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おやすみなさい



「こーちゃん!ごほん!」
「ん」
「とらねこたいしょー!」
「はいはい」
海は、寝る前に絵本を読んでもらいたがる。相手は俺でも航介でもいいようだけれど、読んでもらうのが自分の選んだ絵本であることが重要らしく、分厚い本を持ってこられて面倒に思った俺が薄っぺらい赤ちゃんの時に読んでた本に取り替えたら、ぎゃん泣きだった。今日の本は猫が11匹出てくるやつらしい。航介の語り口は淡々としているので、読んでもらっている海も大人しく聞いている。俺の場合は盛り上がってヒートアップしてしまうので、海も同じくテンションが上がり、布団の中なのに目が爛々としていることも多々ある。それは俺が航介に叱られる。なんでだ。
今日も今日とて、読み終わった絵本を枕元にきちんと置いた海は、すやすやと寝付いた。時々本を抱えて寝ようとするので、ねずみくんが一冊しわしわのくたくたになっている。隣に目をやれば、航介が一緒に寝落ちていた。布団をかけてやろう。
後日。俺は、職場の人とお酒を飲んで、家に帰った。結構遅めの時間で、海もとっくに寝てるだろうし、下手したらこの前みたいに航介も寝落ちててもおかしくない。でも、こう、アルコールのおかげでテンションはハイになってて、このまま寝るとか有り得ないって感じで。我ながら、そこまで飲むことなんて珍しい。歳食って、酔いが回りやすくなったのかな。ふにゃふにゃする手で鍵を開けて、ただいまあ、と漏らせば、居間の電気はついていた。起きて待っててくれたの、いじらしいとこあんじゃん。
「こーおすけーえ」
「……おかえり」
「んひひー」
「酒くさ……」
「うみちゃんは?寝た?」
「とっくにな」
「そっかそっかあ」
「重い」
「んー」
「近い」
「ちゅー」
「……………」
「うああ、いたーい」
ちょっとぎゅっとして顔を近づけただけで、アイアンクロー。仮にも俺の息子を産んだくせして、扱いが昔と全く変わらない。情ってもんはないのかね、まったく!
明日朝起きてから死にたくなるような絡み方をするな、と呆れが前面に押し出された声で言われて、誰でもいいからべたべたしたい気分なんだと正直に暴露した。誰でもいいとは言ったけど、誰でもよくはない。硬くてごつい体にべたべたしていると、俺を引っ付けたまま台所へ向かったので、器用だなあ、と思う。
「水」
「ありがとー」
「寝ろ」
「えー」
「俺も寝る」
「お風呂入ってない」
「じゃあ俺は先に寝る」
「やああ」
「うざい」
「ついてこいよお」
「嫌だ。腰を撫で回すな」
「そろそろ海ちゃんもお兄ちゃんになりたい頃かと思う!」
「無理」
「そこは航介の頑張り次第!」
「頑張りとかじゃない。無理」
「無理かどうかは試してからじゃないとわっかんないでしょお!」
「うるっせ……」
隠しもせずに舌打ちをした航介が、俺の手からコップを取り上げて、ずかずか居間に戻った。その間ずっと、俺をぶら下げたままである。ゴリラかよ。ふかふかとは言い難いクッションを枕にするよう寝転がされて、ひゅー、積極的、でもお隣で海が寝てるからさくちゃんとしてはお風呂場でお前に猿轡でもかますのがベスト、と宣っている間に、目の前に可愛いきつねさんと女の子の絵が突きつけられた。
「……おう?」
「寝ろ」
「……それは海に読んでやるものでは?」
「読んでやるから、寝ろ」
「いやいや」
「はじまりはじまり」
「待って」
「こんは、赤ちゃんを待っていました」
「よりによってそれ、待って航介」
「こんは、おばあちゃんに、赤ちゃんのお守りを頼まれて」
「待って!」
そのまま寝かしつけられました。うん、なんていうか、すげえ悔しい。


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