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ここで死ね




「俺は航介の足じゃないんですけど」
「朔太郎が来れない時はちゃんと泊めてるでしょ!こっちにも明日の仕込みがあるの!」
「潰すまで飲ませないでよ」
「それは知りませーん」
ぷいぷーい、なんて鼻歌なのか口笛なのか微妙なラインの歌を歌う都築に、溜息をつく。へらりと半笑いで幸せそうに寝ている金髪を見下ろしながら、重いんですよ、この人、とぼんやり思う。瀧川は、明日は仕事だからと早めに帰ったらしい。だったら航介もその時に帰ればよかったのに何故か飲み続けてしまい、接客もあって付き合えなかった都築を放ってぱかぱかグラスを空けて、歌って騒いで周りの客にもやんややんや持て囃され、そのまま寝落ちた、と。後半は、いつものやつか、としか思えない。一応無駄な抵抗をしておこう。
「俺が寝落ちても航介は迎えに来ないのに、航介が寝落ちると俺がお迎えに来るの、おかしくない?」
「朔太郎が寝落ちる頃には航介は仕事してるからだよ」
「そっか……それもそうだ……」
「別に置いてってもいいよ。裏で寝かすし」
「連れて帰るよ!」
「やる気まんまんじゃん」
「はー!?起きろし!俺に航介のこと背負えると思わないでよね!」

