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はっぴーばけーしょん


夕暮れてきた。運転手は朔太郎だ。ホテルの方へ車を走らせている途中、海はさめこさんに夢中だった。かわいいかわいいって、ぎゅーしてチューして、バカップルみたいになってる。俺は途中ちょこちょこ寝てしまったので、はっと気付いた時にはもう車が減速していた。
「ついた」
「……どこここ」
「琉球村だって。海がシーサー見たいって言うから」
「あー!さめこさん、みてえ!しーさー!」
「……ホテルは?」
「まだですね」
「ここなにするとこ?」
「昔の沖縄を体験できるとかなんとか。俺もさっき調べただけだから、よく知らない」
まあ、入ってみる。琉球村というだけあって、昔の沖縄、もとい琉球国だった頃の再現が、この中では為されているらしい。キャストさんの服が民族衣装だったり、経ってる家々が茅葺き屋根の平屋だったり、水車小屋があったり、糸引車があったり。さめこさんを抱いた海は、最早シーサー発見マシーンになってるので、あそこにも!ここにも!あっちにも!と指をさしている。楽しみ方が違うような気もする。
ちょっと広い場所に出たら、もうすぐショーが始まるらしかった。ショーというか、これまた再現というか、古くは琉球国であった頃、何か催し物がある時にはそれを披露する人は国王や王妃に見えるように、要するに王族と対面する参列者には背を向けて披露するのが習わしだったらしく、それを基盤として「王族に見せるための絵巻行列」を見ることができる、というコンセプトのショーらしかった。自分たちは平民の立場なので、王様たちが座る豪華な椅子がステージを挟んで前にある。運良くまた真ん中らへんに座ることができて、首里城のことを思い出したらしい海は、さめこさんに椅子を紹介していた。
「あれは、えらいひとがすわるいす。さめこさんとうみは、まだまだ」
「よく覚えてたね」
「おうさま、くるの?」
「特別だって」
「なにするの?」
「踊りとか見にくるんじゃない」
「うみのことも?」
「王様、海のことも見つけてくれるかな。見つけてくれたらいいねえ」
「おともだち、なろー。おきなーのおうさま、しーさー、さめこさん」
指折り数えた海は、沖縄で仲良くなった、もしくは仲良くなる予定の相手を挙げているようだけれど、三分の二は人間じゃない上に生きてない。いいけどさ。
人が集まってきて、アナウンスが入る。王様と王妃様が豪華な椅子に座って、全体的に赤い衣装がふわりと広がった。昔々、琉球国だった頃から、ここに住まう人たちはこういう風に演舞を披露してきたのかと思うと、まるで一員になったみたいでちょっと楽しかった。
最初に出てきたのは、白いお面を被って大きな団扇を持った人。弥勒様、という神様らしい。表情の動かないお面に、海はびびっていたけれど、あの大きな団扇で仰がれると福が来るんだとか聞いて、朔太郎が海を抱っこして仰いでもらっていた。顔凍ってたけど。
「……こわい……」
「幸せになれるよ、海」
「ほんとお……」
「やったね」
「……やったぜ……」
全然やったねじゃない声で、一応ガッツポーズはしていた。全く嬉しくなさそう。
次は、集団舞踊だ。クイチャーマミドーマ。鎌とか鍬とかを持った、農民みたいな格好の人が踊っている。豊穣を願う舞らしい。お客さまにも参加を募っております!と声をかけられて、海にも、やってみれば?と声をかけて誘ってみたけれど、変なところで発揮された恥ずかしがり屋スキルのせいで、いやだいやだと首を横に振られて、諦めた。ちょっともったいない。踊りも簡単そうだし、海ぐらいの年の子がたくさんやってたのに。しかも、みんながやってるのを見るとやりたくなる現金な性格をしているので、うみやらないもん……と意地を張りながらも目は羨ましそうだった。まあいいけど。
そのまま、踊る人が入れ替わって、エイサーが始まった。太鼓を鳴らしながらの迫力ある演舞に、海はさめこさんにしがみついてちっちゃくなってる。本場のエイサー、初めて見た。海が見てた子ども向け番組で、簡単にアレンジされたエイサーはやってたけど、全然違うんだな。さっきの踊りと同じように、観客も誘われて、カチャーシーという踊りが始まった。祝い事の時に踊る、みんなで楽しむための簡単な舞だという言葉に、まだぶちぶち意地を張って拗ねている海を連れた朔太郎が、輪の中に入っていった。ふにゃふにゃ踊っている海は、運動神経の問題もあってぶっちゃけあんまり上手くない。が、見様見真似の朔太郎が無駄にうまい。そういうとこ器用だよな。
