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おはなし



「お前って小学生時代あったの?」
「……はい?」
ありましたけれども。航介の訳の分からない質問に首を傾げながら答えると、同じく首を傾げた航介が、口を開いた。
曰く、お前は俺の小学生時代のアルバムを勝手に見てよく笑っているけれど、俺はお前がランドセルを背負っていた時代を知らない。同じく当也も見た事がないと言う。何故なら、お前が引っ越してきたのは中学一年生の時だからである。辻朔太郎、もとい畑瀬朔太郎がランドセルを背負って小学校に通っているのが、写真すら見たことがない俺や当也には想像できない。よって、お前って小学生時代あったの?の問いに繋がるのである。ということらしかった。
「あるよ。そりゃあるよ」
「うるさかったんだろ?どうせ」
「物静かだったよ!失礼だな!」
「どうだかな」
はん、と鼻で笑った航介に、なんでいきなりそんなこと聞くのか訪ねてみれば、葉書が来たのだと言った。小学校を卒業する時に埋めた、タイムカプセル。十年後掘り出そうと約束したそれが、そろそろ開封期日らしい。預かってくれていた担任の先生に会いがてら、タイムカプセルの中身を受け取りついでに、今度小学生の時の友達と久しぶりに顔を合わせるのだと航介は言った。お前もそういうのあっただろ?と聞かれて、思い返す。あったような、なかったような。さくちゃんメモリーの中では、中学入学以降の思い出が殆どを占めていて、小学校にいた時のことをあんまり覚えていないのだ。ぼんやり覚えてるのは、今からは想像もできないくらい大人しい子だったってことと、お友達の家に遊びに行った思い出はないってことと、お勉強だけは出来たってことくらいだ。どんなことがあったとか、どんな子と仲良かったとか、全く覚えてない。真っさらに忘れてしまっている。俺ただでさえ忘れやすいしな。覚えてたら引き摺るから、3回ぐらい寝たら大概のことを忘れるように脳味噌ができてる。
「お前もタイムカプセルとかあったんなら、そろそろそういう手紙来るんじゃねえの?」
「……取りに行かなきゃだめなの?」
「知らない」
白状者め。



航介の言った通り、それから数日後、手紙が来た。昔通っていた小学校の前で、何月何日何時から何時まで、担任の先生が待っています。そんな内容の手紙に、特に心踊らなかったのも事実だ。だって、覚えてないんだもん。
ちょうど休みの日だったし、取りに行かないで後から呼ばれてもやだし、誰かに中身をこっそり見られたらそれはそれで恥ずかしいものがあるし、行くことにした。お散歩がてら、程度の気持ちで原チャリに跨って、道を検索する。よく覚えてないんだよなー、中学からずっとこっちだし。配達業のお陰で頭の中にカーナビが入ってる航介を足に使いたいのは山々だけれど、俺ですら記憶が曖昧な小学校に連れて行かれても、困るだろう。せっかくいつも行かない方に行くから当也に手紙で写真を送ってあげようと思って、友梨音にデジカメも借りた。なんだか一人旅みたいな気分。多分原チャリですぐ着いちゃうけど。
あんまり通らない道を走りながら、ぼんやり小学生の時のことを思い出す。あれからしばらく記憶を掘り起こして、高学年の時のことはなんとなく思い出せてきた。五年生の時、一つ上の学年の卒業式で挨拶をした気がする、とか。六年生の時、ランドセルがついに壊れて口が閉まらなくなり、最後の方は仕方なくリュックで通ってた気がする、とか。そういう印象的だったことは思い出せた。けど、やっぱり友人関係は記憶になくて、俺友達とかいなかったのかもしれない。だって、誰かと遊んだ覚えがないし。さちえを家で待ってるために急いで帰ってた。なんとなく見覚えのある小学校の近くの道に出るまで、頑張って考えたけど、思い出せなかった。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。……畑瀬くん?」
「はい。先生」
「あらー、大きくなったのねえ」
お引越ししたんでしょう、と聞いてくる優しい顔のおばさんが、確か六年生の時の担任の先生だったはず。覚えててくれるもんなんだ、ってちょっと感激した。取りに来たタイムカプセルはすぐに渡されて、俺の手の中に収まった。中に何入れましたっけ、なんて俺の質問に、先生は指折り数えた。十年後の自分へのお手紙とクラス写真は共通で、その時大事にしてたものを入れた子もいたし、友達と二人で一つのものを割って半分ずつ入れてた子もいた、と。十年後開けてみた時に、半分しかない欠片を誰と分け合ったか、果たして覚えているんだろうか、とぼんやり思う。俺だったら、忘れちゃうかもしれないな。
