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おはなし



多分大学一年生とかの時の話



ラウンジでぼけっと伏見を待ってたら、有馬が来た。なんか変な歩き方だ。ちなみに伏見は、俺に待てを言いつけたまま弁当とどっかに行ってしまった。最近すげー弁当と仲良いよな、伏見。取られた気分っていうか、なんていうか。
「なあ、小野寺」
「ん?」
「靴壊れた」
「どこ?」
「見たい?」
「うん」
「じゃーん!」
「……うわ……」
「本気で引くのやめてくんねえかな」
ぱかりと靴の裏が剥がれているのを、足を上げて見せてくれた有馬が、ショックを受けた顔をした。いや、見せたのそっちじゃん。見たがったのこっちだけどさ。俺のスニーカーも大概履き潰して踵が擦り切れかけているけれど、有馬のこの壊れ方はおかしい。足を下ろして、さも元どおりのように靴の裏を引っ付けた有馬が、だってさあ、と口を開いた。
「今朝までは全然壊れてなかったわけ」
「そうだろうね」
「今朝家出て、走ってる途中で、俺ちょっと躓いたわけ」
「うん」
「こうなった」
「……ちょっとよくわかんないけど」
「俺だってわかんないよ。靴に聞いてよ」
「なんで壊れたんですか」
「ほんとに聞くなよ」
これじゃあ歩いて帰るのも大変だよー、と嘆いた有馬に、じゃあどこかで買って、これを捨てて、買った靴を履いて帰れば?と提案すれば、なるほどな!って顔をされた。靴の裏が三分の二も剥がれているんじゃ、そりゃ帰れないだろう。むしろ、買いに行くのですら億劫なくらいだ。俺の靴を貸してあげたいけれど、靴を貸してあげたら俺が外に行けない。いつ帰ってくるか分からない有馬をずっと待ち続けるのも、なんかちょっとやだ。薄情者でごめんなさいね。
じゃあ行こうか、と靴裏が剥がれている方の足をひょこひょこしながら有馬が振り向くので、後ろを向いた。誰かいるのかと思って。きょろきょろしてから前に向き直れば、お前以外いないよ!と怒られた。知ってる。
「行こうよ」
「えー、でも俺、伏見待ってる」
「大丈夫だよ、弁当といるんだから」
「だって」
「待ってるなら靴貸してよ」
「やだよ」
「じゃあ来て」
「えー」
「どうせ暇だろ!」
何も言い返せなかったのでついてきた。はい、暇です。
ぺろぺろしてる靴の裏を振りながら電車の椅子に座っている有馬の前に立って、なんでついてきちゃったんだろー、と思う。一緒にお買い物行くほど仲良しになった記憶はないし、伏見が蹴る殴るの暴行をこっそりやっているところは見たことあるけど、俺多分、有馬と一対一で喋ったのですら、さっきのが三回目くらいだ。人見知りしないのが取り柄だから、緊張とかはないけど、なんで有馬は俺を選んだんだろう?とは思う。暇そうだったからかな。結局まんまとついてきちゃったわけだし。だって、有馬に靴貸してる間に伏見が戻ってきたら「は?お前なんで靴無いの?じゃあ俺先帰るわ」ってなると思うし、かといって有馬についてきて一緒にいる間に伏見があの場所に戻ってきたら「は?小野寺いないじゃん。ラッキー、弁当ともうちょっとどっかで待ってよ」ってなると思う。どっちのがましかって言ったら、待っててもらえる希望がある後者だ。
近所のでかいショッピングモールに行こうってことになってる。あそこなら靴屋さんがいくつか入ってる。そういうことに疎い俺でも、それくらいは知ってる。剥がれた靴の裏をなんとかくっ付けながら歩いている有馬が、はああ、と深く溜息をついた。普通に足を下ろしたんじゃ靴の裏がぐにゃんってなっちゃうから、足を地面につける前に必ず踵から擦るみたいに下ろしているようで、相当疲れている。かわいそうに。
「もう足疲れた」
「あとちょっとだからがんばって」
「靴脱ぎたい」
「がんばって!」
ついた。平日の昼間なので、人は疎らである。もうやだー、とぶーたれている有馬を引っ張って、靴がたくさんある店に行く。えーとかびーとかしーとかのところ。一足ごとにぱこぱこ鳴ってる靴を履いた人が店に来たら、ああ、あの人絶対買うな、ってことがお店の人も分かると思う。メンズのコーナーに行くと、いっぱいスニーカーが並んでいた。これかっこいいね、と振り向いたら、有馬がいなかった。ぱこぱこって音が裏側から聞こえる。分かりやすくていいな。
「有馬ー」
「……これかっこいい」
「え?」
「大人の男」
「こんなの履かないでしょ」
「かっこいい」
「ねえ」
「これにしようかな」
「絶対靴擦れするからやめなって!」
なんか、ローファーみたいなコーナーにいた。スーツの時に履く靴みたいなところ。夢見るみたいな目でかっこいい革靴を見つめている有馬を引っ張ってスニーカーコーナーに戻すと、なんでだよ!って怒られた。あんなの絶対足痛くなる。今日買ったとして、大学に戻るまでに血が出るのが想像できる。
「あれ以上にかっこいい靴見つけらんない」
「これなんてどう?マリオだよ」
「……………」
ちょっと揺れてんじゃねえか。なんか、ドット絵のマリオが靴に印刷されてるステージを走ってる柄の靴を見せると、有馬がもにゃって顔をした。人気!って書いてあるし、いいんじゃない?って思ったんだよね。でも結局、なんかちょっと違う…って言われて、別のを探すことにした。俺だったらこれにするけどな。派手じゃないし。
「青いのにしたら?」
「服も青くて靴も青かったら俺変じゃない?」
「でも青好きじゃん。青、ほら」
「えー……好きだけど……」
「いい青だよ」
「でもこれレディース兼用じゃん」
「でもいい青だよ」
「すっごい青推し!」
青は嫌らしい。こんなに青いの着てるのに。じゃあこれは?こっちは?ってどんどん見せたけど、お気に召さないらしい。安いやつがいいのか、それともある程度値が張ってもいいのか、それすら決まってないから勧めようがない。ていうか自分で選んでよ!買い物下手くそか!
「走りやすくて壊れないのがいい」
「ニューバランスとかにしたら」
「あっ、これ、弁当履いてた」
「だから革靴は見ないで!」
「かっこいい」
「ニューバランス!」
「あいたたたた!首折れる!」
お前力強いんだから気をつけろ!と怒られて、手を離した。じゃあ、とスニーカーのコーナーから離れないように真後ろに立てば、近くて怖いよ!って言われた。どうしたらいいんだ。
未練がましく裏側の有馬曰く「かっこいい靴」のコーナーを覗き見ている有馬に、弁当はあんなような、ちょっとしたフォーマルみたいな格好するじゃん、お前いつもジャージだし、ジャージに革靴なんて見たことないよ、と言い含めれば、拗ねた。ほんとのことだよ。
「じゃあもうここにするよ」
「伏見が帰ってくるまでに俺大学に戻りたいんだけど」
「白だと汚れちゃうからなー」
「ねえ、聞いてる」
「小野寺だったらどれにする?」
「……俺この紺色のやつ欲しい」
「ふうん」
「参考にするの?」
「これにしようかな」
「全く参考にしてないじゃん。なんで聞いたのさ」
「気になったから」
「ピンク好きなの?」
「ううん」
「じゃあなぜ……」
白にピンクのラインが入ってる、ぱっと見レディースみたいなやつを指差した有馬が、でもやっぱりやめよう、と首をひねった。意外と悩むなあ。もっと、これにしよう!これにした!帰ろう!ってなると思ってた。いいけどね。
結局すごい悩んで、黒にグレーの線が入ってるやつにした。高いよー!って言ってたけど、走りやすくて壊れないって条件には合ってると思う。ここで履いていきます、って有馬が靴紐を結んでいる間に、さっきのマリオのやつと、紺色のニューバランスの、値段を確認しておく。もしかしたらいつか買えるかもしれないしさ。俺もスニーカーの踵ふにゃふにゃしてきたし。
「帰ろう」
「ん」
「……ん?」
「うん」
「……いや、帰ろうよ。靴買ったじゃん」
「いや」
「いやじゃなくて」
「うん」
「足動かして!」
「お腹すいた」
「我慢して!」
「伏見にもうラインしといたから。なんか食べて帰るって」
「なんでそういうことするの!もう!馬鹿ジャージ!青!金髪!」
「なんてこと言うんだ!」

