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おはなし



…たまちゃん
「プール行かない?」
「えー」
「ええー」
「なんでよお!夏だよ!行こうよ!」
「行きたくない」
「だからなんでよ!」
「日焼けしたくない」
「違うよお、半田は腹筋がバッキバキだからかわいい水着なんか似合わなくて恥ずかしいって思ってるんだよねー、シャイガール!弥生さん全然気にしないのに!」
「バッキバキじゃないし似合わなくはない」
「んええー、いたーい」
ペットボトルの底で頭をぐりぐりされている弥生さんは、あんまり痛くなさそうだけれど、とにかく二人とも行きたくないそうだ。真希ちゃんと灯ちゃんの方が断りそうだから先に二人に声をかけたのだけれど、こっちに嫌がられるとは。どうして行きたくないの?と聞けば、冬香ちゃんは普通に「本当に日に焼けたくない」だそうで、弥生さんは「だって弥生さんってばビーチに咲き誇る一輪の花になってしまうし?弥生さんったら!もう!」だそうだ。冬香ちゃんのものすごく冷たい目が怖い。
「あたし焼けやすいから。赤くなるんだよ」
「そっかー。痛いのはやだもんね」
「プールで日焼け防止なんて無理でしょ。そもそも、水着になりたくもないし」
「そお?」
「ねー、弥生さんは、半田ってばいい身体してると思うのになー」
「そっか。ばりばり運動部だっけ」
「武闘派だもんねっ、ね!半田!」
「弥生さん、そろそろ黙って」

「だからもう、灯ちゃんと真希ちゃんとプールに行くしかなくなってしまったんだよね」
「……行くしかないの?」
「行くしかないね」
「……あたしは行かない」
「行くしかないのに!?」
「行かない」
「行かないとかいう選択肢はないんだよ!?」
「行かな」
「灯ちゃんが最近ダイエットしてるの知ってるもん!水泳の授業の時に都築くんについうっかり出くわしちゃったりなんかしないかなってダイエットしてるの知ってるもん!」
「な、」
「けどね!あたし思うの!もっと積極的になるべきだって!誘ってしまおう!プールに!そしてダイエットの成果を見せつけてやればいいのよ!あたしも明日から痩せる!」



…まきちゃん
あ、そこは、明日からなんだ。素直に声に出そうになって、飲み込んだ。唖然、と言った様子の灯が思考回路を完全に停止させているのをいいことに、ていうかもう呼びましたし入場優待券も貰っちゃいましたし!と珠子がチケットを突きつけた。いち、に、さん、枚。私と、灯と珠子の分。残りがもしあるとするのならば、それは未だ与り知らぬ同伴者の手に渡っているということなのだろう。うーん、誰だろう、と考えることすら無粋な気がする。珠子のこの顔、ご笑覧あれ!と言わんばかりの満面のドヤ顔、来るメンバーに心当たりがありすぎる。
「来週の土曜日だから!」
「……私、その日は予定が」
「ええっ!?じゃあその次の土曜日にする!?あっ、日曜日にする!?」
「……………」
なんて柔軟なんだ。私抜きで行くことは、考えてくれないらしい。珠子らしい。

その次の日。親にお願いして車を出してもらって、一応、水着を新調してみた。お母さんには意外がられたけれど、「そういえばあなたの水着、随分昔におばあちゃんが買ってくれたままだものね」だそうで。別に、気合が入っているとかそういうわけではなくて、この前みんなで海に行った時に、もしやこれはサイズがきついかもしれない、ということに気づいてしまったからだ。あと、珠子と灯の水着が思ったより女の子らしかったり大人だったりして、数年前に適当に選んだ自分の水着がとても時代遅れに思えてしまったのもある。でも、こう、うーん。
