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はっぴーばけーしょん



古宇利大橋から美ら海水族館までは、そう遠くない。というか、ホテルからここまでが結構距離あったってだけかもしれないけど。駐車場に車を置いて、地図を見る。どうやら、公園を抜けた先に水族館があるらしかった。首里城といい、公園と抱き合わせられてる率が高いな。駐車場を挟んで反対側にある植物館の文字を見た朔太郎が、こっちを見て、さーめ!ぺんぎん!くーじらさん!と歌いながら踊っている海を見て、看板をもう一度見て、首を横に振ってがっくり項垂れた。諦めてくれ。
「おはないーっぱいだね」
「そうだな」
「なんかのイベント?」
「……今って2月なんだよな?」
「そうだね」
「……そうだよな……」
「家に帰った時、滅び尽くした草花にショックを受けないようにしよう」
滅んではいない。冬だから一面真っ白なだけである。
海が言う通り、結構大きめの花壇は花でいっぱいだった。花でできたオブジェみたいなのもある。さくちゃんのすきなおはな、これもさくちゃんのすきなおはな、これも、と一つずつに止まってちゃんと見ている海に、朔太郎がにっこにこしている。好きなものと好きなものを足したら美味しい、みたいな状態なんだろう。俺にはどれがなにやらさっぱりだ。花には詳しくない。
「ぴんくいおはな、むらさきおはな」
「さくちゃん、今すごく楽しい」
「こーちゃん、きいろおはな。こーちゃん」
「あ、ああ、なんだよ」
「完全に興味ないじゃん」
「……綺麗だとは思ってるよ……」
「きいろおはな、こーちゃんといっしょだね」
「一緒?」
「頭の色じゃない?」
「ああ」
「きいろおはな、おうちにもほしい」
「朔太郎に見繕ってもらえ」
「さくちゃん、きいろおはなかって」
「じゃあ、雪が溶けたら、おうちでもお花育てられるように揃えようか」
「ん!」
「ちゃんとお世話するんだよ」
「ぞーさんじょうろでー、おみずじゃーする」
「お風呂にあるやつな」
「おおきくする。こーんな」
「そんな大きくなる花あるかな……」
「向日葵ならでかくなるんじゃないのか」
「航介にしてはやるじゃん」
朔太郎の花壇計画の方向性が固まりだした辺りで、ゆっくりうろうろしていた花壇は終わってしまった。遠目に見ても色とりどりで綺麗だ。落ちていたらしい花びらを拾った海が、嬉しそうにそれをリュックのポケットにしまった。俺はぼーっとしてたけど、多分捥いだり千切ったりはしてないと思う。朔太郎が見てたし。
水族館、の矢印に従って歩く。途中売店を通り過ぎて、ホットドッグの看板に海がお腹が空いていることを思い出し、ちょっとぐずったりして。
「くじらさん」
「サメだって。ジンベエザメ」
「ぷぷー、さくちゃんまちがい」
朔太郎が合ってるんだけどな。入り口のところにあった大きなジンベエザメの銅像みたいなやつを見て、海がぷすぷす笑っている。朔太郎もよく分かっていないようで、じゃあジンベエザメってサメって言うけどくじらの仲間なのかもしれない、とか言ってる。サメはサメだろ。流されるなよ。
入り口入ってすぐ、タッチプールがあった。ただ、混んでてなかなか進まない。せっかち海が無理やり入っていこうとするのを止めながら、二列目で待つ。前にいるのは子どもばっかりだし、代わってくれるだろうとぼんやり待っていたら、案の定、斜めにいた若い夫婦が、海より小さい子を遊ばせていたのを、こっちに気づいて終わりにしようとしてくれている。
「うみもさわるの」
「順番だよ、海。海の番が来たら、その次の人も待ってるから、また順番こしなくちゃいけないんだ」
「……すべりだいといっしょ?」
「そうだね」
「うーん……うみ、じゅんばんできる」
「今度釣り行った時いっぱい触ろうね」
「あのねえ、うみしってる、おさかなぎゅーしたら、くるしい」
「そうね」
「だからー、やさしくぎゅーする」
「……ぎゅーしないであげるのはどう?」
「どして?」
「お魚も苦しいから。海もぎゅーされたら苦しいでしょ」
「えー、うみはー、ぎゅーすき」
「うーん……そうだけどそうじゃなくて……」
とかなんとか、朔太郎と海がやってる間に、前の人が退いてくれた。近場にいたのはヒトデだったので、拾って海に渡せば、ひええ、とか言いながらちゃんと持ってた。お前こういうの全然触れるだろ。ひええ、じゃない。さっきの話じゃないけど、生魚握りしめられるんだから。
