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おとうさんといっしょ



「和成」
「んー?」
「航介迎えに行ってやって」
「あれ、どこにいるの」
「スーパーに買い物頼んだんだけど、あの子傘持って行かなかったから」
美和子ちゃんに言われて窓の外を見れば、いつの間にかざあざあ降りだった。こんな天気なのに航介はなんだって傘を持って行かなかったんだろう、と思ったけど、気づいたらこんなに降ってたってことは、いきなり降り出したのだろう。航介に非はない。
携帯電話を持たせているわけでもなし、連絡手段はない。もし入れ違いに帰って来ちゃったら教えて、とだけ美和子ちゃんに頼んで、車を出した。今日は午前中しか仕事がなかったけど、この雨の様子を見るとラッキーだったと言えるだろう。恐らくはこの道を使うだろうな、って大通りを、息子を探しながら走る。もし濡れ鼠になりながら歩いていても拾えるように。
「あれ」
スーパーに着いちゃった。まだスーパーを出ていないのかな。とりあえず駐車場に入って、店内を探す。いそうな場所には見当がつく。おつかいを頼まれたのは食べ物だから、食品コーナー。あと、しょっちゅう遊びに行ってるゲームコーナー。もしかしてがあるかもしれないから一応衣料品も見たけど、いなかった。おかしいな。行き違いになっちゃったかな、と不安になったけれど、窓の外はまだ雨だ。あの雨の中を傘をささずに出て行くよりは、止むまでもう少し待とう、と考えると思う。もう一度下を探すかとエスカレーターを降りてる途中、見慣れた頭を見つけた。
「航介」
「ん」
「……どうしたんだ、そのアイス」
「なんでいんの」
「迎えに来たんだけど……」
「さちえが買ってくれた。あー、朔太郎のお母さん」
「朔太郎?」
「えっと」
呼ぶと振り返った航介は、ダブルのアイスを持っていて、そんな贅沢できるようなお金お前持ってたの?と思ったのだけれど、誰かに買ってもらったらしい。朔太郎っていうのは、と目を彷徨わせた航介につられて顔を上げると、スプーンを咥えた航介が指をさした。あれか。こっちに歩いてくる息子と母の二人組に、ぺこりと頭を下げる。
「こんにちは。航介の父です。アイス、ありがとうございます」
「えっ、あっ、こんにちは、畑瀬朔太郎の母です、アイスは、全然、雨宿りしてたらこーちゃんに会ったから」
「航介のおとーさん?」
「うん」
「そっくりー!」
同じくダブルのアイスを持ちながら跳ねているのが、航介の友達だろう。若く見えるけど、女の人はお母さんらしい。航介の友達の手にあるアイスがとても危なっかしくて見ていられないのだけれど、俺だけか。
聞けば、航介がおつかいをし終えた頃に運悪く雨が降り出して、待ちぼうけを食らってしまったらしい。それと時を同じくして、スーパーに来る途中で雨が降り出してしまった航介の友達とそのお母さんも、ここに辿り着いた。玄関口で雨が止むか弱まるのを待っていた航介は、その二人にばったり会って、まだしばらく降りそうだからおやつでも食べよう、なんて友達の言葉にお母さんがアイスを買ってくれた、と。美和子ちゃんは絶対買ってくんないから、いつもは物欲しげな目で見るだけのアイス屋さんだもん、そりゃ航介も嬉しいだろうな。もぐもぐとアイスを頬張っている二人を見ながら、親は親同士で話をする。俺は仕事ばかりだから全く知らなかったけれど、美和子ちゃんと彼女は面識があるらしい。ということは、美和子ちゃんは朔太郎くんのことも知っているということか。彼女は畑瀬幸恵さんといって、越してきたばかりで勝手が分からないところを美和子ちゃんとやっちゃんに助けてもらったらしい。あの二人が見て見ぬ振りとかほっとくとか考えられないから、あの手この手で若い彼女と遊びたがっているのだろうな。主にやっちゃん。この前お家にも少しだけお邪魔させてもらって、みーちゃんにケーキをもらって、お返しに今度伺いますので、とぺこぺこ頭を下げられて、美和子ちゃんをみーちゃんと呼べるとは強者だな、と思った。
「乗っていきます?」
「へっ」
「お買い物済ませたら、送りますよ。雨の中荷物持って帰るの、億劫でしょう」
「いえ、いやそんな、申し訳なくって」
「でも、ほら」
ざああ、と窓の外の雨の勢いは強まった。通り雨にしちゃ長いし勢いがある。これがゲリラ豪雨ってやつだろうか。俺が指した窓を唖然と見た幸恵ちゃんが、肩を落とした。

