このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし




晩飯を食べ終わって、だらだらしてたら、朔太郎がうろうろしだした。突然行動しはじめるのはいつものことなので、放っておく。ちなみに今日の晩飯は弁財天家で、かきあげだった。うまかった。自室が寒いからなのか、リビングの大きいテレビでゲームやってる当也になにやら聞きに行った朔太郎が、ふむふむと頷いてこっちに来た。
「明日暇?」
「……暇だけど」
「こうすけ、と」
「なにに俺の名前書いてるんだ」
「メモ」
「そうじゃない」
「やちよー、明日暇?」
「暇よー」
「やちよ、と」
だから、なにに名前を書き込んでるんだ。おかしなことに巻き込まないで欲しいんだけど。メモに書いてるっていうのは、まあ、一応合ってるんだけど、そういう意味の「なにに書いてるんだ?」じゃない。上手く伝わらない。朔太郎相手に上手く伝わったことはないけど。
次の日。お休みの日。起きな!と母から叩き起こされて二度寝も許されずにパジャマのまま朝ご飯を食べていたら、インターホンが鳴った。嫌な予感がする。休みの日のこの時間、宅配便とかの類ではないことは確実だ。ということはどう考えても知り合い。出たくない。パジャマだし。しかしそんなこっちの気も知らず、無慈悲な母は玄関を開けてしまった。勝手に入ってくるよりかはマシか。
「航介。朔太郎だよ」
「お寝坊さんめ!」
「……約束してない……」
「昨日、明日暇?って聞いたじゃんかさ!」
「……早い……」
「行くぞ!」
「……は?えっ、待っ、どこに?」
「着替えろ!」
行くぞオラ!と強気な態度の朔太郎に急かされるがまま飯を食い終わり着替えて外に出たが、誰もいなかった。早過ぎちまったようだぜ…だそうで。てめえ。かっこつけるな。余計に腹ただしい。大人しくリビングに帰ってきたら、もう帰ってきたのか、おかえり、と適当に出迎えられた。そんなわけないだろ。
「みわこー、おにぎり作ってー」
「なんで」
「食べるから」
「……いくつ」
「10個。うち8個は航介」
「ああ」
全然「ああ」じゃない。多い。しかもおにぎり持ちってことは、この朝も早よから連れ回されるってことだ。全然良くない。朔太郎を甘やかし過ぎじゃないだろうか?と思ってたら、台所をふらふら彷徨っていた朔太郎がみわこにローキックで追い出された。邪魔ァ!の一言と、アイター!って。
「うろうろすんじゃない!」
「蹴ることないじゃん!」
「座ってろ!」
「そわそわしちゃうの!」
「知らん!畳の目でも数えてろ!」
声がでかいVS声がでかい。朔太郎の負け。言われた通りに、襖で仕切られた隣の部屋の畳の目をぶつぶつ数え始めた朔太郎が、少々不気味である。一応、どこに行くんだとか、何をするんだとか聞いたけど、いくつまで数えたか忘れちゃうでしょうが!って怒られた。そりゃ確かにそうなんだけどさ。何も知らされてないまま10個のおにぎりを持たされてる俺の身にもなれよ。
「昨日の夜電話したもん」
「……俺に電話の内容が伝わってきてない」
「航介は風呂だって、かずなり出た」
「なんか聞いてる?」
「和成が電話に出たのになんでその内容をあたしが知ってると思うんだ」
「……もしかしたら聞いてるかもしれないと思ったから……」
「和成に聞いてくればいいじゃないか」
「寝てんだろ!しかもそんな手間かけなくても朔太郎が正直に言えばいい話なんだよ!」
「かずなりに俺は言った。伝わっていないのは江野浦家の伝達ミス」
「ほらあ!」
「うるさいねえ」
「ほんとよね」
「……人の家に入る時には挨拶をしろ」
「みーちゃんちはやっちゃんちだもの」
いつのまにかやちよが湧いて出た。朔太郎みたいなことをしないでほしい。むしろ、開けてもらって入った分、朔太郎の方が上だ。しかもやちよだけかと思いきや、後ろから、おじゃまします、とか細い声が聞こえてきた。きちんと挨拶をしているのは、友梨音だった。恐らくはやちよが「こっそり入って驚かせましょうよ!」とか言ったんだろうけど、律儀に挨拶をする辺りが友梨音らしい。
しかしながら、よく見れば見るほど変な取り合わせだ。やちよ、朔太郎、友梨音。鑑みるにみわこは不参加組で、十中八九ここに俺も入れられる。この場に当也がいないのは、昨晩の朔太郎の「明日暇?」に対して暇ではないと答えたからなのだろう。俺もそうすればよかった。メンバーの選抜性も行き先も分からない、ミステリーツアーみたいなのに参加するぐらいなら、家で寝ていたかった。一応、どこに行くんだ?と友梨音に聞いてみたが、彼女が正解を口にする前に、そうやって正攻法に頼るのはやめてもらおう!と朔太郎が飛び込んできた。大人しく畳の目を数えていてほしい。ていうか、もうその言い草、俺に秘密にしようとしてるのを完全に隠さなくなってんじゃん。馬鹿なのか?