「ぶよぶよ」
「ナマコもいる」
「あそこにカニもいるな」
「海、ぎゅーしたら苦しいって」
「ぎゅーしてない」
「両手で握っちゃだめだよ。ぱーして」
「ぱあ」
「そのままなでなでして」
「ねんねこよー」
隣の子どもが、いくら親が手渡しても手から滑り落としてるのを見ると、海はこういうの割と耐性あって良かったと思う。環境的に、海の生き物に割と近いからなんだろうな。釣りもするし、うちで魚捌いたりするし、市場も遊び場みたいなもんだし。逆に虫とかはあんまり好きではない、というかそもそもにして興味がないみたいだけど。
ヒトデを存分に触った海は、満足したようで、すんなりタッチプールから離れてくれた。手を綺麗にして、次の水槽へ。沖縄の海の再現らしい。珊瑚礁やごつごつした大岩がたくさんあって、小さくていろんな色の魚とか、大きくてぼけっとした顔の魚とか、たくさん泳いでいる。硝子が広いので、さっきよりは混んでない。海が硝子にべったり引っ付いても、迷惑かからないくらい。
「にも。にもいる、にも」
「ん?」
「カクレクマノミか」
「にも、うみみたの」
「保育園で?」
「んーん、こーちゃんと」
「いつのまに二人でそんな楽しいことしたんだよ!」
「お前が出張だった時だよ……」
寝ぐずって大変だったから、もう明日休みだし思い切って夜更かししてみるか、と、海でも見れそうな映画の中から、ちょうど家にあったそれを見たのだ。確かチョイスは朔太郎だったはず。高校生かなんかの時に当也に見せられてめっちゃ泣いた、とかって言ってたの、聞いたことあるから。買ったのお前だろ、と一応確認すれば、そんなような気もする…とふにゃふにゃな回答だった。
「おおきいおさかな」
「あれなに?」
「どれだよ」
「あの、あそこの大きいやつだよ。あれ、あそこの、泳いで行ったやつ」
「だからどれだよ」
「あそこあそこ、あれ、なんて魚なの?」
「どれだよ?」
「おおきいさかな、やいて、たべよー」
「あの魚は食べられないと思う……」
なんてやりながら、ちょっとずつ進んでいく。大きいウツボがいて、あそこに隠れてる、とかって話してたらちょうど運良くにょろにょろと泳いで岩陰から出てきて、海は大喜びだった。周りの人の声は若干悲鳴混じりだったので、まあでかいウツボなんて気持ち悪いと思ってもしょうがないよな、と内心で思う。なんでも喜べる海は得してるんだろうなって話だ。
海が一押しだったサメのコーナーもあって、さめ!つよい!ぎざぎざのは!と海は盛り上がっていた。朔太郎はサメよりもサメにくっついてる魚が気になったらしく、あれはなに?あっちは?あれは?と俺に聞いてきた。俺に聞けば分かると思わないでほしいし、海と同じレベルで興味を示さないでほしい。大興奮できゃっきゃしていた海だけど、ぐるぐる周回してるサメがいざこっちに向かって泳いでくると、真正面から対面するのは怖いのか、半泣きで縋り付いてきた。海の思ってたサメよりでかかったんだろうか。ジンベエザメなんかもっとでかいけど、平気かな。
そして、到着した一番大きい水槽。広いガラス張りのその中には、千差万別の魚が悠々と泳いでいて、一番目を引くのはやっぱりジンベエザメだった。でかいなあ。
「あの大きいのがジンベエザメだよ」
「じんべーざめ」
「ここと、あと、どっかの水族館にしか、いないんだって。次に見れるのはいつか分かんないよ」
「どっかいっちゃうよ」
「ぐるぐるしてるんだよ。待ってたら帰ってくるかな」
「あー、ちびさかなにぶつかっちゃう」
「うまく避けてるんじゃない?」
「がんばれー」
「海ちゃん、お写真撮っていい?今最高に可愛いから」
「しーさーのかお?」
「シーサーの顔はしなくていいから、ジンベエザメを見てて」
「うん」
この旅行中で一番の写真が撮れた、と朔太郎が満足げにデジカメを見せてきた。確かに、水槽を映す海の目はきらきらしてて、楽しそうで、笑ってる。ジンベエザメを見上げていた海が顔を戻して。ちびのおさかながきた、と目の前に来た小さい魚を寄り目気味にじーっと見てたのも可愛かったから、朔太郎のことを小突き倒して、撮ってもらった。自分で撮ればいいじゃないか、と我ながら思わなくもないが、そういうのは朔太郎の方が上手いので、一任しているのだ。