買ってきて、ベッドの上に並べてみたものの、見ているだけじゃあ何があるわけでなく、意を決して、着てみた。上は紺色のビキニ。後ろに編み上げの紐がついてるのが気に入って、あと胸元に金色のお花の飾りがついてるのも気に入って、ちょっと露出が高いのには目を瞑った。水着だし、灯だってビキニになんか羽織ってただけだったし、珠子だって白くてピンクでふわふわしてる布面積の少ないやつだった。下は、スカートって柄じゃないから、緩めの短パン。切りっぱなしの加工が、らしくないなあ、と自分でも思う。もし上が恥ずかしかったら、なにか羽織ればいいんだ。ラッシュガード的なもの、持ってるから。大丈夫、大丈夫。
今度こそカメラ持っていくからね、とにこにこマーク付きの珠子からの連絡に、珠子はこないだと同じ格好だよね?と一応聞いた。1分後に届いた返信は。
『ちがうよ!つづきくんが来るんだよっ、今度はお腹を出すよ!』
……ええと。この前、水着を新しく買った、と言ってなかったっけ。まさかまた新しくしたのか。水着富豪か。そんな疑問とともに、また買ったの?と返事をすれば、秒速で返ってきた。
『かってない!前のやつまだ着れるから、こないだの水着の中のと、昔のかわいいやつ、くっつけて着るの!』
お腹を出す、ということは、ビキニタイプの水着を着る、ということだろうか。こないだの海の時は、ピンクと白のひらひらふわふわで、リボン付きで、お腹は確かに出ていなかった。上がちょっと長い、ワンピースっぽいやつだったから。珠子の言いたいことは分かるが、言っている意味はちょっとよく分からない。確実に分かるのは、珠子は恐らく私にラッシュガードの着用は許さないだろう、ということだ。灯も多分許してくれない。あの子の水着も、前回と同じならば、大人っぽいやつだから。
『やせるの!』
追随した短い単語に、つい笑ってしまった。あと数日しかないのに、それに珠子もともと細いじゃない、と。

…あかりちゃん
「……………」
どうしよう。困った。
「……………」
目の前には、二枚の水着。一つは、去年買ったお気に入り。ざっくり編みの羽織付きビキニ。そしてもう一つは。
「……いやいや。ないでしょ」
白地に青い花の咲いた、ワンピース。もとい、ワンピース型の水着、なのだが。大きく開いた背中と、腰のリボン。ひらひらふわふわ系。珠子が着るやつだ、これは。ないない、とそれをしまいかけて、もう一度まじまじと見てみる。サイズ的な問題を言えば、入る。確実に入ることは知っている。いや、だって、この前海に行った時にも、これとあれで悩んだから。その上着てみたから。
このらしくもない水着を買ったのは、中学生の時だった。今より可愛げのあった自分が、父が買ってくれるというのでこれを強請って、まだ大きいんじゃない、と聞かれて、大人になったら着るんだと大事にしまっておいたのである。あの時よりは確かに大人だ。だが、この可愛らしいワンピースが似合うかと言われたら、ノーとしか返せない。
「……………」
どこからどう見ても、かわいすぎてしまう。本橋灯が着るものではない。しかし、珠子は都築をまた呼んだのだと言った。この前と同じより、ちょっとインパクトがあった方が、ギャップがあった方が、目に留まるんじゃないか、とか。別にそういう意味じゃなくて。別に、都築がどうとかそういうんじゃなくて。引っ張り出してしまった以上、これを着たいのも事実だ。中学生の自分に、嘘をつきたくない。
どうしたら着れるだろうか、これはワンピースだからどうしようもない、と首を捻っている間に、時間がどんどん経ち、父が部屋をノックして入ってきた。懐かしいものを持ってるね、とふんにゃり笑われて、そんなことはどうでもいいがとてもいいものを発見した。この水着、前がボタンになってる!
