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おはなし



*さくちゃん・こーちゃん・ただよしくん
いつものことながら、我が家のカウンターでちまちまと酒を舐めていた朔太郎と航介に、赤い箱を叩きつける。瀧川は欠席だ。風邪をひいたらしい。今日いなかったことを人生最大の後悔にさせてやろう。
「ポッキーの日です!」
「……今日って11日だっけ」
「うん」
「ポッキーゲームをします!」
「ぼっき?」
「ぶぶー!朔太郎失格!参加権失効!」
「なにゲームっつった?都築」
「ポッキーゲームだって」
「はあ、聞き間違えちゃった。さくちゃん疲れてんのかな」
「年の瀬ももうすぐそこだから」
「忙しくなってまいりましたー」
「二人だけで話しないで!もう!」
「……男しかいないのにポッキーゲーム?」
「詳しくは、朔太郎は参加権を失ったから俺と航介でポッキーゲーム」
「何が楽しいのそれ」
「ホモごっこしたいんじゃない」
「オネエになったりホモになったり大変だな、都築は」
「無駄話しない!はい!第一ラウンド!ん!」
ポッキーを咥えて顔を差し出せば、うんざり顔の航介がこっちを見た。朔太郎が珍しく閉じそうな目でむにゃむにゃしている。疲れてんのかな、と本人が言っていたのは、あながち間違いでもないのかもしれない。お役所仕事だし。航介の場合は、年の瀬というより年明け、お祝いで使うためにお高めの魚を求める人との大きい取引がこの時期増えるって聞いたことある。疲れてる二人に吹っ掛けるおふざけゲームではない気もするけど、どうしてもやりたいから付き合ってほしい。朔太郎はさくさく食べてる途中でついうっかり足を滑らせて唇同士でごっつんこしてきそうだから嫌。酔いも回ってないのにちゅーしたくない。
「ん!んー!」
「はあ、はいはい」
「ん、……」
「ん?」
「……………」
「……?」
あ、やっぱ無理、無理です、無理。目なんか閉じる必要ないと思って瞼を上げてたのが裏目に出た。呆れたみたいに溜め息をついた航介に肩を引き寄せられて、まず思ったより強い力に目を剥いて、がり、って齧られて唇で挟まれたポッキーがばっちり見えちゃって、動きを止めた俺に不思議そうな目を向けた航介の睫毛の本数が数えられそうな近さに、がっと全身が燃え上がった。駄目だった、俺こいつの身体だけなら好きなんだった。離れようとカウンターについた手に、何を勘違いしたのか航介は、ぎゅっと俺を支えるように手に力を入れ直して、離れるのに失敗した。いっそ殺してくれ。どす、と肩口を殴って逃げれば、筋肉質な硬い体にはあんまり効果を為さなかったけれど、手は離してくれた。
「んー!ん″ー!」
「あいて」
「こっ、この天然タラシ!ただよしくんじゃなかったらどうなっていたことやら!」
「は?」
「朔太郎!この人どうなってるの!」
「バレンタインデーに後輩の男子からチョコが集まった経歴を持つ江野浦航介だよ?都築じゃまだレベルが低すぎるよ」
「くそ!そんなの聞いてない!」
「……や、中三の時に、もうすぐ卒業だからって、お世話になりました的な意味も込めてって言って、貰いはしたけど……」
「高校ん時も貰ってたじゃん」
「あーあ!その中に何人ガチ恋勢が混じっていたのやら!」
「がちこいぜい?」
「ていうか年下男キラー」
「はあ?」
「航介とは金輪際ポッキーゲームしない!」
「じゃあその袋ちょうだいよ」
「はい!」
わあい、と喜んでいる朔太郎の横でぽかんとしている航介にも袋を投げつければ、首を傾げながら受け取られた。危ねえなこいつ!




*ふしみ・おのでら
「ポッキーゲームしよ」
「いいよ」
「いいの?」
「いいよ、別に」
何回か聞き直したけど、良いっつってんじゃんかよ、って伏見が眉を顰め始めたので、ポッキーを咥えて差し出した。だってほんとにしてくれると思わなかったから。
「ん」
「やだ。チョコない側がいい」
「……でも俺咥えちゃった」
「もう一本出してよ」
「はい」
返事が我ながら従順である。さくさくとポッキーを食べきって、もう一本出した。前後交代したらいいじゃん、って思ったけど、俺が口つけたのなんて伏見が口つけるわけないんだから、そりゃそうか。ん、ってもう一回、今度はチョコがかかってない側を咥えたポッキーを突き出したら、伏見が不満そうな顔をした。まだなんかあるの。
「小野寺だけ一本多く食べてる」
「……待ってるから、一本食べなよ」
「さんきゅー」
ぽりぽりポッキーを齧っている伏見を悶々と待って、注文の多いやつめ、と思いもしなくもないけど、でもこれが終わったらポッキーゲームという名の合法ちゅーができるとなれば、気分も良くなる。伏見の機嫌が相当いいか、そういう雰囲気になってないと、下手に顔近づけただけでビンタだからな。
「食べた」
「ん!」
「いちご味がいい。買ってきて」
「さてはお前ポッキーゲームやりたくないんだろ!?そうだろ!」
ぷいっとそっぽを向いた伏見に半泣きで詰め寄れば、そんなことないよ、と震えながら返された。くそ、笑ってやがる、こいつ。いちご味がいいってなんだよ、やりたくないならやっぱりやりたくないって言ってくれた方がマシだよ!
「いいよって勢いで言っただけでほんとはやりたくないんだ!俺のこと弄びたいだけなんだ!伏見の意地悪!いじめっこ!」
「だからそうじゃないって」
「伏見の馬鹿ああ!うわああああ」
「泣くなよ、興奮するだろ」
「性癖が歪んでるよおお」
「ポッキーなんてなくてもちゅーぐらいしてやるから」
「えっまじで」
「でも小野寺すぐ舌入れようとするからラップ越しでもいい?準備するから待って」
「うわああああん」
ラップ越しにしました。





