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おはなし



「航介」
「あ?」
「ほれ」
「うわ、なに、蜘蛛!」
「ぷぷー、おもちゃでしたー」
「顔貸せ」
「あっだめやめて!顔はやめて、あたし女優なの!」
朔太郎はくだらない悪戯をよくやる。今回は、何処かで見つけてきたらしい蜘蛛のおもちゃを航介に見せて騙して、殴られている。この前はガムの見た目の指挟むやつを俺に差し出して、俺はガム特に食べたくなかったから断ったら、ちょうど隣にいた仲有がちょうだいとか言って指挟まれて、涙目になってた。その時は朔太郎はほんとに謝ってたけど。
「いたーい!」
「くだらないことするな」
「航介虫平気でしょ!」
「でかいんだよ!」
「ほれー、当也、ほれほれ」
「……気持ち悪い」
「だろ」
手のひらサイズだった。思ってたよりでかい。ぷらぷらさせて近づいてくる朔太郎に、気持ちが悪い、ともう一度告げれば、しょんぼりしていた。しょんぼりするなら悪戯するなよ。

そんなこともあったなあ、と思い出す。蜘蛛の悪戯事件は、高一の時の話だ。一年半ほど前である。朔太郎の家に遊びに行ったら、友梨音ちゃんが開けてくれて、朔太郎がマスクと手袋と殺虫スプレー持ってどたどたしてた。
「どうしたの」
「でかい蜘蛛!あれは流石に素手は無理!」
「お兄ちゃん、がんばって」
「オッケー任された!」
「……………」
嫌な予感がする。その蜘蛛、前航介に悪戯してたやつなんじゃないの?と思う。しかし、あの大きさの蜘蛛が本当にいたなら、かなり嫌だ。見たくない。よって、完全防備の朔太郎に任せるとしよう。ゆりも見た、足が長かった、と自分の二の腕をさすって思い出しぶるぶるしている友梨音ちゃんに、朔太郎が退治してくれるよ、と励ましの言葉をかける。
「あー!もう!」
「蜘蛛死んだ?」
「生きてなかったよ!早とちり!俺が昔買ったおもちゃ!」
「だと思った」
「だと思った!?気づいてたなら言えよ!」
「だってあんまり焦ってるから、マジかと思って」
「焦るさー、あんなとこに置いてないもん。しまっといたのに、本棚の隙間にいたから」
「落っこちちゃったのかな」
「引き出しの中に入れといたの。だからあんなとこにあるってことは、誰かが仕掛け、……」
「……え?」
「……当也……まさかお前……」
「やってない。濡れ衣」
「でも知ってたし!だと思ったーとか言ってたし!」
「そんな気がしただけ」
結局疑いが晴れなかった。知ってたな!と手袋でぺしぺしされた。知らなかったし、察しただけだ。ここの引き出しにしまってた、と見せられた引き出しは、確かにひょんなことじゃ開かなそうだし、開いたとしても本棚の隙間に飛び込みはしないだろう。生きてないんだから。俺を疑わない友梨音ちゃんが、じゃあ誰がやったのかなあ、と首をかしげる。一人しかいない気もするけど。

「あ?蜘蛛?」
「の、おもちゃ」
「朔太郎の部屋?」
「航介が仕掛けたでしょ」
「……記憶にない」
「高一の時に、朔太郎が航介を騙した蜘蛛のおもちゃだよ。仕返しなんじゃないの?」
「えー……蜘蛛……ああ、やられた、確かやられて……あー、思い出した。仕掛けたわ」
「朔太郎怒ってたよ」
「でも仕掛けたの、悪戯させてすぐだし。朔太郎、一年半も蜘蛛のおもちゃ本棚の裏に眠らせてたのかよ」
「……………」
そういうことか。ただ朔太郎が細かい掃除してないってことが判明しただけだった。さちえも朔太郎が高校生になってからは、自分の部屋は自分でやること、って入ってないみたいだし。そんなんで怒られても、と呆れる航介に、同意するしかなかった。うん、それは掃除しない朔太郎も悪い。すぐ発見しないからそういうことになるんだ。

