このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

はっぴーばけーしょん



「おはよー!おはよ、こーちゃん!おっはよーお!」
どしん、と海に乗っかられて起きた。腰から変な音がした。声も出ない俺を見て、おきた!と嬉しそうににこにこした海が、さくちゃん!と標的を朔太郎に変えた。今何時だよ。
「……5時……」
「さーくっちゃん!おっはよー!あさごぱんたべいこー!」
「ぉえっ」
朔太郎の嘔吐く声が布団の下から篭って聞こえた。朔太郎と俺で挟んで間で寝かせたはずなのに、どうして抜け出して、しかも上に乗られなきゃならんのだ。ちなみに、海が寝ていた場所にはさめこさんが寝ていた。突然の目覚めに頭がついてこない。元気なのは海一人だ。
「あさごはーん!」
「……おはよう」
「……おはよ……」
気を取り直して。まだ5時だから朝早すぎてご飯は食べれないこと、寝なくてもいいから静かにしててほしいこと、どうせ静かにするならベッドでごろごろしていてくれるとありがたいこと、などを伝えれば、海はふんふん頷いてくれた。半目の朔太郎が、ほぼ寝ながら一応座っている。うみ、しずかできる!との言質に、朔太郎が静かに横になってそのまま意識を失うように寝た。俺はそこまで眠くもないので、海に付き合ってやることにしよう。早起きは得意。
「こーちゃん」
「……なんだ。さくちゃん寝てるから、静かにな」
「おきなー、きょうでおしまい?」
「そうだな」
「ひこーきでかえる?」
「うん。楽しかった?」
「たのしかった。うみ、りょこーすき」
「そっか」
「さくちゃんとこーちゃんとうみ、みんなでおやすみしたら、りょこーいこうね」
「今度はどこに行きたい?」
「たのしいとこ、みんなでがいいねえ」
「そうだなあ」
「さちえと、ゆりねちゃんと、みわこと、かずなり、しゅんいちと、あと、せんせえ、まさきとー、もりすけ、みやちゃん、あまねちゃん」
「そんなにたくさん?」
「もーっとだよ」

「ばいきんたのしー」
「バイキング」
「ばいきん、ぐー!」
一文字ないだけで、黴菌になってしまう。昨日の反省を生かして俺と海で取りに行ったが、まあせっかくだし食べたいものを食べたいだけ取っていいぞ、と許可を出した結果、フレンチトーストとチャーハンと蕎麦とウインナーとお味噌汁とコーンポタージュとポテト、という色味のあまりない組み合わせになった。朔太郎は何故かいろんな種類のサラダを取ってきたので、緑ばっかりだ。もっとこう、上手く足して割るぐらいのことができないだろうか。
「とか言う航介も白米の量がすごいじゃん」
「腹減ったんだよ」
「二人揃って炭水化物おかずに炭水化物食べてるしさあ」
「さくふぁん、ぱんふあふあ、おいひいよ」
「ちょうだい」
「ふぁい」
「……ありがとう……」
意図せずだと思うけど、ふあふあ!おいひい!と海絶賛のフレンチトーストの中でも、耳の部分を朔太郎に渡したので、ふあふあじゃない…と朔太郎は不満そうだった。余程悔しかったのか、次は自分で持ってきてた。しかも生クリームしこたま乗っけて。
昨日よりもゆっくりできたけど、その分たくさん食べたからなのか、海のお腹はちょっと出っ張って、ぷふー、ってお腹いっぱいの息を漏らしていた。俺たちがコーヒー飲んでる間に、海はデザートにアイスも食べて、満足そうだ。自分でカラースプレーとかをトッピングするやつだったので、山盛りにいろいろ乗っけてきた。
「いちご、おいしーよ!」
「ありがとう」
「海ちゃん、お漬物もおいしいよ」
「いらない!」
「はい」
荷物を積んで、チェックアウト。たのしかったです!と嫌にはきはきフロントのお姉さんに海が言った、のと同時に朔太郎が俺から顔をそらしてそっぽを向いたので、完全なる仕込みである。でも、お姉さんは笑顔でお礼を言ってくれたから、まあ良かった。
レンタカーに積み込む荷物は、行きとそんなに変わってない。なんでかって、まだお土産がないからだ。せっかくだから、沖縄といえばというところで、国際通りでお土産を買おうって話になったのだ。今日はこれから、レンタカーで国際通りへ向かい、お土産を買って、空港に向かう予定である。れっつだごー!とさめこさんと飛行機のお弁当を抱えた海が拳を上げた。運転は俺、助手席は朔太郎。
「何買おうかね。はい、航介、沖縄といえば」
「……紅芋タルト?」
「ちんすこう」
「サータアンダギー」
「ソーキそば、家でも食べれるようなのないのかな」
「うみ、あいす!」
「あー、俺あれほしい、Tシャツ」
「ご当地のやつ?」
「そう。お揃いしようよー」
「あーいす!」
国際通りに着くと、観光地ということもあり、それなりに賑わっていた。入ってすぐのところに、雪塩を使ったソフトクリーム屋さんがあって、海に秒で発見されて、もう騒ぎまくるからってことで食べた。美味しかった。
商店街のように、お店が並ぶ。紅芋タルトも買ったし、ちんすこうも買ったし、ソーキそばのレトルトも買った。Tシャツも、シーサーが方言喋ってるみたいなのがあって、まさかこれって言わないよなあ、と思ってたら、朔太郎がいつの間にか買ってた。いつ着るんだ。うちなんちゅ、って書いてあったから、調べたら、沖縄の人、みたいな意味らしかった。海はシーサーに大喜びで、早く着たいとお会計の時に強請って、それを見たお店の人が気を遣ってタグを切ってくれた。半袖のTシャツだったので、パーカーだけ着せたけど。
「うみ、しーさー!」
「いいなあ、さくちゃんも着ようかなあ。でも半袖は流石に寒いか」
「うみさむくないよ!」
「鼻水出てるぞ」
「鼻かみな」
「ぶーふっ」
「あー、ティッシュからはみ出てる!」
たくさんになった荷物を、レンタカーの後部座席へ。この車とももうお別れかと思うと、ちょっとさみしい。ひこうき、さめこさんははじめてー?うみはにかいめー!うふふ!と海がまたいちゃつきはじめた。空港まで行ったら、もう後は発券して待つだけだからな。と思ったら、助手席の朔太郎がこっちをゆっくり向いた。
「お腹空きません?」
「ああ、まあ、確かにいい時間かもな」
「海、ご飯食べてから行くのと飛行機でご飯、どっちがいい?」
「うみごはんたべたーい!」
「なに食べようか」
「店探せば、空港に向かって走るから」
「航介なんか食べたいものないの?」
「うーん……、あ」

