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おはなし



世の中には変わった人が多いものである。かくいう俺もその一人。どうして身体売ってるの?特殊な性癖が?もしくはお金に困って?と聞かれたところで、自分でも腕組みして考え込んでしまう。理由、特に無し。多分その他の変わり者も同じだ。理由があるとしたら、好きだからとか、興奮するからとか、自分がそうしたいからとか、そんなもんでしかない。俺は欲に素直なのっていいことだと思うけど。個人の感想です。
今日のお客は、二度目ましての人。前回は普通にいちゃついて終わったから、まあそういう感じなのかなーって思ってたんだけど、ホテルに着いてすぐ切り出された「今回のシチュエーション」に、一瞬言葉を失った。
「……えー、と。えっと、俺、会社勤めしたことないんだけど……」
「そうなの?そっか。でも、まあ何と無くでもいいから」
「……もっかい確認させて。なんて呼んだらいい?」
「部長」
「それマジの役職?」
「マジの役職」
「おう、はああ……マジか……」
「本当に会社の後輩に手出すよりマシだと思ってやってみようよ」
「そりゃそうだけどさあ、できるかなあ」
「できるできる」
「下手くそでも萎えないでね」
「大丈夫大丈夫」
2回とも2回言った。信用ならん。でも信じるしかない。これ着て、俺のだから汚してもいいよ、と渡されたのは、割とちゃんとしたスーツだった。スーツて。ただよしくん、自慢じゃないが、スーツをあまり着たことがない。ネクタイの結び方覚えてるだろうか。仕方がないから腹をくくってやるけれども。
今回のシチュエーションは、ざっくり言うと、「職場の先輩後輩関係」だった。実を言うと、身体を売って結構長い俺だが、イメージプレイ的なことはあんまりしたことがない。いちゃついてほしいとか、叱ってほしいとか、泣いてほしいとか、甘やかしてほしいとか、そういう希望はあったけれど、基盤は全部俺なのだ。だから、今回のお客さん、部長さんに言われたこれは、わくわくするような、出来るかどうか心配で不安なような、感じ。出来なかったら、希望を叶えられなかったら、それが一番きつい。なんのためにやってるのか分からなくなってしまうから。相手に喜んでもらうため、その一点でしかないのだ。がんばるけど、上手く行くかなあ。
スーツを着て脱衣所を出たら、その瞬間から役割は始まる。俺の想像の「会社の後輩像」が果たして正しいのかは分からないけれど、俺を買った以上やることやりたいんだってのは部長さんも同じなわけで、しかしながら単なる会社の後輩がそうそう行為に積極的なわけもなく、考えどころだ。うーん。
とりあえずやってみよ。