都築家を出る段階から、半分寝ぼけながらついてきた航介を、ようやく到着した江野浦家の航介の部屋のベッドに突き飛ばす。ちゃんと家まで送ってきてやったんだぞ、感謝しろよな。
リビングの電気が既についていたので不思議に思っていると、みわこが開けてくれて、今から仕事とのことだった。航介は?って聞いたら、お休みなんだって。みわことかずなりも、早く出て、午前中いっぱいぐらいで帰ってくるそうだ。航介起こして鍵閉めさせて帰れ、と無茶を言われて、そんなあ、なんて言ってる間に二人は仕事に行った。くそお。
「起きろー」
「……んん……」
「靴下脱ぐとかー、ベルト緩めるとかー、あるでしょ」
「……ゔるさ……」
「はー!」
耳元でわざと叫んでやれば、裏拳が飛んできてまともに食らった。酔っ払いのくせに馬鹿力、このゴリラ、アホゴリラ!鼻血出る!なんてぎゃいぎゃい騒いでいたら、航介がやっとこっちを見た。視線が合ったものの、聞き取れないぐらいものすごい低い声で唸ったかと思えば、髪の毛を掻き回しながら丸くなって、数秒後のろのろと身体を起こす。他人の寝起き、面白い。ぺたりと座り込んだままこっちを見上げてくるので、寝る前に俺が出て行くから鍵を閉めてくれ、と指差せば、聞こえているんだかいないんだか、無視だった。ぼけー、って感じ。おい起きろ、腑抜けてるぞ。
「ねえ、大丈夫?お水持ってきてあげようか?そしてそれを飲んだら俺をこの家から出せ」
「……あー……」
「おーきろー!おーい、こーうすけ、おい」
「……なんで……なに、スーツ?」
「は?」
「……すーつ……仕事……?」
「なに?ああ、俺?なんでスーツかって?」
「おん……」
「おう」か「うん」か、どっちかにしろ。かくりと頷いたまま寝そうな航介の意識を繋ぎ止めるために、説明をする。あのねえ、俺今日、ていうかもう昨日だけど、夜お仕事あったのよ、お仕事っていうか付き合いの飲み会みたいなもんだけど、上司の人のお祝いのパーティーみたいな感じで、それなりに緊張しながらそんなお酒も飲めずに二次会も三次会も付き合って、やっと終わって家帰ろうと思ったら都築からのラインに気づいちゃったわけよ、無視してやろうと思ったけどそしたらどうしたって都築家にはご迷惑でしょ、さっきはあんなん言ったけど俺も航介に迎えに来てもらったことないわけじゃないし、そういうのってお互い様じゃん、これでとんとん、だからそのまま帰らないで迎えに行ってあげたわけ、ここまで連れて来てあげたわけ、なんでスーツなんだか分かった?分かったらもう俺は帰って寝たいから玄関までついてきて俺をここから出して鍵を閉めて服を着替えて寝ろ。オーケー?
「……お……?」
「おい!なに寝てんだ!朝までここにいることになっちゃうだろ!いいのか!?」
「……別にいいじゃん……さち……さちえに、ラインする……」
「しなくていいんだよ、こんな夜更けに!時間感覚バグってんのか!」
「うあ」
どかんと突き飛ばせば、後ろに倒れかけて、腹筋で戻ってきた。なんだその体幹。分けろや。こんながちがちでクソ重い男をひょろひょろか弱いさくちゃんが運んできたのすごく頑張ったと思いません!?寝こけそうな航介を起こそうと詰め寄って揺さぶれば、ぽふぽふと熱い手を頭に乗せられて、撫でられた。てめえ、話の半分も聞いてないな。
「……がんばった、がんばった……」
「褒めろってわけじゃないよ!もう!暑い!」
「……うん……」
「早くお風呂入りたっ、お?」
「ふろ……」
うーん、と唸りながら、思考回路ががちゃがちゃなのか、俺のネクタイに手を掛けて解き始めた航介に、動きを止める。なにがしたいんだ、こいつ。スーツとはいえ、ジャケットは暑いし動きにくいので、流石に脱いでいる。普段ネクタイなんか締めないからなのか、もたもたと指を引っ掛けて緩めていく航介に、なに?と一応聞いたものの、風呂だろ、と返されただけだった。風呂に入りたい、とは言ったけど、それは早く帰りたいと同義であって、ここで今すぐ全裸になりたいというわけではないのだけれど。
「……できた」
「……ありがとう?」
「ん」
満足そうだ。ふん、と鼻息も荒くにんまりした航介が、俺のネクタイを放る。床に落ちたそれを目で追っていると、ぷちりと手首のボタンが外された。右手、左手、と順繰りに外されて、時計も取られる。うーん。あの、航介さん。
「……やめて?」
「……なんで?」
「……ベッドの上だし……」
「でも、ふろ、はいるし……」
「いや自宅で入るし、ねえ、聞いてる?今この家、あと12時間ぐらいお前と俺しかいないんだよ?分かる?俺疲れてるよ、疲れてる俺がどれぐらい見境ないから知ってるでしょ?もうなんかいらいらしてきた」
「どこが?」
「下半身がだよ!」
「……なんで?」
日本語理解能力が無い。もうなにを言っても無駄だ。理性の箍がぶち壊れてる。お酒って怖いなー、もしくは、こいつこんながばがばなのによくこの年まで変な奴に絡まれて痛い目に遭わずに生きてきたよなー、である。飲み過ぎるのは都築のとこでだけだし、都築なら潰れた後のフォローも一応はしてくれる、ってとこで安心してるんだろうけど。
手首のボタンを外せば、シャツは脱ぎやすくなる。それを航介が知っているのは、俺が教えたからだ。ネクタイはいいけど時計は壊れるから放り投げるな、とは航介に言われた。ベッドの隅にきちんと時計を置いた指が、ボタンを上から外す。全部脱がしたら、さあお風呂だ!わーい!とでもなると思ってるのか、このアホは。思ってるんだろうなあ、今の顔からすると。欲があるなら、すぐ分かる。いっそ子どもじみた手つきでなんの含みもなく、お風呂に入るなら服を着ていちゃいけないから、という至極真っ当な理由で脱がした相手に押し倒されたら、びっくりして泣いちゃうかもしれない。嘘、航介は滅多なことじゃ泣かないけど。ぷつ、と下までボタンを外した航介が、誇らしげに顔を上げた。
「できた」
「でかした」
「ふん」
「次は?」
「べる、と……」
「今更我に帰ると死にたくなるからやめたほうがいいよ」
「……………」
「酔いを覚ますな。しっかりするな」
「……むちゃゆうな……」

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