ソーミンチャンプルー。沖縄の家庭料理だと聞いたことがあって、自分じゃ「余った素麺を消費するために作る」ものでしかないから、本場といえば本場のやつを食べてみたくて。めんめんだー、と海も喜んでる。俺と海はソーミンチャンプルーを半分こ、朔太郎はゴーヤチャンプルーの定食セットだ。
「やきそば?」
「……に、似てるな」
「海、さくちゃんの一口食べる?」
「たべるー」
ゴーヤは苦いとか言わなかったので、海が朔太郎に普通にキレた。怒りのあまり海が俺の分まで食ったので、追加でシリシリーっていう炒め物も頼んだ。美味かった。
気を取り直して、空港へ。海がまたモノレールに惹かれていたけれど、一回乗ったからって話したら割と納得してくれた。さめこさんを抱えてる手前かさばって動きにくい、ってのも理由の一つにありそうだ。荷物を預けて、行きと同じように飛行機の見える場所で待つ。あれかなあ、そっちかなあ、と窓にくっついて自分の乗る飛行機を探している海を見ながら、朔太郎がぽつりと言った。
「次にみんなで旅行に来れるのなんて、いつになるかね」
「……こんな遠出じゃなければ来られるだろ」
「そっか。それもそうだ」
「ねー、さくちゃん、うみのひこーきどれ?」
「あのアロハなお姉さんが書いてあるやつじゃない?」
「どれー?」
それ行きもやってた。
次は島にも行きたいなんて話してるうちに、搭乗時間になった。知ってますけど?って顔でシートベルトを締めた海の誇らしげな雰囲気を掻き消すように、アナウンスが入る。
『上空の大気の状態が不安定なため、着陸予定の飛行機が未だ旋回中で御座います。安全のために、出発予定時刻を過ぎましたが、今暫くお待ちください』
「なーにー?」
「……まだ飛行機飛ばないってよ」
「ねえ、俺たち飛行機乗り換えなきゃなんだけど。ここで足止め食らったら乗り換え先の飛行機飛び立っちゃうんだけど」
「……………」
「そしたら帰れないけど」
「……………」
「さめこさん、まだひこーきとばないってよ」

なんだかんだあったが、無事帰宅できた。予定よりは確かに多少遅れたが、ちゃんと乗り継ぎできたので言うことはない。海は車に乗り込んだ途端すこんと寝てしまった。まあ、夜遅いしな。久しぶりに我が家の玄関の鍵を開けて、冷え切った室内にただいまを。
「はー。家は落ち着く」
「どうなることかと思ったからな……」
「マジで羽田付近でもう一泊かと思ってホテル探しちゃったよ」
「然程遅れなくて良かった」
「そうね」
ごとんがたんと荷物を降ろし、お土産を置き、ひと段落。さめこさんに顔を埋めて寝ている海に布団をかけて、もう風呂は明日でいいや。ほっぺに引っ付いた髪の毛を取ると、くすぐったかったのかむずがって、ふにゃって笑った。なんの夢を見ているんだろうか。
「沖縄の王様とシーサーと仲良くしてる夢じゃない」
「……サメに喰われる夢じゃなければいいや」
「今度はどこに行こうか?」
「当分いいよ……」
「じゃあ、次は海がもうちょっと大きくなってからだ」
「いつだよ」
「飛行機の離陸音にびびって泣かなくなったらじゃない?」
いつになるだろうか。それは、案外すぐかもしれなかった。


6/6ページ