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おやすみなさい



※高校生
「今日はお前を寝かさないからな」
別のシチュエーションで聞きたかった台詞ナンバーワンだ。煌々と眩しく光る蛍光灯の下、仁王立ちされて、鬼を背負って言われても、何もときめかない。ふかふかのベッドの上で聞きたかった。ハートマークつきで。
「馬鹿なこと考えてたら殺す」
「あっすいません……」
場所、俺の家。時刻、午後9時。晩飯を食い終わって、お風呂も入って、制服も脱いで、伏見はちゃっかり俺の部屋着を着ている。そんな状況下でどうして仁王立ちの般若面を見せつけられているかというと、目的が目的だからだ。
「今このタイミングで追試食らったらどうなるか分かってんな」
「……国体予選の合宿に出れません……」
「合宿に出れないということは?」
「……予選に出るのも厳しいかと……」
「よろしい」
にっこりと微笑まれて、逆に怖い。全身から冷や汗が止まらない。だって、今回はマジでぎりぎりなのだ。練習試合も公式試合も重なっていた上に、試験期間前にがっつり被っていて、ろくに勉強してるような暇がなかった。というのは俺の言い訳で、他の面々はきちんと両立している。だってしょうがないじゃん!俺に両立とかできるわけないじゃん!
「うるさい」
「うぐ」
「教科書を開いて、シャーペンを持て」
「はい」
「俺は二度は教えないので、一度で覚えろ。復唱して書き取れ。頭に捻じ込めないなら、胃にでも詰め込め」
「はい!」
「合宿に行けないなら、俺はお前を見放す」
「やだああ」
「やじゃない」
泣きそうだ。こんなに頑張って部活にも取り組んでいるのに、お勉強がちょっとばっかしできないだけで、好きな人からこてんぱんに虐げられる。伏見の方が頭いいからって。伏見の方が中りがいいからって。見下すポイントが見つからなくて悔しい。うーん。
「伏見の方が小さいくせに!」
「あ?」
「あっ」
うっかり口に出た。俺の手の甲には赤い蚯蚓腫れが出来た。痛い。
1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、3時間が過ぎ、伏見も流石に生欠伸が増えた頃。ぱんぱんになった脳味噌を無理やり回しながら、容量オーバーの内容を詰め込んで、零れ落ちないようにぶつぶつ反芻していると、いつの間にか伏見がぺたりと机に伏していた。すう、と緩やかに聞こえる寝息に、寝かさないとか言ってさ、とぼんやり思う。煮詰まった頭は、簡単に餌に飛びついて、俺の手からシャーペンは滑り落ちた。長い睫毛と、薄赤く染まった頰と、ほんの少しだけ開いた唇に、目を走らせて。机に手を突いたら、軋んだ音がして、ちょっとどきどきした。起こさないで、ちょっと触れるだけ、ちょっとだけ、ほんのちょっと。
「……ひぃ……」
「……………」
「ご、ごめんなさ……」
「……………」
急に目が開いたので、驚きと恐怖と落胆で、マジで涙出るかと思った。目を見開いた真顔でじっと見つめてくる伏見に、ぶるぶるしながら体を引けば、無言を十分過ぎるほど溜めて、苛々がたっぷり詰まった舌打ちのプレゼントをくれた。泣きそう。心折れそう。
「……期待を裏切らねえ馬鹿だな……」
「もっ、もう、しません」
「あからさまな罠にかかってんじゃねえよ、クソ犬。だから頭が悪いんだよ、脳味噌溶けてんのか」
「うう……」
「さっき俺がほんとに寝てて、お前のクソみたいなちょっかいが成立したとして、そしたら試験で赤点を逃れられるのか?無理だろ?むしろ落とすだろ?」
「……わ、わかんないよ」
「分かんなくねえよ、クズ。殺すぞ」
鬼というより、射殺されそうなくらい鋭い、絶対零度の目線を突き刺されて、さっき取り落としたシャーペンを持った。殺されたくはないので、必死に頑張るしかない。追試になんてなったら、マジで見捨てられる。怖過ぎる。どうせ支配されるなら、恐怖じゃない要因に突き動かされたかった。ほら、御褒美を用意してくれたらもっと頑張れるかも。
「褒美を与えられるほど出来が良くなってから物を言えよ」
「俺のこの頑張りに対して!なにかないの!」
「さっきのサービスシーンで充分だろ」
「ぐ……!」
見惚れて手を出そうとした事実がある以上、何も言えない!はん、と鼻で笑われて、朝日が昇るまで、血も涙もないスパルタ教師による地獄の授業を受け続けた俺なのであった。その甲斐あって、追試は一つもなかった。すごい。自分じゃないみたい。
「普通だろ」
「普通じゃないよ!」
「どんだけ馬鹿なら気が済むんだよ」


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