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おはなし



「俺2枚もらった」
「1枚」
「5枚」
「5枚!?何買ったの!」
「米」
「……どうやって帰るの」
「背負えるだろ」
「米を……?」
「しかもそれ一番でかい10キロとかのやつでしょ」
「10キロではない」
「それにしたってねえ」
「ゴリラ。意味が分からない」
「バカゴリラ」
「うるせえバカメガネ」
どうして貶されなくちゃいけないんだ。米を頼んだのは母であって、俺が好き好んで米を買ったわけじゃないので、甚だ腹立たしい。手札のように俺たちが携えているのは、くじびき券。米を買った俺が5枚、ちょっとしか買い物してない当也が1枚、当也よりはたくさん買った朔太郎が2枚、それぞれ持っている。どうしてくじびき券をこんなに集めたかって、理由はただ単純に、景品が欲しかったからである。くじびき会場の前で拳を突き上げた朔太郎がでかい声を上げた。
「よーっしゃ!狙うは!どきわく☆パーティーセット!」
「全然欲しくない」
「うるさいうるさーい!俺は欲しい!だから当也もがんばってあれを当てるの!よろしく!」
「わかった」
「なにが分かったんだ?」
「今の朔太郎を止めても無駄だってことが分かった」
それは俺もよく分かった。朔太郎が欲しがってるどきわく☆パーティーセットとやらは、中身が見えない大袋で、予想するにお菓子とかそういうものが詰め合わせられているんだと思う。けど朔太郎は、きっとそんなんじゃない、どきわくと言うからにはもっと素敵なものが詰まっているに違いない、と夢を抱き、なんとしてでもあれを当てたがっているのだ。一等だったら旅行券、二等なら商品券、三等なら肉がもらえるのに、どうして六等のどきわく☆パーティーセットにそこまでこだわるのかがさっぱり分からない。俺は肉がいい。景品に据えられてるってことはきっといい肉だ。
1枚ぽっきりじゃ欲しいものなんか当たらないよ、とぼやいた当也が、がらがらを回して、出てきたのは白い玉。このスーパーで使えるポイントカードに10ポイント加算できるチケットと、ポケットティッシュ。そんなもんだよ。
「くそー!仇は討ってやるからな!」
「どうせ白い玉だよ、朔太郎」
「おら!金ぴか出ろ!」
出なかった。黄色が一つ、ピンクが一つ。黄色は入浴剤、ピンクは50ポイントのチケットとボールペンだった。50ポイントいいなあ、と若干マジで羨ましげな口調の当也が言ったけれど、朔太郎には聞こえちゃいなかった。打ちひしがれている。そんなに欲しかったのかよ、パーティーセットが。
「……航介……後は任せた……」
「肉、出ますように」
「どきわく☆パーティーセット!」
「5枚です」
「聞いてる!?どきわく☆パーティーセットを狙うんだよ!肉はそりゃ俺だって食べたいけども!」
朔太郎がうるさい。5回回していいですよ、とおばさんに言われて、からから回す。ピンク、白、白、黄色、緑。緑?
「おめでとうございます、四等です」
「四等?」
「なに?」
「……えっ?」

四等は、枕だった。どうやら、結構いいやつらしい。しかしながら、枕はもう既に事足りている。一応、米と一緒に母に渡してみたけれど、突っ返された。あんたが当てたんだからあんたが使いなよ、だそうで。そりゃそうだ。
「……………」
いずい。寝にくい。普段の枕と違うと眠れないとか、そういうデリケートなことを言うつもりはない。この枕が硬いのがいけない。ごろごろしてみたけど全然収まりが良くない。今まで使ってたのが普通のふかふかの枕だったのに、突然籾殻枕みたいなのにされたら、そりゃ落ち着かないだろ。これから毎日これで寝なきゃいけないと思うと気が重いし、そんなんだったら使わないほうがいいと思う。一応一晩その枕で越したけど、首が痛くなった。普通に寝違えた。ちょっと斜めにしないと首が痛い。一晩でこれとは、最早呪いの枕である。
次の日の朝。ちょっと考えたけど、この枕をどうしていいか最早分からなかったので、隣の家に任す事にした。朝飯食うついでに、寝癖つきっぱなしの当也に枕を渡す。
「やるよ」
「……いい枕なんじゃなかったの」
「寝にくい」
「どうして寝にくい枕を俺に渡すの」
「当也は寝やすいかもしれない」
「……………」
まあ今使ってる枕カバーの裏側破けてるし、と受け取った当也と、合わなかったら朔太郎にでも回そう、と頷きあう。どきわく☆パーティー枕だと言えばすんなり受け取るかもしれない。むしろ喜ぶかも。

