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☆すてらびーた☆



ちゅん、と自分の耳元をなにかがかする音がした。それと同時、背中に衝撃が走って、思いっきり突き飛ばされて、倒される。咄嗟に目を閉じて、ぱたりと落ちてきた雫に、目を開けた。赤。視線を上げれば、ピスケスさんが仰け反っていた。胸元に金色の槍が突き刺さって、突き抜けて、地面へ貫通している。心臓の鼓動に合わせて吹き出てくる血液が、じぶんにかかっているらしい。じぶんを突き飛ばして倒して、上に乗っかっているのは、コリンカさんだった。
「っぶないなあ!トールくん!あるクンまで串刺しにするところだったろ!」
「ボクはそいつのことが嫌いだ。ピスケスに同意見、よって刺し殺す理由がある」
「あいたた、起きて、あるクン。みんな連れてきた。君との最後の記憶を覗きにきたつもりだったけど、大変なことが分かったから、準備をしてきたんだけど、まあ……」
「……お友達。わたしの、お友達。こんな姿になってしまわれたのですね。あなたは、……こんなことが、したかったのですね……」
じぶんたちを覆うように、まるで背景であるように、大きな神獣がただ堂々と、立っている。見上げるスピカさんが、泣き出しそうな声で、呟いた。それを舌打ちで上塗りしたトールさんが、眉根を寄せて、金色の召喚式を宙空に書き出した。
「みんな殺す。ポールとボク以外、誰もいらない。特にもふもふ。お前のことは許さない」
「オー。アバドーンのことでしょうか。どちらかというと貴方がたの味方として、」
「うるさい、黙って」
どすり。巨斧がアバドーンさんのもふもふに、突き刺さった。黙って、もとい、黙らされた、が正しい。ピスケスさんもアバドーンさんも、トールさんが黙らせた。あとはこいつを殺せばいいの、と巨大な神獣を見上げた彼が、髪をなびかせて召喚式を展開する。じぶんを立たせたコリンカさんも、スピカさんも、何も言えないまま、ただ時間だけが過ぎていく。このくらい有れば吹き飛ばせるかな、と至って軽く、神獣の頭と同じくらいの口径を持つ大砲を生み出したトールさんが、手を振り上げる。
「さて、じゃあ、死んでね」
轟音。地面が割れ、爆風が吹き荒れ、ピスケスさんとアバドーンさんの力を失った身体が粉々に砕け散った。じぶんたちは、咄嗟に防御結界を張ったスピカさんのおかげで、ぎりぎり踏みとどまっている。煙が晴れた頃、神獣は頭が消し飛び、トールさんが髪の毛をぱっぱと払っていた。こんな、呆気なく、終わってしまっていいんだろうか。たったこれだけで、終わるような話、
「そんなわけないじゃないですか?」
「、は」
「ふふ。ふふふ。わたしたちがばらばらの間にそれができていたら良かったのに、ちょっとだけ遅かったみたい。かわいそうに。悲しいでしょう。「自分の特権の使い方」、そんな大切なことも、もう覚えていないんでしょう?」
「……何言って、……」
「殺してごらんなさいな。双子の片割れ、未完成な癖に生意気だと思いません?わたしの邪魔をするに値しない、小虫風情が!」
「トールくん!」
「っ……!」
神獣の、お腹。かぱりと縦に開いた瞳から、碧い瞳を爛々と光らせるピスケスさんが、産まれた。轟々と音を立てて、千切れ飛んだ神獣の首から、氷柱のような塊が降り注ぐ。トップスピードでトールさんを拾って結界の中に戻ってきたコリンカさんが、顔を歪めるのが見えた。じぶんにも、かすかに聞こえる。邪魔するな、こっちの味方につけ、ここから出て行け、もしどれも出来ないなら全て忘れてそこで死ね。コリンカさんには、その呪詛が、ピスケスさんに植え付けられる記憶が、じぶんの何億倍にも強く聞こえているはずだ。それでも、心を折られずに、コリンカさんはここにいてくれる。じぶんには何も出来ないのに。スピカさんを守るとか言って、守られてばかりなのに。ふう、とトールさんが溜息をつく。
「……コリンカ。ボク、なんにもできなくなっちゃった」
「死ぬ気で思い出せ馬鹿トール!何の為に君を連れてきたと思ってるんだ!」
「無理。駄目。自分の星に帰りたい」
「そんならポールくんに代われ!アバドーンが死んだっつったらあの子ならキレるだろ!」
「こんな危ないところに可愛いポールを連れてこられない」
「スピカくん!この結界どれぐらい持つ!?」
「……この程度なら、持ちます。けれど、持ち堪えるより、あっちを削ることを考えた方がいいかと」
「オッケー、コリンカさんが殴りに行くからみんなはここで待ってろ!」
「コリンカさん!駄目です!」
