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おはなし



じゃあ、行って来ます。

十日間の出張だと言った。なんでも、朔太郎が入ってる着ぐるみが、ゆるキャラグランプリみたいなやつに出場したらしく、結構な高順位に食い込んでいるようで、宣伝がてら東京の方のイベントに参加するんだとか。着ぐるみの中の人が変わったところで誰も気づきやしないが、朔太郎の場合、話が変わってくる。まず、ふわふわもこもこの着ぐるみをまとって機敏な動きやスタントめいたアクションを出来るような人間、そうそういない。ある時なんて、遅刻遅刻ー!って何故か着ぐるみを着たまま原チャに乗ってすげえスピードでイベント会場まで乗り付けて、みんなが見てるステージの真横でコケて原チャを吹っ飛ばし、自分はバク宙して砂埃を上げながら着地したこともある。そんなこと普通の人間にできるだろうか。少なくとも俺にはできない。誰かが撮っていたらしいその時の動画が、ネットで一時期爆発的に伸びて、それが今回にも繋がっているらしい。冗談だろ。その上、あの着ぐるみは手と足が丸出しになるタイプのやつなので、余計に別の人間が着るわけにいかないのだ。まあ、手足が全部突き出しているのは、朔太郎が引きちぎってしまった挙句、その補習代金が貧乏なうちの市から出してもらえないだけなのだけれど。
「というわけです」
「……おー、行ってらっしゃい」
「朝一の電車なんだ。駅まで送ってよ」
「はあ?やだよ」
「その後仕事あるお父さんにそんなこと頼めないだろ!」
「頼めよ」
「その点航介はその時間からもう既に働いている。さくちゃんナイス人選」
「仕事中なんですけど」
「でもみわこにも許可とっちゃったし」
「……………」
というわけである。でかいリュックに荷物を全部詰め込んだらしい朔太郎は、スーツの肩をくしゃくしゃにしながら振り向いた。朝焼けで頰を赤くしながら、行ってきます行ってきます、って何回も振り返りながら、改札を抜けて行った。お見送りに一緒に連れてきたさちえが、肩にかけたストールを押さえながら控えめに手を振って、にこにこしている。それを見ているのがばれないように、さちえがこっちを向く前にそっぽを向いた。
「ありがとうね、こーちゃん」
「……うん」
「一週間以上もいないと、寂しくなるわね」
確かに、今までも出張はあったけれど、一週間を越える、って長いかもしれない。朔太郎が乗ってる電車の最後尾を見送りながら、さちえが口を開いた。朔太郎の所属する課は、簡単に言えばこの土地を有名にして、観光客を増やし、地域を活性化させるのがお仕事だ。そのためにも、ゆるキャラグランプリで優勝するんだ!って朔太郎は盛り上がっていたそうだ。優勝して名前が売れれば、当たり前ながら当の本人である着ぐるみの出番も増える。取らぬ狸の皮算用ながらに、そしたら朔太郎は東京の仕事が増えるのではないか、と上司から言われたらしい。ほら、テレビに出たり、最近ゆるキャラって流行ってるんでしょう?と目を伏せた。
「そしたら、十日間の出張なんて、短いものなんでしょうね」
「……そうな」
「さてと、帰って友梨音の朝ご飯用意しなくちゃ。こーちゃんも食べる?」
「ううん。帰る」
「そう?友梨音も喜ぶのに」
「いいよ、送るから乗って」
「うん。ありがとうね」
「あ、それみわこが、さちえに渡せって」
「お土産までもらっちゃって……あら、こーちゃん顔赤くない?お家でゆっくり休んでね」
「……へ?」

「航介さん、おかえりなさい」
「……うす」
「和成さん、航介さん帰ってきましたよ」
「おー、配達そこに積んであるから、行ってらっしゃい」
「行ってきま、」
「航介」
「ぐえっ」
「お前顔どうした」
「苦しっ、元からだよ!いててて!」
「こんな赤く産んでないよ。リンゴみたいになってるじゃない」
「はあ?」
「熱。家に帰りなさい」
