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おはなし



「よお」
「……どうしたの」
「あんちゃん、ちょっとつらかせや」
「はあ」
仲有珠子の襲来、パート2であります。棒読みの上に全部平仮名っぽくて全然決まらなかったヤンキー風の台詞と共に指をくいくいされて、全てにおいて驚きが勝ってしまったので何にも突っ込めない。ド平日の真昼間にうちに来るとは、なにごとか。
「別に用事はないよ、都築くんの摂取をしにきただけ」
「摂取」
「ライブDVDがないからね、都築くんは」
「ほんとにアイドル扱いされるとあんまりありがたくない……」
「実際、暇だったもんでねえ」
「実家帰ってきてるの?」
「そお。要も一緒に」
「なんで置いてきたの」
「昨晩大ハッスルちゃってまだ寝てる」
「……なにそれ……抱くと抱かれるが逆転しとるがな……」
「え?マリオカートだよ?」
「ああー!もう!仲有家健全か!ごめんね!」
「?」
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだよ!夫婦だからそういうことかと思って!高井さんがそんなことを俺に言うわけがないのに!浅はか!都築忠義の浅はかさが透けて見えるよ!馬鹿!頭の中で200回ぐらいふしだらなただよしくんを殺しておくから許してください!
なにそれ以降がマジで聞こえていなかったらしい高井さんは、きょとんとしていたけれど、店の中をきょろきょろ見回し始めた。聞こえてなくてほんとに良かった。小声で呟いた自分に花丸をあげたい。まあ、見回したところで、いつも通り人はいない。夕方からだよ、うちが賑わうのなんて。
「瀧川くんは?」
「仕事だよ」
「ええー!つまんない!」
「この時間にぷらぷらしてる方が不安だよ!」
「つづきー、飯くれ飯」
「瀧川ああああ!もう!お前は!」
「わー、ぷらぷらしてるー」
「あ?」
当然のような顔でからからと扉を開けて入ってきた瀧川のことを指さした高井さんの手をそっと降ろさせた。タイミングが本当に悪いな、お前は。
「瀧川くん、お仕事は?」
「え?仕事?」
「……………」
「高井さん、可哀想なものを見る目をやめるんだ」
「高井はなんでこんなとこにいんの」
「不倫」
「……都築……お前……」
「違う!やめて!その茶番に俺まで巻き込まないで!」
どうして瀧川がいきなりここを訪れたかは謎のままである。マジで無職になったとしたら洒落になんないんだけど。ていうか、飯くれ、って入って来るのもおかしいでしょ。飯屋なんだから注文しなさいよ。瀧川にまともなメニューを出したこともなければ、まともに払ってもらったこともないけれど。
「チャーハンでいい?」
「この店チャーハンが売りなの?俺いつもチャーハン出されんだけど」
「えー、瀧川くん、チャーハンなんてメニューにないよ」
「高井さん!しっ!黙って!」
「あたしもなんか食べたいな」
「なにがいい?おすすめはジェノベーゼ、最近作れるようになった」
「なあにそれ」
「緑色のパスタだよ」
「ほんとだー!メニューにわざわざ手書きで書き加えてある!見て瀧川くん!」
「このメニュー手書きで書き足してある部分が多すぎてどれだか分かんねえよ」
何故手書きが多いかと言うと、所謂グランドメニューってやつが勿論あって、それは印刷してあるのだけれど、俺やら姉やら妹やらが作れるようになった料理をこまこまと書き足している内に、こんなことになってしまったのである。最近の大ヒットは妹が書き足した「ホットケーキ」だ。無論使うのはホットケーキミックスだし、メニューにそれも記載してある。けど、おっさんからの注文が多い。うちの妹になにを見てるんだ、やめてくれ。本人が客と全く口をきかない上に定期的に妄想の世界へトリップしてしまうから、なんの問題もないけれど。
「んー、でも、どうしよっかな、このミニピザ気になるなあ」
「それは餃子の皮で作るピザだよ」
「へえー!」
「お前ほんと器用な」
「これもおすすめ、肉巻きアスパラ丼」
「おいしそう……どうしよっかな……」
「俺肉巻きアスパラ丼食べたいんだけど」
「瀧川には特別メニューだよ、ほら、馬が蹴飛ばした残骸仕立てのチャーハン」