「お母さん!」
「あいた、灯、ごはん」
「うるさい!」
「えっ、ごめん……」
母親に、これを着たいけれど中の水着はいらない、中には去年買ったビキニを着る、これをラッシュガードに改造しろ、と詰め寄ると、お玉を片手にこくこくと頷いていた母は、ぐっと親指を立てた。器用なことには定評がある。なんせ、この写真館にある全ての小物作りを手がけているのは、母である。父が背中をさすりながらリビングに入ってきて、なんのはなし、と聞くので、無視した。
「いただきます」
「灯。これいつ使うの」
「土曜」
「あっそう。後で採寸させな」
「うん」
「……いただきます……」
「めしあがれ」

…さくちゃん
「女子と!プール!女子と!プール!」
「瀧川うるさい」
「女子と!」
「駄目だ、聞こえてない」
「……海が良かった」
「航介、海なんていつでも行けるんだ。女子とのプールはその瞬間だけなんだぞ、ぐだぐだ言うな」
「はあ」
航介の「海が良かった」に注釈をつけるならば「釣りがしたかった」なのだろうけれど、それこそマジで暇な時にいつでも行けるので、いつだっていい。ちょっと前に海に行った女子三人組が、今度はプールに行かないかと誘って来てくれた、それが重要なのだ。今度は最初から行こうっと。
ちなみに、仲有はかわいそうなことに夏風邪で2日前から休んでいる。めっちゃ熱出てるらしい。かわいそう。仲有がいるとなじられるとか思ってないよ。仲有がいないとなると、当也は絶対に来ないけれど、プールが似合わないランキングがあるとしたら確実に上位なので、今回は諦めよう。泳げるくせに泳がないしな、やつは。
「これはもう、あの中の誰かが俺に気があるとしか思えないのでは……?」
「瀧川がついに狂った」
「今年はいつもより暑いらしいからねえ」
都築とぼそぼそ話しているけれど、瀧川には全く聞こえていないみたい。航介がふあふあと欠伸をして、三人ずつで行けばいい、俺はいい、とひらひら手を振っているけれど、せっかく誘ってもらったのにその態度はないでしょうよ。めんどくさいとか行きたくないとかじゃなく本当に本心から「女子三人に対して男四人はおかしい」と思って言ってるんだろうけど。
さて、月日が流れるのは早いもので、あっという間にプール当日。いらない描写はカットだ、スキップスキップ!
「……………」
「……なんだよ……」
「……なんでも……」
もう水着である。女子達とは、入り口のところで合流して、着替えのために別れた。都築が航介のお腹をガン見していて気持ち悪がられている。思ったよりもぷにってないなあ、ってことだろうか。航介、重い割にぷにぷにしてないよね、筋肉だからだよね、ふざけんな。ちー、と着ていたパーカーのファスナーを上げると、暑くないのか、倒れるぞ、と航介に言われた。平気、半袖だし薄いやつだから。
ちなみに。
「瀧川、かわいそうだね」
「……誰より楽しみにしてたのにな……」
39度の高熱を昨夜叩き出したらしい瀧川は、這いずってでも来ようとしたが、当然家から出られなかった。あまりに遅いからチャリで家まで迎えに行ったところ判明した事実であり、瀧川母には申し訳なさそうな顔をされた。後ろから瀧川の絶叫と号泣が響いて来たのもとても心残りだ。でも、まあとりあえず今日1日は忘れようと思う。しょうがないもんね!
夏なので、それなりに混んでいる。場所取りをしよう、と航介と都築がレジャーシートを持ってパラソルの方へ行って、俺は女子待機になった。ジャンケンで勝ったからである。効率厨な節がある航介は、早く場所取りをして浮き輪に空気を入れた方がいい、ということが頭にあったらしく別にどっちでも良さそうだったけど、都築がちょっと本気で悔しそうだったのが面白かった。だから全力で煽っといた。羨ましいだろ、ぴっぴろぴー。
「あ!朔太郎くん!」
「あ、おーい」
「おまたせー、二人は?」
「場所取り。連絡してくれるって」
「そっかー。ありがと」
えへ、と笑った高井さん。こないだと似た、白くてピンクでふわふわの水着。こないだと違うところは、ビキニになってるってことと、いつもよりちょっと二つ結びの場所が高くてリボンがついてるってこと。ふりふりしてる腰元にはちょうちょみたいなリボンがついている。あんまりじろじろ見ると怒られそうだけど、怒られてもいいからじろじろ見る。つばの広い麦わら帽子を被っている委員長は、ちょっと居心地悪そうだった。なんとなく、本橋さんの後ろにいる。こないだと全然違う水着だけど、でも似合ってる。露出が激しくなっております。いいですなあ。きょろきょろと二人を探してくれているらしい本橋さんは、ビキニの上からゆるくワンピースみたいなのを羽織っていて、瀧川は大興奮だろうなあ、と他人事に思った。いや俺だってそりゃすごくえろ、じゃない、似合ってるというか、こう、大人っぽいと思うけど、彼女達はあくまでも一緒に遊びに来た高校のクラスメイトで友達なわけで、瀧川のようにふしだらな目で見たりはしないのだ。そう、さくちゃんは紳士だからね。もしもこの三人が男の人に声をかけられちゃったりなんかしちゃっても、俺がかっこよく守ってあげちゃうんだからね!
