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おはなし



「……うーわ……」
朝起きて、窓の外を見る。一晩でどっさり積もった。一面の銀世界。昨晩から、どうもすげえ降るなあ、とは思ってはいたのだ。今日が土曜日で良かった。これで出勤とか、まあ雪慣れしてるとはいえ、大変は大変だからなあ。
もこもこの靴下履いて、寒い廊下を通ってリビングに行くと、さちえがソファーに座ってた。おはよう、と振り向かれて、その手にある暖かそうなマグカップに、俺もコーヒー飲もう、と台所で準備をする。
「家出れる?」
「ちょっと雪かきしたら、うちは大丈夫そう。手伝ってくれる?」
「うん。お父さん仕事行ったの?」
「今さっき、なんとかね。車埋まりかけてたって、」
「お、電話」
「誰かしらねえ」
固定電話が鳴り響く。はいはあい、とそっちへ行ったさちえが、あらー!もおー!と手を振っているので、やちよかみわこのどっちかだ。ぱたぱた、ぐらいだった手が、ひゅんひゅん、に早くなった。何話してるかまでは聞こえなくても、漏れ聞こえてくる声のトーンからして、やちよかな。寝ぼけまなこの友梨音が静かに降りて来て、おにいちゃんおはよお……とソファーに沈んだ。友梨音、朝はそんなに強い方じゃないからなあ。お休みの日なら特に。
「はいはーい、じゃあ、そうしますね。うん、はーい」
「ゆりー、ゆりね、起きなー」
「んん……」
「じゃあ朔太郎、よろしくね」
「うん。え?」
「行ってらっしゃい」
「え?」

「……………」
「……………」
「……おはよ」
「……なにが……あったら……こうなる……」
「俺も知りたい」
「……………」
遡って。さちえの電話相手はやちよだった。内容の意訳、「雪がすごくて困ってるので、こーちゃんとさくちゃん寄越して雪かき手伝ってくれない?」。以上。運の悪いことに響也さんが打ち合わせの関係で仙台にいるらしく、やちよ一人じゃどうにもならない、と。響也さんがいたとしてもあんまり戦力にならないような気がする、もとい、やちよの方が力仕事は得意な気もする、けどそんなことは言えない。命は惜しいからだ。航介がいるならかずなりも在宅なはずなんだけど、多分市場をどうにかするためになんかやってるんだろう。招集できなかったってことはそういうことだ。バッドタイミングが重なっている。
一応ざっくり朝ごはんを食べて、しかしながらお父さんが乗って行ってしまったから車が無いわけで、弁財天家まで死にものぐるいで雪かきながら歩いて行く覚悟を決めたあたりで、インターホンが鳴った。未だ唖然、と言った感じで鼻に雪をくっつけた航介と顔を見合わせて、行ってらっしゃーい!と手を振るさちえに送り出された。ゆりねも寝ぼけまなこのまま玄関先までは来てくれた。航介お兄ちゃんおはよお……だそうだ。二人で車に乗り込んで、再び顔を見合わせた。
「……なんで俺ら自分ちの雪かきもしないで他人んちの雪かきしに行くんだと思う?」
「……さあな……」
「どうして航介も言うこと聞いちゃったの?俺を迎えに来なければ良かったのに?」
「……………」
「ここまで車で来るのだって、大変だったでしょ?どうしてそういうところで頑張っちゃったの?嫌だって言えば良かったんじゃないの?別にぐちぐち言うわけじゃないけど、航介さえ迎えに来なければ」
「後でやちよにぼっこぼこにタコ殴りにされんのと今日雪かきすんのどっちがマシだ」
「……雪かき……」
勿論、車の道も雪が積もっている。当然ながらに、除雪車が来てくれるわけだけど。道の端々に、雪かきをしている人。あと、雪の塊がどさどさ。都築んちの前とか通ったら負けだな、絶対手伝わされるし。
普段よりはのろのろ運転で、弁財天家に到着した。いつもの場所には駐車できなかったので、隣の航介の家に停めて、半ばやけくそでずかずか雪を踏み分ける。勢いのままに、がんがんがん!って玄関扉を叩いたら、航介がぼそりと、後で朔太郎がやったって言うからな…って言った。やちよの怒りゲージが溜まってる前提で話進めないでよ。
「はあい」
「やちよおいこらー!」
「あ?朔太郎てめえうちの玄関壊す気かわためかすぞ」
「ヒッ、すいませんしたっ」
「じゃあ、さくちゃん、こーちゃん、お願いねー?」
「……はい……」
「……わかりました……」

