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おはなし




やっぴー!新城出流だよ!これを読む時点でもう、俺と中原くんが肉欲を伴うお付き合いをしていることは勿論ご存知だし、中原くんは俺のことを超絶愛してるってことも、俺が中原くんのためなら何でもするってことも、知ってるってことだよね!そして今日までに至る経緯も余すところなく読み尽くして脳髄に叩き込んであるって扱いをしていいんだよね!オッケー!声が大きい?うるさいよ!これからのお話は、俺と中原くんのラブラブいちゃいちゃハッピーライフです!

時系列的には、大学を卒業してから、しばらくした後のことだ。25歳。俺が映画のお仕事とかドラマのお仕事とか割と入るようになってきた時期で、中原くんもお仕事頑張ってて、二人で過ごせる時間は昔ほどなくなってしまった。けど、ほんのちょっと合わせられる時間には、べったりくっついて過ごすし、キスもするしハグもする。俺が。中原くんからはなにもしてくれない。というか、避けられるし殴られる。俺が浮気に対して積極的でなくなったので、余裕ぶっこいてるらしい。いいんだぞ、わざと週刊誌に撮られても。俺の事務所はちゃんと俺を守ってくれるんだからな、一回や二回撮られたところで痛くも痒くも無い。ただ、中原くんは多大なるショックを受けるだろう。久し振りに吐くかも。あー!見たい!撮られたい!ゴシップで晒されて中原くんを傷つけたい!
そんなことは置いといて。
「新城さん、クランクアップでーす」
「おつかれさまでしたー!」
「ありがとうございましたー」
「すみません、他の役者の都合で先撮りになってしまって」
「いえ、大丈夫です。僕のスケジュールがちょうど合わせられて、良かったです」
「ラストシーンなのに撮影してしまって……それでも、そんなことを感じさせない、迫真の演技でした!貴方のおかげで素晴らしい作品になったこと、代表として、心よりお礼を申し上げたい」
「いやいや、僕なんか、なにも。またいつでも呼んでください、出来る役があれば精一杯こなします」
「新城さんに出来ない役なんてないでしょう!またぜひ、出演していただけたらと思います」
にこにこと挨拶を交わして、豪華な花束をもらって、監督と握手。衣装も青系だったけど、今回の俺のイメージカラーは暗めの青だったらしい。こないだまでは真っ赤だったっけ。暗めの青ベースの花束は、見たことないお花ばっかりで、綺麗だ。それに、この監督は良い人だったので、また機会があれば作品に出たいと思う。スケジュールも割と融通利かせてくれるし。
今回の撮影は泊まり込みだった。俺の役は、準主役級。もう手垢が付くほどやり込まれているであろう、幕末維新期を描く時代劇の、坂本龍馬役。方言が難しかったけど、別に大変な役ではなかった。俺、大変な役なんてあったことないけど。カメレオンだとか、イタコ芸だとか、揶揄られてるの見たことあるけど、自分でもその通りだと思う。あー、俺この人になるんだ、そっかー、って思ったら、なれる。理解し難い役柄でも、意味分かんねえけどやるかー、って思ったら、まあやれないことはない。自我が芽生えるのが遅かったからだろうか。中原くんと会わなかったら、自分の意思とか主義主張とかやりたい事とか、未だに考え無かったんだろうしなあ。