*おべんと・こーちゃん (中学生)
「ポッキーゲームってなに」
「ん?」
「ポッキーゲーム」
女子が言ってた、とおやつのポッキーを齧りながらこっちを見る航介に、えーと、と思う。知らないんだよな、こいつ、そういうこと。俺の方がまだ知識がある気がする。朔太郎がいろんなことを知らないのは、小学校いっぱい外界との交流が薄かったからってことで分かるけど、航介が意外とこういう、ちょっと背伸びした大人の世界のことに対して世間知らずなのは、面白い。好き好んで調べるわけじゃないけど、中学生だし、ちょっとくらいは知ってるし、ある程度は知りたいじゃん。でもこいつ、そういうことしないんだよなあ。こないだも買い物に荷物持ちで連れ出された時、なんか知らんけど栄養ドリンクの棚の前で立ち止まって、これ飲むと元気になるのか、これも?これも?っていろんなとこが元気になるやつをうちの父さんに見せて、それを置きなさい、って静かに怒られてた。
両側から折れないようにポッキーを食べてちゅーするゲームだよ、と教えてやろうかと思ったけど、やめた。なんでお前そんなこと知ってんだよ!って絶対言われる。もう脳内で再生できた。
「……ポッキーを構えろ」
「うん」
「そんで、こう、戦う」
「勝ち負けは?」
「折れたら負け。相手のポッキーを折った方の勝ち」
「ふうん」
「力任せに叩くと自分のが折れるけど、かといって守りに入れるほどポッキーは強度がない」
「難しいゲームだな」
ふむふむ、と頷いていた航介が、やろうぜ!っていうのでやってみた。実際そんなゲームじゃないけど、結構楽しかった。朔太郎にも飛び火したので、みんなでやった。やちよには叱られたけど。
後日、真実を知った航介にはブチ切れられた。





*おべんと・ありま
「クレーンゲームで大袋を三つも落とした」
「……それで?」
「……こんなに食べきれないから一緒に食べてください……」
「かなたちゃんにあげたらいいのに」
「今ダイエット中って怒られた」
いいけど、と片手を出した弁当にポッキーを渡して、まだこんなにあるよ、と足元に置いておいた大袋を見せれば、げえ、って顔された。残念だったな、これで一つだ。あと三つこの大きい袋があるぞ、絶望するだろ。
「伏見と小野寺にも分けたんだけど、それでも全然減んねえの」
「他の人にも配れば」
「うん。目につく友達みんなに配り歩いてる」
「一人でゲーセン行ったの?」
「山内と行った。暇つぶしに」
「半分ずつしたらいいんじゃない」
「あいつ甘いもの食べれないんだって」
「……なんで三つも取ったの……」
「取れちゃったの!」
にしても、弁当ポッキー食べるの早いな。無音なのはいつも通りだけど、他の食べ物に比べて無くなるのが早い。追加で袋を開けてやると、そんなに食べれない、って言われたけど、甘いもの好きじゃん、余裕で食べれるでしょ。
弁当とくっちゃべりながらだらだらポッキーを消費してたら、御園が通りかかった。ぽちぽちと携帯を弄っていたのを止めてこっちに来る彼女に、一袋プレゼントしよう。
「あー、有馬がでっかいポッキー持ってる」
「食う?やるよ」
「ありがとー」
「なんならもっと貰ってくんない?大量すぎて困ってんだよね」
「えー、そんな食べないし。有馬があたしとポッキーゲームしてくれんならいいよ」
「やだよ、お前彼氏いるもん」
「んふふ」
じゃあねー、と一つだけ袋を持って行ってしまった彼女にぴらぴら手を振りながら、黙ってしまった弁当の方を見れば、もすもすポッキーを頰に詰めていた。人見知りしてんの?
「……あんなにあっさり……」
「なにが?」
「……なんでもない……」
「そう?」


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