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☆すてらびーた☆設定過多編



この星では、子どもは都市部へ連れ去られ、大人は村に取り残され、最終的には皇軍に殺される。その理由は、不可解な流行病だった。10歳から11歳、第一次成長期を迎える頃から症状が出る、死に至る病。成人するまで発症の可能性があり、治療法はない。突然流行りだしたのは10年ほど前の話で、その年は誰も救うことができず、みんな死んだのだという。それから、解析が必死で進められ、病を治すことはできなくても、病原菌のない区画を作り出すことはできた。その区画が、この街の中。アクアさんが斬ったのは防御結界の方だったが、うっかり隔離と浄化の結界の方を斬っていたら、大惨事だった。
区画の中にいられる人数には制限がある。子どもたちを匿うには、大人は追い出すしかない。しかし、我が子を奪われそうになる親は、もちろん抵抗するだろう。反面、国としては、子どもを全滅させるわけにはいかない。その板挟みに立って、大人を最初に切り捨てたのが誰だったかは今となっては分からないが、その最初の一人を責め立てるのが正しいかと聞かれると、違う。いつしか、子どもは都市部へ保護、反乱分子を抑えるという意味でも、大人は問答無用で殺す、歪んだルールが出来上がっていた。
村々の大人たちも黙って死を待っているわけではなく、レジスタンス、所謂反乱軍の徒党を組んで歯向かってくる勢もいる。じぶんたちが通り過ぎた村には、逃げることが難しかった人たちしかいなかったが、そうではない村もあるということだ。カルディアさんの立場としては、皇族として結界を守り、子どもたちを保護しなければならないのだが、そのために親を切り捨てる遣り方には疑問を抱いているそうだ。しかし、子どもを親の元に返すと、命を落としてしまう。返したとしても、10歳以前から20歳以降まで、最低でも10年以上は実の親から引き剥がされた上に、何もかもが揃う恵まれた都市部から、貧困に喘ぐ自分の生まれた村に帰りたいかと聞かれると、頷く人間は殆どいないのだという。保護した子どもが大人になると、皇軍所属となる。外で命を落とす兵士の数も少なくはなく、反乱軍との衝突も定期的に起こりうる。生まれる命より失われる命の方が多い状況下で、自分だけ安全な城の中にいる異常に、カルディアさんは追い詰められていた。
「……何をしてほしいとか、そういうのはもう分かんない。ただ、助けてほしいんだ」
「その病気をこの星から無くすとか、そういうことでしょうか」
「そんなことできるのかな?」
「……かみさまの本棚に行って、探すことは出来ますけど。確約はできません」
「私たちも、魔法で何もかもができるとは思ってないよ。どうにかならないかって、今までだってずっと調べてきたんだ」
「アクアくんは、病気は斬れないのかな?それか、あるくんの目で分解するとか」
「……病気って、魔法ですか?」
「違うね」
「じゃあ、読み解けませんね……」
「アクアには聞いてみよう。見えてたら斬ってる気もするけど」
解決策は後で話すとして、案内するよ。そう言って立ち上がったカルディアさんが、しーたんさんのところへ連れて行ってくれた。カルディアさんと一緒だと、隠れなくてもいいらしい。皇女様だし、根回しもしてくれたんだろうな。迷路のような城の中をしばらく歩いて、階段を上ったり下りたり渡り廊下を通ったりして、大きな扉を開けたら外に出た。綺麗に整備された庭園には、子どもがいた。こっちに気づいて、皇女様!と駆けてくる子どもを抱き留めたカルディアさんが、優しく笑って額にキスをした。くすぐったいよ、と嬉しそうにした女の子に、カルディアさんが問いかける。
「元気?変わったことはない?」
「うん!あのねっ、新しいお友だちが増えたの!」
「その子はどこにいるの?」
「青い屋根のおうちよ、ずーっとご飯食べてるの。アクラブ様もさっきその子のところに行ったわ」
「うん。教えてくれてありがとうね」
「あっ、皇女様、見て。花冠、作れるようになったの」
「ほんと?すごいじゃない」
ばいばーい、と手を振る女の子のところに、少し年下の子が駆けてきて、二人はどこかへ行ってしまった。ここからは子どもしかいないよ、隔離が一番きつい区画だからね、とカルディアさんが先を行く。可愛らしい小さな家が点々と建っていて、子どもたちで生活を営めるようになっているらしかった。比較的年上の子たちが家事その他を持ち回りで担当して、生活が成り立っているそうだ。食料については、さっき通ってきた門から支給されるとか。