先生が、あそこにさっき取りに来た子たちがまだ残ってるわ、と教えてくれた。門を入って左側、そういえば昔は飼育小屋があったような覚えがある辺り、小さな池を囲むように二人の男が立っていた。誰だっけ、と思いながら首だけ覗かせて見ていると、その中の一人が気がついて声を上げた。やべー、見つかった、とうっかり思っちゃった。
「……畑瀬?」
「……そうだけど」
「うわー、わあ、久しぶり!」
「元気だったか?」
「げんき……」
だ、誰だっけ、マジで一人も見覚えがない、思い出せない、やばい。引き攣る笑顔で、なんとかそっちに近づいていくと、最初に俺の名前を呼んだ男が自分を指差して、覚えてる?と聞いてくれた。嘘をついても特にならないので、正直にぶんぶん首を横に振ると、笑われたけど。
「矢野だよ。四年の時からお前とずっとクラス一緒だった」
「……やの……やの……」
「思い出してくれよ、っつってもお前とあんまり仲良くしてた思い出ないんだけどさ」
「俺、榮!矢野ちゃんの幼馴染!畑瀬とクラス一緒だったかは覚えてねえけど」
「被ってるんじゃないか?五年は確か一緒だったぞ」
「そうだっけ?」
「まあ、二クラスしかなかったから、隣のクラスのやつのことも大体覚えてるもんだけどな」
ごめんなさいね覚えてなくって!
でかい方が矢野、小さい方が榮。小野寺くんとどっこいどっこいくらいでかいので、俺は矢野を見上げる形になる。目線的には榮のほうが話しやすい。
お前引っ越したんだっけ?今どこ住んでんの?に始まり、お互いの近況報告をなんとなく触りだけ。俺からしたらほぼほぼ初対面の人なんだけど、あっちは小学生の俺を覚えているらしいので、やりにくいったらない。人見知りとかはしないタイプだけど、それとこれって話違くない?けど、お役所仕事やってます、の自己紹介で驚かれるのはもう慣れた。
「へえー、畑瀬、勉強できたもんな」
「矢野ちゃんよく覚えてんねー」
「別に、普通だろ」
そうだ、と矢野が背中に背負ってたリュックを弄った。会えなかったら先生に預けようと思ってたけど、会えてよかった、待った甲斐があった、と呟きながら引っ張り出されたのは、くたくたのキーホルダーだった。多分買った直後はかわいいねずみさんだったんだろうな、って感じの。
「はい。畑瀬の、返すわ」
「えっ!?」
「覚えてねえ?俺、お前からこれ盗っちゃったんだよ」
「……覚えてない」
「えー!矢野ちゃんそんなことしたの!」
「違う、別にいじめてたとかそういうんじゃなくて、盗もうとしたわけじゃなくて」
とにかく返す、と渡されたねずみは、なんか、まあ確かに、見覚えのあるような気がした。じいっとねずみを見て思い出そうとしている俺を見て、矢野が気まずそうに、自分が覚えている限りの顛末を話してくれた。
四年生の時。夕暮れ時の帰り道を辿る途中で、矢野は俺を見つけたらしい。一緒に遊ぼうぜ、とか、そこの公園にみんないるから、とか、そんなようなことを彼は俺に投げかけて、遊びに誘った。けれど俺は、行かない、家に帰る、の一点張りで。どうしてか聞いても教えてくれない、いつなら遊べるのか聞いても教えてくれない、むしろ足を止めて話をしようともしないでさっさと立ち去ろうとする俺に、ついに矢野は怒った。もうお前なんか誘ってやんねー、一生一緒に遊ばねえからな、と捨て台詞を吐いた矢野に、鈍感な俺は、それの何が悪いとうっかり聞いてしまったらしい。我ながら火に油を注いでいる。人の気持ちをもうちょっと考えたほうがいい。更に怒った矢野は、力任せに俺を突き飛ばした。その拍子に千切れたねずみさんに気づかず、突然の暴力にびっくりした俺は、走って逃げてしまった。一人残されて冷静になった矢野は、落っこちているねずみさんに気づいて拾って、でもそれを返すこともできず、一生一緒に遊ばないと吐いてしまったばかりに話しかけることすら気まずく、今まで過ごしてきた、と。
「……今更かもしれないけど、悪かったよ。お前が、家で一人でお母さん待ってたって、母親からその後聞いたんだ」
「いや、別に、ほんっとに覚えてないし」
「畑瀬のこと遊びに誘うなって、俺一回みんなに言っちゃったんだ。俺と遊ばないのに他の奴と遊んでたらやだったから、悔しかったから」
「あの……だから覚えてないんですけど……」
「ほんっとにごめん!」
「……ええと……」
覚えてないんですけどー。とはもう言えない状況だった。矢野は頭を下げてるし、榮がうるうる涙ぐんでる。今の話泣きポイントあった?さくちゃん的には全くなかったよ?むしろ覚えてない話でそこまで熱くなられてこっちが謝りたいくらいだよ?