ファミレスにした。俺が大学に戻らなきゃならない理由である伏見に先に連絡するとか、そういう、無駄に用意周到なところ、なんなの。席に座ってすぐメニューを開いて、二人で覗き込む。
「小野寺どれにすんの」
「……結構お腹すいた」
「いっぱい食べな」
「えー、じゃあ、あさりのスパゲッティ」
「俺ピザにしよ」
「どれ?」
「くわとろなんとか」
「チーズいっぱいのやつじゃん」
「チーズ好き」
「それだけ?」
「なんか別のも頼もうよ」
「この海老のやつ食べたい」
「半分こしよう」
「あとは?」
「ここはデザートが美味しいんだぞ。弁当が言ってた」
「食べに来たの?」
「うん。弁当デザートしか食べなかったけど」
「どれ」
「このホットケーキの分厚いの食べてたかな」
「じゃあこれも食べよう」
「アイスも食べたい」
「食べればいいじゃん」
結構な量を注文して、二人分?ってくらいの皿を空っぽにした。俺、自分は結構食うほうだと思ってたけど、有馬も大概食べる。うまいうまいってもぐもぐする様が、伏見には無いな、と思ってちょっと新鮮だった。ていうかさっきから伏見を思い出しすぎて、俺友達少ないのかなって不安になってきた。比較対象が一人しかいないのってやばくない?
「はー、お腹いっぱい」
「……有馬さ」
「ん?」
「なんで俺に、靴買いに行こって言ったの?」
「行ってくれそうだったから」
「……暇だから?」
「ううん。弁当は相当駄々こねないと来てくれないし、伏見は鼻で笑って終わりにするし」
「消去法?」
「つーか断られた。他の友達にも声かけたんだぜ?小野寺だけだよ、来てくれたの」
いいやつー、と机に突っ伏されて、なんか、何にも言えなかった。有馬、割と本当に困ってたんだ。ごめんな、内心ぶつくさ言って。
まだ履き慣れないらしい靴の爪先をとんとんしながら立ち上がった有馬と、レジに向かう。これで帰るのかなって思ったら、微妙な気分になった。なんか、仲良くなれそーって、思うんだけど。あと一押し欲しいっていうか、もうちょっとだけ時間が欲しいっていうか。そう思いながら、少しだけ低い旋毛が財布をポケットに突っ込んだのを見下ろしていると、くるりと振り向かれた。振り向きざまに目が合う時、お前顔かっこいいな、と思った。もしかしたらもう少し早く気づいても良かったかもしれない。
「なあ、CD見たい」
「帰んないの」
「付き合ってくんないの」
「……ちょっとだけならいいよ」