「わざとぐちゃぐちゃにするんじゃねえよ!食う気なくなるだろ!」
あえてスプーンを突き刺して溢れ零れさせたら怒られた。おしゃべりしてる間に残飯掻き集めてチャーハン作ったただよしくんを褒めなさいよ。しかもちゃっかり食ってるし。
散々悩み抜いて結局高井さんはミニピザを注文した。サービスでスープもつけてあげたらめっちゃ喜んでた。作り甲斐がある。
「瀧川マジでなにしに来たの」
「飯たかりに来た。高井は?」
「酸素と水分の補給」
「へえ、大変だな」
「そうなの。要じゃ駄目なの」
「だから不倫か」
「そうね」
「なんで今そこの話が舞い戻って来たの、ねえ聞いてる、二人とも」
油断も隙もねえ。ピザを返していただきたい。黙って食べて!って叱ったら、二人とも黙々と食べ始めたので、気持ちが悪くてすぐに前言撤回した。じっとこっちを見ながら食べるのめっちゃプレッシャーだから。そんなんだったら適当なこと嘯いてくれてたほうがマシだ。お酒の進みも遅かった高井さんは、女の子らしいといえば女の子らしく、お皿の上が半分ぐらい減ったところで、ふう、と一息ついて満足そうにしていた。はっちゃん曰く、女の子ってがっついて一気食いしないらしい。ちなみに同じく女のうめさんは、確かに女だけど、女の子ではないので、すげえ勢いで飯掻っ込む。我が妹ながら信憑性が微妙だ。
「都築くん、このお店お休みの日あるの」
「あんまりないかな」
「閉まっててもピンポン鳴らせば開けてくれっから大丈夫」
「それはお前と朔太郎がしつこいからだろ!隣近所に迷惑になるレベルで鳴らすから!」
「灯ちゃんも今度連れてこよー」
「ちょっとした同窓会じゃん」
「真希ちゃんも呼ぶかい?」
「高井さんが企画すればちらほら集まるでしょうに」
「んー、仲有が弁財天くんに会いたがってるんだけどね」
「あれはなかなか帰ってこないからなあ」
「レアキャラだよね」
「俺!当也の連絡先知ってるよ!連絡したげよっか!」
「え?あたしも知ってるけど」
「あのクソ眼鏡!くそ!」
「どうしたの都築くん」
「こないだ当也が帰省した時やっと連絡先交換したんだとさ。朔太郎と航介はまだしも、他のやつは知らないだろうからって自慢して回ってたんだよ」
「えー、なんかごめん……」
「高井さんは悪くないでしょ!あの眼鏡め!俺より女の子か!そりゃそうだ!くそ!」
「なんで高井は知ってんの」
「結婚した辺りで要伝いに連絡とってて、途中からめんどくさくなって直で繋がった」
「凄く当たり前の理由で良かったわ」
「今当也にラインすっから!俺にはつい最近まで連絡先教えてくれなかったのに高井さんには教えるんだって!文句言うから!」
「でも当也滅多に連絡返してくれないだろ」
「知ってるよ!……あ!?その言い草、瀧川てめえ!知ってたな!連絡先!」
「いや……あいつが上京するってなった時、大体いつものメンバー内で連絡先が回ったろ……当也は渋々だったけど……」
「知らねえー!たった今知ったわその事実!」

「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「都築くんもあんなテンションぶち上がることあるんだね」
「そりゃあるさ……なんか落ち着くと辛くなってくる……」
「お買い物して帰ろっかな」
「実家でしょ?」
「うん」
そうねー、と頷いた高井さんは、実家までは車で来たこと、実家で寝腐っている仲有が鍵を持ってること、というか運転席は基本的に仲有のものであること、暇だから出かけて来ると母に言い置いて出て来たら帰りに買い物を頼まれたこと、を説明してくれた。なるほどなるほど。仲有が実家で寝てる、のくだりを聞いた瀧川がきょとりと首を傾げた。
「なんだ、仲有も実家にいんの」
「そうらしいよ」
「顔見に行こうぜ」
「んー、いいけど、お買い物するし、ちょっと距離あるよ?」
「そんなん都築が車出すよ」
「なに他人事にしてくれちゃってんの」
「じゃあ都築が車貸してくれるって、俺が運転するから」
「なにややこしいこと言ってんの」
「いいよお、あたし歩いて帰るから。また今度こっち来た時、要も連れてくるよ」
「高井、都築の車いい匂いするよ」
「なにそれ!イヤッホー!乗る乗る!」
「……………」