今回の嬉しいハプニング。泊まり撮影のスケジュールは、大まかにシーン毎で別れていて、ストーリー順に並んでいた。俺に残されたのは最後も最後のラストシーンだったのだが、ヒロイン役の女優さんが、昨夜雨の中で撮影を決行してしまったことにより体調を崩し、1日休みたいとのことだった。彼女には、ラストシーンの前に出番がある。女優魂というやつなのか、彼女自身は這いずってでも演じるとホテルの部屋から脱走しかけたのだが、周りがそれを許さなかった。かくて、時間に余裕のあった俺に残された単体のラストを先撮りしてしまおう、ということになったのだ。こちらとしては万々歳である。クランクアップが早ければ、後は適当な理由をつけて帰れる。最後まで残れば打ち上げに出られるが、その必要はない。早く帰れるなら一刻も早く帰りたい、中原くんに会いたい、中原くん不足で死ぬ、渇き死ぬ。本当だったら明日の昼過ぎまで拘束されて、打ち上げに参加するなら夜までいなければならなかったところを、今日の夕方には帰れるのだ。しかも、今日は中原くんはお休みの日。もうこれは帰るしかない。早く帰って、べろんべろんに舐め回すしかない。ハリーアップ。
そんなことをこちらが考えているとも知らないスタッフたちは、ありがとうございました、と感謝の気持ちを込めて頭を下げてくれる。うんうん、俺は俺の欲望のために動いてるのにごめんね、結果的には君たちのためになってるからいいよね、win-winってやつだよね。
「新城さん、この後、夜からお食事に誘われていますけど」
「帰る。急いで帰る。すぐさま帰る。新幹線のチケット取って、なんなら自由席でもいい」
「いいわけないでしょうが」
なにを言っているんだ、と呆れた声を上げたマネージャーに、いいから早く、一生で一度のお願い、聞いてくれたらちゃんと次もお仕事を頑張るけれど聞いてくれないなら次からはモチベーションが下がる、と可愛くお強請りしながらしなだれかかれば、彼女はぐっと親指を立てていい笑顔を浮かべてくれた。この人のこういうとこ、好き。俺のマネージャーが女ってなった時には、げえー、女はぐちゃぐちゃ言うから苦手、と素直に思ったし本人にもそう言ったが、しばらく仕事を共にするうち、彼女はかなり仕事が出来る上、俺に対して何の感情も抱いていない、もとい、俺のことは金蔓にしか見えていない、なので損得をとてもはっきりつけてくれる、という利点が浮かび上がり、あまりの好条件に好きになった。中原くんとも面識ある、というか、俺にべたべたされて嫌がり暴れる中原くんを見て、「本当に嫌ならここを蹴るんですよ」と俺の股間を指差して、俺たちを青くさせた女である。
敏腕マネージャーのおかげで、新幹線のチケットを無事ゲット。やったぜ。当のマネージャーは、私はコネを作りに行きます、あなたは勝手に帰ってください、くれぐれも炎上しないように、ときつく言いつけ、駅に俺を放り出して車で走り去ってしまった。新幹線に乗って東京の方まで戻れば、行きに乗ってきた自分の車がある。そこへ辿り着くまでに騒がれなければいいって話でしょ、楽勝。俺は今から一般人、新城出流によく似てると言われるモブキャラ、コンビニでバイトしてるフリーター。夢は武道館で自分のバンドのライブをすること。イエー。完璧。
中原くんと俺の予定は、スケジュールアプリで共通化できるようにしている。数日会えずじまいのすれ違い、なんてことも、悲しいことにざらになってしまったので、お互いにお互いの予定をそこに登録しておくことにして、変更があったら随時通知が行くように設定してある。まあこんなもん嘘はつき放題だし、休みの日に仕事だと登録されればそれを信じるしかないのだが、馬鹿正直で真面目なところがある中原くんは、絶対に嘘をつかない。表面上ではあんなにつんけんする彼も彼なりに、寂しいのかもしれない。ていうか俺より中原くんの方が寂しいはずだ。二人で住んでる家に一人きりで取り残されてるんだから。今日なんかお休みだから、朝から俺の枕を抱いてめそめそしてるかもしれない。かわいい!なんてかわいい!抱きます!