「行きましょうか」
「どこに?」
「お」
「友梨音はお兄ちゃんのお隣な!」
「……航介お兄ちゃんと乗りたい……」
「がーん。素でショック」
邪魔するからそういう目に遭うのだと思う。友梨音が隣に俺を選んだ理由は、静かだから、だそうだ。その理由で俺を選ぶ奴は友梨音以外にいない。席順は、運転席がやちよ、助手席が朔太郎、後ろに俺と友梨音。で、残留組のみわこに手を振られて、出発。たくさん持たされたおにぎり、この人数なら確かに10個必要かもしれない。やちよの担当はおかずだったらしく、後部座席には大きい御重が積まれていた。察するに、ピクニック的なことをするんだろうな。それは分かるんだけど、どこへ行くんだかさっぱりだ。動く車窓に、眠くなってくる。前の二人、やちよと朔太郎はうるさいが、友梨音は静かだし。ねむい。

ついた。いつのまにか。車だからそうなんだけど。
「寝てたからだろ」
「……どこだここは」
「顔に落書きしといたから」
「……………」
「あー!そうやって!すぐ暴力に訴えっいたたたた!本当に痛い!頭が割れる!せめて鏡見てから割ってよ!痛い痛い、ゆり!ゆりね!助けて!航介お兄ちゃんが乱暴!」
「……あっ、け、喧嘩してる……」
「してないしてない」
「さくちゃんが、さく・ちゃん、の二人に分かれるとこだった!」
ちゃんの方に朔太郎の成分は混じっていないように思う。しかも、友梨音に鏡を借りて見たけど、落書きなんかされてなかったし。そういうくだらない嘘をつくから、こちらとしても不本意なことに、無駄なアイアンクローを決めなくてはならなくなる。結構握力使うんだぞ、疲れるんだ。友梨音には一応、喧嘩なんてしていない、と弁解をしておいた。
着いた先は公園だった。桜が綺麗だ。あったかいし、お花見日和って感じ。そんなことを思っていたら、実はお花見しようと思って、と友梨音が申し訳なさそうに言うので、それを朔太郎のせいで言えなかったのか、と思い至る。いいんじゃないか、お花見。今の時期しかできないし。上機嫌に、最近テレビでよく聞くアイドルソングを歌いながらシートを敷いてる朔太郎を手伝う。
「ふーじやまげいしゃっあいどるー」
「花見なら花見って言えよ」
「お花見しようって当也に言ったら断られたから」
「……なんて?」
「お腹が痛くなる予定だからだめだって」
「仮病だ」
「でも代わりにやちよを送るって。当也とやちよ、どっちがアウトドアで戦力になるかっつったらやちよでしょ」
「戦力……」
「熊倒せそうだし」
本人に聞かれたら怒られそうだ。今のところ、友梨音と二人で桜の写真を撮ってるので、問題なし。お弁当には少し早い時間なので、シートを敷いて場所取りはしたものの、ちょっとうろうろしてみることにした。置いてっても平気そうな荷物、例えばやちよの日傘とか、朔太郎が脱ぎ捨てた上着とか、あと持ってると意外と重い食べ物飲み物系とか、を置いていく。友梨音が、これもおいていく!と苦渋の決断という顔でハンカチを置いていこうとするので、別に一人一つ何か置いて行かなくちゃいけないわけじゃないと教えれば、あからさまにほっとしていた。俺なんかほぼ手ぶらで連れてこられたんだぞ。
「綺麗ねえ」
「あっ、写真、ゆりデジカメ借りてきたの、お兄ちゃん」
「ぴーす」
「はいちーずっ」
「いえー」
「お母さんに見せるね」
「友梨音も撮ってあげるよ、貸してごらん」
「えっ、えぅ、はいっ!」
はいっ!と引き寄せられて、ピースする友梨音に、そっちを見て、朔太郎を見たが、朔太郎も唖然としていたので、もう一度友梨音を見た。なんで俺の腕を取った。やんわり引き剝がしながら、お断りしようとする。
「俺はいいよ」
「えっ、おねがい、航介お兄ちゃんも一緒がいい、ゆり、ひ、一人はちょっと……」
「おっとー、朔太郎お兄ちゃんの方はピン写でいえーいしちゃったぞー」
「航介お兄ちゃん、ゆりと写真は嫌……?」