「……はあ!?やだよ!」
「病人に働かれる方が嫌だよ。配達代わりに行ってきて」
「ああ、はい」
「千代田さん!いいです!俺行きますから!」
「ええ?」
「うるさい馬鹿息子、家で帳面でもつけてなさい」
「熱なんかねえよ!元気!」
「航介、みわこちゃんの言うこと聞きなさい」
「あ!?」
「父親になんて口聞くんだ、おら」
「ぎゃっ」

殴られて寝かされて家まで運ばれた。体温計で測ったら確かに微熱があって、母親ってすげえなあ、と思いはしたけれど、腑に落ちない。やちよもみわこも口を揃えて、顔が赤い、と言うけれど、俺には普通に見える。体調だって悪くない。風邪の諸症状の気配すら感じない。それでも、微熱があると体温計は主張してくる。家まで帰らされたし、仕方ないから、言われた通りに帳面を纏めるけど、これだって確かに大事な仕事だけど、ほんとだったら配達回りする予定だったのに。車運転出来るのに。子どもみたいな不貞腐れ方をしているのは分かってるし、体調管理だって仕事のうちだとは思うけれど。
伝票をぺらぺら捲りながら、ぼんやり考える。東京の仕事が増えるったって、こんな辺境の田舎の市役所職員が、いきなり上京、もう二度と帰ってきません、とは行かないだろう。テレビ局の取材が来た、と何回か聞いたことはある。朔太郎が嬉しそうに教えてくれた。でもそれだって、一応本放送を見たけど、良くて数分、悪くて数秒しか映らない。そんなもんだ。それなりに心躍らせてた俺は、そんなもんなのか、ってちょっと頭に鉛を落とされた気分だったけれど、よく考えたらそりゃあそうだ。有名人になったわけでもなし。同じ着ぐるみでも、夢と魔法の国のねずみさんなら、一枠丸々使い切ることが出来るんだろうけどな。あいつドラムとかうまいらしいし。
三枚目の伝票を書き写しながら、まだ考える。暇なのだ、一人だし。遡って、当也が上京した時は、我ながらすげー荒れたと思う。何年か前の話だから、今になってようやく他人事みたいに振り返れる。朔太郎に貰った通話しかできない携帯電話は、今だってポケットにお守りみたいに突っ込まれてる。使ったこと、ほとんどないけど。今だから思えるのは、要するに、置いて行かれるのが怖かったのだ、ということ。今だって怖い。それは、変えようのない事実で、例えばもし本当に朔太郎が今から上京してこっちに帰ってこないとかそういう話になったら、自分がどういう風にそれを受け止めるのか、全く想像がつかない。受け止められるのかどうかすら、思い浮かばない。考えないようにしている、と言っても間違いじゃない。それは、現実味のない話だから、有り得ないから、とかじゃなくて、自分の頭と心を守るための防衛本能が働いている結果だ。嫌なことは直視しないように、考えないように、俺の頭が無意識に逃げているだけ。だから、わざわざ見つめ直して、誰かに、特に朔太郎に迷惑をかけるくらいなら、考え直さない方がいい。自分が小さくて汚くて醜くて狡い奴だということを真っ向から突きつけられる選択でも、そっちの方がマシだ。一人でも大丈夫、一人でいいや、なんて、言える気がしない。口が裂けたって無理だ。一人は、嫌だ。
「……はー……」
溜息ついて、伝票十枚目。いつもと比べたら進みが遅いような気もする。考え事しながらだから、しょうがないか。熱とかは関係ない。
高校卒業してすぐに比べて、この場所を、自分の立ち位置を、まあそれなりにいいもんなんじゃないかと、思えるようになった。当也のことを昔の俺は、ずるい、うらやましい、っていう目で見ていたんだろう。今はそうは思わない。毎日変わらない平凡な生活とか。大きな事件とは縁もない平和な日々とか。子どもの時からずっと同じ風景とか。伏見が羨むのはそういうところなんだろうなって思う。そこに居続けられることは、それはそれで特別なことなのだと、羨まれることで分かったのかもしれない。とげとげした目で見ていた世界を、許せるようになった。自分で言うのもなんだが、大人になったのかも。