「うみのことすきなのかなー」
「そうかもな」
「ちびさかな、ごはんいっぱいたべろー」
「……なんで?」
「おーきくなるよおに」
ご飯たくさん食べないと大きくなれないぞ、と口にする自分、もしくは朔太郎の姿が目に浮かぶ。そうなあ、とぼんやり答えると、朔太郎がカメラを下ろした。
「動画で撮った」
「……今の?」
「かわいかったから」
「……ビデオカメラぐらい、持って来ればよかったよな……」
「俺もそう思う」
ビデオカメラならあるのだ。古いやつだけど。運動会とか発表会とか、撮ってた。それを持って来ればよかった。本当に。心の底からそう思う。みて、ほらみてえ、とべったり水槽にくっついた海が、俺と朔太郎の服を引く。
「じんべえざめ!またきたー!」
「……今の海のかわいさは今しか見ることができないのに……」
朔太郎が肩を落とした。がっくし、って効果音が聞こえそうなくらい。あと、お腹も鳴った。そろそろいい時間だし、飯を食えるところを探そう、と大水槽を離れると、すぐに朔太郎が指をさした。
「水族館の中にレストランがある」
「……ほんとだ」
「海、ジンベエザメ見ながらご飯食べたい?」
「たべたーい!」
「じゃあここで」
即決。席は混雑していたが、入れ替わりも激しかったので、割とすんなり座れた。水槽側の席は、どうやら予約席らしい。少し離れていてもあれだけ大きな水槽なら余裕で見えるので、真ん中らへんに席を取っても平気そうだ。メニューを見る前から海は食べたいものを決めていたらしく、朔太郎にへばりついておねだりしていた。
「ねー、さくちゃあん、うみ、カレーたべる」
「え?うん、いいよ」
「うふん」
「くねくねしなくてもいいよ、おこさまカレーでしょ?」
「あのねえ、さめカレー」
「さめ?」
「あのおにーさんたべてるやつ」
海が指差した先には、お兄さんがいた。お兄さんが食べてるやつっていうのは、食べ途中だから多分だけど、カレーの上に乗っかったご飯がジンベエザメの形をしているんだと思う。子ども向けのやつなのかな?と思ってメニューを見れば、普通に大人向けのカレーだったし、煽り文句を見る限りではそれなりに辛そうだった。可愛いキャラクターが印刷されてるパッケージの、甘々おこさまカレーしか好きじゃない海には、無理だと思う。朔太郎も、辛いのが大得意ってわけではないので、うーむ、って唸っている。
「これ辛いみたいだし、俺が食べるから、海はラーメンとか食べれば?」
「やだの!うみ、さめカレー!」
「でも辛いよ」
「からくなーい!」
「じゃあ、こーちゃんと海で半分こしたら?」
「やー!うみがひとりでたべるの!はんぶんこしない!」
「でもほら海、ジンベエザメって大きいから、海のお腹じゃ入りきらないよ」
「はいりきられるのー!」
「……どうします?」
「どうもこうも……」
外で駄々をこねられるとどうにもやりにくいのは事実だし、しかもせっかくの旅行で、って思わなくもないので、ここで無理やりサメのカレーを無しにするとその後に響きそうな気がしてならないのだ。朔太郎と目配せして、じゃあこれとこれとこれにしよう、海はサメのカレー、とメニューを指差せば、満足そうにふんふんしていた。俺の分でエビピラフ、朔太郎の分でクラブハウスサンド、と保険はかけてあるので、海がサメのカレーを一口でギブアップしても食べる当てはある。海が食べなかったら、俺が食べるし。
「いただきまー!」
「いただきます」
「いただきまーす」
「!」
がぶー!って大き目の一口行った海が、涙目になっている。予感的中。食べられないほど辛いわけないけど、普段辛いものなんて食べないから、余計辛く感じるのかもしれない。朔太郎が横からスプーンを伸ばして一口掬って、こりゃ海はだめだ、俺は大人だから平気だけど、と肩を竦めた。しかしながら、たべれるのー!と言ってしまった手前引けなくなったらしい海が、ぐすぐす泣きそうになりながらスプーンを動かすので、流石に止めた。サメ食べたかったんだよな、その気持ちは分かったから。
「サンドイッチおいしい?」
「……あじない……」
「海のベロ壊れちゃったじゃん」
「今だけだろ」
「エビピラフのエビだけ食べていいよ。特別だよ、海」
「うん……」
「おいしい?」
「……あじない……」
「ほら、壊れてる」
「今だけだって」