「うーん、いや……どちらかというと写真が嫌っていうか……」
「魂を抜かれるから?」
「そういうことじゃねえけど」
「あ!分かった!不細工だから!」
「……………」
「こ、航介お兄ちゃんぶさいくじゃない!」
「……じゃあ仕方ないからそういうことにしといてやる……」
「……さっきからお前、俺に対して異様に態度が悪いな」
「さっきから友梨音が微妙に航介寄りにいるのにずっと俺は傷ついているんだ」
「小さい奴……」
「もー、三人で撮ればいいじゃない。やっちゃんシャッター押したげるから」
「あっ、うん、三人がいいねっ」
「三人!三人ね!航介と友梨音の、兄妹ですらない二人ではなく!俺も含めての三人!」
「うるせ」
三人で写真を撮った。やちよは雑なので、5回ぐらい失敗したけど。それから、アイスを食べて、朔太郎が綺麗な花弁を拾って「押し花にするんだ!」と張り切って、集めた花弁が風で吹き飛ばされたりしてるうちに、いい時間になった。意外なことに、友梨音は写真を撮るのが上手かった。やちよのように勢い任せではないからかもしれない。
みわこが作った爆弾のようなおにぎりが10個と、やちよが持ってきた御重。おかず類は、エビフライとからあげと、ポテトサラダと卵焼きと、ベーコンのアスパラ巻きとにんじん巻き、赤と黄色のプチトマト、肉じゃがも入ってた。あと、昨日のかき揚げの残りがちょろっと。盛りだくさんだ、と覗いていれば、こーちゃんとさくちゃんならいっぱい食べると思って、とはにかまれた。当也を基準にしたら、そりゃいっぱい食べるかもしれないけどな。とにかくうまそうだ。いただきます。
「ゆり、お母さんとうさぎりんご作ってきた」
「ん!デザートに食べよう!」
「うまい」
「みーちゃんのおにぎりおっきいわあ」
「からあげおいしー!」
「……たまごやき、あまい」
「ゆりねちゃん、甘い卵焼き好き?」
「うん」
「今度作り方教えてあげましょうか。やっちゃんがママから教わった特製レシピなのよ」
「うん!」
「エビフライ!」
「俺のだ」
「俺のだよ!」
「いくつ食ったんだお前」
「そういうことは関係ない!俺の箸の方が先にエビフライに触ってた!」
「関係ある。俺のエビフライ」
「ポテトサラダ食ってろ!おりゃ!」
「あっくすぐった、お前!」
「もぐもぐぎゃああ!重い!」
「食べてる間に遊ばないのー」
おにぎりも、おかずも、友梨音が持ってきたうさぎりんごも、全部食べた。多いかなって食べ始めた時は思ったけど、全然行けた。ごちそうさまでした、と手を合わせる。ひらひらと落ちてくる花弁が綺麗だ。花より団子になってた感じは否めないけれど。友梨音が、朔太郎の後頭部に引っ付いた花弁を取って、可笑しそうに笑った。本人気づいてないからな。少し離れたところで宴会をしている人たちを見た朔太郎が、あそこ、と指差した。分からないように、だけど。
「大人になったらああやって、お酒とか飲んでどんちゃん騒ぎするのかなあ」
「そうかもな」
「楽しいかな」
「知らん」
「さちえあんまお酒飲まないからさあ」
「……うちは、父は酒飲むけど」
「かずなりはしょっちゅうふにゃふにゃになってるじゃんかさ」
「……しょっちゅうではない」
「嘘」
「うん……」
「楽しいかなー。ちょっと楽しみだね」
「そうか?」
「楽しみだよ!どんななのかなーって」

とか言ってた時もあったなあ、と思い出した。高校生の時だったかなあ。楽しみだよー、と笑う朔太郎は今より子どもで、こう、期待感とか希望とか、そういうのがあって、今振り返ってみれば輝かしかったように思う。
「てめーこれ水じゃねーかオラー!」
「……………」
「かたい!かたーい!いくらぶってもいたがらなーい!」
「……都築」
「脱げおらー!なんのために来たんじゃ脱ぎさらせおらー!見せろー!」
「……………」
「うひひひ、ひっ、ぉえっ」