喉が渇いて、電卓とボールペンから手を離して台所へ行った。冷蔵庫の中を覗いて、麦茶をグラスに注ぎながら、これ二つで一つの対のグラスだったのに片方朔太郎が叩き割ったやつ、とか無駄なことを思い出した。この家は、家族でもない奴の残り香が強すぎるのだ。例えばあの柱の傷は当也がおもちゃの剣を年甲斐もなくぶん回してついたやつだし、ソファーの凹みは朔太郎がダイビングしてできたやつだし、机の透明なシートに染み付いた落書きは宿題をやりに二人が来た時に油性のペンでくだらない悪戯をしてたら裏移りしてできたやつだ。あのゲームのセーブデータは、一つ目が当也ので、二つ目が朔太郎ので、三つ目が俺のだったけど伏見に取られた。四つ目は有馬と小野寺が交代でプレイしてた。今はリビングだからそんなもんだけど、自分の部屋に帰ろうもんなら、朔太郎の忘れ物がごちゃごちゃしてるし、こないだなんか何故か高校の時の当也の教科書が出て来た。いい加減にしてほしい。飲み干したグラスを水で濯いで、静かな家にほんの少し嫌気がさした。テレビでもつけようか。虚しくなるけど。
「なにしてるの?」
「うあっ!?」
「そんなとこで突っ立って」
「……ピンポン押せよ……」
「合鍵借りたもの。こーちゃん寝てるのかと思って、静かに入って来たのに」
「元気だから寝れない」
「分かるー、やっちゃんもそういうタイプ」
「なんだそれ……」
背後に隣の家の母が立っていた。怖えよ。みーちゃんに預かったの、返しといてね、と見覚えのある鍵を渡されて、受け取る。鬼みたいな剣幕で帰れ帰れって言った割に、案外心配されているらしい、と思い至ったのは、しばらくしてからだった。
「熱があるなんて思えないのよね」
「うん、そう」
「こーちゃん体力あるじゃない?だから、動けちゃうのよ。若い頃はそんな感じだったから、分かるわーって思って」
「へえ……」
「お昼ご飯作りに来たの。なんでもいい?」
「なんでもいい」
じゃあ遠慮なく、と下げていた袋からどんどこ食材を出し始めたやちよのおかげで、家の中に音が増えた。伝票に向かう気になれなくて、お昼ご飯作りに来たと言われれば現金にお腹が空いてきたのも事実で、ソファーに埋もれる。改めて、絶対熱ない。
はいお待ちどうさま、と出されたのは肉うどんだった。しかも結構なボリュームで味濃い目のやつ。ほかほかと湯気を立てるそれに箸を伸ばす前に、俺って病人扱いなんじゃないの?と聞けば、だからうどんにしたんじゃない、と胸を張られた。うどんはうどんでも、こんな具材てんこ盛りだったら意味無くないか。まあいいけど。
「こーちゃんみたいな体力馬鹿は、お腹いっぱいになって元気が出れば熱なんて下がるのよ」
「なんだそれ。いただきます」
「どうぞ。だって、やっちゃんもそうだったもん。スタミナ付くもの食べてちょっと寝たら、微熱くらいぶっ飛ばせるもんよ」
「はあ」
「卵かける?」
「……かける」

次の日になった。熱は下がった。お肉の力よ!ってやちよは胸を張っていたけれど、昨晩飲んだ風邪薬の力のような気もする。
昨日行けなかった配達先を回れば、急に千代田さんが来たからあんたになんかあったのかと思って心配した、なんて声を、たくさん掛けられた。ほんとにたくさん、行く先々で。案外認知されているんだなあ、と他人事に思う反面、なんとなくむず痒くなった。自分はここにいてもいいのだと、必要とされているのだと、そう確認できたような気になったのだと思う。
「ただいま」
「おかえり。おつかれさま」
「うん。はい鍵」
「どうも。お茶でも飲む?」
「いい。新しい伝票ちょうだい、昨日の続きに付けるから」
「はい、ありがとうね」
「別に」