「という話があったって航介に聞いた」
「……あったような……気も……」
「おじいちゃんか。覚えてないの?」
「ぼんやり覚えてる」
なんせ、そんな悪戯騒ぎしょっちゅうだったもんで。口を尖らせた伏見に、なんでそんなこと掘り返すんだ、と問いかければ、悪い笑顔だった。その話を聞いてなにか思いついたらしい。朔太郎の悪戯と違って、伏見の悪戯には悪意しか含まれてないからなあ。
数日後。伏見との思い出話もすっかり忘れて、いつもの通り遅刻ぎりぎりの有馬を待つ。二人分席は取ってあるけど、有馬が来るのが毎度のことながら遅いので、後ろ寄りに座りたい人の目が痛い。詰めてくれ、と思われているに違いない。後ろに座りたいなら早く来て、もしくは遅刻ぎりぎりなら一人で前に座れ。ぞろぞろ入ってくる人たちと目を合わせないようにしていると、チャイムまであと30秒ってとこで有馬が来た。滑り込みセーフ。
「走った!間に合った!」
「ギリだよ」
「間に合ってりゃいいんだよ、あ、弁当ルーズリーフちょうだい」
「……次は自分で持って来て」
「うん、でも見て、筆箱は持って来、うわああお!?」
大きい声を上げて、がっちゃーん、ってポーチ型の筆箱を取り落とした有馬の横から、覗き込む。途中まで開いた筆箱の隙間から、虫らしきものの足が見える。有馬虫駄目なんだっけ、と思うと同時、伏見と話した悪戯を思い出す。恐らく伏見の仕業だ。と思って手を伸ばそうとしたら、虫の足が動いた。がさって。
「うわ」
「わあああもうやだ!弁当どうにかして!」
「生きてる」
「殺して!」
「嫌だよ、結構大き、……」
生きてない。おもちゃだ。リアルに動く、おもちゃだ。騒ぎ立てる有馬のせいで、どうした?って先生も様子を見に来たし、周りも騒然としてるし、女子は引き気味である。恐る恐る覗くのが馬鹿らしくて手に取れば、隣の席の知らない男の人から、マジかよ!と怯え気味の声が上がったので、おもちゃです、と見せた。有馬にはそんなの聞こえちゃいない。丸まってぶるぶるしているので。
後ろを振り向いたら、伏見がいた。お前この授業とってないだろ。有馬が放心状態の間に授業は進み、チャイムが鳴って、しっかり一時限分自分には無関係な授業を受け切った伏見が、くつくつ笑いながら隣に来た。
「あー、笑った。超ウケた」
「……絶対にいつか泣かす……絶対に……」
「有馬に泣かされるぐらいなら虫食うわ」
「このためだけに一時間早く来たの」
「うん。昨日仕込んだ」
通販で買ったんだー、と足が動くリアルなカナブン系の虫のおもちゃを手に乗せて、不意に有馬に向ける伏見は、すごく楽しそうだ。人に嫌なことをしている時に楽しそうなのもどうかと思うが、伏見が楽しそうにしていることが滅多にないので、強く止められない。有馬は虫を向けられるたびに悲鳴を上げて頭を抱えている。かわいそうに。
そんなこんなしていると、人の少なくなった教室に小野寺が入ってきた。きょろきょろしてたから、手を上げて呼べば、すぐに気づいて歩いてくる、
「あ、いたー。教室変更だっけ?」
「小野寺」
「ううん。……ああ、もうこんな時間なんだ。行かなきゃ」
「三野瀬が三人はここにいるって教えてくれてさあ」
「小野寺。ほれ」
「ん?あー、はい」
「あっ」
「あっ……」
ぽい、っと。にまにましてた伏見が、小野寺にカナブンのおもちゃを向けて、小野寺がそれをあっさり手に取って、窓の外に投げた。伏見ってあんなでかい虫平気だったっけ?と首を傾げる小野寺は恐らく、生きてるカナブンを伏見が捕まえたと思っているに違いない。親切心から逃がしてくれたのだ。そうじゃない、おもちゃなんだ、と言いたくても、実物はもう窓の外である。ぽかんと窓の外に放られたカナブンを目で追った伏見が、唖然と口を開けたまま再びこっちを向いたので、ちょっと可笑しかった。
「……まあ、握り潰すとかしなくて、良かったかな……」
「小野寺虫握り潰すの!?」
「そんなことしないよ!」
「したじゃん。高校生の時」
「したの!?」
「したけど!もうしないよ!」
「嫌!もう小野寺二度とその手で俺に触れないで!」
「有馬なんなの!?」



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