次の日。当也の首が曲がっていた。寝違えたらしい。絶対、呪いの枕のせいだ。しかめっ面で首を押さえた当也が、あれは朔太郎に回す、と朝会った時に言っていて、どうもその日のうちに届けに行ったらしい。晩飯を食いに弁財天家に行った時には、枕が元のカバーぼろぼろ使い古し枕に戻っていたから。ししまるがかじったんだ、と当也は言うが、俺は本人が何かしらの事故で引き裂いてしまってそれをやちよに言えないだけだと思っている。ししまるはそんな乱暴しない。
その次の日。朔太郎の首が曲がっていた。本格的に、あれは呪いの枕なのではないかという気になってくる。とんでもないものを引き当ててしまったかもしれない。しかもみんな同じ方向に曲がってるし。
「寝違えたじゃん!この枕のせいで!」
「俺も寝違えたし」
「俺も」
「……ていうか何で学校に持って来たんだよ」
「こんなかったい枕、家に置いておきたくないからだよ!うっかりまた寝ちゃったらどうするんだ!」
頭から湯気を立てている朔太郎は、何故か枕を抱いて学校に来た。くそが!ばーか!と首が曲がったまま俺に枕を突っ返した朔太郎が、腹を立てているわりに、でも航介に非は無いしな…俺の首が痛いのも硬い枕のせいだしな…と逡巡した挙句に、命拾いしたな!と枕をまた奪い取って自分のクラスに帰って行った。情緒が不安定すぎるだろ。なんなんだ。
「首曲がってるから機嫌悪いんじゃない」
「……子どもか」

「なにしてんの」
「朔太郎が枕持って来てー、でも岩のように硬くてー、うまく寝ようとしてるんだけどー、うーん」
休み時間。都築から「おにぎりあげる」と連絡が来たので貰いに行けば、呪いの枕を使いこなそうとしていた。おにぎりは?って聞いたら、握り拳大の大きさのやつが出てきた。唐揚げ入ってる。
「寝れない。無理」
「それ俺の」
「そうなの?朔太郎が、この枕で寝違えずに寝れた奴にはジュース奢るってやってるよ」
「……………」
なにを勝手にしてくれてるんだ。しかしながら挑んだ全員が、なにこの枕、固すぎる、頭が沈まない、これでごろごろしたくない、と酷評だった。当の朔太郎はクラスにいないし。諦めよっと、と頭を振った都築が、自分もおにぎりを食べ始めた。そういえば、なんでおにぎりくれたんだ。
「いっぱいあるから」
「まだあんの」
「あと7個」
「……なんで?」
「鞄開けたら入ってた、多分うめさんが勝手に入れた」
登校の時点で、なんか重いな、とか気づけよ。俺が一つ、都築が一つ、それぞれ食べてて、プラス7個となると、9個以上はあるわけだろ。瀧川とかが食べるか。
次の休み時間に、お腹も空いたので、もう一個もらった。当也にも持ってく?と渡されたけど断った。多分食べない。

枕を学校に置いておくわけにもいかないので、朔太郎から取り上げて持って帰った。誰か知らんやつが使ったとかそういうことは隠して、父親に渡してみようかと思う。
今度こそどきわく☆パーティーセットを引けるようにチャレンジしたい!と朔太郎が拳を突き上げ、またスーパーに来た。今度はお菓子しか買えなかったので、くじ引き券は一枚ずつしかない。
「ワンチャンがんばろっ!」
「枕当たったりして」
「……地獄だろ」
「どきわく☆パーティーセット!だりゃー!」
白い玉が三つ出た。朔太郎は目も当てられないぐらい凹んだ。でもまあ、仕方ないと思う。



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