「おい」
「わ″あ″!?」
「うるせ」
「なんだよ!びっくりした!」
「クソでかい声出すな、電話に出ないから呼びに来てやったんだろ」
「こーのうらくん」
「おー。あっち、日陰取れたから」
いろいろ考えている間に、航介が背後から忍び寄って来ていた。なんてやつだ。かっこ悪いじゃないか、でかい声出してびっくりして。先頭を行ってしまったので、なにも言い返せなかったけど。ちなみに電話に出なかったもクソも、携帯を入れた鞄ごと場所取りチームに荷物として渡してしまっていた。凡ミス。
開園すぐっていうのもあるだろうけど、人が結構多くて、航介が歩くの早いから、間に誰かに通られると見失いそうになる。高井さんと本橋さんがついてってて、俺と羽柴さんが後ろ。駆け足で出てきた子どもに、羽柴さんがぶつかりかけて、慌てて手を引っ張った。
「ぁわ、ごめん」
「……ありがとう」
「おい、邪魔」
「あっすいません、」
立ち止まった拍子に、他の人の道を塞いでしまったらしい。ぐ、と押された羽柴さんが少し嫌そうな顔をしているのが見えて、女の子にそうやって触るのは良くないことだと思って、彼女を連れて立ち去ろうと手を引いた。羽柴さんの肩を掴んだ男の人は、一瞬離してくれなくて、たたらを踏む。あ、やだな。
「おい」
「あ、航介」
「……なにしてんの?」
わー、怒ってる。怒ってる顔で怒ってない航介が、ちゃんと怒ってる。わあ、怖。その「なにしてんの」、俺に向けてじゃないといいなあ。お兄さんに向けてだよね、ねっ、信じてるよ幼馴染。
間が開いたことに気づいて引き返してきてくれたらしい、顔が怖いことに定評があるゴリラのおかげで、羽柴さんの肩から男の人の手は離れた。あの人がどうこうしたわけじゃないし、なにをしようとしていたのかも知らないし、航介が来なくても手は離れたかもしれないけど、俺だってちょっとぐらいは「どうしよう?」と思っていたので、良かった。ありがとー、と間延びした声をかけた俺に、すっとろい、とストレートに悪態をついた航介がまた歩いて行ってしまう。うん、とろくてすいません。羽柴さんにも、ありがとう、とは言われたけど、俺に言うの違うよね、多分。
「おっそ!なにしてたの?」
「朔太郎が絡まれてた」
「女?」
「男」
「目がでかいから女に見えたんだ」
「パーカーを脱げ」
もうなんか一瞬で疲れたしちょっと安心するから言わせるだけ言わせておこう。

…たまちゃん
「よし!遊ぶぞ!」
おー!と拳を突き上げた朔太郎くんと都築くんに付いていく。貴重品はロッカーに預けて、人が多いのもあって、基本団体行動で!とさっき決まったのだ。いいと思う。真希ちゃんは大人しそうで押しに弱そうに見えるし、灯ちゃんは大人っぽくてすらっとしてるから普段でも声かけられることが多いし。何かあったら言えよ!と朔太郎くんが江野浦くんの背後から裏声で言ってた。うん、さっきのを見る限り、守る能力は朔太郎くんにはあまりなさそうだった。喋り出せれば、うまく間に入ってやいのやいのあれやこれやと気をそらすことぐらい大得意だろうけど。
あたしのと、真希ちゃんのうきわをふくらまして、灯ちゃんのビーチボールもふくらまして、朔太郎くんが持ってきたでっかいイルカさんはやめた。ちょっと幅取るから、でも、すっごい気になるんだけど、三人ぐらいなら乗れそうなあのイルカで流れるプールを流れたら最高に楽しそうなんだけど、他の人の迷惑になるかもしれないから我慢している。朔太郎くんはしょんぼりしている。あたしだってしょんぼりだよ。