「やめろ馬鹿!あっちで吐け!」
「はきませえん!ただよしくん、ゲロ吐くの苦手なんでえ!」
「瀧川ぁ!」
「……………」
助けてください、という瀧川からのライン。それと一緒に送られてきた位置情報は、昔やちよと友梨音と朔太郎とお花見に行ったところで、懐かしさもあって、あと仕事が休みで暇だったから、車で行ってみたのだ。瀧川から変なラインが来ることについては特に驚かないので、何があったかも聞かなかった。それがいけなかった。ついてみれば、人が大勢いる中で、奥の奥の方、はっきり言って桜もあまり無ければ人もあまりいない方、に地獄絵図が広がっていた。珍しくもちゃんと酔っ払っているらしい朔太郎と都築、恐らくは二人のペースに付き合わされて潰れている青い顔で白眼の瀧川。散らばる酒瓶とつまみ。桜が咲いている方が現実だとしたら、ここは悪い夢だ。お酒って楽しいのかな、と未だ見ぬ将来に希望を抱いていた高校生の自分を踏みにじってその上に大の字で寝ているような朔太郎が、俺のことをしこたまグーで殴りながら、かたいかたい!と喜んでいる。都築は都築で、脱げ脱げとうるさいし。こーすけ迎えにきてくれたのー!と二人が妙なテンションだったから、その時点で踵を返して去るべきだったのだ。
「……ていうかお前ら、どうやって来たんだ」
「えー、くるまー!」
「飲むつもりだったのに車で来たのか、馬鹿なんじゃないのか」
「飲むつもりなかったもーん、ねー」
「ねえー!」
「こーちゃんがお迎え来てくれると思ってえ」
「べたべたするな」
「ふひ……お腹だけでいいから見して……」
「都築、強めに殴っていいか」
「いやあ!」
都築家で飲んでる時から、都築は箍が外れると人恋しくなるらしいのは知ってたけど、外でべたべたされるとただの迷惑である。手を絡めてにぎにぎぎゅっぎゅされたので、振り払って突き飛ばしたら動かなくなった。よし。
「こーすけえ」
「いてえ」
「かた、かった……なにお前……ふふ、かったあ……がっちがちじゃんなんなの……」
「痛い」
「いたいわけねーだろゴリラ!」
「痛いっつってんだろ」
「ぎゃっ」
叩いたら倒れた。そのまま動かなくなった。三人とも倒れ付されると、殺人現場みたいだからやめてほしい。もういっそ桜の木の下に埋めて帰りたい気持ちがないわけではないけど。
仕方ないから、少しだけ片付けをして、誰か復活するまで一人でつまみを齧ることにした。酒は飲まない、この産廃どもを送らなければならないからだ。ここに来る時に乗ってきたであろう車については、後でどうにかしてもらおう。そこまで面倒は見れない。
ひらひらと落ちて来た花弁を手に取って、ぼんやり思った。押し花、結局作れたのかな。全部吹き飛ばされて愕然としてた顔が面白かったのは、よく覚えてるんだけど。一人で、落ちて来る花弁を捕まえようとしては失敗し、時々成功し、また失敗したりしてるうちに、朔太郎がむくりと起きた。
「ぺっぺっ」
「よお酔っ払い」
「……口の中にはなびらが……」
「口開けて寝てるからだろ」
「……せっかくお花見なのに寝てたの、俺」
「お花見じゃなくて酒盛りだろ」
「ていうかなんでいるの?航介呼んでないはずなのに」
「瀧川が死ぬ前にダイイングメッセージを残したんだ」
「ほお……全滅を避けたのか、えらいな……」
「よく普通にできるな、あれだけべろべろしといて」
「いや全然普通じゃない……気を抜いたら今にも全裸とかになりそう……」
「もうちょっと理性を強く持てよ……」
「桜は人を狂わせるって言うし……」
「桜のせいにするな」
ちなみに、どうして自分は呼ばれなかったのか聞かないの?と聞かれたので、すごくどうでも良かったけれど一応呼ばれなかった理由を聞けば、「航介がいたら羽目外せないから!」だそうだ。なんでわざわざその理由を俺に言ったんだ。複雑な気分になった。



23/57ページ