がんばった。そりゃもうがんばった。無言のさくちゃん、レアですよ。雪をかいてかいてかきまくって、蹴散らして跳ね除けて山積みにしてなにがなんでも道を作った。瀧川を招集した方が早い。でも、今日からあいつも忙しいんだろうから。
ちょっとでもエンターテイメント性を求めて、ここから半分つにして航介と俺とどっちのが雪かき早いか競おうぜ!と啖呵を切ってみたけれど、口だけ勝負にしかならなかった。しばらくしたところで、二人して動きを止めてしまったので。疲れるよ、流石に。競うより、協力した方が早い。途中から、まるでデモ操作されてるパズルゲームのようだった。遊んでる余裕なんてあるわけないだろ。だってやちよ怖いし。ふざけてる間に暗くなるのもごめんだし。
今度は叩かないで玄関扉を開けた。おーい、って呼びかけたら、今行くわー、なんてやちよの返事。へぶしっ、靴を脱ぎかけた航介がくしゃみした。先にくしゃみされると引っ込むよね。ほぼ同じタイミングでくしゃみが出かけて息を吸い込みかけたので、むずむずする。
「終わったぞー」
「上着裾凍ってるな」
「航介の家の周りはどうすんの」
「……親父が戻ってきたら考える」
「この後うちも雪かきしに来てくんない」
「もうなんでもいいわ……」
「おかえりなさい。助かったわー、ありがとうね」
「腹減った」
「寒い」
「濡れた」
「お礼を求める」
「そうだ、二人なのにがんばった」
「ほんとだよ、もう腹ぺこなんだからね」
「あらー、あらあら、分かったわよ。珍しく口揃えちゃって」
雪まみれの俺たちに、そのまま入って来ないでよね、と無情だが当たり前のことを言ったやちよが、タオルをくれた。やいのやいの騒いだ俺たちの意見は果たしてちゃんと聞き入れられるのだろうか。マジで腹減ったんだけど。朝ご飯パンとコーヒーしか食べてない。雪を落として上着を脱いでリビングに行くと、やちよは台所にいた。
「お茶ぁ!」
「あったかいやつ」
「もう、やあね。もっと上手にお願いできないのかしら」
「はーあー!?雪かきしてあげたんだぞ!」
「自分ちの雪かきするのは当たり前でしょう」
「……まあ……それもそうだな……」
「うん……ん!?待って!?ここは自分ちじゃないけど!?」
「うちはほぼ隣だし」
「あれー!?航介は俺寄りの立場では!?」
あったかいお茶は出て来たが、お腹の減りをどうにかするものは出て来なかった。どゆこと!とやちよに詰め寄ると、だって買い出し今日行くつもりだったから何にもないのよ、と頰に手を当てられた。嫌な予感がしたので、航介と二人そっと席を立ったのだけれど、やちよがリビングの出入り口に立ちふさがる方が早かった。
「じゃ、次はお買い物、手伝ってくれる?」