水に入ると活きが良くなる、と来る前から口を揃えられていた江野浦くんは、確かにプールの中に入るとすぐにいなくなり、見失った!と思ってる間に戻ってきては、いなくなり戻って来るのを繰り返していた。わたしたちが一周する間に三周ぐらいしてるのでは。割と泳げる灯ちゃんも、すいすいと先に行ってしまって、あたしはあんまり泳ぐのが得意ではないので浮き輪でばちゃばちゃと追いかける。灯ちゃんが放棄したビーチボールに上半身を預けた都築くんが朔太郎くんを背中に乗せて引っ張って、割とすぐ沈んだ。そりゃそうなるでしょ。浮き輪に凭れて呆れ顔の真希ちゃんが、可笑しそうにしている。失敗!と言い切った二人が、すいすいと帰ってきた江野浦くんにボールを持たせた。朔太郎くんがうまくバランスを取って乗って、でもまた沈んだ。残念。
「これ使う?」
「いいの?委員長ありがとー」
「がーんばれ!がーんばれ!」
「うるせえ!重いんだぞ!」
「……なにやってるの?」
「わかんない」
真希ちゃんが、朔太郎くんに浮き輪を渡した。あたしの浮き輪に移ってきた真希ちゃんが、まあ沈むと思うけど、と小声で言った。都築くんが大声で応援しているけど、乗っかる側の朔太郎くんと乗っける側の江野浦くんは結構真剣な顔だ。灯ちゃんが、はあ?と言いたげな顔で見ている。人間サーフィン、できたら、すごいけど。浮き輪の浮力でなんとか支えてる江野浦くんに、ぷるぷるしながら乗った朔太郎くんが、ぐらぐらとこっちを見た。揺れてる揺れてる。
「お?」
「おっ、と、と」
「おー……乗ってる……」
「わー!すごい!」
「わーい!」
「あっ馬鹿」
諸手を挙げて喜んだ勢いで笑顔のまま落ちた朔太郎くんに引き摺られて、江野浦くんが引っくり返った。浮き輪が飛んでく。都築くんと灯ちゃんがげらげら笑ってる。気が合うようで何よりだ。ぷかりと浮かんできた朔太郎くんが、あーあー、と目をばってんにしていた。びしゃびしゃの前髪を掻き上げた江野浦くんが、次はお前が下やれよ、と都築くんの肩を掴んだので、都築くんはマッハで逃げた。飛んでった浮き輪を泳いで取りに行ってくれた灯ちゃんとすれ違いざま、貸してくれ!とそれをひったくった都築くんが、超早いバタ足で遠ざかっていく。浮き輪なしの江野浦くんも、めちゃくちゃ早いけど。
「鼻に水入った……」
「大丈夫?」
「うん」
「……どっか行っちゃったよ」
「戻って来るでしょ。そんな広いプールでもないし」
言う通り、すぐ戻ってきたし、浮き輪を持っていたのは江野浦くんだったし、都築くんは小脇に抱えられてぐったりしていた。どんな疲れ方だ、あの一瞬で。

…灯ちゃん
流れるプールは泳ぎにくい。羽織ってる方の水着が後ろにふわふわと揺蕩って、人の波の邪魔になりそうで、ぐっと引っ張ってお腹の辺りで結んだ。よし。
「お腹空いてきたね」
「……飯、混む前に買いに行くか」
「まだ混んでなさそう?」
「人はそこまででも」
「え?航介あそこのフードコート見えるの?やばいね、マサイ族じゃん」
辻は視力があまり良くないけれど、江野浦は逆に視力がかなりいいらしい。俺もぼやけてる、と都築が目を凝らして、でもまあ空いてるならそれに越したことはない、とみんなで一度上がることにした。ぱしゃぱしゃと水を零しながらプールから上がって、あ、と珠子がこっちに指をさした。
「灯ちゃん、結んじゃったの」
「……邪魔だったから」
「解いてよお、かわいかったのに。てゆうかほっそ、細、なにそのお腹……内臓ないじゃん」
「ある」
「ないじゃん!くびれしかないじゃん!」
きゃいきゃい騒がれて、水着を解いてワンピースに戻した。すると辻には、えー、戻しちゃうの、と残念がられて、どっちがいいんだ。よく分からない。
焼きそばと、たこ焼きと、焼きおにぎりと、フランクフルト。瓶のコーラとオレンジジュースと、カップ麺もある。どれにしようかなー、とうろうろ選んで、全体的に満遍なく買ってみんなで食べることになった。あれもこれも食べたい、と言う優柔不断が何人かいたもので。空腹には逆らえず、おいしいねえ、と食べ進めて行く。一応気を使ってくれているのか、パックの蓋やら空いたトレーやらをお皿代わりにして、箸の裏で取り分けて食べる男子勢。恐らくそもそもそうするつもりだった真希。は!と気付いて真似をしている珠子。性格が出ているなあ、とぼんやり思った。