鍵と伝票を交換して、俺が事務所、父は外に出て行った。千代田さんが外で待ってたから、なにかこう、教えてやるんだろうな。俺なんかよりもよっぽど息子みたいだ。別に、僻んでるとか羨ましいとかじゃなくて、素直にそう思う。俺は千代田さんみたいにはなれない。親の脛かじってんだか働いてんだか宙ぶらりんな今の生活が格好いいものではないことも、親元からとっくに独り立ちして見知らぬ土地で見知らぬ家族の中に飛び込んで仕事の遣り繰りを学んでいるあの人が報われるべき尊敬に値する人物であることも、分かってはいるけど、ああはなりたくない。特に深い理由はない。
伝票を捲って、昨日の続き。卸した数と種類を書き綴って行くうちに、都築の家の名前が出て来た。取引先だから、まあ順当。季節柄にもよるけど、俺が働き出してからぽつぽつと増える都築家との取引に、父は大喜びだった。あの店の売り上げが好調だからだろうか、いい商売相手だからかな、ってしばらく思ってたけど、最近になって、俺がはじめて繋いだ取引だから、父は自分のことそっちのけで喜んでくれていたらしいと聞いた。俺はそんなつもりはなくて、都築がお魚欲しいって言うから家から持ってってあげたら、無料じゃだめだろうってことになって、お金をもらうようになったのだ。それがいつの間にか、ちゃんとした取引になった。そんなおままごとみたいな一番最初の始まりを、それでも喜んでくれたことは、嬉しかった。認められたと思えた。よくやったと褒められることは、泣き出しそうなくらい暖かかった。
「航介」
「ん」
「おやつ。八幡さんが持って来てくれたよ」
「なに?ありがと」
「りんご」
もうそんな時間か。しゃくしゃくりんごを齧りながら、あのおばちゃんもあんたが昨日来なかったって騒いでたんだから、なんて話を聞きながら苦笑した。熱だって言ったらりんごを切って押しかけて来たらしい。ありがたい話だ。案外、俺の世界は開けていて、周りの人間は俺のことを見ている。伝票を捲りながらぼんやり考えて、行き着いたのは、そこだった。世界が開けていて、周りに見られているのは、俺じゃなくて朔太郎だと思っていたのに。
お皿を片付けて、一旦家に帰ると出て行ったみわこを見送って、ぺらぺらと伝票を捲る。おやつ食べたら、あんまりやる気がしなくなってしまった。飽きたのかも。さっきの発見に頭を戻して、もう一度考える。離れて分かることもあると聞いたことはあるけど、実際問題365日のうち360日ぐらいは一緒にいる換算になるであろう、あのぶっ飛んだ幼馴染は、俺とは比べ物にならないくらいに断然、開放的な世界に住んでいる。色んな意味で。顔が広いとか友達が沢山いるとか、もちろんそういったことも含む。けど、そもそもにして、物事の受け止め方の観点が違うのだ。いつだって笑っているし、いつだって笑っていられるように根を張って過ごしている。暗い顔を見せることは、朔太郎にとってあってはならないことであって、全部顔に出るあまり仏頂面が多くなる俺とは大違い。それは過ごして来た環境の違いとか、背負っている重みの違いとか、そういうことが深く関わっているのだろうけれど。だから、俺とあいつは違うということだけははっきり分かっているつもりでいたから、まさか同じような世界にいるとは思ってもみなかったのだ。もし今朔太郎が隣にいたとしたら、昨日俺が熱を出した時点でせせら嗤いにすっ飛んでくるし、一頻り笑ったら子どものお遊びみたいな看病をされるし、そして俺はそれで満足して、周りの人に掛けられる「心配していた」という言葉に今日ほどの感慨を受けなかったのだろう。あいつがいない一年のうち僅かな期間に、体調を崩してよかった。気づかなくちゃいけないことに、自分で気がつけた。
伝票は、そろそろ纏め終わる。次は何の仕事をしよう、と頬杖をついた。

「早寝しなさい」
「……はい」
午後8時。またもや鬼みたいな顔をした母親に追い立てられて、自室に逃げ込んだ。熱下がったっつってんのに。
携帯でゲームをしていたら、不意にポケットが震えた。電話かあ、と思って、携帯の画面を押してポーズをかけて、ポケットから電話を取り出し、はあ!?電話!?俺今携帯電話持ってるんですけど!手に!