「部長、バスローブは二つありますよ!タオルも二つ、ベッドが広くて一つしかないだけのビジホだと思えば一晩俺行けます!」
「……なに、当たり前のこと言ってるんだい」
呆れたように部長が言って、水を飲んだ。酔っ払って帰れなくなったのは俺だし、優しい部長が俺をほっぽり出して帰るはずもないってのは分かるけど、まさかホテルに連れ込まれるとは思ってもみなくって。連れ込まれるって言い方だと俺のためにやってくれた部長に失礼か。なんとかその場のテンションを普段通りにしようと、わざとはしゃいでお風呂場から持ってきたバスローブを、下ろす。早く寝よう。それで、早く明日になって仕舞えば良い。
「……俺、あの、お風呂後でいいんで、部長先にどうぞ」
「ああ。冷蔵庫、ビール入ってたよ」
「もう飲みません!」
「そう?」
ぱちり、銀色の時計を外した部長が、ベッドサイドにそれを置いて、俺の手からバスローブを取った。ぽんぽん、と軽く頭を撫でられて、通り過ぎざまに。
「変なことするなよ」
「……しませんて……」
それからすぐ部長は出てきて、俺も交代でシャワーを浴びた。ふわふわした酔いは、部長が俺に肩を貸して、ホテルに連れてきた時点で、吹き飛んでしまっている。別になにが起こるわけじゃないと思っているのにそわそわしてしまうのは、場所のせいだろうか。硝子張りで大きな鏡のある浴室を見ていられなくて、頭からお湯を被った。部長も言ってたじゃないか、変なことするなよ、って。とりあえずバスローブを着るのはやめよう。あれで寝たらお腹冷えそうだし。ジャケットだけ脱げば、寝られないこともないだろうし。一人で頷いて、お湯を止めた。
手早くシャワーを浴びて、まだ湿った髪を拭きながら戻れば、部長はベッドに座っていた。そこに向かうのが嫌で、わざと迂回してテレビをいじるふりをしたら、なにしてるんだ、と不思議そうな声。だって、同じベッド、一緒に寝るような心の準備がまだできてない。いつもぱりっとスーツを着こなしている部長が、胸元の開いたバスローブ姿で、髪の毛もきちんとしてなくて、いつも大事にしてる時計だってしてなくて。そういうの、見ちゃいけないと思うのだ。だから。
「……なあに、その顔」
「……お、おれ、はじ、っはじっこで寝ます」
「んー?こんなおっさんとでも場所がここだと意識しちゃうのか、若者め」
「違います!わ、ひゃっ」
「彼女と来たことくらいあるでしょうに」
ベルトを引かれて、ベッドに尻餅をつく。反動で倒れた俺に覆い被さるように、茶化し笑った部長が、にやにやした。そうじゃないです、なんて小声、多分聞こえてない。
ただからかいたかっただけらしい部長は、可笑しそうに笑って、すぐ体を引いた。寝る、とベッドの真ん中寄りに横たわってしまった部長をどかすわけにもいかず、照明を落として、宣言通り端っこに横たわった。
「ぉ、おやすみなさい……」
「ああ。おやすみ」
これでいい。これで、寝て起きたら、明日になる。朝になれば、お金を払ってここから出て、おしまいだ。無音の部屋の中、自分の心臓の音がうるさくて、ぎゅうっと丸くなった。
「ねえ」
「は、っはい」
「落ちるよ。本当に真ん中に寝るわけないじゃない、冗談だよ。もっとこっちにおいで」
ほら、と真ん中を少し開けてくれた部長が、こっちを見ている。いいです、と突っ撥ねるわけにもいかず、確かにこのまま寝たら寝返り一発でベッドから落ちるような気もするし、もそもそと部長の近くへ寄る。優しい声で、そんな緊張しなくてもいいじゃない、なにかするわけでもなし、と宥めるように言われて、つい口をついた。
「……なにも、しないんですか……?」
「……は?」
「あ、や、えっと、あはは、なんでもない、です」
「なに、して欲しいの」
「……ぇ、と」
「強請るみたいな顔したって、言ってくれなきゃ分からないだろ?」
大きな手が、俺の頰を撫でた。あの、あの、ええと、部長、そうじゃなくて、と返事に満たない言葉を零しているうちに、頰を撫でる手は首筋へ、するすると下がる。普段通りの柔らかな笑顔を浮かべている部長が、そんなことするのと結びつかなくて、喉が鳴った。ぐい、と腰を抱かれて引き寄せられた時に、同じボディーソープの匂いがして、何かが思い切りぶっ壊れた音がした。
「ほら。言って」
「……ぁ、ぇ、さ、っさわ、さわって、ください……!」



「上手かった」
「ほんと?」
「燃えた」
「マジかー。やった甲斐あったわ」
「いつもの君にない純情さと初心さと、俺のことを信頼する気持ちが垣間見える表情のいやらしさが良かった」
「冷静に品評されると恥ずかしいからやめてくんないかな」
「俺から脱がした時に」
「ねえ!解説しないで!これから部長さんに買われる時に意識しちゃうから!」
「あはは」