「真希ちゃんまたそんなちょっとしか食べてない」
「……食べてるよ」
「食べてないじゃあん!ほら!ほら!ほら!」
「よそわないで」
「いっぱい食べて!」
「盛らないで」
「……………」
真希のお皿に珠子が焼きそばをたくさん盛ったので、しょうがない、という顔で真希は箸を動かしている。無言でそれを見ている辻が気まずそうにしている。弁財天に同じことをする辻の姿を見たことがあるので、申し訳ないと思っているのかもしれない。
「ごちそーさまでしたっ」
「ごちそうさまでした!」
「なんか、プールの中の人減ってきたね」
「みんなご飯食べてるんじゃない?」
「……今がイルカさんのチャンスでは?」
「!」
辻の言葉に、珠子が目を輝かせて、二人して空気入れの方へすっ飛んで行った。嬉々として空気を入れている声がここまで聞こえて来る。声でけえなあ、と江野浦が零したのに、つい頷いた。

…まきちゃん
いっぱい食べたので、お腹が出っ張ってしまった。珠子のせいだ、完全に。辻と都築、珠子と灯は大きいイルカに乗りに行ってしまった。お腹がなんとなく苦しいから、と荷物を見張るのを引き受けて、江野浦が一緒に残ってくれることになった。大丈夫だから行ってもいいとか、一周したらすぐ帰ってくるって言ってるから平気だとか、いろいろ言ったんだけど、眠いからいい、と座り込まれてしまった。二人だけになると、会話があるわけでもなし、かと言って気まずいわけでもなし、微妙で複雑。
今のうちに、日焼け止めを塗り直そう。焼けると痛くなるし、赤くなるし。鞄からポーチを取り出そうと手を伸ばすと、ちょうど自分もタオルを取るところだった江野浦が気づいて、手渡してくれた。バケツリレーみたいでちょっとおもしろい。じっと見られて、日焼け止めのボトルを振る。
「……………」
「……あ、使う?」
「……もう多分遅いから平気、いい」
「そう……?」
赤くなるタイプ、とか、前になんかで聞いたことがある覚えが。隠すように、思い出したかのように、指先で摩っている肩は、確かに少し赤くなっていた。日焼けは火傷です、なんてテレビでやっていたけれど、冷やした方がいいとかなんとか。これあるけど、と飲み物につけてた保冷剤を渡せば、少し指が迷った挙句、悪い、ありがとう、と受け取ってくれた。
「つべたい……」
「お風呂、大変そう」
「あー、うん、でも平気。多分」
「多分ね」
「おー」
大きい欠伸をした江野浦が、腹がいっぱいになったから、と言い訳みたいに付け足した。別になにもやましいことしてないのに。そういえば私もお腹いっぱいだったので、投げ出していた足を畳んで体育座りをして隠す。きっと出っ張ってた。こう、江野浦はきっと口には出したりしないけど、お腹出てるなあって思うかもしれないし、思わないかもしれないけど万が一そう思われたとして、それが良いか悪いかと言われたら確実に悪いわけで、というかもう最高に悪いわけで、だから隠すことになんの無駄もなければ、含みもないのだ。そうだ、珠子もいないからラッシュガードも着よう。もそもそと準備をし出した私に、体をどけてくれた江野浦が、不思議そうな顔をしていた。
「そんな着て、暑くないのか」
「うん。暑くないよ」
「……それを着ると日に焼けないとか……」
「それもあるけど」
「も?」
「……も……」
うーん。素直に言っても別に、江野浦なら、ふうん、ぐらいな気もする。今のところはお腹いっぱい仲間だし。うん、変に隠す方がおかしいよね。でも日焼け防止で押し切れるならそれも嘘ではないんだけど、お腹出っ張っちゃったからってわざわざいうのもどうかと思う。逡巡したものの、言うことにして、でもちょっとつっかえたせいで、変な感じになった。