「はい!?」
『はっや。ははは、暇?』
「……は、え……?」
『こっちでかけた方が安いんだよね、俺からだと。そんなすぐ出ると思わなかったけど』
からからと笑った通話先の相手は、朔太郎だった。お守りと化していたこの携帯電話をポケットから引っ張り出して耳に当てたのは、実に数ヶ月ぶりになる。下手したら年単位だ。裏返った声を誤魔化すみたいに、どうかしたのかと問いかければ、いやお前こっちに掛かってきてまず驚いたでしょ、そこにもっと突っ込みなさいよ、と笑い転げられながら言われて、腹が立った。ホテルのベッドの上を転げ回ってひーひー涙を浮かべている朔太郎の姿が、目に浮かぶ。失礼な話だ。
『いやさ、お土産買って帰ろうと思って、今日仕事の帰りに大きい百貨店に行ったの。そしたらもう迷っちゃってさあ』
「……そんだけ?」
『なにがいい?って話。なんの情報もなかったらまた迷うよ、あんな魔窟みたいなとこ』
まあ、納得の理由である。聞きもしないことをぺらぺらと喋る朔太郎の言葉を右から左に聞き流しながら、理由自体に納得は行くけれど、と思う。わざわざそんな小さなことで繋がりを求めるようなタイプじゃないことは、十年来の付き合いがあればいい加減に分かる。顔を合わせて話すならまだしも、顔の見えない電話で、わざわざ。
「それで、どうした」
『え?いや、だから、お煎餅屋さんなのにすげー広いから何かと思って』
「そうじゃなくて」
『……特に話にオチはないけど?』
「別に笑わせて欲しいわけじゃねえよ……」
『んー。強いて言うなら、ホームシック?』
「は?」
『ひとりぼっちってちょっとばかし久し振りだから、さびしい?みたいな?』
「……や、そもそも相部屋なわけないだろ?」
『ウィークリーなんだよね、部屋。だから、簡易一人暮らしみたいなもんなわけ』
「そ……」
そう、だったのか。知らなかった。朔太郎は、物理的にというか、お留守番でというか、否が応でも一人ぼっちにならざるを得ない状況を経験した期間がある程度長い。だから、中学入学以降、俺や当也の家に入り浸りになった。理由は単純、誰かの家にいれば一人ぼっちにならなくて済むからである。意識的か無意識的かは分からないけれど、朔太郎は少なからずそう思って、うちや隣の家に避難していた。家にさちえがいるようになってからはその頻度も少しは減ったが、それでも多い。恐らく、同年代の男友達としては異常なくらいに。その諸事情を全て知っている身からすると、久し振りの一人ぼっち、だからさみしい、なんて言葉に、嫌な重みを感じてしまうのだ。電話くらい、付き合ってやるか。
なにかお変わりありました?なんて聞かれて、思い返す。何にもお変わりはない。熱を出したとか、肉うどんを食べたとか、思ってたより心配されたとか、そんなようなことを下手くそにぽそぽそと連ねる俺に、朔太郎は相槌を打ってくれた。自分は自分で思っていたよりもずっと周りから見てもらえていたということにやっと気がついた、という旨の内容になんとなく話は流れて行って、でも顔が見えないからその分、いつもより少しだけ多く、本心が口に出来た。そうだね、そうかもしれないね、ってゆっくりゆっくり噛み締めて飲み込むみたいに聞いた朔太郎は、可笑しそうにちょっとだけ笑った。
『俺がいない方が、航介にとっては、きっといいんだろうね』
「……そういう意味で話したんじゃないんだけど」
『分かってるよ。でも、航介だってそう思ったでしょ?』
「んー」
『はっきりうんって言っていいのに。俺が目隠ししてたんだよ。邪魔してたんだ。そんな余計なことに、気がつかないように』
「なんで?」
『それは秘密』
「なんでだよ。適当言うなよ、真面目に話してんだぞ」
『こっちだって真面目に話してるよ。正面から顔突き合わせてたらこんな話絶対出来やしないもん』
「……邪魔してたのか?」
『気づかれないように邪魔してたのに、理由言うわけないでしょ。航介のとんちんかん』
「あ?」
『にこにこしてるだけじゃ、出来ないことだってあるんだよ。俺はそれだけで全部なんとかしたいけど、そう上手くは行かないもんなんだ』
「……うん」
『航介ばっかり、そうやって、どんどん大人になる。ずるいなあ』
「そうか」
『置いて行かないでね』
嬉しそうにそう言った朔太郎に、首を傾げた。なにがずるくて、どうして置いて行くなと俺が言われているのか、いまいち分からなかったから。置いて行かないでくれと手に縋っていたのは、俺だったはずなのに。
正解かどうかは分からないけれど、差し出した解答を飲み込んでもらえて、どうやら俺は満足したらしい。朔太郎が帰ってくるまで、残り数日。一人ぼっちの寒い部屋が寂しくてしょうがないと喚く幼馴染は、恐らく毎晩電話をかけてくるだろう。お守りだった携帯電話が、本来の用途で使用される、陽の目を見る日がようやく来たのだ。顔の見えない電話口で話している間は、まだ、いつもより少しだけ、素直になれるかもしれない。顔を合わせたその時にも、同じように言葉に出来るかと言われたら、答えはいいえ一択だ。そんなことはできない。それにはまだ、時間がかかる。俺だけじゃなくて、あっちも。

「あったかくして寝ろよ」
『うん。おやすみなさい』
「おやすみ」




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