次は、獅子舞だった。お姉さんに連れられて歩いて来た獅子舞は、周りを脅すような怖いタイプではなく、ちょっとおどけた動きも交えた獅子だった。へたくそかわいく芸をする獅子舞にお客さんが笑って、獅子が照れるような仕草をする。どこか人間味があって、面白い。中身は人間なんだから当たり前なんだけど、海にはまだ見たものが見たままに入るので、動物を見る目でにまにましていた。鼻の上に乗せるはずだった鈴をうっかり食べてしまった獅子舞に、海がきゃっきゃ笑っている。ちょっとテンション上がってきたかな。シーサーではないのだが、しーさー!しーさー!と海一人が騒いでいる。周りからは微笑ましい生ぬるい目で見られている。ぜひとも厳しい目を向けず、生ぬるく見守っていてほしい。
「しーさー!」
「鈴、食べちゃったね」
「おなかいたいいたーいってなるよ!」
「お尻から出るかな」
「くさい!うひひ!」
「それではここで、小さなお友達にもお手伝いして頂きまして、最後の芸に参りたいと思います!」
「海、お手伝いしてみたら?」
「うみやるー!」
「この獅子に向かってボールを投げるお手伝いを、と思ったんですがまあ、一番真ん中で早かったので、君に手伝ってもらおうかな?」
「うみです!」
「お家の方もお一人、どうぞご一緒に」
「航介行ってきて、俺記録係やる」
「……いいけど、俺でいいのか?」
「こーちゃんはやく!」
海に手を引かれて前に出る。観客も、まばらというほどでもないが、わんさかいるわけでもない、ちょうど緊張しないぐらいでよかった。これを獅子に投げてあげてくださいね、とお姉さんから手渡された鞠を振りかぶった海が、鬨の声を上げた。気合い十分な時ほどやらかすんだよなあ。
「うおー!やるぞー!」
「それでは、おねがいしますー」
「てやー!」
思いっきり、地面に叩きつけた。声だけは十分だった。ばちーん!って地面に跳ね返った鞠を見ていないのは、振りかぶって投げた勢いで下を向いた海だけで、俺もお姉さんも観客の皆様も、跳ね上がった鞠を見ている。つんのめりかけた海を転ばないように捕まえたのと同時ぐらい、獅子舞が俊敏な動きで鞠を食んだ。ワンバウンドで済んだ上に、海は自分が鞠を地面に叩きつけたことに気づいていない、最高のファインプレーである。巻き起こる拍手に、何故か海が諸手を挙げて喜んでいる。ありがとー!じゃない。獅子舞がすごい。しかしながらその獅子舞も獅子舞で、海の頭に顎を乗せてかこかこ踊っている。ぺっと獅子舞に吐き出された鞠を受け取れば、じゃあ次はお家の方の番ですね、とお姉さんが獅子舞を下がらせる。このぐらいなら届くか。
「ああ、だめですよ、大人なんだから。もっと下がらないと」
「え?」
「もっと後ろにどうぞ」
「こーちゃーん、がんばってー!」
「……このぐらいですか」
「若そうだからもっと後ろにどうぞ!」
「航介頑張ってー」
「こーちゃーん!ふれふれー!」
「……………」
「それではどうぞー!」
どうぞじゃない。言われるがままに離れたけれど、こんなに遠くて届くだろうか。とっても不安である。海もちゃっかり朔太郎のところに帰ってるし。お客さん変に盛り上がってるし。誰だよ、このぐらいの人数がちょうどいいとか思ったの。俺だよ。
舞台上を目一杯離れた獅子舞と、下がれるぎりっぎりまで下がらされた俺。何メートルぐらいあるんだろう。お姉さん、無茶言うなよ。しかしここで鞠が獅子舞まで届かなかったら格好がつかない。あそこまで投げたら獅子舞がまたファインプレーで取ってくれると信じよう。遠投なんて久々だから、ほんと不安しかないんだけどな。でもまあ、せめても海の前では格好つけていたい気持ちはある。手に収まるくらいの鞠を数回握り直して、構えた。海のがんばれと、いつのまにか増えた見知らぬ子どもの声援も背負いつつ。

「こーちゃんかっこいーかったねー!」
「……恥ずかしかった」
「成功したんだからいいじゃん。獅子舞頭吹き飛びそうになってたけど」
「力入れすぎた……」
「さめこさんもみてたよー、ねー、かっこいーかったよーてゆってる」
「……次ああいうことがあったら朔太郎がやったらいいと思う」
「俺じゃあんなボールの投げ方はできない」
琉球村を後にして、車はホテルへと向かう。振り返って思い出してみれば、獅子舞に向かって投げた鞠は綺麗にキャッチされたけれど、勢い余って獅子舞の喉奥に突き刺さる感じだったのも事実だ。人間だったら、おえってなってる。しかし、咳き込むように痙攣する真似をしていた獅子舞だったが、俺を数回齧ると満足した、という演技で、無事解放された。届くか届かないか不安だったから、そう思うあまり、力を入れすぎた。獅子舞の中の人には謝りたい。自分でも思ってもみなかった豪速球に、お客さんは拍手してくれたけれど。
ホテルに戻る前に、夜ご飯を食べようということになった。車を駐車場に置いて、ホテルに立ち寄って荷物を整理してから、昨日も行ったアメリカンビレッジへ歩く。海はさめこさんを連れて行きたがったが、荷物になるし、汚してしまっては可哀想なので、部屋に置いて行くことにした。海が発見した二階建てバスのお店じゃない方、別のエリアに朔太郎が行ってみたい店があるらしい。沖縄そば食べたし、なんかご当地っぽい豚食べたし、オリオンビールとか泡盛も飲んだし、とぼんやり思い出していると、先導していた朔太郎が止まった。