じゃない。だから、俺の計画は、ぎりぎりまで今日からオフになったことをアプリに打ち込まないで、中原くんが一人でどう過ごしてるのか見てみよう、というわけなのである。けど、俺だって早く会いたいのは本当だし、顔を見たら我慢できなくなるかもしれないから、ぎゅーしてちゅーしたくなったら、オフになったことをアプリに登録する。通知が来た時の中原くんの嬉しそうな顔が想像できるぜ。ふふん。
新幹線に飛び乗って、仮眠の時間。連絡はつけてあるので、東京に帰る頃にはいろいろ算段はついているだろう。役者の仕事を始めて、ありがたいことに人気になって、お金持ちになったから分かったことだけど、お金がある人間というのは、なんでもできるものなのだ。こういうことをしたくって、このためにはなにがいるかな、なにが必要かな、分かんないんだよなー、って一人でぶつぶつ言ってると、分かる人間が寄ってくる。お金があるからね。
なんてことを考えてる間に、到着。やっぱりというか、なんというか、人が多いね。ころころスーツケースを引っ張って、在来線へ向かう。え?駅の近くの駐車場に車を停めたんじゃないのかって?いやいや。有名人でも電車ぐらい使うよ。あの人もしかして…ちょっと似てるんじゃ…とざわざわされるが、素知らぬ顔で無視していれば、話しかけられることはない。俺急いでるの、早く車に戻りたいの。
スタバに寄り道したからちょっと店員さんにきゃっきゃされたけど、だって期間限定のフラペチーノ飲みたかったんだもん。片手にあまあまの生クリームまみれを持って、車に乗り込む。マネージャーに怒られちゃうなー。怒られちゃうなー、これは。でもファンの人は喜んでたから、ご機嫌な出流くんはハッピーだぞう。
「……自堕落ですなー……むふふ……」
車に積んであったタブレットを起動して、パスワードを打ち込んで、なんかいろいろ繋いで、なんやかんやする。細かい仕組みは俺も知らない、やって♡って物知りな人に言ったらやってくれただけだからね。画面に映るのは、マイスイートホーム。隠し監視カメラ、ってやつ。俺がいない間の中原くんの様子を見たくて取り付けたものだ。リビングにあるくまちゃんの目とか、観葉植物の陰とか、カーテンレールの端とか、いろいろ隠してある。だっていろんな角度から見たいじゃん。中原くんが一人でなにしてるのか。中原くんが、一人で、どうやって、なにしてるのか。他意はありませんよ。
ちなみに今現在は、ソファーでだらだらしながらゲームをしている。某異世界冒険ファンタジー。完全に暇つぶし、と言った様子で、顔が死んでる。空のペットボトルとスナック菓子のゴミが落っこちてる。正に自堕落。俺がいないとなんにもできないんだからー、もおー、かわいいー!作画崩れてる!全然可愛くない顔!寝癖だらけの頭!最高!お腹ぼりぼり掻かないで!俺の前以外でそれやらないで!リビングだけじゃなくて別の部屋も見れるんだけど、寝室のふかふかベッドはぐっちゃぐちゃだったし、嫌がらせのように俺の服は散らばってた。荒らしたんだろうな。俺が家を出てから、一日一枚ずつ引っ張り出して抱いて寝て、三日を過ぎた頃から一日一枚じゃ足りなくなり、引っ張り出す枚数が増えた、と。予想するにそんな感じ。くすんくすんしながら俺の服に埋もれる中原くん。かわいい。
「お?」
ゲームに飽きたのか、ぐだぐだしていた中原くんが、起き上がってうろうろし始めた。よく見たら使ってるの俺のカップじゃん。間接キスかよ!さっきからやることなすことドツボだよ!どっか行くのかな、と思ったら、ベランダだった。
