このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

分岐器




「そういえば、俺にやってほしい役って何?」「殺人鬼役だ」
「……実の息子にやらせる役?それ?」
「父親面するなとお前が言ったじゃないか」
「あんたを殺す役ならやる気出るわ……」
「私は監督だ」
「は?」
「脚本家と打ち合わせ中でな。初監督作品になる」
「……クソ映画確定だね!」
「私が見込んだ役者しか出さない。それがどうしてクソ映画になる?」
「うわー、俺巻き込まれたくない、身内の恥」
ざっくりしたストーリー。人気絶頂にあった俳優がある日忽然と姿を消した。暫く経った後、連続殺人事件が起こる。無差別の殺人を起こした犯人は、顔も名前も変えた、いつか忽然と消えた俳優その人だった。彼の隠された半生と、その理由に迫る、とかなんとか。俺は、顔変わった方の殺人鬼役ね。中原くん、ごめん、かっこよくないかもしんない。想像と違った。あの子が見るドラマ、善人と悪人が割とはっきりしてるやつばっかりだからなあ。そういう、人間の闇!みたいなの、あわあわしながら見てそうだし。
「俳優役は中野だ」
「へー。中野さんお芝居できるの?」
「俺が仕込んだ」
「やらしー言い方。クソ親父」
「馬鹿息子。下半身脳味噌」
「あ!?」
「そうだ。思い出した、クランクインの前に二発殴らせろ」
「んだとてめえ!倍返しにしてやる!」

「似た者親子ですね」
「……、そ、ですね」
「先程はすみません。貴方を傷つけたのは私だった。言ってはいけないことと許されることの区別もつかないほど、錯乱して」
「……ぃ、です。へいき、……おれ、いつか、いわなきゃって、ぉ、おも、てたから」
「……中原さん」
「?」
「……貴方のそういう、いやに儚げで、それでも芯が通っているようなところが、それをへし折ってやりたいと欲情するああいう変態どもに受けるんだと、私は思います」
「……?」
「その顔です……」



一年後。
「行ってらっしゃい」
「……俺、泊まりで撮影があるなんて聞いてない……」
「俺は聞いた。剣崎さんから」
「ねえ!?あのおっさんと仲良くしないでくんない!?」
「行ってらっしゃい」
「まさか不倫!?ねえ!中原くん!年上が好きなの!?俺じゃダメなの!?」
「死ね」
「辛辣!好き!」
スーツケースを引きずる俺を、ゴミを見る目で睨んだ中原くんが、ふと周りを見回した。新幹線の改札前なので、それなりに人がいる。ちゅーでもしてくれるのかなっ、とふざけてきゃっきゃした俺に、そんなわけないだろ脳みそ腐り落ちろ、と中原くんが吠える、はずだった。
「……ぇ、」
「……ちゃんと、帰ってきて。かわいい女の子がいても、うわ、っ浮気とか、しな」
「口にしてよ!」
「はっ、!?」
頰に残る柔らかい感覚に、どうしようもなく興奮して、唇を奪った。周りの目なんか知ったこっちゃない。腰を抱き上げたせいで足が浮いてる中原くんが、じたばたして、そのうち酸欠で動かなくなった。唇を離すと、ぜえ、ひゅう、と死に体の呼吸。ぐったり。うーん、確かに、生きるの向いてねえわ。
中原くんと離れて、というか、彼に蹴り出されて、新幹線に乗り込んで、途中の駅で中野さんと合流した。ちょっとお願いをしてたわけで。
「お届けできた?」
「ええ。御本人にもお会いしました」
「どんな人なの?中原くんのおじさん」
「普通の人ですよ。何処にでもいる、誰でもない人」
「あっは、そんな人が一瞬でも俺から中原くん盗ろうとしてたの?すっごいうざい、殴りたーい」
「……もう懲りたと思いますよ。警察の監視もついてますし」
「うん。そこんとこはほんと、あの時病院にちゃんと連れてってくれた中野さんに感謝しかないわ。ありがとう」
「いいえ」
中原くんのおじさん。の、その後について。一連の流れがひと段落した頃、俺は中原くんのお母さんに連絡を取って、おじさんがどうやらまた中原くんにコンタクトを取ろうとしていたらしい、と素直に告げた。彼女は激昂し、それでも冷静に警察に相談し、事実証拠として中原くんが病院にかかった受診履歴を提出し、おじさんは厳重注意観察処分となった。つまり、日本警察の目が届く範囲内で、中原新にあの男は近づけない、ということだ。ちなみに中原くんはその細かいあれこれを知らない。彼自身も、心因性の失語症から少しずつ立ち直ってる途中だったから、言わなかった。一年経った今だから俺に向かって暴言吐き散らかすけど、たった半年前までおどおどしてたし。
おじさんの顔を知ってる中野さんだからこそ、と、プレゼントを届けてきてほしい、要するにお届け物をお願いしていた。だから途中乗車になったんだけど。中原くんは元気ですか、なんて他愛ない話を挟んで、そういえば、と彼が思い出したように言った。
「プレゼント、ってなんだったんです?」
「中原新くんハメ撮りセレクション、プロデュース、ばい新城出流」
「は……?」
「仕返し?意趣返し?もう引っ越しちゃったから、おじさんは中原くんに手出しできないわけだし。せいぜいこれで見抜きしろにゃん、って嫌がる中原くんに無理矢理言わせたから、それも入ってる」
「……あんたは人間のクズだ……」
「人間がクズなの。俺は普通」
「……本気ですか?冗談ですよね?」
「見る?」
「死んでください……」
「これから一緒にお仕事する新人に向かって酷いこと言うじゃないですかあ、せーんぱいっ」
「嫌だ……嫌だ帰りたい……剣崎様……」
「中原くんがいない俺は荒みに荒むぜ。中野さんに嫌がらせをいっぱいしちゃうぜ」
「帰らせてください……」
「売れるチャンスじゃん!がーんばろっ!」


3/3ページ