食べ慣れない刺激物に過剰反応してるだけだ。しばらくしたら、アイスアイスって騒ぎ出したので、絶対ベロは壊れてない。アイスは食べなかった。もう一回食べたし、お腹壊すし。
大きな水槽の前から離れて順路を進むと、水族館は出口になってしまった。地図を改めて見たところ、ショースタジアムや、マナティがいるお家などなど、公園内に水族館の仲間がちらほら点々としているらしかった。ここ行こう、と朔太郎が指さしたのは、ショースタジアム。
「イルカショーがやってるみたい」
「見たことあんまりないな」
「そうなの?」
「水族館に来るのも小さい頃っきりとかだからな」
「まあ俺もそこまでないんですけど」
「うみもー!いるか、はじめてー!」
オキちゃん劇場、ということは、オキちゃんというイルカがいるんだろうか。席にはちらほらと人がいて、前の方だと濡れちゃったりしないかな、なんて朔太郎の心配もあり、真ん中らへんに座った。もう隣のプールに既にイルカがスタンバイしてるのが見える。海が、うみしってるよ、いるかはじゃんぷするんだよ、てべりでみたよ、と鼻高々に自慢している。水族館に来たことがあまりない俺たちでもそんなことは知っているが、そんなことを知ってるなんてすごいなー、と持ち上げておいた。ご機嫌にしておくに越したことはないのだ。
ショーが始まると、お姉さんが出てきて、イルカたちの紹介を始めた。一匹ずつ名前があるらしい。しかも、勤続年数によってベテランだったり、ベテランの子どもがもう既にショーに出演していたりするらしい。知らなかった。ハンドサインと笛のようなもので鳴らす合図で、イルカたちがぴょんぴょこジャンプしては、芸を披露していく。頭いいんだなあ、となんとなく思ったりして。残念だったのは、海じゃないけど、それこそテレビで見たことあるような、輪投げに挑戦みたいなのがなかったことだ。せっかくだからやってみたかった、もとい、海にやらせてみたかった。変なとこにすっ飛ばしても取ってくれるらしいから。
「たのしかったー」
「すごかったねえ」
「いるかさん、こーんなじゃんぷ、こんな、こーんなね!」
「そうそう」
うひー!と楽しそうな海が、ぴょこぴょこ飛びながら階段を上がる。まさきと、せんせえと、もりすけと、みんなにおしえてあげよお!だそうだ。思い出話の種ができたようでなにより。
さっきも通った花のオブジェの辺りで、もおかえるの?と海が首を傾げた。この先はもう、お土産やさんとか、ちょっとした軽食が食べれるとことか、あとは駐車場しかない。頷けば、海が眉を下げた。
「うみ、おうちにさめつれてかえる」
「無理だよ……」
「さめほしい」
「無茶言うなって」
「ほしーなー」
「かわいこぶっても無理なものは無理」
無理難題を並べる海を連れて駐車場の方へ向かう途中、いいものを見つけた。これなら、連れて帰れる。ただし、現実のサメより、ふわふわでもこもこだけど。
「んふー!うみのさめ!」
「航介よく見つけたね」
「すれ違った子どもが持ってた」
「……思ったより安くて助かったね」
「……そうな……」
「うみのさめ、さめこさん!」
「さめこさんって名前にするの?」
「そお!おんなのこ!」
さめこさん、だいじ!とジンベエザメのぬいぐるみを抱きしめる海が心底嬉しそうだから、良しとしよう。こういうところのぬいぐるみなんて高いに決まってるって覚悟してお土産やさんに入ったんだけど、思ってたよりは良心的だった。特大サイズは手に余るので、それを抱える海もぜひ見てみたかったけど、中くらいのぎゅっとしやすい大きさにした。さめこさん、女の子ならリボンつけてあげようね。なんて、朔太郎が尻尾に包装のリボンを結んでやると、海のテンションはぶち上げ最高潮で、にっこにこしながら先を歩いていく。
「うーみっ、さーめこさんっ、うみのーさめこさんー」
「また自作ソング歌ってる」
「最近思ったんだけど、海がすぐ歌うのは朔太郎の真似なんじゃないかって」
「え?そう?俺そんな歌わないよ」
「海寝かす時、自作の子守唄歌うらしいじゃんか」
「……まあそれはそう」
「それじゃねえのかなあって」
「……海の変なとこを全部俺のせいにするのは止してもらおうか!」
別にそういうつもりじゃない。


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