まあ、楽しかったことは事実なのである。成り切ってる自分にも酔うし、普段と違う設定を付与したことで「買われてる癖に全然乗り気じゃない」とかいう有り得ない状況に置かれるわけだし、部長さんが言ってたように、我ながらよくもまあってくらい、いじらしかった。合法的にかまととぶれる、というか。お互い盛り上がっちゃった。ていうか、はしゃいじゃった。こんなの知らない…!って顔するの、楽しくなっちゃった。
だから、またやりたいわけであります。
「……イメクラ行ったことないしなあ……」
「そこをなんとか!お願い!」
「君からお願いされることなんてないから、叶えてあげたいけど」
部長さんの時とは逆だ。渋る相手に、まあまずやってみましょうや!と俺が迫っている。お客さん相手になにやってるんだか。
俺が体売り始めた初期、高校時代からの割と昔馴染みのお客さんだから、我儘言っても割と通るのを知ってて頼んでいる。俺からの要求は、特にこだわりはないからとにかく何か一つシチュエーションを与えてくれないか、というものである。がんばってなりきってみせる、という公約付きだ。別料金をとるとかそういう話でもないし、いいじゃん、いつもと違うことしようよ。
「えー……じゃあ、どうしようかな……」
「奴隷と王様?」
「僕に奴隷やれって?」
「違う!俺が奴隷!」
「君ってみんなが思ってるよりどぎついマゾヒストだよね」
謂れのない中傷はやめていただきたい。しかしながら、今回のシチュエーションが決定した。我儘を聞いてくれるお客さんに感謝だ。
俺の装備、学ラン。俺からお客さんの呼び方、「先生」。ざっくりした設定は、家庭教師と生徒。分かりやすく分かりやすい、よくありがちな、一押しすると何か起こりそうな設定で固めてみた。学ランはホテルのコスプレ衣装をレンタルしたので、汚しても平気。どこからどう見てもホテルの一室で家には見えない、って矛盾は、いろいろ付け加えた設定でなんとかした。お客さんがふざけなければいいなあ、俺はちゃんと真面目にやるからね。
では、いってみよー。



「せんせ?」
「ん″っ」
「……おい」
「ぐ、……ふふ……ごめん……ごめんなさい」
「こっちは真面目にやってんの!笑わないでくれます!?」
「はい……」



テイク2。

「せんせ」
「どうした?」
「んーん」
先生は、大人の匂いがする。頭を撫でられて擦り寄れば、突然甘えたのが可笑しかったのか、顔を背けて吹き出された。拗ねて胸を叩くと、悪い、ごめん、もうしない、と言葉を重ねて謝られる。あんまり申し訳なくなさそうなところに、先生はずるいなあ、と思う。
「ご褒美くれるって言った」
「なんの?」
「……すっとぼけないでよ」
「可愛く強請ってよ。まだ高校生なんだろ?」
揶揄されるように言われて、子ども扱いされてるようで、腹が立った。そのまんまその通りなんだけどさ。
テストで今までで一番いい点とったら、ご褒美にお泊まりでデート。俺と先生は秘密のお付き合いをしていて、先生は大人だから俺に手なんて出してくれなくて、でも俺だって興味はあるからいろいろ調べたりして、触って欲しくて、そういうことしたくて、いっぱいいっぱい迫って、そしてようやく取り付けたご褒美のお約束なのだ。お泊まりデートなんて言ったら、そりゃあそういうことだろう。親からの信頼も厚い先生なので、全然余裕で了承は取れた。俺の家には当たり前だけど家族がいるから、先生の家でお泊りさせてくれるのかと思ったら、子どもは入っちゃいけない、そういうことするところに連れてこられた。もうそういうことじゃん。先生だってのりのりじゃんか。
「……ご褒美ください」
「ご褒美ってなに?身に覚えないんだけど」
「先生のいじわる!ばか!」
「あっはっは、拗ねんなよ」
「……どうしたらいいのか分かんないもん」
「見た目ばっかり大人だなあ。お前は」
「……かっこいいでしょ」
「かっこいい、かっこいい。俺のものにしとくには勿体ないくらい」
俺のもの、なんて言葉に、分かりやすくときめいた。俺が学校で女の子に告白された話をしたら、先生はにやにや喜んで、その日初めてキスしてくれた。俺は嫉妬して欲しくて話したのに先生は喜んでて、複雑だったけど、先生は俺がモテモテだと嬉しいらしい。そんな言い訳を今もされた。もう分かったよ、俺の顔がかっこよくて良かったね。
「なにからしたい?」
「……なにからって」
「いろいろあるじゃん。ちゅーとか、ぎゅーとか」
「……じゃあちゅー」
「お子ちゃま」
「ぎゅー!」
「まだ早い」
「先生!」
「分かった分かった。おいで」
先生の方が俺より背は1センチくらいだけ低くて、でも体の厚みは先生の方が全然上で、ぐいって引き寄せられると心臓がどくどく煩いくらいに鳴った。肩に顎を預ければ、よーしよし、なんてあやされて、そういう意味じゃないと腕の中で暴れる。俺をぎゅってしたまま歩き出した先生に、どこ行くんだ、とわあわあ騒げば、着いたのは脱衣所だった。
「ぎゅーの次、大人がなにするか、知りたいんだろ?」
「……ぅ」
「真っ赤。そんな顔見たことない」
鏡の前に立たされて、先生が背後に回る。後ろを向こうとしたら、止められた。ぷつり、と学ランの一番上のボタンを外されて、なんだって自分のこと見ながら服なんか脱がされなきゃいけないんだ。鏡ごしに先生と目が合って、意地悪にせせら笑われて。
「興奮する?」
「……はいぃ……」



