このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

おはなし



「それで?相談って?」
「はいぃ……」
はああ、と俺の目の前で溜息をついているのは桜庭ちゃんだ。かわいい後輩なので、「ちょっとお話があって…」と思わせぶりな態度で呼び出されて連れてこられた先がファミレスで、色恋沙汰やロマンスの欠片も感じられなくても、許すのだ。これならば社食とほぼ変わらないのでは?と思わなくもない。頼めるメニューの幅広さとかの問題だろうか。あとドリンクバー。魅力的だよね、ドリンクバー。俺たちもとりあえずドリンクバーは頼んだ。それぞれ紅茶とコーヒーを持ってきて、お互い一息ついて、現在に至る。
そして、桜庭ちゃんの相談内容はと言えば。
「彼氏のことなんですけど……」
「……えーと、まず、そういう話は俺より財部さんとかにした方がいいのでは」
「果穂さんにはもう相談したんです、次点としての辻さんなんですよう」
「あ、そうすか」
「それでですねえ」
次点ってはっきり言われると、思うところが無いわけでもないが、このかわいい後輩に悪気はないので許す。財部さんより先にどうして俺に相談しないの!とは口が裂けても言えないわけだし。
桜庭ちゃんの話曰く、彼氏が最近冷たいのだという。同棲一歩手前くらいで結構長くお付き合いしているのだけれど、最近になって、桜庭ちゃんの家に彼が来る時に限って「夕飯はいらないから」と断られ、宣言通り夕飯時の後に訪れることが増えたり、仕事が忙しそうなので彼の家に家事をしに行こうと申し出た時にも断られたり、距離を感じるのだとか。確かに、話を聞いただけでも距離は感じる。しかしながら、浮気を疑うほどの突き放し方でもないことは事実だ。だからこそ、桜庭ちゃんは悩んでいるらしく。
「男の人って、そういう、こう、彼女に近くにいて欲しくないってこと、あるんですか?」
「その人の性格なんじゃないかとも思うけど、うーん……お仕事忙しいんじゃない?」
「果穂さんにもそう言われました、けど、彼、土建屋さんなんです」
瀧川と同じタイプの職業か。じゃあ、今時期はそんなに忙しくなさそうだ。むしろ、ここ最近はほぼ毎日のように都築家で管を巻いている瀧川を見る限りは、暇そうですらある。会社が違えば委託も違うだろうから、一概にそうとは言えないけど。
話を聞いてもらえたことで余計に落ち込んでしまったのか、私このまま振られちゃうんでしょうか、と俯いてしまった桜庭ちゃんに、理由をちゃんと聞いてごらんよ、とか、俺は桜庭ちゃんのこと良い子だと思ってるよ、とか、フォローの言葉をかける。頼れるお姉さん的存在であるところの財部さんに相談した後の俺だから、なに言っても二番煎じな気もするけど、男の意見が聞きたかったんだろうと思って、考える。カップの中の紅茶が冷めてしまっているので、持ってくるよ!と席を立てば、そんなことさせるわけには!と桜庭ちゃんがつられて立った。いやいや!いやいやいや!をやってても話は進まないので、二人で取りに行く。途中、当然ながらファミレスなので、他のテーブルでは食事をしていて、お腹が鳴った。
「なんか食べる?」
「……どうしましょう」
「先輩が奢ってあげよう。ファミレスだけど」
「えー。どうしましょう」
一度目のどうしましょうは「食べるか食べないか」だが、二度目のどうしましょうは「なにを食べるか」である。ちゃっかりしておる。そんな桜庭ちゃんだから、俺もかわいがるのだけれど。同じくかわいい後輩であるところの井草くんにも、こういうとこ見習ってほしいよね。井草くんだったら「食べません」で、俺の好意をずばんってして終わりだからね。
桜庭ちゃんがシーフードドリア、俺はたらこスパゲッティにした。メニューのデザートのところをずっと見てたので、もう一品行っちゃってもいいぜ、と声をかければ、パフェとパンケーキで迷っているようだった。容赦ねえ。食べられそうだったらにします、とメニューを置いた桜庭ちゃんが注文して、溜め息。
「なんか、不安になってきちゃって。わたし何かしたのかなあ、とか」
「うん」
「こんなこと、辻さんに言っても何にもならないって分かってるんです」
「聞いてくれる人が欲しいんでしょう?俺で良ければ、話ぐらい聞くよ」
「はい……」
しゅんとしてしまった。こういう時どう助ければいいのか、無知な俺には甚だ疑問である。都築とか上手くやりそうだなあ、聞き上手だし。しょんぼりモードの桜庭ちゃんの前に、ドリアが運ばれてきた。俺の前にはスパゲッティ。ファミレスのいいところは、料理を注文してからそれが出て来るまでのスピーディーさにもあると思う。いただきます、と手を合わせて、でもっても、桜庭ちゃんのお悩み相談室は止まらない。
「でも、あんな奴知らないぞ!って思っちゃう自分もいて、そんな自分も嫌なんです」
「……うん」
「だって嫌いになったわけじゃないんです、でもほっとかれると寂しいじゃないですか?私より大事なものがあるなら、私だって他に大事なもの作るぞって」
