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ここで死ね



「うちのエアコン異臭すんだよね」
「へ?」
「しばらく泊めて」
反論は受け付けません、と頰に書いてあった。にっこり微笑まれて、はい、と答える以外の選択肢はなく。泊めて、じゃなくて、泊めろ、って言ってよ。
工事が来るのは5日後。繁忙期らしく、状況を説明したところ、そこまで大ごとでもないからと後回しにされたらしい。だから5日は泊まるし、もしそれで直らなかったらもっと長居するかも、と宣言されて、はあ、と思う。そう改めて言われずとも、そもそも入り浸られているようなものだ。晩飯はうちで食うのが当たり前、帰るのが面倒になったら無許可で泊まる、俺がバイトで遅い日なんて何故か伏見が俺のベッドでぐーすか寝てたりする。そんな状況の中、今更感が強かったのだ。

ごめんなさい。俺が間違ってました。
毎日「おかえり」「ただいま」があるのが嬉しすぎる。そういうことするわけじゃないのに隣に寝てくれるのが幸せすぎる。同じものを食べて同じシャンプーを使って服からも同じ匂いがするのが、脳味噌が溶けそうなぐらい最高だ。俺の家族は伏見に甘いので、甘んじて甘やかされる伏見も、気の抜けた顔を見せることが多くて、心臓がばくばくする。かわいい。はちゃめちゃにかわいい。
ただ、弊害があるとするならば。
「おやすみ」
「……おやすみぃ……」
キスしてハグしてその先までがっつりやってる可愛い恋人が隣で寝てるのに、親と兄が一つ屋根の下にいるので、手が出せない。普段は割と家を空けることもおおい家族だけれど、その合間を縫っていろいろしたことあるけれど、時期が悪かった。なんせ夏休み。お盆の近いこの時期は休みが被ることが多く、家族としては嬉しいことに、恋人が泊まりに来ている身としては大変邪魔なことに、全員揃っているのだ。どっか行け、と思わなくもないし、どっか行くか、とも思う。しかし、温かくて美味しいご飯が出てくる、リビングに行けば誰かしらが話し相手になってくれる、何より自分を甘やかしてくれる、という伏見の精神安定上完璧な状況を、奪い取るのも嫌なのだ。家族関係が希薄な伏見だから、尚のこと。クーラーの効いた部屋の中、背中に確かに感じる伏見の熱に、頭を掻きむしりたいのを我慢して、羊を数えた。ひつじ、ひつじ、そういえばこの前通販サイトでふわふわでもこもこのかわいくてやらしい露出過多の下着が売ってたなあ、ちょうど羊みたいな、伏見に着てもらったらきっとかわいいだろうなあ、ひつじ……

「小野寺」
「は!」
「しーっ」
いつのまにかちゃんと眠れていたらしい。声で飛び起きた俺に、唇に人差し指を当てた伏見が目を細める。静かにしないと、お父さんもお母さんも創さんも起きちゃうだろ。そう囁かれて頷いたけれど、じゃあなんで起こしたんだ。
「うるせえ、寝ながら人のこと撫で回しやがって。こっちがちょっと乗り気になったら調子乗って、変態」
「へ……お、俺そんなことしてた……?」
「触りだしたのはこっちからだけど」
「え?……えっ、ごめ……え?」
「あはは」
お互い潜めた声のまま、平坦に笑われた。顔は全然笑ってない。くっついてるのに文句の一つも出ず、むしろ体を擦り寄せてきている辺り、どうにもご機嫌だ。なんで急に。目を細めた伏見が、にんまりと笑った。
覚えてないなら、寝ぼけてたなら、教えてあげるけど。そんな前置きと共に、俺の首筋をするりと伏見のやわらかい指が撫でて、落ちる。目が覚めちゃってつまんなかったから、俺は小野寺のお腹をつまんで遊んでたの。そう、俺の指を自分のお腹に持っていった伏見は、俺を伏見に見立てて、伏見が俺になって、再現をしてくれようとしているらしかった。お腹やらかい。
「そしたらー、小野寺が、俺をこうして」
「ぅぷ、!」
「こうやって」
ぎゅう、と抱き寄せられて、かっと全身が熱くなる。近い、いい匂いする、やらかい、いい匂いする!肩に顎を預けるように抱き込まれて、お腹に持って行かれてた手を回そうとすると、俺はそんなことはしていない、と怖い声で制された上に抓られた。あくまでも俺は伏見であって、伏見がしてないことはしてはいけないらしい。えっ、それなんて生殺し。この状況で能動的に動けないってかなり辛いんですけど。
「それで、こうしたり」
「うひ、っくす、くすぐったい、ふしみ」
「俺はこそばゆかったのに我慢したんだ、お前が起きてるんだと思って、その手には乗るもんかと思って、クソ、寝ぼけながら人の身体に好き勝手、馬鹿」
「まっ、待って伏見、待って待って」
「待たない」
もそもそと、ゆるい寝間着の中に手を入れて弄られて、脇腹のあたりとか背中とか、くすぐったい。くすぐったい、ということにしておかないと駄目だ。だってこいつ、全然止まろうとしない。冷静になれ小野寺達紀、この家には母も父も兄も寝てるんだ、うるさくしたら起こしてしまう。今までの我慢が水の泡だ。こういう時はなんだっけ、数を数えるんだっけ、なんか特別な数え方、よく分かんないからもう九九でいいや。いんいちがいち、いんにがに、いい匂いする!無理!
「ふ、ふしみ」
「んー?」
「声我慢、してくれる?」
「はあ?しねーよ馬鹿死ね」
手ぇ出したら帰るわー、と見下され切った目で吐き捨てられ、伏見の手首を掴んだ指は剥がされ、こりゃ折れるって勢いで逆さまに曲げられたので、痛みで何もかも吹っ飛んだ。そんな萎えさせ方あるかよ。涙出てきた。
「あとこうやって、ずーっと触ってきて」
「あっ待っ、それまだやんの、嘘でしょ、やめてよ!」
「うるさい。声がでかい」
するすると背中を指先で撫で上げられて噛み付けば、とっても楽しそうな瞳が爛々としていたので、途方に暮れた。そうだった、この人は、俺が切羽詰まると喜ぶんだった。煮え立ちそうな脳味噌に、手を出したら終わりだ、きっとマジで即座にこいつはここを出て行く、とぐるぐる地獄のような想像が廻る。クーラーの効かない家に帰るとは思えない。じゃあどこに行くのかってそんなこと知ったこっちゃないけど、ここ以外のどこかに一人で行かせるなんてごめんだ、だったら俺が頑張って我慢すれば事は足りるわけで、親にも兄にもばれないし伏見は出て行かない、俺が我慢さえできれば。寝ぼけながらそんなとこまで触んねえよ、って言いたくなる範囲まで指が伸びてきて、ぐう、と喉奥で文句を殺して瞼をぎゅうっと閉じた俺に、伏見がせせら笑った。
「おい、目ぇ閉じんな、つまんないだろ」
「……ぅ、う、いつか覚えてろ……」
「やだー、こわい、創さーん」
「兄貴の名前出すな腹立つ、あーやめて、やめろってば伏見、ああもう、もう」
「ん?」
「……ぁ、くそ、顔が可愛いからってえ、くっそお……」
こてりと首を傾げて上目で見られて、白旗をあげられるものならあげたかった。仕返ししてやる、いつか絶対、泣いても怒っても喚いても許してやらないんだから、この悪魔。


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