このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



「こないださあ」
閉店済みの、他にお客さんもいない、明かりを落とした店内。いつもの通りの飲み会で、瀧川と航介もいたんだけど、さっき帰った。朔太郎だけ、まだ飲み足りないのよお、と女の子ぶって頰に手を当てて居残った。気持ち悪いからくねくねしないでほしい。二人が帰ったのはしばらく前で、もうとっくに日付も変わってるんだけど、朔太郎は帰る気がないらしい。このまま朝までコースかな、全然構わないんだけどさ。明日暇だし。からん、とグラスの中の氷が溶けて、CMみたいだね、と指差した俺の言葉はシカトされた。うん、話の途中だもんね、ごめんね。
「川沿いの桜並木のとこ、お散歩してたらさ」
「朔太郎よく散歩するよね」
「老人だから」
「……そう……」
「猫がいたの。黒い、尻尾の先っぽと足の先っぽだけ白い猫」
「うん」
「行きは通り過ぎたんだけど、お腹空いたから途中でUターンして帰ってきて、そしたらまたいたのね」
「うん」
「二度目ましてなら撫でようとするじゃん?」
「はい」
「すっごいそーっと近寄って、撫でようとしたらさあ」
「うん」
「……ゴミ袋だった……」
「……かわいそう」
「恥ずかしかった……チャリに乗った小学生が後ろを通ったのも更に恥ずかしかった……」
「一緒に恥ずかしがれなくてごめん」
「あー、なんだっけ。共感性羞恥だっけ」
「そんな感じ」
10人に1人ぐらいの割合でいるらしい、テレビとか見てて一緒に恥ずかしくなっちゃったりする人。俺にはその気持ちは全く分からないんだけど、多分朔太郎も全く分からないと思う。多分、ていうか絶対。そんな話をしていたら、朔太郎がぽんと手を打った。
「他の人の恥ずかしい話、俺、聞きたい」
「純粋な口調でなにを……」
「羞恥心の感覚をもっと育てたい」
「朔太郎って人間として足りてない部分をきちんと補おうとするよね」
「伸び代あるから」
「長所だと思います」
「ありがとうございます」
お辞儀しあった。よくよく考えてみると、「恥ずかしい」って感情、お互いあんまり足りてないねえ、なんて話をして。
では、羞恥心を育てるお勉強をしようと思う。俺の独断と偏見をもってしてランダムに選んだ相手に、「最近あった恥ずかしかったことを教えてください」と送りつける。返事が返ってきた順に、ここで発表する。なんかそんなようなテレビあったよね。定点カメラがあって、その前にお題のフリップが置いてあって、それに合わせて大喜利みたいなことするやつ。
はい、エントリーナンバー1番、返信がトップだった有馬くん。誰が送ってきたかはクイズ形式にしようかな。エンターテイメント性って、大事だよね。
「駅の階段の上から下まで転げ落ちました」
「痛そう」
「誰でしょう」
「俺?」
「……うーん……朔太郎がここにいるのに朔太郎からラインが返ってきたらホラーだよ……」
「分かった。当也」
「当也はそんなことしない!」
「ひっ、当也強火担の都築忠義」
正解に辿り着かなかった上に、「どう考えてもえ痛そう」「もっと注意深く生きるべき」「駅の階段の上から下までって、途中でもっとブレーキをかけようと頑張れなかったの?」という意見しか出なかった。全然共感できない。有馬くんでした、と答えあわせをしたものの、彼であれば階段から転げ落ちたところで大きな怪我もしなさそうだし、なんならドラマのワンシーンにありそう、という訳の分からない結論に達した。総意、有馬はるかの顔はやべえからな。次に行きましょう。
「来ました」
「はい」
「えーと、当たり付きの自動販売機で、一本買ったらまだボタン光ってたから、当たりが出たんだと思って大喜びでもう一本選んでボタン押したら、まだボタン光ってたこと」
「え?ちょっとよくわかんない、その人日本語下手」