「かずなり」
「なあに」
「お仕事、忙しいの」
「うーん……朝が早いっていうだけで、今はそんなに忙しくはないよ」
「なんのお仕事?」
「お魚屋さんだよ」
「俺も釣りするよ」
「今度よく釣れるところに連れて行ってあげようか」
「ほんと!?」
「航介は知ってるよな。あの、堤防の奥」
「……よく釣れる?」
「釣れるだろ、でっかいのが」
「こんなんばっかじゃん」
「行きたい!行きたい!連れてって!」
幸恵ちゃんが急いで買い物に行った間、俺たちは待っていることになった。アイスをとっくに食べ終わった二人が暇そうだったので、こんなおじさんと長いことお喋りしててもつまんないだろうと思って、一人五百円ずつあげてゲームセンターに連れて行ってみた。航介が負けず嫌いでやり込み型なのは知ってる。負けず嫌いなとこは美和子ちゃん似で、こつこつ飽きず懲りずにやり込むのは俺似かもしれない。朔太郎くんはどうだろう。あんまりゲームとかやったことなーい!ってさっき言ってたけど。
「太鼓やろう」
「叩くの?」
「叩く」
「たあ!」
「いってえ!俺じゃない!馬鹿!」
「戦うゲームじゃないの」
「太鼓を叩くんだよ!あんぽんたん!」
ぎゃいぎゃい喧嘩しながら、お金を投入口に落とす。うーむ、喧嘩しない友達かと思ったら、とーちゃんと同じで喧嘩するタイプの友達らしい。航介、仲良くしなさい。
「上手に叩けなあい」
「朔太郎くん、もっと真ん中を叩いたらいいんじゃない」
「さくちゃんでいいよ、やちよもみわこもそうやって呼ぶよ」
「さくちゃん」
「かずなり」
仲良くなった。先輩に自慢しよう。航介ととーちゃんの友達と仲良くなったって。



「かずなりー!」
「うわああああ」
「山登りだー!」
「待ってさくちゃん!待って!落としちゃうから!待って!」
後ろから飛び込んできてよじよじ登りだしたさくちゃんを落とさないように必死でバランスをとる。中学生の頃ならまだしも、高校生になって多少身長は伸びたし、後ろからだから尚更。危ないでしょう、と叱っても全く聞いていないのはどうしてだろう。そういえば、最初に会った時にも、アイス落っことすか落っことさないかの瀬戸際でぐらぐらしてたしな。しょっちゅう怪我するし、危なっかしいのが好きなのかもしれない。
「登っちゃだめ」
「拒否します」
「拒否」
「きょーやさん登れないんだもん。かずなり登りやすくて、よい」
「よいですか」
「うん」
「でもね、和成もそろそろ腰が痛いよ」
「年ですね」
「そうなんですよ……」
「でも登りますので」
「なんて子だ」
「体を鍛えましょう」
航介は?と聞けば、当也の家にいるよ、だそうで。お父さんとお母さんが家にいても関係なしに遊びに行くようになったな、あいつめ。ほったからした分、家への愛着がなくなった感は、ある。
「じゃあなんでさくちゃんはうちにいるの」
「かずなりが見えたから来た」
「ありがとうございます」
「どっか行くの?」
「え?」
「車の鍵」
「……目ざとい……」
「どこ行くの」
「……市場だよ。もう誰もいないから、これ弾きに」
これ、と足元に置いていた、ケースに入ったアコースティックギターを見せれば、わはー、と嬉しそうな声を出したさくちゃんが目を輝かせた。うん、見つかった時点でそうなる予感はしてたよ。美和子ちゃんに見つかったらこっそり聞かれるから、恥ずかしくて家で練習したくないんだ。
見つかっちゃったことだし、しょうがないから連れて行ってあげてもいいよ、と車の鍵を開ける。助手席にギターを置けば、さくちゃんが不思議そうな顔でこっちを見た。
「おいこら」
「ん?」
「さくちゃんがそこ。ギターは後ろ」
「だめだよ、来たいならさくちゃんは荷台」
「ドナドナになっちゃうじゃん」
「仕方ないでしょ、席足りないんだから」
言い忘れていたが、車というのは軽トラのことである。座席数は2つ。後ろには空の荷台。運転席には自分が座るとして、さくちゃんは助手席を希望しているようだけれど、助手席には残念ながら先約がいる。アコースティックギターさんである。どういうことだと歯を剥き出されて、どうどうと落ち着けた。だって、荷台に置いたら目が届かないでしょ。専用の固定用具があるわけじゃないんだから、立てて置いたら倒れちゃうし、横に置いたって滑っちゃう。どこかにぶつかりでもして、傷んだら困る。弾く技術やチューニングの方法なら、練習次第でなんとかなるけれど、流石に壊れたギターを直すことはできない。見せる相手もいない寂しい趣味だけど、これでも大事にしているのだ。
「じゃあ、俺がギターを抱えて助手席に乗るっていうのはどう?」
「横のミラーが見えなくなっちゃうからだめだよ」
「かずなりの意地悪!」
「航介にこないだ教えた時だって、あいつは荷台でギターが助手席だったんだから、文句言わないでよ」
「航介にこないだ教えた?」
あっ、これ、もしかして、言っちゃいけないやつだったのでは。真顔になったさくちゃんに、息子に烈火の如く切れられる未来を予想して、冷や汗が滲んだ。航介拗ねると長いんだもの。
結局、市場には一人で行って、一人ぼっちで練習したけれど、家に帰ったら航介が怒る気がして全く身が入らなかった。頼むからさくちゃん黙っててくれよ。とーちゃんにも言わないでくれ。逆に言えばとーちゃんに言わなければ本人に言ってもいい。隣ん家の息子が絡むと航介はとても負けず嫌いの意地っ張りになるので。

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