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始発




俺の中での優先順位が変わった。今までは、出来る子であり続ける事、が一番の最優先事項だったのだが、中原くんの泣き顔によってこれからの最優先事項が、はじめて出来た友人をどん底まで突き落として泣かせる事、になった。しかしながら、その時の俺の立ち位置では、どん底までの距離が近すぎる。もっと仲良くならなければならない。それには、いじめられているという立場は邪魔だ。今までは些末なこととして見過ごしてきたが、いよいよ邪魔となれば排除するしかない。俺はあっさり、親を頼った。俺のことが大好きな母は、学校に直談判し、俺も俺で学校に掛け合い、先生に告げ口し、証拠を見せ、この人たちにやられました、ずっとずっと黙っていたのは怖くて言い出せなかったからです、と演技力をフル活用して、涙まで流して、彼等を自分から遠ざけることに成功した。社会的に殺すことなんて、今のご時世、意外と簡単なのだ。SNSって便利だよね。中原くんと仲良くなって、中原くんを泣かせるためなら、俺はなんだってする。今までは自分が一番であり続けることのためだけに使っていた労力を彼と仲良くなることに全振りすると、そうなる。自然の摂理だ。
そして、俺と彼の間に邪魔者はいなくなった。数々の習い事、お仕事は、全部手放した。その代償として、母が壊れた。貴方は私とあの人の子どもなんだから、何でも出来る子でしょう、と縋られたので、俺には何にも出来ないよ、と繋いだ手を離したら、壊れてしまった。今までぎりぎりのところだった精神が、俺からの最後通告に、いよいよ正気を保っていられなかったのだろう。そして申し訳ないことに、母の精神が壊れる瞬間、俺は同じことを中原くんにする想像で大興奮していた。大事にして、手塩にかけて育てた相手に突き放されて、どんな気分なんだろう。そういう落とし方を、俺は彼にしてあげたい。そしてもう一度救いの手を差し伸べたい。それに縋るしかない彼を、大事に大事に大事にして、またぱっと手を離したい。そんな想像をしているうちに、母は錯乱してヒステリーを起こしだしたので、警察に連絡した。母がおかしくなったことを学校に相談したら、俺と母は引き離されて、寮に入ることになった。母にそこまでの未練もなかった。だって、俺の最優先は中原くんだからね。心の病院にいるって話は聞いて、それからちょこちょこ様子見には行ってる。なにをどこまで覚えているのか分からないけど、俺を見ると嬉しそうに笑うので、そこは嬉しいかな。
さて、それからしばらく、持てる力の全てを使って中原くんと仲良くなった俺。他人を見下す必要もなくなったので、あっという間に友達は増えた。異様な速度のキャラ変更に、気持ち悪がる人もいたが、人間慣れるのは早いもので、半年もすれば馴染んでいた。というか、優先順位が変わっただけなので、別に俺の中で何かが揺らいだわけではないのだ。自分が一番だったのが、中原くんが一番になっただけ。中原くんが一番になったことで、自分の価値が下がり、他人にも歩み寄れるようになっただけ。中原くんはすごい。中原くんの涙のおかげで、俺の価値観はぶち壊され、性癖は歪み、普通の仲間入りをすることができるようになった。ありがとう中原くん。やったぜ。
そんな俺だったが、しばらくして、異変に気付いた。中原くんが、どんどん素っ気なくなっていく。そもそもにして顔を見てもらえない。覗き込むと逸らされる。近づくと離れられる。中原くんに相手をしてもらえないと、さみしい。だって仲良くならないと、泣いてもらえた時の興奮が薄れるじゃないか。この時の俺はまだ、中原くんが俺のことを好きだと知らないので、普通に避けられていると思って、落ち込んだ。
「中原くん、中原くん」
「……うるさい」
「今度寮に遊びに来てよ。俺が遊びに行くのは禁止なんだから、中原くんが来て」
「行かない」
「なんで!」
「行きたくない」
「だからなんで?」
「なんでも」
「もー!」
仕方がないので、実力行使に出ることにした。やだやだばっかりの中原くんを連れて、お昼ご飯を食べようと裏庭に誘い出して、いつだかのことを思い出しながら、噴水に向かって突き飛ばした。俺もされたなあ、びっくりするし冷たいんだよな。思いっきり水の中に落っこちた彼の体を引き寄せて、出来るだけ冷たい目で、不愉快そうに舌打ち。ちょっとだけ、どん底までつかないぐらいまで突き落とすだけ、ちょっとだけ落っこちて、泣かなくてもいいから。びしょびしょの自分に唖然としていた中原くんが、俺の態度に、ふるふると首を横に振って、涙が溜まり始めた。泣かなくてもいいんだってば。泣かれたら興奮しちゃうでしょ。泣くのは取っといてよ。そう言いたいのは山々だったが、後のために黙っておいた。
「俺のこと嫌いになった?中原くん」
「ち、ちが、なん、っなにが」
「ちょっと一緒にいられたからって調子に乗るなよ。君が俺のこと嫌いになるなら、俺も君のことを嫌いになる。もう二度と関わらない。君のおかげで友達も増えたしね、仲良くしてくれる人なら他にもいるんだ。遊んだり、巫山戯たり、そういう普通っぽいことは他の人とやることにするよ」
「ゃ、っやだ!」
「でも、中原くんは俺と遊んでくれないじゃない。つまんないよ。嫌いになるしかないよね」
「あそぶ、遊ぶから、寮でもなんでも行くから嫌いになんないで、ぇ、ぁ、ちが、きらいに、じゃなくて、なかよくして、ほし……」
「そういえば中原くん、なんで俺とそんなに仲良くしたいの?俺のこと好きなの?」
「ぅ」
火が出そうな、という言葉がばっちり似合いそうなぐらい、真っ赤通り越して顔色悪い中原くんが、ぶるぶる震えだした。羞恥の臨界点、って感じ。俺が中原くんの気持ちを知ったのは、この時。好きだとは言われなかったが、ここまで分かりやすくされて気付かないほど鈍感じゃない。泣きながら真っ赤になって震える中原くんの、水でびしょびしょになって張り付いた前髪を退ける。ぜんっぜん目が合わない。ぐるぐると彼の視線が泳いで、らりってるみたいだ。ねえ、と呼びかけながら頰を両手で挟んだら、ぎゅうって目を瞑られた。キス待ち顔じゃん、と思った俺は悪くない。
「ん」
「!?」
「ちゅーしちゃった」
「は、ぇ、はっ、なん、ぇ」
「俺も中原くんのこと好きだよ」
「……え……?」
「付き合おっか」
「……………」
中原くん、動作停止。しばらくして動きだした彼は、気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ、とぼろぼろ泣きながら俺の手を握りしめて離さなかったので、ちょっと中原くんの扱い方が分かった高校生の俺であった。しかも、この時の俺は「中原くんともっと仲良くなるためには付き合うのは合理的な手段だ、友人よりも恋愛対象の方がどん底までの距離は遠くなる」と浅はかな知恵で画策していたのだが、中原くんとのお付き合いが長くなるうちに、彼のことがかわいくてしょうがなくなってきてしまって、しかも重ねて、距離が近くなることで泣かせるのも容易になってきてしまったので、彼とのお付き合い関係が破綻するほど傷付ける必要がなくなってしまった。そして現在に至る、という感じ。