「あるクン止めんな、大丈夫だから!」
「大丈夫じゃ、ありませんっ、もう、っもうコリンカさんが倒れるところなんて、見たくないんです!」
「……私もそう思います。治すのも大変なんですから」
「ええ?そこでそうやって、ずっと、ずーうっと、待ってるつもりですか?いいんですよ、貴方達の誰かに、「その安全な結界でぬくぬくしてないで、とっととそこから出て行かなくちゃいけない」って記憶をプレゼントしても。まあわたし気長なので、待ってあげますけど?」
「……むっかつく……」
「コリンカさん、煽りに乗らないで。落ち着いて、対策を考えましょう。私、なんとしても、ここだけは持たせますから」
「そんなこと言ったって、悪いけど私、戦力にはなれないよ。あるクンだってそうだろ、トールくんだってそうだ、スピカくんも戦えるだけの力はない、もうどん詰まりじゃんかさ!」
「あるさん、なにか、解決策はないんですか」
「え、えっ、じぶん、ええと……」
「かみさまの本棚にはなんでも揃っているんでしょう、神獣とピスケスちゃんを剥がす方法とか、そういう便利な本はないんですか?」
「あっ」
「あー!いいこと思いついた!」
「は?コリンカなに、っ」
「トールくん、ポールくんとチェンジ!」
どがしゃあ、ととんでもない音がした。トールさんの胸倉をひっ摑んだコリンカさんが、綺麗なアッパーを入れた音だ。きゅう、ぴよぴよ、と言った様子で意識を飛ばしたトールさんの髪の色が、するする、銀から金へ変わっていく。起きろポール!とこれまた力強くビンタして彼を叩き起こしたコリンカさんが、ピスケス封じの唯一を覚えてる、とポールさんをがくがく揺さぶった。
「あるクン、かみさまの本棚で神獣を剥がす方法を探してくるのにはどれだけかかる?」
「……長くは、かからないようにします」
「じゃあもう滅茶苦茶に急げ。ポールくんが、この世の中で一番心を揺さぶる音楽を、あの化け物に聞かせてる間に終わらせろ」
「……どういうことですか?」
「そんなことで、ピスケスちゃんが止まるとは思えませんけど……」
「いいや。音楽は耳から入る。ピスケスくんは外部入力に弱いんだ。私の自己暗示と同じように、記憶操作はデリケートだからね」
コリンカさんの計画は至って簡単だった。ポールさんの奏でる音楽をピスケスさんにたっぷり聞かせて、それに彼女が聴き入ってる間にじぶんはかみさまの本棚で攻略法を見つけてきて、できるだけ早く帰ってきてそれを実行する。以上。単純なやけくそ作戦に思えなくもない。しかしコリンカさんの言う方法に乗ってみるしかないのも確かだ。今までの感じだと、ピスケスさんの記憶操作は、少なからずじぶんたちに対して語りかける形で行われてきた。だから、その呪詛を超える勢いで何らかの音を被せれば、多少の相殺は可能なのかもしれない。ポールさんの奏でる音は時間すら狂わせる、なら、ピスケスさん自身の撹乱にもなる。少し目を迷わせたスピカさんが、サポートは出来る限り、と頷いた。コリンカさんも、ピスケスさんが耳に気を取られている間なら、自己暗示をかけて攻撃することが可能だと言う。だから、じぶんのやることは、かみさまの本棚を全部探して神獣と依り代の引き剝がし方を見つけてくることだ。それはじぶんにしかできないこと。任されるべき、こと。
ピスケスさんは、完全にこっちから興味を失っているらしい。それどころか、神獣の首を再生しようとしている。トールさんが壊してくれたあれを再生されたら、今よりもっと苛烈な攻撃が襲ってくるかもしれない。そうなる前に、手を打たなければ。
「ポールくん起きろ!」
「ふあ、なに、ぁふ」
「アバドーンくんが、あれに食われたぞ!とびっきり素敵な音楽を聞かせて、あの中から救ってやれ!」
「……アバドーンが、神獣に……?」
眠たげな目を見開いたポールさんが、白い首無しの巨体を見上げて、ちり、と髪の端が焦げるような音がした。首筋がぞわぞわする。怒ってる。ポールさんが、怒っている。半分くらい笑ったままのポールさんが、よく分からないけどよく分かった、と、指揮者のように構えた。
「寝てた間にいろいろあったみたいだから、ぼくは言われた通りのことをするよ。久しぶりだね、ピスケス」
「あら、双子の片割れ。可愛いだけの貴方が、なにを?」
「今から演るのは、アバドーンのために奏でる曲だ。あの子はぼくの演奏を褒めてくれた。エクセレントって、コングラッチュレーションって、喜んでくれた。ぼくはそれが嬉しい。ぼくにとっては、それが何よりの力だ」