「小野寺良かったなー、欲しかったの買えて」
「うん、良かった、初回諦めてたんだ」
「あ、あそこ」
「ん?」
「クレープ食べたい」
「いいよ」

「チョコのが絶対美味かったっつってんだろ!俺お前のも一口食ったから!」
「一口じゃ分かんないんだよ!絶対抹茶のが美味しかった」
「俺のやつにはいちごが入ってた!」
「抹茶のやつだって栗が入ってたんだからな」

「今度カラオケとか行こ」
「とかってなに」
「とか。飯とか」
「ラーメン食いたい」
「焼肉がいいなー」
「いいな、焼肉」



「……………」
「おっ、おかえり」
「……待っててくれたの」
「うん」
「帰っちゃったと思った……」
駄目元でラウンジに戻ったら、伏見がまだ待っててくれた。時刻は午後5時過ぎ。有馬とは、駅で別れた。大学までとぼとぼ戻ったら、もうあんまり人もいない、閑散としている中に、伏見が一人で座っていた。ここを出たのは昼前とかだったから、伏見がまさか待っててくれてたとは思わなくて、なんか泣きそう。
「有馬から連絡来たんだよ。小野寺は帰りたがってたのに俺が捕まえた、って」
「……だから待っててくれたの?」
「いや?弁当の授業に潜入したりしてたらこの時間になった」
「あ、そうなんだ……」
「楽しかった?」
「へっ」
「俺がいなくても、楽しかった?」
「え、うん。……なんで?」
「だって、お前友達いないじゃん」
「うぐ……」
ざっくり刺された。さっきからずっと気にしてたのに。けたけた笑った伏見が、ラウンジの高い椅子からひょいっと降りて、鞄を背負った。
「友達できた?」
「……友達いないわけじゃないし……」
「じゃあ言い直す。大学入って、友達できてないみたいだったけど、友達できた?」
「……………」
「ん?」
「……伏見だって友達いないくせに……」
まあ、なんていうか、俺のその一言が伏見の琴線に触れたらしく、要するに、喧嘩した。喧嘩したし、間を有馬と弁当が取り持ってくれた。今までは喧嘩したら俺が泣いて謝るとかするまでどうにもならなかったから、これはこれでいいなあ、と思った。

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