時系列は現在に戻って、二人とも大学生で同棲中、お休みの日。リビングでだらだらしている中原くんの近くにクッションを持ってきて座ったら、ぴゃっと素早く対角線上に逃げられた。今は喧嘩してないから、遠いね。喧嘩してると泣きながら擦り寄って来るくせに、素直じゃないんだから、そこがかわいいんだから!もう!
「中原くん」
「あ?」
「卒アル出てきた」
「いつの」
「高校。あーん、中原くんかわいいー、罪」
「……………」
「見る?」
「見ない」
「中原くんは、初期俺と今俺、どっちのがタイプなの?」
「どっちも気持ち悪い」
「どっちも大好きかー。選べないよねー」
「耳腐り落ちてんの?」
「んー、久し振りに冷たい方の新城出流やってみる?」
「は?」
「忘れてないといいけど」
「お前の人格スイッチ式なの、」
「ねえ」
だん、と威嚇する音。中原くんを引きずり倒して顔の横に手をつけば、真っ青になって、俺が黙ってたらぷるぷるしだして、涙目。うーん、かわいい、かわいすぎる。ふざけてんじゃねえって逃げればいいのに、高校時代のいろいろを思い出しているのか、中原くんの目の奥がぐるぐるし始めた。この遊び方、いいなあ。やりすぎないように注意しながら、ちょこちょこ使っていこうかな。せっかくいろいろ幼少期に詰め込まれてるんだし、使わない手はないよね。
「君がそういう態度なら、俺もそうするけど、いいよね?」
「……ぅ、あ、しん、」
「仲良くしてあげる、っていうのは、俺が飽きたら君とはもう仲良くしてあげない、ってことだよ。いろいろできたからって胡座かいてたみたいだけど、友達ごっこはおしまい。ついでに君が嫌がってた恋人もどきも、おしまいにしようね?」
「……ゃ、……」
「……………」
「……?」
「……無理!かわいすぎる!脱いで!」
「はっ、なに、やだっ、お前ふっざけんなよマジで!」
ぶるぶるしてる中原くんがかわいすぎて、冷酷な新城出流が木っ端微塵にされてしまった。失敗。あの時の俺は、中原くんのことがそこまで大好きではなかった上に、中原くんが俺のことを好きだって知らなかったから、冷たくできたんだな。愛の力ってすごい。中原くんあったかい。めっちゃ俺のこと殴ってくるけど力が弱いから痛くない。ほんとかわいい。一家に一人配りたい。でもそうすると俺だけの中原くんではなくなってしまうからすごく嫌。ああ、中原くん、俺の全てをぶち壊して、俺の唯一に成り果てた君。
愛してるよ。母はきっと父にそう嘯かれた。だからそれを信じてしまった。そのせいで狂ってしまった。愛は人を狂わせるのだ。俺が中原くんからもう二度と離れられないみたいに。
それじゃあ、そんなところで、いちばんはじめのお話は、これでおしまい。中原くんをかわいがるのに俺は忙しいから、ばいばーい。


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