「これこれ」
「ああ。タコライス」
「食べてみたかったんだー。海、オムタコもあるよ。オム好きでしょ」
「おむすき!」
オムライスを変なふうに略すな。俺と朔太郎がタコライス、海はキッズメニューのオムタコライスにした。どのメニューもサラダとドリンクとスープが食べ放題になっているらしく、海がスープを早速飲みきってお代わりを求めだしたりして、しかしメインが来てないのにスープでお腹を満たされても困るわけで。サラダ食べたらいいぞ、と小皿にちょっと盛ったサラダを渡せば、何も言わなくなった。トマトと生たまねぎに手が出せないっぽい。
「おむきたー」
「いただきます」
「いっただっきまーす」
「おいひーい!」
「うん。うまい」
「おいしい」
ご飯の上に、挽肉とかトマトとかレタスとかチーズとか、あと上からサルサソースをかけて食べるらしい。海のは、それが卵でとじられていて辛さ控えめ。俺は辛めがいいからソースをたくさんかけたけど、朔太郎は辛いのそんなに大好きではないのでソースが余った。自分で調節できるのもいいな。
「おにく、たまごのしたにかくれてる」
「海のにはトマトなかったの?」
「うんー」
「……ここにある」
「いやー!みないでー!」
「ほんとだ……端に退けてる……」
器用にも、俺たちにバレないように皿の縁に隠したらしい。食べたくなかったら別にいいよ、今日だけだぞ、と朔太郎がトマトをつまめば、海が朔太郎にでれでれしはじめた。だいすき、すてき、ちゅっ、じゃない。
「ごちそーさまでしたー」
「おいしかったね、タコライス」
「おうちでもたべよ」
「だってさ、航介」
「……なんとかなりそうだけどな」
「こーちゃんのおむ、うみすきー!」

「寝るぞ」
「……ううん……いや……」
「明日も朝バイキング食べようね」
「……ばいきん……」
「寝よ寝よ、ほら、お布団だぞー」
「まだねない……」
「目ぇ開いてないから」
「……………」
「寝た」
「疲れてたんだろ、髪乾かす時にも白目剥いてたし」
ベッドに辿り着く力も無く、さめこさんを抱いたままソファーでぐうぐう寝息を立て始めた海を、移送する。いやあ、とちょっとぐずりかけたが、布団をかけたらすぐ静かになって、寝息が聞こえて来た。何処であろうとよく寝るタイプで助かる。ベッド側の電気を暗くした朔太郎が、じゃーん、と備え付けの小さい冷蔵庫からボトルワインを出した。
「買ったの?」
「ううん、ここにあったやつ。出しちゃったからもううちのもの」
「……出す前に飲むかどうか聞けよ……」
「飲むでしょ?」
「そりゃまあ」
「つまみも冷蔵庫の中にあったよ。サラミとチーズとナッツ」
「外国のものばっかだな」
「そうね、このラインナップ見てると反骨精神の塊のさくちゃんとしては、昆布とか齧りたくもなるよね」
「そこまでは言ってない」
「えー?そう?」
とりあえず乾杯。オーストラリアの白ワインだって。ぽりぽりナッツをつまみながら、そういえば、と朔太郎が言った。
「せっかくプールもプライベートビーチもあるのに行かなかったね」
「……水着がないしな」
「あー、まあ、そんなら言っとけば良かったかもね。海はまあ、2月だから入らないにしても、プールはありだったのに」
「次はない、こんないいとこ」
「分かんないよー、恒例になるかもしれない」
「お金なくなるだろ……」
「恒例にはならないぐらいの値段ではあるけどね」
「……なんでここにしたんだ?」
「最初に理由言ったじゃん」
「……本当に?」
「んー。子ども連れでも気兼ねなくて、もっと言うなら男二人が息子連れててもフラットな目で見てくれるだけのサービス求めて、ちょっとした記念としてスペシャルなとこ、って思ったらここだったの。別に深い意味はないよ」
「……ふうん」
「疑いの目じゃんかさ」
「それだけいいホテルだからな……」
「もっとぶっちゃけちゃえばさ、俺たちが海を連れてても当たり前に家族扱いしてもらえるために、お金に糸目をつけなかったところはあるよ。制度が整備されたって、他にそういう家族がいたって、後ろ指さすのなんてみんな好きだし、やるでしょ?」
「まあ、そりゃ」
「俺は全部忘れられるし、海はそもそも気付かないかもしれないけど、航介はそうはいかないじゃない。気にしいのくせに、意地張るでしょう?」
「……………」
「お前のためだよ、って言ったら、納得?」
「……気を遣わなくても」
「はー!俺の素敵な心遣いに感謝感激雨霰しなさいよ!ありがとうでしょ!」
「……ありがとう」
「かんぱーい!」
「かんぱい……」
どちらかというと、完敗、かもしれない。

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