中原くんは喫煙者だ。しかし、俺がいない期間にしか吸わない。そして、喫煙者であることを俺に隠している。なにか疾しいことがあるのかと聞かれると、ただの嗜好品としかこちらも思っていないので、別に中原くんが煙草を吸ってようが吸わなかろうが正直どっちでもいいんだけど、中原くんが隠しているので俺も無視している。いじめるネタがなくなったら、煙草のことを引きずり出して泣かせようとは思うけど。深い溜息をついていそうな肩の落ち方で、がっくり煙草を吸ってる中原くんが、ポケットから携帯を取り出してぽちぽちいじり始めた。ゆるい部屋着、肩がずり落ちかけてる。その姿、ほんと俺以外の誰にも見せないでね。口の端にぶら下げてた煙草、いつのまにか三本目、を揉み消した中原くんが、がりがり頭を掻いてリビングに戻ってきた。俺がいないと結構割と男の子してるよね。
「……おでかけかー……」
だるだるゆるゆるの部屋着から、ジーパンにTシャツ姿に着替えた中原くんが、ポケットに財布と携帯と煙草を突っ込んで、鍵を片手にぶら下げ、家を出て行った。必要最低限の装備。俺といる時は鞄持ってることが多いのに、一人だと必要なものはそれしかないわけだ。今更ながら、中原くんの意外なところをちょこちょこ発見できるので、この監視は必要なものとなる。ばたん、と玄関扉の音がしたので、間違いなく外へ行った。まるで荒地、といった様相のリビングには、誰もいなくなってしまった。しかしご安心あれ。中原くんが鍵をぶら下げているキーリングには、発信機がついているのである。小型GPS。グローバル・ポジショニング・システム。又の名を、全地球測位システム。家を出る時には、当然だが鍵をかける。よって、家の鍵は持ち歩くことを前提として、彼にプレゼントしたキーリングに発信機を忍ばせてもらったのである。俺があげたものを使わないという選択肢は中原くんにはないので、数年来で愛用してくれている。時折、鍵がない!と中原くんが騒ぎ立てることがあるが、それは俺がこっそりGPSをメンテナンスに出しているだけだったりする。中原くんはもちろんそんなこと知らない。今だって、歩いている道のりをリアルタイムで俺に追われ、それを追随できるようなルートを選んで俺が車を走らせていることも、知らない。かっわいいなあ!にぶちん!
中原くんが歩いていくのは駅に向かう道で、途中でGPSの動きが止まったので、その場所について調べれば、ラーメン屋さんだった。お腹空いてたのかな。しかも、こってこての脂っこいやつ。中原くんは割とジャンキーなものが好きだが、自分から食べることは滅多にない。というか、にんにくたっぷりだったり、油ぎとぎとだったりするものは、俺がいる時には食べたがらない。理由は単純、そういうものを食べたが最後、気にしいの中原くんはその後自分が納得するまで、ちゅー出来なくなるからである。俺がいないから、完全にリミッターを外している。ああいうもの食べた後の中原くんといちゃつこうとすると100%めちゃくちゃに抵抗される、が彼の抵抗なんて猫の肉球パンチと同等のそれなので、最終的には泣いて嫌がることしかできなくなる。それがかわいいのだ。あとでやろ。
中原くんが恐らくラーメンを食べている間に、俺も彼の現在地にかなり近づくことができた。気づかれない程度の距離を置いて尾行することは可能そうだ。車から降りて人に騒がれたら、そういうことに敏感な中原くんには一発で見つかるので、怪しいけれど車で尾けるしかない。のろのろと動き出した発信機のマークが、大通りを歩いて、駅に着いた。
「……ん?」
てっきり、電車に乗ってどこかへ行くものかと思ったのだけれど。駅前の大広場で、中原くんが立ち止まったようで、ぴかぴかマークが動かなくなる。待ち合わせかなあ、と遠目から見える場所に車を停めて、目を凝らす。外から見たら絶対かなり怪しい。けど、停車中の車の中をわざわざじろじろ見る人はいないと信じたい。通行人の皆さん、あんまり注目しないでくださいね。