「へえ。神獣とわたしの端くれ、そんなことを感じるだけの力があったんですね」
「……その程度にしかあの子を扱っていないなんて、ピスケス、君は世界の恥だ」
「あ?」
「ねえ、あれよりもっと素晴らしい演奏を聴かせてあげる!だからアバドーン、そんな奴のお腹、ぶち破って出ておいで!」
聴けないことが、心の底から悔しい。かみさまの本棚に飛び込む寸前、目の端に映ったのは、空の全てを埋め尽くす銀色の精霊と、それぞれが手に手に構えている、美しい楽器の数々だった。ピスケスさんの碧い目が、それらを映して煌めく。必ずやあの演奏は、彼女の心を動かすものとなり得るだろう。だって、ポールさんの全力全霊だ。いくら掻き消そうったって、あの演奏の美しさは、消えない。ポールさんが一呼吸おいて、手をゆっくりと下ろした。

飛び込んだ先。無数の本が所狭しと敷き詰められた、かみさまの本棚。ここには、便利な検索機能もなければ、細かな分類だってされちゃいない。とても大雑把で適当な区分で、棚によってジャンルが分かれてはいるけれど、あまり当てにならないのも事実だ。かみさまは、読んだら読みっぱなしにして、積んだりするから。もしくは、記録として残すために自分の知識からアウトプットした本を、その辺の棚に適当に突っ込んだりするから。その中から目的のたった一つを探し出すのに、どれだけの時間がかかるだろう。しかしながら、本棚の中にいる間の時間は、外とは違って、歪んで流れる。ここで過ごした一瞬が、外での久遠になることも。もしくは、ここで過ごした幾星霜が、外では刹那になることも。どちらに転ぶかは分からない。だから、とにかく、じぶんは今から急がなければならないのだ。ここにいる時間が短ければ短い程に、外でみんなが持ち堪える時間の負担を減らせる。碧い瞳を思い出して、背筋が凍った。早く、みんなのところへ。
棚は無数に存在する。その中の一番大きな区分としては10個。総記、哲学、歴史、社会科学、自然科学、技術・工学、産業、芸術・美術、言語、文学。じぶんが主に見てきたのは、物語や歴史、自然についてのこと、音楽についてのこと、動物についてのこと、なんかなので、全く触れたことのない棚も勿論ある。じぶんたちのこと、神獣のこと、かみさまのことは、恐らく文学や言語、美術などとは関係ないだろう。とりあえず、星々のことや神話のことに関係ありそうな書架を探すことにした。片っ端から手当たり次第に、目次を開いては落とし、目次を開いては、落として。本が傷むとか気にしていられない。ページが折れようが表紙が撓もうが、構っていられないのだ。見落としのないように気を配りながら、目につく本を開いていく。目次で関係ありそうな本は、目で追えるぎりぎりの速さでページをめくった。読むとか覚えるとかいうよりは、関連ワードを検索する方が、近い。数百冊、数千冊じゃ足りない。気が遠くなりそうな程、じぶんの歩いてきた道がぐちゃぐちゃに積み重なった本で埋め尽くされて先が見えなくなる頃、ようやく、一冊の本に巡り合えた。
それは、恐らく、じぶんたちの設計図だった。山羊座のコリンカ。乙女座のスピカ。双子座のポールとトール。魚座のピスケス。獅子座のレオ・カマーマル。蠍座のカルディア。射手座のサジタリウス。水瓶座のアクア。蟹座のニナ。きっと出会ったことのない人たちもいる。まだかみさまが作っていない人のページは、空白と薄っすらした下書きと消しゴムの跡で埋まっていた。これは、一番最初に、じぶんが神様に勧められて、読まなかった本の中の一つだろう。こんなんずるっこするためにあるんだよ、なんて、かみさまは笑っていた。だけど、ずるしなくたって、みんなと仲良くなれたじゃないか。だったらじぶんはこの力を、みんなと一緒にいるために使いたい。みんなを守るために、かみさまがくれた特権を、使いたい。
その本には、裏設定、なんて書かれた別冊子がついていた。そこには事細かに、じぶんたちに関わりがある全ての物事が綴られていた。レオさんの星の人たちのこと。未だ出会っていない蠍座の誰かの星の紛争のこと。スピカさんの昔のお友だちのこと。そして、神獣のこと。だから全部、覚えきった。行使する方法も、それをするとどうなるのかも、全部知った。あとは、これを持ち帰るだけ。だって、じぶんにはこの術式を使うことができる。それが出来るだけの身体に成長することが、可能なのだから。
ぐちゃぐちゃの本棚。後できちんと片付けにくるから、今だけは許してください、かみさま。


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