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幸せはこの手の中に




「たーだいまー」
「……あれ。お帰り」
「うわ、弁当じゃん、マジでいる。久しぶり」
「久しぶり」
深夜も深夜、終電はもうないだろうなあ、って時間。小野寺が寝てしまった時点で、俺が出て行ったら鍵を閉める人がいなくなり、ここで一夜を明かすことが決定したのが、しばらく前のことだ。まあ覚悟はしてた、というか有馬にも一応そんな感じで伝えてはあったので、帰れません、と連絡したら、とても悲しげにしょぼくれている猫と、オッケー!と笑顔で親指を立てるウサギが返ってきた。情緒が不安定だ。散らかしっぱなしだとそわそわするので、ぐうぐう寝息を立てている小野寺にブランケットをかけて、片付けをしていたところ、伏見が帰ってきたのだ。ちょっと目を丸くした伏見は、それでもにんまり笑って、自分の服をふんふん嗅いでいた。曰く、くさいかも、だそうで。久しぶりに会ったにしては、通常運行である。
「お風呂とか入る余裕なくて。家帰ってきたの2日ぶりで」
「入ってきたら?」
「腹減った」
「……何か作っておいてあげようか」
「ご飯系。がっつり」
「どのぐらい」
「大盛りで」
寝ている小野寺を見て、ぷぷー、って笑った伏見が、鞄を放って、ポケットから携帯やら鍵やら定期やらを引っ張り出しては放って、代わりにその辺に放り出されてたジャージを拾って、シャワーだけだからそんなかかんないけどお風呂入ってくる、と消えた。もうちょっとこう、なんかないの、俺がいることに対して。受け入れすぎなんじゃないの。まあいいけど。
冷蔵庫の中にあった1膳分のご飯を温める。人ん家の電子レンジを使いこなしてしまっているのが悲しい。辻家や江野浦家ならまだしも、今回に限っては今日一日で習得したので、微妙な気分である。それはさておき、ご飯を温めている間にかつおだしを沸騰させ、煮立ったら、薄切り肉、醤油、砂糖、塩を入れる。お肉の色が変わったら、あったかいご飯と卵を落として、ネギを散らしたら完成。料理名は知らないが、美味しいことは知ってる。あんまり料理しない有馬が実家から持ってきた、数少ないレシピである。伏見もそんなに時間掛からないって言ってたし、と思いながら完成したご飯を丼に移してたら、髪の毛を拭きながら伏見が上がってきた。烏の行水か。ほんとに早いな。
「汗流してきただけだし、ほんとお腹空いたんだって。食べていい?」
「どうぞ」
「いただきまーす」
「……ああ、そういえば、」
「おいしい!おいしっ、なにこれ?どういうこと?」
「エビチリを、………」
「もっと」
「……………」
秒で半分減った。お腹が空いてた、というよりは、飢えていた、に近い食べっぷりで掻き込んだ伏見が、大盛りって言ったのに!とぴーちくぱーちく言うので、もう一回同じのを作ってあげた。肉は無かったので仕方がないから油揚げで代用したけど、それでもがふがふ食べてた。このレベルの勢いで食べられると、嬉しい通り越してちょっと引く。美味しい匂いに釣られてか、ふが、って小野寺が鼻を鳴らして、もそもそと動いた。滑り落ちたブランケットを奪った伏見が、ちょっと考えて、自分の着てた恐らく小野寺のものであろうジャージをかけた。半袖だけど、寒くないのかな。ブランケットを抱きしめた伏見が、では、と片手敬礼した。
「寝ます」
「……ええ……俺はどうしたら……」
「帰りたいならタクシー呼ぼうか?」
「そこまでではない……」
「じゃあ、朝まで好きにしてていいよ。俺明日またちょっと出るから、寝たくて」
「小野寺は?」
「明日?仕事あるんじゃない?」
「……二人でお休みとかなのかと思った」
「二人で休みだったらもうどこも行かずに寝るわ。でも、弁当呼んだってことは小野寺は明日休みなのかもね」
「伏見は休みないの」
「明日は休みだよ」
「……?」
「明日は休みだけど、ロケがあるから見学。構成会議にも出れないから、そのぐらいしかできないし」
「……はあ」
「俺がこんなに頑張って必死こいてんの、意味分かんないでしょ」
「……そうね」
「俺も。でも、せっかくこれが教えてくれた一生懸命だから、ちょっとやってみたくって」
これ、と寝ている小野寺を指した伏見が、悪戯っぽく笑った。きっと、多分、伏見だって、一生懸命を知らなかったわけじゃない。けど、今までの彼にとっての一生懸命は、上っ面を守りながら、周りの理想とする伏見彰人を演じながらのそれでしかなくて。小野寺が教えたのはきっとそうじゃなくて、がむしゃらに、なりふり構わず、自分のやってみたいことを実現するために必死こいて、みっともなくても疲れ果てても、寝る時間も飯食う時間も全部投げうちながら、周りの目を気にせずに死にものぐるいでやる、「一生懸命」なんだろう。かわいい、かわいい、と小野寺が唄った、毒の抜けた伏見を俺が知らないのは、必死になれる伏見を俺が見たこと無かったからだ。そうなれる基盤は、家に帰れば待ってる人が居る、って知ってるってこと。または、自分を手放しに受け入れてくれる人がいる、って気づけたってこと。黙った俺を見て、なんだよお、と相好を崩して笑った伏見に、なんて声をかけたらいいのか迷って、目を泳がせた。良かったね、じゃない。幸せそうだね、も違う。じゃあなにが言いたいのかって、自分でも分からなくなってしまった。
「……おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
「……あの、えーと、また、呼んで。料理ぐらいなら教えるし、またどっか、遊びに行くとかしたり、とか」
「なに急に。へんなの」
「へ、変じゃない。明日は出かけるっていうから、先に言っとこうと」
「改まって焦ってんじゃん。……ふふ、なんか弁当、やわらかくなったね」
「やわ、え、俺が?」
「うん。人間っぽくなった。有馬の馬鹿が移ったんじゃない?」
「ば……」
「おやすみ、またねー」
去り際に、寝ている小野寺に伏見が近寄ったので、ちゃんと見ないふりをした。見ないでいてあげたのに、伏見から自己申告で「おやすみのチューをしました」とでかい声を張り上げられたので、無視した。言わなくていい、そういうことは。