待ち合わせスポットである大きなオブジェの前に、所在無さげに突っ立ってる中原くんは、携帯をいじくったり、煙草をふかしたり、とにかくぼおっとしている。誰に声をかけられるわけでもなく、誰かを探している風でもなく、周りの人たちが待ち合わせの相手と出会って何処かへ行ってしまうのを、ただただぼおっと見ている。身長が低いので人に埋もれがちで、ぱっと人混みで見えなくなったと思ったら、すぐにまた一人ぼっちでぽつりと立っている。風船みたいだ、となんとなく思った。そこにあることに違和感はないけれど、ひとつだけ飛んでいってしまう風船はどこか悲しいような、どこまでも遠ざかるのを見ていたいような、不思議な気持ちにさせられる。しばらく突っ立っていた中原くんは、どうやら待ち合わせをしていたわけではないようで、電車が到着するわけでもなければ、切りのいいわけでもない、中途半端な時間に、ふと思い立ったように足を動かして、広場を出て行った。のろのろ、普段よりも緩慢な足取りは、何処に向かうかすら決めていないようで、無駄な道も何度か通って、繁華街の中心へ向かう。人が多い道をわざわざ選んでいるみたいだった。ふと立ち止まると、まるで誰かを待っているようなふりをして、煙草に火をつけてぼおっとする。また歩き出しては、人に流されて、やがて隣の駅まで来た。大型ショッピングモールの入り口近くで、再び待ち合わせの集団に混じって、待ち合わせごっこをする中原くんに、合点がいった。
さみしいんだ、一人でいるのが。
「……ふふ」
かわいいやつ。ほんと、かわいい。誰にも助けを求められずに、誰でもいい誰かといることすら叶わずに、一人ぼっちじゃないふりをして、誤魔化してる。くつくつと笑い出したら止まらなくて、ハンドルに伏した。ああ、かわいい、大好き。誤魔化してる自分にすら無意識に苛立ちを感じているのか、爪先を揺らして、煙草をどんどん消費して行く彼は、酷く可哀想で、惨めで、かわいくて愛おしい。手放せなくなるのも分かるでしょう。俺がいない数日を過ごしただけであんなに荒んじゃうんだよ、あの子。自分から、たった一言でも連絡を取れば、そこまで苦しくなることもないだろうに。もう、ばかだなあ。
丁度煙草を切らしたらしい。少し眉を寄せた中原くんが、迷うことなく近くのコンビニに向かった。容赦無く買い足しを選ぶ辺り、そんなに口寂しいのか、と申し訳なくなってしまう気もしなくもない。四六時中ちゅっちゅしてたからなあ、急にほっぽらかされたらそうなるのか。ビニール袋を下げて出て来た中原くんは、ペットボトルの炭酸を傾けていた。あれ俺が好きなやつ。中原くん炭酸飲めないくせに、と不思議に思うと、案の定、一口だけ口をつけて、遠目からでも分かるくらいけふけふと噎せ込んだ中原くんが、ぶすくれた顔で煙草を咥えた。早く帰って来て、さみしい、が素直に言えたら、そんな思いしなくてもいいのにね。そんなのは中原くんじゃないけれど。
後ろのポケットに差し込んでいた携帯が、通知を受けて震えたのを察した中原くんは、めんどくさそうにそれを引っ張り出して、目を丸くして、じいっと画面に見入った。そこ、道の真ん中だから、中原くん。後ろ歩いてた女の子、びっくりして避けてくれたから、良かったけど。数回ゆっくり瞬きした中原くんが、弾かれたようにきょろきょろする。うんうん、いい反応ありがとう。
「お休み」「〇〇駅でデート」と変更したスケジュールを、中原くんは受け取ってくれたのだろう。一時駐車場に車を停めて、さっきまでのつまらなそうな態度とは裏腹に、まさしくこれぞ待ち合わせ、といった様子で辺りを見回しながら駅前に戻ってきた中原くんに、聞こえるように大声で呼ぶ。
「なっかはっらくーん!たっだいまー!」