「なににしましょうか。お昼もだけど、夜も」
「響也さんいないんでしょ」
「一人なのに晩飯作んの?」
「あんたたち食べていかないの?」
「……………」
「……………」
お腹の音が鳴ってしまったので、もうなにも言い返せない。航介も同じく。やちよが、お腹空いたら我慢しなくていいのよー、とのんびり言った。そうやって育てられたはずの当也が骨なのはどうしてだろう。
運転席が航介、助手席が俺、後ろがやちよ。玄関出たところで外を見回したやちよが、すっきりしたわあ、と腕を伸ばした。もっと感謝してほしい。買い物まで手伝ってあげるんだから、ハイレベルな感謝を込めて飯を作ってほしい。ローストビーフとかどう?
「なんにしましょうかねー」
「……俺のローストビーフ、やちよの耳に届いたと思う?」
「思わない」
駐車場についた。適当にぶらぶらしようかと思ったのに、やちよが先手を打って「荷物持ってくれるのよね?」と切り込んで来たので、大人しくついて行くしかなくなった。航介は既にカゴを持たされている。まさかとは思うけど、重いものたくさん買い込んだりしないよね。航介はともかく俺は非力だから、戦力として数えないでよね。やちよの周りをぐるぐるしながらそう告げれば、不思議そうな顔で振り向かれた。
「とーちゃんよりマシでしょ?」
「そりゃそうなんですけど」
「なに買うんだよ」
「えーと、お米と、お醤油もなくなりそうだから、あとじゃがいも、キャベツ」
「……重いもんばっか」
「でも車だし、こーちゃんとさくちゃんが持ってくれるから」
「やちよめっちゃ今日わがまま言ってくる!」
「お菓子買ってあげるから」
「いくつだと思ってんのさ!」
「はいはい、もう大人ね、大人」
すげえ子ども扱いされてる。航介はもう諦めて死んだ目でカゴを持ってる。どうにかしてやちよに感謝させることはできないかと考えているうちに、はい、さくちゃん、と米袋を持たされた。普通に重い。当也だったらストレスで吐いてるよ!
駐車場に行くまでにも勿論雪は積もっているので、重たい荷物を持ってると余計にずりずりする。滑って転んだりはしないけどさ。航介が気を利かせて出入り口の割と近くに停めてくれたから、まあ苦ではない。重たいので手分けして積み込んで、俺たちも乗り込んで。
「帰るぞ」
「みーちゃんたちも拾ってあげましょうよ、市場まで出て」
「……あいつら車あるだろ」
「こーちゃん、お父さんお母さんのことあいつらなんて言わないの」
「ねえ、うちの雪かきはどうなったの」
「そうね!さくちゃんちの雪かきもして、さちえちゃんたちとみんなでご飯食べましょう」
「やちよは雪かきしないだろ?」
「雪かきするのは俺らだろ?」
「お菓子もっと買ってくれば良かったわあ」
「聞いてる?」

雪かきが終わったのは夕方ぐらいだった。弁財天家の雪かきして買い物して弁財天家に荷物下ろして昼飯を掻き込んでうちに戻って二人でまた雪かきして、それら全てが夕方で終わったのは、俺たちの努力の賜物じゃないかと思うんですけど。うちの雪かきは友梨音も手伝ってくれたけどさ、寒そうにぷるぷるしながら重たい雪の塊を細腕でどうにかしようとしてたら、実際の兄と兄もどきからしたら、もうお家入ってなさい!大丈夫だから!って言うしかないでしょ。
「つっかれた!」
「おかえりなさい」
「あっ、お兄ちゃん、航介お兄ちゃんも、おやつあるよ、おやつ」
「いただきます!」
「いただきます」
「もうご飯よ、おやつは後になさい」
「……………」
「……………」
「……おやつは後っていうか……ケーキとかあってもいいレベルの労働だよね……」
「……風呂入りたい」
「ご飯よー」
「なに!?ハンバーグ!?」
「お鍋」
「鍋かー!許す!」
「何鍋?」
「こーちゃんの好きな鶏よ」
「……うん」
「好きじゃなかった?」
「普通」
「デザートにプリンとかないの?」
「ないわねえ」
「あ、誰か来た」
「みーちゃんじゃない?」
「おかえりなさーい」

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