「ここだね」
「おーい、しーたん」
「もぐもぐもぐもぐ!あ!めーめー!おっそーい!むぐ、まちくたびれひゃったぞお!」
「……いっそ安心する気儘さだな……」
「しーたん、おなかぺっこぺこだったんだけどさあ!ここについたらー、ごはんがいーっぱいでえ、たべてたらみずばめがきてー、ねっ、みずばめ!」
「……無事で何よりだ」
「無事だよー、しーたんつよいんだよ!」
ぐっ!ってガッツポーズをしたしーたんさんが思いっきりスプーンを落として、服を汚した。兄の顔のアクアさんがそれを拾って、やれやれって感じでしーたんさんを見ている。まあ、本当に、ともかく、無事でよかった。
「お腹いっぱいになった?」
「んーん、しーたんにはあ、お腹いっぱいとか、ない!はやくどっか行こ!」
「見切りが早いな……」
「はやくー!はやく!」
「口を拭け」
「袖もまくるといいよ」
「んあー!あー!やだー!やめてえ!しーたんかっこよくなくなっちゃうー!」
カルディアさんとアクアさんに世話を焼かれているしーたんさんが、不服そうである。どうやら、自分のことを子どもだとは思っていないらしい。べたべたの口周りを拭われ、長い袖をまくられ、髪が飯に入るからと長い襟足も括られて、ぶすっとしている。しかし空腹には抗えないようで、もそもそとパンをかじっていた。
カルディアさんが、じぶんとコリンカさんに、そのままここを案内してくれることになった。家の中に何度かお邪魔したが、どこもかしこも本当に、子どもしかいない。しーたんさんよりもっと小さい子もいたし、じぶんと同じくらいの子も、アクアさんに近い人もいた。みんな、カルディアさんになついていて、口々に挨拶をしたり、じゃれついたり、親しげに話しかけてくる。ここだけ見ればいい星なんだけどな。
「ここは図書館」
「図書館!」
「あるクンのテンション」
「入りましょう!」
「いいよ、見られて困るものはないし」
小さいけれど、素敵な雰囲気の図書館だ。天窓から柔らかな光が射し込んでいる。本が日焼けしてしまいそうだけど、明るくて、あったかくて、読むには良い環境だと思う。絵本や童話が多い印象を受けながら、棚の間を歩いていく。機会があったら読みたい本もあって、かみさまの本棚で探してみようと思う。振り向けば、コリンカさんとカルディアさんは、入り口近くの椅子で二人で話しているようだった。もうちょっとだけうろうろしてもいいかな。奥の棚を覗くと、誰かいた。
「……………」
「……………」
真っ白な長いふわふわの髪を、高い位置で二つ結びにした、幼い女の子。赤い目。露出の高い服に、薄い布だけ羽織っている。寒くないんだろうか。ちょっとだけ目を上げた彼女は、すぐに分厚い本に視線を戻してしまった。細い身体はソファーに埋もれるようで、その場をそおっと離れる。邪魔しちゃいけない。
「あ。おかえり」
「……誰かいました」
「ああ、うーん……あの子はね、特別なんだ。喋れなくて、ちょっと理由があるんだけど」
「理由?」
「うん。皇軍の連れ去りが良い風に働いたパターンもあるってこと」
ある村に、信仰の対象として祀り上げられていた少女らしい。白い髪と赤い目。口をきくことは許されず、祠の中で生かされる日々。連れてきてからも、必要最低限の食事は取るものの、喋ってはくれないのだという。あの子が笑ってるところを見てみたいものだけど、と苦笑いのカルディアさんが、手を打った。
「ある。あの子と話してみてくれないか」
「えっ!?」
「なんとなくなんだけど、年も近いし、本が好きなところとか、話合うかもしれないし」
「い、いや、そういうの、じぶん、苦手ですけど」
「何言ってるのさ、仲良しいっぱいいるじゃないか」
「いいんじゃない、あるクンがんばって」
「コリンカさんの方がコミュニケーション取れますよ!」
「いやあ、いいわ。遠慮するわ」
「めんどくさくなってるでしょう!」
というわけで。喋らない女の子と喋る、という無理難題を与えられてしまった。もうこの星の問題を解決するのと何にも関係ない気もするけど、引っかからないといえば嘘になる。もう一度ソファーの部屋に戻ると、また少しだけ目を上げた彼女は、分厚い本を読み始めた。なにを喋れというんだ。
「あ、あの、お隣座ってもいいですか?」