あれ新城出流じゃない!?のざわざわを掻き分けて中原くんに走り寄れば、その場にいる殆どの人間の目が自分に向いていることと、突然の本物の俺の登場に、キャパシティオーバーしたらしい中原くんは、完全に固まっていた。どうよ、抜け殻の洋服より全然いいでしょう。携帯のカメラを向けられそうになって、周りを囲む野次馬に、にっこりと笑顔で、魔法の言葉を吐く。
「あ、撮影中なんです!今度やるモニタリングで使われるかもしれないので、ネットにはあげないでくださいね!」
以上。良い子の視聴者ならお分かりだろう。ドッキリ系の番組で、ネタバラシは、禁物。向けられた携帯が下され、俺が手招きした先に機材スタッフがいたのを見た野次馬は、きゃあきゃあ喜びながら散っていった。撮影現場に居合わせられるなんて、ラッキー!ってことだろう。うん、まあ、あのスタッフ、偽物だけどね。それっぽい機材をそれっぽく持ってるだけの人たちだけどね。エキストラ参加、と言ったらわかりやすいだろうか。お支払いする謝礼額と、やってほしい内容を細かく頼めば内容にはとやかく突っ込まれずに用意してくれる便利な団体がいるのだ。フラッシュモブとか流行りなんでしょ?そういう感じ。俺の手招きの合図にわらわらと寄って来たエキストラさんたちと一緒に、さも撮影の区切りで休憩かのように人気の無い方へ移動し、ありがとうございました、またお願いしますね、と封筒をお渡ししている間に、中原くんが正気を取り戻した。噛み付く元気はないらしく、どこか夢を見ているような口調。
「……新城?」
「うん」
「……なんで?」
「早く終わったから」
「……あの人たちは?」
「芸能人が突然街中に出て行くにあたって必要な経費」
「……撮影?」
「撮影じゃない」
「俺映ってない?」
「映ってない」
「邪魔になってない?」
「中原くん、さみしかった?」
「、」
息を呑んだ、音がした。中原くんが静かだと、調子が狂う。早くきゃんきゃん吠えてもらわないと、俺が酷い男みたいじゃないか。このままキスしたところで、黙って受け入れて、そのまま茫然と家に連れ帰られそうだ。そんなのだめだめ、中原くんには元気でいてもらわなくっちゃ。目を泳がせた彼の肩を掴めば、びくりと跳ね上がった。よく見ると肌艶も悪いしクマもある。近くで見れば見るほど、不健康。ぴちぴちで活きが良くないと、いくらぺろりとしたところで、食べた気にはならないよね。
「中原くんは邪魔じゃないし、俺は絶対ちゃんと帰ってくるし、顔が可愛い女優さんがいたって中原くんの方が可愛いと思うし、さみしがらせて悪かったなあって思ってるよ?」
「……………」
「こてこてのラーメン食べたのも知ってるし」
「……は?えっ、なっ、なんっ、は!?」
「家がとっちらかってて汚いのも知ってる」
「はあ!?」
「全部予想だけど」
「……そんなことない」
「絶対?」
「絶対」
「じゃあちゅーしていいよね」
「外だから駄目」
「そう。じゃあ車に移動しよう」
「……家がいい」
「無理」
「嫌」
「無理。死ぬ。中原くんが目の前にいるのにちゅーもぎゅーもできないなんて無理、死ぬ、もう我慢できない」
「うるさいやめろ!ばか!」
「あいたー」
抱きしめようと手を広げれば、ぺしーん、と平手が飛んできて、笑った。俺の笑顔に、中原くんがごしごし唇を拭って、ぼそぼそと計画を口にする。家に帰ったら、車を停めて、俺は降りる、お前はそのまま買い物に行く、今日の夜ご飯は豚の角煮がいいから材料を買ってこい、その間俺は家で、家のことをなんかやって待ってるから、なんか適当にやってるから、それが全部終わったらちゅーしてやってもいい。つらつらつら、と痞えもせずに言い放たれて、これでどうだ、と言わんばかりの踏ん反り返りとドヤ顔に、「なんか適当にやってる」の部分は散らかし放題してた諸々の片付けと、ぼさぼさ髪で煙草吸っててラーメン食べちゃった自分を綺麗にするための時間だろう、と言いたいのを堪えて、いいよー、と指で丸を作った。ここでまた突っつくとしゅんとしちゃいそうだから、「やったぞ、新城を騙してやった、これで取り繕える、馬鹿新城め、ざまみろ!」と思わせておいた方が特だ。マウント取らせた中原くんはかわいいし、それを夜になって引っ繰り返す時の愕然顔はもっとかわいい。いいことづくめ。