しばらくして。好きにしてていい、とは言われたけど寝る気にもなれず、かといって片付けも終わってしまったので、誠に勝手ながらラックの中にあった知ってる映画のブルーレイを拝借して、音を小さくして見てたら、小野寺が飛び起きた。びっくりした。
「だわあ!」
「うわ」
「……あああ……俺……弁当……俺」
「落ち着いて」
「俺いつから寝てた……」
「ずっと」
「は!伏見!帰ってきてる!」
なんで分かるんだ、かけられたジャージか。でもそのジャージは、帰ってきた伏見が荷物をぽいぽい放り出しながらソファーから拾ったやつなので、そこにあったものであって、俺が小野寺を気遣って掛けた可能性もあるわけで。第六感だろうか。どたばたとリビングを飛び出した小野寺が、静かになって、戻ってこないので、仕方がないから映画の続きを見ようと再生ボタンを押したあたりで、やっぱり戻ってきた。そのまま小野寺が戻ってこなかったら、俺はどうしたらいいのかいよいよ分からなくなるところだったから、良かった。
「寝てた」
「ご飯食べて寝たよ」
「よかったあ。明日はお仕事休みだから、ちょっとしか仕事しないって」
「ああ、なんか聞いた」
「あー、弁当、ごめん。全部やってもらっちゃって」
「別にいいよ」
「お礼……なにしよう?」
「……またしばらくしてから、こうやって会ってくれたら、それでいいよ」
「それがお礼?」
「うん。お礼だから、ちゃんと約束、守らなきゃだめだよ」
「……んー、それは分かったけど、他のことはないの?」
「また会ってくれるって、伏見と二人でちゃんといてくれるって、約束するならそれでいい」
「ふうん。弁当、欲無いねえ」
「もともとあんま無い」
分かった、伏見にも約束させる、と小野寺は笑った。明日も会おう、ちゃんと元気で会おう、と毎日約束を取り付けてきたのは、昔は伏見の方だったから、今度はお返し。いつかぱっと消えてしまいそうな二人だから、そうならないように、そんな気がしないように、ほんの少しでもいいから、繋ぎ止めておきたかった。有り体で月並みな言い方だけど、一つの幸せの形を手に入れた二人には、それをできるだけ長く抱えていてほしいと、思ってしまったのだ。一人より二人の方が、寒くないから。
「今度は有馬も呼んで、四人でご飯食べよ」
「そうだね」
「伏見は嫌がるかもなあ」
「有馬は喜ぶと思うけど」
「楽しみだね」
「……そうだね」


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