前々から思っていたけれど、君たちは俺の話を聞く気がないだろ。

「なに買い物するの?」
「いろいろかなー。久しぶりに買い物メモもらっちゃったや」
「都築これ鏡変なとこ向いてんだけど」
「あー!やめろ!いじるな!俺直し方わかんないんだから!」
「お前運転下手だもんな」
「うるさい!」
「都築くん運転下手なの?おそろい」
「……自信はないだけで……下手では……」
ていうか俺の周りが車乗り回す人たちだから仕方なくない?仕事柄1日の半分車中にいてもおかしくない人たち(内訳:航介・瀧川)じゃん。それと比べられたらそりゃあ話にもならなくない?と、すごく言い返したいけど、ハンドルを握っているのが見た目に似合わず運転が安定している瀧川なので、何も言えない。ちなみに朔太郎は普通に出来る。あれはあれで、とても器用なので。ただ運転手が「あの」辻朔太郎だという時点で、もしかしたらもしかして、があることをよく理解しておく必要がある。赤信号でブレーキを踏んだが最後、大爆破の後に炎上したりするかもしれない。彼のそういう変な引きの強さに至っては、わけのわからないもの扱いをした方がいい。
「高井、いい匂いすんべ」
「うん。うっすらフローラル系の匂いがする」
「なにそれ、俺分かんないよ」
「都築は常に花みたいな匂いがすんだよ、イケメン臭いから。そいつの車だからそりゃ匂いも移るよ」
「瀧川くんからは、こう、なんていうか……そうね、自然の匂いがするよね」
「土臭いってはっきり言ってやりなよ、高井さん」
「そんな残酷なことできないよ」
「今すぐにここで事故ってやってもいいんだけどな」
「ごめんね」
「許して」
「いいよー」
軽い。ちょろい。薄っぺらい。瀧川のキャッチコピーにしよう。
近くの大きなスーパーまで瀧川の運転で道を進んでいく途中、そういえばと運転手さんが口を開いた。高井さん半分ぐらい寝てたけど。ちらりと目をやった先は、市役所だった。相変わらず、外から見ると人気がない。
「朔太郎今あそこにいんのかな」
「お役所?働いてるとこもあそこなの?」
「ちげえの」
「着ぐるみ着てどっかでなんかやってんじゃないの」
「そ、あれ?あそこ、あれ、朔太郎くんじゃない?」
「え?」
「……えっ……」
「朔太郎くんだよね、あの、おまわりさんと一緒に警察署から出てきたの」
はっきり言わないであげてほしい。高井さんに悪気はないけれど。でもいやにはきはき言ったぞ、おまわりさんの辺りを。
何故だか異様に楽しそうな朔太郎は、どこからどう見ても警官ですって感じの若い男に連れられて、警察署からたった今出てきたところである。声かけたくねえー。巻き込まれたくなさが半端じゃない。高井さんの再確認を最後に静まり返った、車内の泥のような沈黙からも、それを読み取ってほしい。けど、ここで止まってたら絶対朔太郎はこの車を見つける。見つかったら巻き込まれる。まだお縄にはなりたくない。
「法に差し障りない範囲内で飛ばせ、瀧川」
「合点」
「あー、朔太郎くーん」
「いつでも会えるから!生きてさえいれば!」
「おまわりさんに怒られてる朔太郎くーん」
「もうそれ以上見ないであげて!高井さん!あとあんまり大きい声出さないで!聞こえちゃうから!」
「一応確認するけど仲良しなんだよね?」
「はい」
「そうです」
思わず敬語。怪しさ1000%である。仲良しだよ、ほんとだよ。
瀧川には全力で飛ばしてもらった。警察署も市役所も見えなくなったところで携帯が鳴ったので、朔太郎かと思って心臓が口から飛び出そうになった。違ったけど。
「もしもし!?」
『……もしもし?都合悪かったか』
「都合はいい!タイミングが悪い!」
『はあ』
「だれかな」
「この時間じゃ航介だろ、配達終わって飯たかりに来る時間だし」
「へえー」
『店に誰もいないんだけど』
「自分で飯ぐらいどうにかしろー!」
「怒ってるね」
「怒ってるなあ」
『お前がちょっと前に何でも作ってやるっつったんじゃねえか』
「そ……」
それはそうだ。約束はした。確かにした。航介は嘘をついていない。言葉に詰まった俺に、まあ別にいいけど、ってあっけらかんと航介は言い放った。どこにいるの、って聞いたら、うちの前だって。そこまで来て、まあ別によくはねえだろ。予定の変更苦手なくせに!