「……………」
「そう思ってもいいじゃないですか、とか考えちゃうのも嫌なんですよう。彼のこと信用してないみたいで」
「……桜庭ちゃん?」
「はい?」
「……かけすぎじゃない?」
「え?」
「辛くない?」
「なにがですか?」
「……なんでもない……」
きょとんとされてしまうと、こっちがおかしいみたいな気になってくるけれど、しかしながら俺としてはおかしいのは桜庭ちゃんの方だと思うんだけど、もしかして俺がおかしいのかな?世間一般の人って、ホワイトソースベースのシーフードドリアが赤くなるまで、タバスコかけるもの?
「……………」
「それで私、……辻さん?どうかしました?」
「……いや……」
よくよく見てみたけどやっぱり桜庭ちゃんがおかしい気がする。平然と食べてるけど、辛いのではないだろうか。桜庭ちゃんの中では、かけすぎでもなければ、辛くもないのだろう。俺は絶対無理。泣きながら食べる羽目になる。
待て。すごいことに気がついてしまったかもしれない。さっき桜庭ちゃんは、彼氏に避けられてるって言った時、どんなことをしようとして距離を感じるって言ったっけ。確か、「家に来るから夕飯を作ろうとしたら断られた」とか「家事をしておこうかと申し出たら断られた」とかだったと思うのだが、もしかしてもしかしたら、桜庭ちゃんの味覚にも問題があるのではなかろうか。だって、このレベルでタバスコかける人間が、普通の飯を作るかどうか微妙なとこじゃない?白米に七味唐辛子を振りかけて生きているんじゃない?それは彼氏が一度距離を置いて味覚を狂わされないよう抗っても致し方のないことなんじゃない?
「……桜庭ちゃん?」
「はい」
「一つ聞いていい?」
「いくつでもどおぞ」
「……財部さんに相談したのは、どこで……」
「果穂さんのおうちです。あっ、可愛かったですよお、お子さん。写真見ます?」
「うん」
ちょっと悩んだが、外堀から埋めていくことにした。「桜庭ちゃんの味覚が壊れてるから彼氏さん困ってんじゃない?」とか言えない。とにかく、財部さんに相談した時には、桜庭ちゃんは辛いものはおそらく食べていないのだ。他人様の家にお邪魔して、あまつさえ出していただいた食べ物まで、タバスコをぶちまけるようなクレイジーさは持ち合わせちゃいない。ということは、財部さんじゃこの結論には至れない、と。普通一般の、彼氏も仕事が忙しいのでは、とか、信じて待ってあげたら、とか、話をきちんとしたら、とか、そういう答えしか出せないわけで。
「次です」
「はい」
「桜庭ちゃん、料理よくするの?」
「うーん。好きです、料理するの。でも、自分の分を作ることがほとんどです」
「彼氏さんに作ってあげたことは?」
「何度かしか……お恥ずかしい話、好きですけど自信はなくて、えへ」
照れて頰を掻く桜庭ちゃんはかわいいが、これで少しずつはっきりしてきた。数回食べた彼女の手料理に、味覚破壊の危険を感じた彼氏さんは、なんとかして桜庭ちゃんを傷つけないようにそれを回避しようと、やんわりやんわり断り続けているのだろう。しかしながら、桜庭ちゃんはそれを深読みして、嫌われちゃったかもしれない!と思ってしまった。恐らく結論としてはそういうことだろう。名探偵さくちゃん。
「……桜庭ちゃん、彼氏さんの気持ちがわかったよ」
「えっ!どういうことですかあ!」
よく分かった、よくよく分かった。タバスコまみれになってるドリアを平然と食べきりパンケーキを注文した桜庭ちゃんに、お前ものすごい辛党なんだな!と告げるのは躊躇われるのだ。だって気づいてないっぽいし。料理とか、好きだけど得意ではないんです、って恥ずかしがっちゃうし。どう伝えたら傷つけないのだろう。助けて、都築とかその辺の人。航介は駄目、ずけずけ物言うから。当也も駄目、物言わなすぎるから。
結局桜庭ちゃんがパンケーキを食べ終わるまでに良い言い方が思いつかず、何かあるなら言ってって聞いてみたら?としか言えなかった。辛すぎるものはちょっと、とか、彼氏さんから言ってもらうしかないしな。

後日。
「別れましたあ」
「えっ!?どうして!?彼氏さん辛いものは駄目な人だったの!?」
「え?いえ、元彼、ものすごい辛党で。私もつられて辛いものにちょっとはまってましたけどお、もうやめました」
「……………」
もう既に元彼扱いだし。辛党だったのは彼氏さんだったし。どういうことだよ、なにが名探偵さくちゃんだ、恥を知れ。
結局蓋を開けてみれば普通に浮気されていたって話だった。ちょっと遊ぶだけのつもりで、まさか別れるつもりなんかなくて、と彼氏は言い訳して縋ったらしいけれど、そんなことをされて黙って許せる桜庭ちゃんでもなく、絶縁状とビンタを叩きつけてきたらしい。ヒュー。やるじゃん。
「今度は飲みに連れてってくださあい」
「忘れさせてやるよ」
「いえーい。果穂さんも一緒がいいですー」
「……財部さんと飲みにいくと途中からガチ説教交じりになるんだもん……」



26/57ページ