「それじゃあ、帰ろっか」
「……なあ、お前、今度はなにになったの」
「ん?坂本龍馬」
「……ちょっと家でやってみろよ……」
「中原くん、役入った俺に迫られるの好きだよねー」
「ちがっ、そういうんじゃなくて、映画、ドラマ?知らねえけど、今度見る時の、心の準備をしようと、」
「心の準備?ああ、大きいスクリーンで見る俺がかっこよすぎちゃうから?濡れちゃうからかなー」
「目も当てられないからだよ!」
「あいった!蹴った!」
「ふざけんなド変態!調子乗んなよ!」

深夜一時。色々してたらこんな時間になってしまった。美味しいご飯も食べさせて、お風呂も入って、髪の毛も乾かして、ぴかぴかのふわふわに、かわいくなった中原くんを抱っこしながら、暗くした部屋でぼんやりと画面を追う。疲れてるはずだから寝てもいいのに、うとうと半分で、俺の膝の上にいるから寝るのは勿体ないと思って無理やり起きている中原くんが、ゔーん、と唸った。テレビで流れているのは、一年くらい前に俺が出た映画だ。自分が出てる映画を見るのはあんまり好きではないけれど、中原くんがとても遠回しにお強請りしてくるので、つけている。恥ずかしくないわけじゃないんだよ。
「どしたの」
「……ひげ、似合わないな、お前……」
「今言う?それ?」
「うん……いや。ずっと思ってた」
「嘘つけ、これ撮影してる時期、中原くん目も合わせてくれなかったじゃん。俺地味にショックだったからね」
「似合わないから目も合わせなかったんだろ」
「いつもと違ってときめいちゃうからこっち向けなかったんでしょ?」
「ちがう」
「んー?生意気言っていいのかなー?もっと眠たくしちゃうぞ」
「やだ」
「まあでも、普段は無いものだから、整えるのも大変だったし。あんまりしたくないかな」
「髪の毛長いのも似合わない。うざい」
「この後ばっさり切った時めっちゃさっぱりした」
「……もうしない?」
「しない。出来るだけしない、役によるけど」
「そっか……」
「今残念だったでしょ?」
「……なんで」
「ぼさぼさ頭でひげの俺、それはそれで好きだったでしょ?」
「全然」
「……破茶滅茶善がってたくせに」
「うるさい」
「ぁぐっ、顎いった、頭突きー……」
「寝る」
「おやすみ」
「……………」
「ん?どした、とんとんする?」
「しない」
「添い寝する?」
「……明日仕事?」
「ううん。明日は一日オフ」
「……俺も休み……」
「知ってる」
「……………」
「なあに」
「……寝る」
「そういえば、この前、閨に誘う場面があってね」
「……は?なに?」
「引き込まれるって褒められたよ」
「なにに?」
「中原くんも、そりゃあさみしかったかもしれないけどさ。俺だって、さみしかった、し、我慢して溜めてたんだから、漏らしても吐いてもいいよ」
「吐い……なに、俺今日は吐いてない、っうわあ!?なんだよ!?」
「うるさい。しーっ」



「おっはよう武蔵ちゃあん!」
「マネージャーです」
「あっぶね!マネージャー!」
「……新城さんってオフの日の次の日異様にぴかぴかしてますよね……」
「良質な食事と健康的な睡眠を十二分にとったからねっ!」
「声が大きい」

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