「……………」
「なんの本読んでるんですか?あっ、えーと、じぶんはあるっていいます、貴女のお名前」
「なあ、ある。せっかくの目をドブに捨てながら生きるのやめろよ。ストッパー緩くできないの?」
「はっ……?」
「よく見てよく見て。かみさまちゃんだぞ」
「……!?」
「出番少なくないー?と思って、降臨しちゃったぞ。あと、みんなに任せて平気な範囲を超えちゃったからね」
「はっ……!?」
いえい、ぶいぶーい。ゆるいピースサインを向けられて、とりあえず言われた通りに、視覚のストッパーを外す。読み解くための視界は、確かに彼女が人間ではないことを証明していた。ていうか、いや、ベースは人間なのに、中身がまるっと読めない。この目で読めないのは、かみさまぐらいのもんだ。アクアさんが、かみさまの死線を見れないのと同じ。唖然としていると、この本とっても興味深いんだ☆と抱えていた分厚い本の題名を見せられた。何読んでんだあんた。
「四十八手まとめ」
「……え、えっ、なに、どうなって、なにがどうしたらこう……?」
「この子の体を借りた感じかな。かみさまはかみさまだから、星に直接降りることはできないからね。一番波長の合う人間の身体に、チャンネルを合わせてる感じ?とは言え、一回見た目の更新をしちゃうと、あるはもうかみさまの見た目は思い出せないだろ?」
「はい……」
「だから、これから先かみさまのところで話す時、見た目はこのロリで固定されちゃうけど、デメリットはそんなもんかな。いいでしょ?かわゆくて」
「……はあ……」
口調と見た目の差がすごい。かみさまが身体を借りてる彼女は、カルディアさんの言った悲劇の人生は送っていなかったことも分かった。というか、別のベクトルで悲劇だ。幽閉されていたのは、信仰対象だったからではなく、ただ単純に異常として遠ざけられていたからだ。育てられることを、放棄されていた。死んでしまって呪いを振りまかれても困るから、という理由だけで生かされていた彼女。喋れないのは、喋り方を知らないから。そんなこと、この都市に住むカルディアが知ってるはずもないんだよ。軍の人に、信仰対象としての神々しい立ち位置を勝手に足されたこの子のことを、可哀想がって目にかけてやっても、仕方ないだろ。そう付け加えたかみさまが、肩を竦めた。余談だが、身体を貸している彼女の意思は、かみさまには反映されないらしい。眠っているような状態、とのことだった。その眠りから起きたいかどうかは、彼女次第だけれど。もし現実に戻るのが嫌だったら、どうなるんだろう。
そんな話が終わり、かみさまに、視界のロックを0か100かの二択にするのをやめろ、と珍しくも真剣に言われ、確かに、と思う。アクアさんを発見する時も、もうちょっとちゃんと見えてたら、コリンカさんが殴られずに済んだわけだし。でもロックを緩めるやり方とか、分かんないんだよな。
「もー。しょうがないなあ、帰ったらやってあげるよ」
「すいません……」
「そのまま、獅子座のしーたんを見てごらん。あいつとんだ猫被りしてるぜ」
「えっ!?」
「あの野郎、手伝ってあげるとか言っといて全力でふざけやがってさあ。人のシマだからって遊びまわりすぎだよなあ」
カルディアにばれたら面倒だから、かみさまとあるは仲良しになったってことにしてついていくけど、喋らないから、ちゃんと誤魔化しておくれ。そう言ったっきり、分厚い本を片付けてまた真顔に戻ってしまったかみさまに、なんて呼べばいいんですか、と聞いたけれど、一言も喋ってくれなかった。無反応。怖い。
「あっ!?本当に仲良くなってる!?」
「はい……」
「……あるクン、そういうとこあるよな……」
「うわー、良かった!君があそこから出てきてくれるのを待ってたんだ!」
「スピカくんの時も勝手にいつのまにか仲良くなってたしさあ」
「だめなんですか」
「だめとは言ってないじゃんかさ」
「いつか、名前を教えてね。君とお喋りするのを、楽しみにしているから」
かみさまの中にいる誰かに、カルディアさんの言葉が届いているといいなあ。頬を赤くして喜ぶカルディアさんが、じゃあみんなのところへ戻ろう!と前を歩く。
かみさまは、じぶんたちじゃ解決できないから降りてきた、って言ってた。しーたんさんの中身を見ろ、とも言ってた。どういうことかな。

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