「分かるでしょ!500円玉入れちゃったってことでしょ!」
「ああ……」
150円入れたつもりが550円入れていて、そりゃ一本買ったところでお金は残ってるんだからボタンはまだ光ってなきゃおかしいし、早とちりして当たりが出たと信じた彼の純粋さは尊ぶべきものだけど、三本目で気付いた時の愕然顔が眼に浮かぶのも事実である。だーれだ。
「俺の知ってる人?」
「うん」
「んー、そういうヘマしそうなのは、うーん、弥太さん」
「誰さ!?」
「おまわりさんだよお」
「あー……あー、ああ、おまわりさん……しそうだけど違う、流石にライン知らないし」
「んー、誰かな。小野寺くん?」
「せいかーい!やるじゃん朔太郎」
「小野寺くん計算苦手だから」
そういう問題ではないと思うのだが。恥ずかしいというよりかわいそうな話だが、小野寺くん本人は相当恥ずかしく思っているらしく、5分後くらいに続けて来たラインには「誰かに言っちゃ嫌だからね!」とあった。だから正直に、朔太郎に言った旨を伝えておいた。誰かに盛大にからかわれでもしたのかな。伏見くんとか。
「ペットボトルでしょ?いずれ買うことになるんだから、その時にまとめて買ったと思えばいいじゃない」
「でも三本は重い」
「それはそう」
結論、「恥ずかしくはない」「隠すほどのことでもないから元気出して」「俺なんか炭酸思いっきり振った後にそれを忘れて開けて自らの手によってジュースまみれになったことがあるから大丈夫」、以上。一番最後は朔太郎だ、俺じゃない。
次、伏見くんからも返事が来た。けど、きゃっ♡ってほっぺに手を当てて恥ずかしがってるかわいい猫のスタンプだけで、内容はなかった。ていうか、東京の人たち夜更かしだな。もう深夜帯の時間だぞ。
「あ。来た」
「瀧川からと見た」
「なんでまだなんも言ってないのに分かんの、怖!」
「そろそろ瀧川の出番かなーって」
「……怖……野生の勘……」
「どうせ瀧川の恥なんて女の子引っ掛けようとしてアレだった話でしょ」
「ご名答ですね」
「飛ばそ」
「オッケー」
「……あ?有馬くんからライン来た」
「なに?」
「写真……あ!?そういうこと!?」
「えっ」
「どうも返事早いはずだよ!あの人たち一緒にいるよ!」
「えー、いいなあ、楽しそう」
当也はおねむの時間らしく撃沈しているが、丸くなってる当也の周りに伏見くんと有馬くんと小野寺くんが寄り固まって自撮りした写真が、朔太郎に送られてきた。当也の家で宅飲みらしい。勉強会のはずが飲み会になることが多々あると、以前当也がぼやいていたっけ。
「うええー、いいなー」
「朔太郎は俺と飲み会してるじゃん」
「……………」
「……?」
「……ちがう……」
「今なにを考えて違うっつったの?ことによっては問い詰めるよ?ん?おい丸頭」
「丸頭なんて呼ばれたこと今まで生きてきて一度もないよ!」
「はじめてを奪うの得意だから」
「奪わないで!さくちゃんのはじめて!」
「純真泥棒だから」
「いやらしい!」
「どこが?」
俺たちも自撮りして送りつけてやろうぜ、と朔太郎がインカメを構えたが、いちいちシャッターボタンを押す力が強すぎてぶれにぶれるし、ちゃんと撮れても見切れてたりするので、俺が撮った。センスゼロかよ。有馬くんから写真が送られてきたから有馬くんに朔太郎が送ったんだと思うけど、数分して、なぜか俺のところに伏見くんから「静止画だと顔面の見栄えがいいですね」と謎の高評価ラインが来た。朔太郎のことが嫌いだから俺にライン送ってきたんだろうけれど、俺を褒めたいのか朔太郎を褒めたいのかがそもそも判別できない。どっちもだろうか。どっちにしろ、伏見くんから顔褒められるって、相当ハードル高い気がするんだけど。動いている朔太郎のことは苦手だけど写真なら平気、という意味にもとれるし、ただ純粋に俺もしくは朔太郎の顔が良いと言いたいだけにもとれるし、伏見くんって分かんないなあ!もう!惑わせないでよ、小悪魔!
