのを見ている間に感じる気持ちを言葉にするなら一番近いものは「興奮」なんだろうな、と。だからきっと自分のこれは、欲求不満、というやつなのだろうな、と。そう結論付けただけなので、もしこれが頭の病気なら出来るだけ早く診断名をつけて薬を出してもらいたい。なんせ、そこに自分が一緒に飯を食う必要は、全くないのだ。なので、ぼおっと有馬の食事風景を眺める間、見ることに全振りしている俺の手は止まって、食べないのかと不思議がられることが最近とても増えた。不審がられるのは避けたい。けど、見たい。
一応、自分の分を手にとって、一口齧った。食えないほど不味くもないけど、有馬が絶賛してくれるほど美味しくもない。お店で買った方が絶対に美味しい。作り直しだ、と呑み下して目を上げれば、有馬が大口開いて、新しい肉に齧り付いたところだった。
「あぐ」
「……………」
「……なに?」
「え、あ、いや……熱そうだな、って」
「うーん、でも、ほら、熱いうちに食うのがうまいからふぁ」
はぐ、と齧っては、骨から肉を剥がしていく。綺麗になった骨は、ぽいぽいと皿の端に退けられて、べたべたの指先を舌で拭って、箸に山盛りのご飯を乗せて、口に運ぶ。していることは普通のことで、自分も食べ始めたら同じことをするんだろうけど、どうしてもこう、なんなんだろうな、これ。たくさん食べてもらえて嬉しいとか、美味しいって言ってもらえるから嬉しいとか、そういう可愛らしい感情であることにしたい。ぺろりと唇の端についていたタレを舐めとった有馬が、にんまり笑って指を伸ばしてきた。
「ぼおっとしてたら食っちまうぞー」
「ぇ、あ」
ひょいっと取られた肉が、ぱくぱくと有馬の口の中に消えて、腹へと落ちていく。ああ、自分の食べかけなんてものを、喰らい尽くされるところを、まともに見てしまった。脳味噌が溶けそうだ。呆然としていると、ショックを受けているのかと思ったらしい有馬が、おろおろしながら、まだこんなにあるから平気だよ、俺半分しか食べないし、弁当の分まで食べたりしないから、さっきの嘘だから、と弁解しだして、そうじゃない。
「……全部食べていいよ……」
「何言ってんだ、倒れるだろ!?」
有馬は、俺が食事をする様を、丁寧だとか静かだとか、アイスの時だけはいやらしいだとか、言うけど。俺もそうやってまともな感想を抱きたかった。食べかけを食べられて、やっとこの感情に正解の着地点が見つかった、正しくは、見つかってしまった、気がしたのだ。なんのことはない単純なこと、自分の作る食事に自分を置き換えていただけの話。
きっと、多分、比喩ではなく物理的に、俺は有馬に貪り食われたいのだと思う。

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