「結構面白かった」
「ノリノリだったじゃん!めっちゃ先生面してたじゃん!俺のこと馬鹿にしといて!」
「違う、お前が上手いんだよ。雰囲気作りっていうの?それっぽーい感じで誤魔化すの。本当に高校生になんか見えないのに、高校生じみてるんだよ」
「お?褒めてる?」
「他の人ともやってみたら?商売の幅広がるんじゃない」
「まさかのゴーサイン」

いろんな人に持ちかけてみたら、結構みんな受け入れてくれて、いろんなシチュエーションを持ってこられた。個人的に笑っちゃってギリギリなんとかやりとげた、「趣味で女装してたらだんだんヒートアップしてきちゃってついにカメコさんと一対一で撮影することになった物好きな男の子」とがいう、ちょっとネタっぽいのもあったけど、まあ大体はやった。団地妻とか面白かった。なにをもってしての団地妻だよ。場所は思いっきりラブホなのに。あとはこう、お客さんの弟とか、王道で楽しかった。売れないアイドル役の時は、身を売ることでデビューのチャンスを得るみたいな話になって、真面目にやってるであろう人たちにちょっと申し訳なくなりながらも、断ったらチャンスがなくなるって強制感にテンションがぶち上がってしまった。自分でも知らなかったけど、拒否しちゃいけない状況っていうのに燃えるタチなのかもしれない。どぎついマゾヒストは否定するけど。
「最近イメプレやってるんですってね」
「……あんたとはやりたくないなあ……」
「仮にもお客さんですよ」
「いつも通り眼鏡かけてあげるから」
「シチュエーションはー」
「話聞いてる?」
全然聞いてない。今日のお客さんは、眼鏡フェチのお兄さんである。この人とはイメージプレイしたくない。闇が見える。眼鏡かけてあげてるだけでもう良くない?充分じゃない?
「じゃあ、先輩役をお願いしますね」
「え、あれ?お兄さんが後輩なの?ちょっと無理ない?」
「まあそこは思い出補正といいますか」
「へえ……もっとえげつないこと言うのかと思ってた」
「じゃあ、近所の年下の男の子で、自分のことはある程度距離を置いている間柄で、けど我慢できなかった自分に腹殴られてゲロ吐きながら気絶してここまで攫われた設定でやってください」
「嫌ですー!絶対に嫌ですー!そんな犯行計画みたいなのに加担はしませんー!」
「ちぇっ」

「おい」
「なんです、先輩」
「もう先輩はいいんだけど。さっき言ってた犯罪計画、やるなよ」
「えー。まあ。はい」
「やるなよ!振りじゃないから!」
「僕の家、防音あんまりなんで」
「そういう理由じゃなくて!」


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