「ご飯、あー、お腹、さっきの焼きそば、たくさん食べたから、お腹出てるなーって」
「……たくさん?」
「……たくさん……」
「そうか……?」
あれでたくさん、と問いかけられたけれど、江野浦の「たくさん」は私にとっての「無理」なだけだ。変につっかかったのもあって、そう、ともう一度頷いて黙る。言わなきゃよかった。気まずい。手持ち無沙汰に日焼け止めの蓋をかちかちしていると、江野浦が何か言った。
「え?」
「……え?」
「今、なんて」
「……何度も、言うようなことじゃねえんだけど」
「あ、そっ、か。ごめん」
「……別に、気にするほどのことでもない、んじゃないか、な、って言った」
「……え、と。なにを」
さっきの私と同じか、それ以上に言葉をつっかけながら、言い淀んで言い切った江野浦に聞き直せば、だから別に何度も言うことじゃ、じろじろ見ていたわけじゃあ、と弁解されて、言葉を噤む。多分、希望的な予測でしかないけど、私の「お腹出てる」をフォローしてくれてるんだろうなって、そんなことないって一回言ってくれたのに私が聞き逃したから、江野浦が今しどろもどろになってるのは私のせいなんだろうなって、思う。聞き逃したのが申し訳なくなって、ごめん、と呟けば、嘘じゃない、と咄嗟に付け足されて、別に嘘をついて取り繕わせようとしていることに対して謝ったわけではない、とどんどんドツボに嵌っていくのを感じた。ええと。うまく喋れないんだけど。
「ほら、えっと、珠子とかは細いじゃない。お腹とか、ぺったんこだし、灯もすらっとしてるし、あの二人と私は違うから、それで言っただけで、嘘じゃなくはないっていうか」
「同じようなもんだろ」
「……同じ、では……」
「そうか?」
変わらないように見えるけど。そう最後に付け足して、もう会話が面倒になったのか、帰ってくる四人が見えたからなのか、江野浦は黙ってしまった。私も、もうそれ以上言葉を返せなくて。
……ただ、嬉しかったのだけは、本当だった。ありがとうぐらい、いえば良かったのに。

…たまちゃん
「たっのしかったー!」
「楽しかったね」
「また来ようねー」
「うん!ねっ、真希ちゃん!」
「?」
うん、と頷かれたけれど、真希ちゃんは不思議そうな顔だ。江野浦くんと二人で喋ってたの、知ってるんだからね!何話してたかまでは知らないけど、何かあったのは確かでしょ!
帰り道。いろいろたくさん遊んだから、夕暮れ時だ。濡れた髪はすぐに乾いて、家に着く頃にはもうぱさぱさになっているだろう。鞄は遊んだ分だけ重くなってるけど。
「そういえば、灯ちゃん」
「なに」
「都築くんに直接言われた?」
「なにを?」
「……なんでもなあい」
都築くん、灯ちゃんのワンピース、「似合ってるね」「普段と雰囲気が違っていいねえ」って言ってたけど。そうは教えないことにしよう。灯ちゃんの悶々と考え込んでる顔、かわいいから。

「都築くんと辻くんと江野浦くんとプール行ってきたよ」
「ええー!なんで!弥生!さんを!誘わ!ないの!」
「いたい、いたいいたーい」
「ずるい!ねっ半田!こんなことなら行けば良かったよねえ!」
「行かなくて良かったでしょ完全に……」
「半田の男嫌い!馬鹿!もー!弥生さんがその中に入って一人咲き誇る花となれば良かった!あーん!」
「うるさ」
「弥生さんの水着姿をご披露すべきだった!あはーん!」
「ヒュー、セクシー」
「セクシー弥生さん!ビキニが似合うナイススタイル!あはー!」
「本当にうるさい」



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