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おやすみなさい


かくかくしかじかあって、俺は今現在、東京の当也の家にいる。細かい事情はさておいて、とにかくそういうことなので、そういうことにしてほしい。話のキーワードはサプライズと植物園。夜なのでやちよは寝ている。
「せめえ」
「……お客さん用の布団があるだけでもありがたく思ってほしいぐらいなんだけど」
「掛け布団敷いてるだけじゃん。今日が暑くてよかったよ」
「出てけ」
「あーん!いたーい!ごめんね当也!蹴らないで!狭いからダイレクトに骨に当たる!」
「騒がないで、あれが起きる」
「実の母をあれ扱い……」
まあ、散々きゃっきゃした後なので、確かにこんな夜更けから更に盛り上がられても困るのだが。先にも当也が言った通り、一人暮らしで布団がそう何組もあるわけもなく、やちよが寝ているのが敷布団と薄い掛け布団のいつも当也本人が使ってるセット、俺と当也が寝てるのが冬用の分厚めの掛け布団を敷布団代わりにしてるものと大判のタオルケットのセットである。粗末だ。しかも狭い。こんなにホテル取れば良かったと思ったことはない。もうちょっと広々してるのかと思ってたんだよ。
「……………」
「寝るの?」
「……夜は寝るよ」
「お喋りしようよ」
「眠い」
「一人で残されたら寂しい!」
「寝なよ」
「嫌です」
「……途中で寝ても文句言わないでね」
「うん」
「なに?」
めんどくさそうな声だが、しばらく付き合ってくれるらしい。優しいなあ。あんまり大きい声だとやちよに迷惑がかかるので、静かめに。
「独り寝寂しくない?」
「別に。実家でも一人だったし」
「またまたあ。航介がしょっちゅう当也んちで寝てたでしょ」
「小さい頃だけだよ、そんなの……」
「一人で寝るの寂しいんだー、俺」
「……ふうん」
「当也だけに言った。秘密だよ」
「それこそ多分航介も知ってるよ……」
うーん、そうかも。三人でお泊まりしたことあるし、中学生の時なんか俺が無意識に縋ってた節があったから、頻度高く長い時間一緒に居させてもらっていたわけだし。呆れ声の当也に、分かんないよー、あれは鈍感だから、と茶化したら、当たり前の声音で言われた。
「分かるよ。航介のことくらい」
「そお?」
「うん。……分かるでしょ?」
「それなりには」
「だってあいつ分かりやすいし、……ふあ」
言葉の途中で欠伸を漏らすぐらい、当然。お互いにお互いのことは分かっているのが普通。分からないことなんて今更、と思っているのが透けて見える距離感。なんとなく、やっぱりこの隙間には俺は入れないなあ、と思い知らされた気になった。それだって、今更なんだけど。俺は当也と航介の間にいるように見せかけてるだけで、二人の間には誰かが介入できる余地はないなんて、知ってたけど。だから、別の関わり方をするしかないのだ。二人の間を埋めるんじゃなくて、一人ずつと片方ずつ手を繋いでいるせいで、両手が塞がる俺が間にいる、ように見える感じ。それが嫌とか気に入らないとかじゃなくて、そこまで阿吽の呼吸でお互いのことを分かってるくせに、二人で手を繋ぐことは絶対にないんだよなあってのが、不思議なだけだ。
「航介がいなくなったら、当也どうするの?」
「……えー……うーん……腹立たしく思う」
「なんでさ」
「周りに迷惑をかけるから」
「ほお」
自分に、ではないわけ。多分航介も同じこと言うよ。そういうとこ、そっくりだよね。うとうとし始めた当也に、じゃあ俺がいなくなったらどうしてくれるの?と聞いてみた。欲しい回答は一つだし、貰える回答もそれに沿うものであると知っていて。
「……それは、さびしい」


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