「夜ご飯ならどう?なに食べたい?」
『夜は家で飯食うから無理』
「じゃあいいよ!ばーか!」
「猫撫で声の後に切れたな」
「瀧川くんと都築くんってあの二人以外に友達いないの?」
「いるわ!少なくとも俺は!都築は知らん」
「俺だっているよ!瀧川と一緒にしないで!」
「はは」
曖昧に笑って濁された。絶対信じられてない。まあ今の流れを見たらさもありなんといったところである。
スーパーについたら、することが無くなった。高井さんの後ろを二人してついて回るのも気持ち悪いし、仲有が血涙を流しそうだ。けど、買い物メモにはでかでかと「米」と書いてあったので、ここでほっぽって行くのも良心が痛む。結果、高井さんの買い物が終わったら連絡をもらうことにした。荷物持ちくらいはしますんでね。
「……これさあ」
「ん?」
「これはこれで仲有怒りそうじゃねえ?」
「なんで」
「買い物終わったよ~って連絡は普段あいつが受けてるわけじゃん」
「そうだね」
「それを奪ったとなると……こう……」
「言わなければいいんじゃない」
「悪い方の都築忠義が出てるぞ」
「彼のためにも」
「無理やり良い方に寄せて来てるわ」
「高井さんがばらしそうだけどね」
「ついうっかりなあ」
「そういうところあるから」
「……たまちゃんがなんだって……?」
「ヒッ」
「うわ!」
「なんだって……?」
幽霊か何かのように、仲有が湧いてきた。背後から瞳孔かっ開いて話しかけられると普通に怖い。ていうかどうしてここが分かった。マジで召喚しちゃった?嫁の話したから?
「仲有久しぶり、背ぇ伸びた?」
「髪切った?」
「うるさいうるさーい!たまちゃんにちょっかい出すな!俺のだぞ!」
「知ってるよ」
「背ぇ伸びた?」
「俺よりでかい奴に言われたくない!」
「それはそうとして、背」
「瀧川なんか大嫌いだ!」
「うはははは」
瀧川時満が声を上げて楽しそうに笑っている。仲有相手の時に割と高頻度で起こるくせして俺といる時はあんまり見れないやつだ。なにが違うんだ!ただよしくんと仲有で!
「信頼の差かな」
「どっちが大事なの!」
「仲有といる時の方が心安らぐ。お前といると心がささくれ立つ」
「う、お、俺、喜んでいいの」
「都築に勝ったぞ、仲有」
「やったー!」
「うるさいんですけど!男三人で!」
買い物が終わったらしい高井さんが、ぷんすか怒りながら来た。仲有には高井さんが連絡したらしい。というか、もっと細かく時系列を追えば、俺たちがスーパーに着いた辺りで仲有は起床し、愛しの嫁がいないことで悲嘆に暮れて泣き叫び、見兼ねた母が高井さんに連絡を入れ、高井さんは仲有が起きていることを知らず今スーパーにいると答えた結果、居場所を突き止めた仲有は猛スピードで車をかっ飛ばしてここまで来たわけだ。実家まで行く手間が減ったと思えば嬉しいが、仲有が俺たちを見る目があからさまに敵を見るそれなのが辛い。高校生の時の方が仲良くできてた。
「要、はい。持って」
「うん!うぐ、重ぉ……っ」
「よお薬剤師、持ってやろうか」
「えっ瀧川なん、あっ」
「瀧川くんありがとー」
「そんなに重くねえじゃん」
「返して!瀧川!重くなんかない!俺だって持てる!」
「ほれ都築」
「ん。そうね、言うほど重くはない」
「都築くんがうちの冷蔵庫に入る食べ物を持ってる……これは事実上の結婚と呼んでも差し支えないのでは……?」
「たまちゃん!やめてたまちゃん!俺にはそんな顔しないじゃない!やめてよお!」
「また遊びにおいで、高井さん」
「また行くねー」
「仲有さんでしょ!高井さんじゃないでしょ!ねえ!」


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