とりあえず、本当に今は全く何も思っていないこと、当時ですら俺は恐らく怒っていなかったこと、だけどキーホルダーを返してくれようと覚えていてくれたのは嬉しいこと、などなどを伝えた。神妙な顔でそれを聞いた矢野は、頷いて、もう一度だけ頭を下げて、顔を上げた。よし、と腕を掴まれて、ひいい、って声が出てしまったのはばれてないといいな。
「今度遊ぼう!」
「……えっ、えっと、えー……」
「連絡先教えてくれ!飲みにでも行こう、お前が都合いい時で構わないから」
「それは全然いいんですけど……」
もはや敬語だった。俺の手の中で、ちょっとぼろぼろになったねずみさんが、生温くなっていく。さちえに見せたら覚えているだろうか。持って帰ったら、見せてみよう。
とりあえず、航介に、友達らしき人が二人いたって、報告しよう。



「航介はさ、小学生の時のことどのくらい覚えてる?」
「……あんまり」
当也が神隠しに遭ったこととかは衝撃的すぎて覚えてるけど、と付け足されて、その話はガチで怖いやつだからやめて、って耳を塞いだ。あいつマジで絶対神様に連れて行かれてた。
「そんなに覚えてねえよ。ましてや低学年の頃のこととか、殆ど全く」
「友達の名前は?」
「あー、それは覚えてる。中学も一緒だったやつ多いしな」
「そっかあ、それだよね、俺中学が違うから、だから覚えてないのかな」
「いや、忘れっぽいからだろ」
「ですよね」
あのぼろぼろのねずみさんは、さちえに見せたら、懐かしいって言われた。親戚の人が一時期マスコット作りにはまって、プレゼントしてくれたらしい。「朔太郎、そのキーホルダーがなくなった時、ねずみさんがいない、ねずみさんどこ行ったの、って家の中すっごく探してたじゃない」って言われたけど、それもさっぱり覚えてなかった。ちなみに矢野に突き飛ばされたことをさちえは知らなかったので、幼い俺なりにそこは隠しておこうと思ったらしい。
タイムカプセルの中に入っていた、十年後の自分へ宛てた手紙は、まだ読めていない。同じくタイムカプセルを最近取りに行った航介はすぐ読んだって言ってたけど、俺はなんとなく、まだ開けないままでいる。まあ、急ぐようなものでもないし、いいか。
「あ、ねえ」
「あ?」
「パーカー貸して。魚くさくないやつ」
「……なんで」
「小学校の時の友達と、明日飲みに行くの。でも俺、私服みんなに不評じゃん?」
「自覚症状あったんだ……」
「俺はかっこいいと思ってるんだけど、多分みんながまだ俺に追いつけてないんだよ」
「スーツで行けよ」
「やだよ!だから、着て行きたいからパーカー貸してっつってんの」
「自分のねえの」
「こないだ裂けた」
「なんで裂け……いいや。ほら、これでいいだろ」
「わーい、ありがと」
「汚すなよ」
「でけえ」
「文句言うな」


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