「あっ、今度は小野寺くんから写真」
「どれ?」
「あー!伏見くんがにゃんこに!おにゃんこ伏見くんに!あー!なんてことです!かわいい!とっても!」
「ちょっ、ちょお、貸して、貸せ、寄越せ!」
「俺に送られてきたんだから俺が舐めるように見てからでしょうが!都築にも後で送ったげるから!」
「伏見くんのにゃんこよりもその後ろで寝てるにゃんこの方が俺には緊急性が高いんだ!早く見せろ!」
「俺の幼馴染の強火担すんのほんとやめてくれません!?」
スノーで撮ったかわいいキメ顔の伏見くん(にゃんこエディション)の後ろに、ちゃっかり認識されて猫の耳とひげが生えてることに気づかず寝てる当也が写っている。レアすぎでしょ。小野寺くんがクソ鈍感でなにも考えてないからこそ撮れた奇跡の一枚だ。カメラマンは伏見くんを撮ろうとしか思ってなかったはず。被写体自身が、後ろの寝てる人も一緒にフレームインさせようとしてわざと場所を調節し、そうさせた可能性は、まあ、あるけど。伏見くんならやりかねない。うるさい俺に耐えかねてすぐ転送してくれた朔太郎が、にゃんこ伏見くんを満足いくまで眺めた末に、ぽちぽちスマホをいじりはじめた。
「さっきの、俺もしたい」
「スノーだよ」
「すのー」
「これ」
「どうして都築のスマホには既にインストール済みなの……」
「使ったことがあるから」
「貸してよ」
「どうぞ」
「んー。どれにしよっかな、都築に似合うの選んだげる」
「変なのにしないでよね」
「見て。かわいい」
「げえー!全然かわいくない!」
「そう?」
「目ぇ腐ってる!」
朔太郎の私服を鑑みるに、彼にはそういう美的センス的なものは無いのだ。全く可愛くもなんともない、むしろネタ用のフィルターをかけられたので、スマホは返してもらった。朔太郎がどうだかは知りませんけどね、一応こっちには顔が整ってる自覚と、それをどう使っていきたいかの理想ぐらいはあるんですよ。有馬くんにはないやつ。繰り返して申し上げます。そう、有馬くんには、ないやつ。
すのお、と妙にのっぺりした発音で探していた朔太郎だったが、インストールが面倒になったらしく、気づいたらスマホがカウンターに放り出されていた。機械音痴ってわけでもないくせに、妙に面倒がりなところはあるよね、朔太郎って。
「暇になってきた」
「帰れば?」
「歩きたくない」
「じゃあちょっと浮くとかすれば?」
「天才では?」
そんなことは無理なので、朔太郎は帰らないようだ。時間が時間なので、ラインもそこまで返信がこない。一応、あと何人かには送ってるんだけど、寝てるだろうな。ちらちら様子を気にしてたら、全然関係ない明後日の夜のお誘いが来たので、携帯を伏せた。時間帯的には合ってるけれども、タイミングが間違ってる。お腹空いてきたねえ、なんて会話に、とりあえずつまみは出した。おつまみ出したらお酒も追加しちゃうよね。
「伏見くんたち寝たかな」
「あの感じじゃまだじゃない」
「電話しよ」
「1人寝てんのに?」
「当也がそんぐらいで起きるわけないじゃん」
「でも邪魔したくない……安らかに睡眠を楽しんでほしい……」
「あ、もしもし?俺、辻さくちゃん。当也起こして」
「冷血人間!」
「スピーカー?スピーカー、えーと、スピーカーってどれ?」
「朔太郎スピーカーも知らないの」
『……、なんでだよ!……して、』
「え?携帯を耳から離す?そしたら話せないじゃん、え?有馬くん声でっか」
「有馬くん声でっか……」
めっちゃ漏れ聞こえてくる。俺と朔太郎の間、カウンター挟んでるんですけど。だから耳から携帯を話したらおしゃべりできないでしょうがあ!と何故かキレてる朔太郎からスマホを奪い取ってスピーカーモードにした。まさかとは思うけどお前はスピーカー機能を使ったことがないのか、と聞けば、職場では使うけど、それは受話器を耳に当てたままボタンを押すと声が他の人にも聞こえる機能であって、受話器は耳から外さないんだ、とドヤ顔をされた。あのね、恐らくだけどその受話器ね、耳から外しても平気だよ。
「嘘ぉ!?」
「かわいそう」
『もしもし?聞こえてんの?おい』
「有馬くんやっほー」
『やっほー。弁当がなんだって?』
「恥ずかしい!職場の人たち俺のことどんな目で見てたんだろ!?」
「おめでとう!恥ずかしいっていう感情が朔太郎にも芽生えたみたい!」
『聞いてる?』
「聞いてる聞いてる。朔太郎の成長を喜んでただけ」
「恥ずかしー!」
『弁当はそんじょそこらの騒音じゃあ起きねえよ』
『有馬の声で起きないしな』
「あ!ちょっと遠くからベリースイートな声がする!伏見くん!伏見くん、貴方のさくちゃんだよ!好き!」
「あっ切れた」
「ちゅっちゅっ!」
「通話切れてるよ朔太郎」
気を取り直して。なんで電話?と不思議そうな有馬くんの声に、朔太郎が都合のいい理由をぺらぺらと並べ立てていた。もう夜更けだし突然寂しくなっちゃって幼馴染の声が聴きたくなる瞬間ってあるじゃん?都築じゃだめなんだよ当也じゃなきゃダメなの、だから当也を起こしてほしいの、無理難題を言ってることは分かってるけどとにかく当也を起こしてほしくって、ああ、嫌がらせしたいわけじゃないよ、もう寂しくてしょうがないよお、伏見くんと朝まで電話するか当也を起こすかの二択しか残されていないよー!だってさ。有馬くんは、ふむふむ、ふむふむ、と話を親身に聞いた挙句、伏見が朝まで喋ってやればいいんじゃないか?と伏見くんに通話を押し付けようとしたが、有馬くんの悲鳴が直後に続いたので、伏見くんは無言のままなんらかの痛い方法で拒否したんだろう。
『でも弁当起きないしなー』
「こちょこちょしてごらん」
『怒るじゃん?』
「そんなの俺の知ったことではないじゃん?」
『てめえ!俺に罪を被せるつもりだな!』
「当也が有馬くんに本気で怒るところが見たいなー」
「下衆の本心を口に出しやがった」
『怒られたことぐらいあるよ』
「あんの!?」
「嘘つかないで!」
『あんの?』
『あるよ。殴り合いの喧嘩したこともあるよ』
「そうなの!?」
「当也は相手選んで手ぇ出すのに」
『えー、俺選ばれちゃったー』
『そういう受け取り方?』
呆れ声の伏見くんがちょっと遠くで話してるっぽい。小野寺くんが笑ってる声も聞こえるけど、すごい遠い。結構騒がしいはずだけど、当也は起きなそうだな。
「みんな寝ないの?」
『さっきまで寝てた』
『有馬だけだよ』
「当也いつから寝てんの」
『いつから寝てんの?』
『有馬が起きるほんのちょっと前』
「お酒いっぱい飲んだ?」
『そんなでもない』
『いーっぱい飲んだ!』
「……有馬くんが寝たってことは割とちゃんと飲んでるね」
「いいなー、宅飲み。楽しそう」
「俺たちのこれは宅飲みじゃないの?」
「店じゃんか」
「俺んちだよ」
「でも店じゃん」
「俺んちだよ!」
『もめんなよ……』
『弁当起きちゃうよー』
「それがこいつの狙いだよ」
「いーっひっひっひ!」
『悪い魔女の笑い声だ』
「そういえば小野寺くん、三本のジュースどうしたの?」
『わああ!?なんで朔太郎が知ってるのさ!』

「今何時?」
「3時」
「テレビつけて」
「もう砂嵐だよ」
「有馬くんたちにもっかい電話しよ」
「いい時間だからって気を遣って切ったのになんでまた掛け直すのさ」
「つまんないんだもん」
わああー!ってじたばたしはじめた朔太郎を放って、明日の仕込みをする。明日は俺はお休みだけど、店はちゃんと開いてるわけだからね。ちゃんと準備しておかないと、父と母と姉と妹に怒られるから。
「ねえ」
「なに」
「見て。恋愛占いだって」
「……え?ほんとになに?」
「俺はー、俺と相性のいい女の子のタイプは、どれどれー」
「口やかましくてお節介な幼馴染?」
「それだったらもう今の俺に出会う余地ないじゃん」
お胸が大きくて金髪碧眼で日本にホームステイしてる外人のおねーさんだって〜!だって。なにそのすごい狭い枠。ちなみに俺もやってみたら、「気が弱くておっとりしている男が苦手でぽっちゃり系の幼馴染」だそうだ。こっちに幼馴染くんのかよ。俺に幼馴染いないし、また枠がめっちゃ狭い。それ恋愛占いじゃなくて性癖診断なんじゃない?
「名前だけでできるから、他の人のもやってあげよう」
「瀧川は?」
「たきがわ、よしみつ、と……」
「ときみつ」
「ああ、間違えた」
ナチュラルに間違えたな、こいつ。瀧川の運命の相手は、「ミステリアスで影のある過去に何か抱えていそうなメイド長」だった。どこで出会えるのか教えてくれよ。もう既に嫁がいるけど面白いから仲有も調べてみたら、「高飛車で傲慢で、だけど本当は寂しがりやなお嬢様」だった。高井珠子成分が一ミリもない。
「あ、しかもこれ、イメージイラストが出てくるみたい」
「ぶわははははは、っげ、現実味が、ない、っな、なさすぎる、ぶふーっ」
「目が顔の三分の一を占めている……」
「うひひひひ、っひ、っひ、っ」
「朔太郎が死んじゃう」

「ぐう」
朝6時になってようやく朔太郎が寝た。どんだけ飲んだんだ、途中から目ぇらりってたけど。この時間になると、店に転がしておけない。なんせ、お昼には開店できるように準備しなくちゃならないから。しかし俺に朔太郎を背負って居住スペースに移動することは無理である。こんなことなら寝る前に移動しときゃよかった。でも朔太郎のやつ、ゼンマイが切れたみたいに突然ぱったり静かになったからな。
「起きてー」
「ぐう」
「早くどかないとはっちゃんにクイックルワイパーで刺されるよ」
「むにゃむにゃ」
「お尻刺されると痛いんだよ」
朔太郎は刺されたし、とばっちりで俺も刺された。なんて日だ。

22/57ページ