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おはなし



人間、苦手なものってあると思う。かくいう俺は、首が詰まってる服が苦手である。タートルネックとかハイネックとかいうやつ。だって怖くない?なんでみんな普通に着てるの?首にまとわりついてんの嫌じゃない?
「……ただよしくん着てなかったっけ?」
「一着も持ってない」
「へえー、あれあったかいのに」
「駄目なんだわ……有馬くん平気?」
「うん、平気」
「苦手なものとかないの」
「あるよ。虫が駄目」
「虫?」
「そう、虫、虫全般が無理。ほんと無理」
「カブトムシも?」
「カブトムシも」
でも外転げ回ってたらしいじゃない、朔太郎に聞いたよ。そう告げれば、別に外に出るのは嫌いじゃないし、外に出たからって虫に必ず遭遇するわけじゃないじゃん、と返された。まあそれもそうか。
なんでうちの店に有馬くんがいるのかって、お買い物じゃんけんで一人負けした彼が手書きの地図片手にうろうろしていたところを俺が拾ったからである。ちなみにお買い物はちゃんと済ませていたので、帰り道で迷子になっていたということになる。一回通った道でしょうが。しばらく滞在してたし、もうじき帰るって言ってたから、そろそろ道覚えても良さそうなもんだけれど。よく散歩してるらしいしね。車で送ってあげようか、なんて俺の提案に一も二もなく頷いた有馬くんだけれど、肝心の車があと少ししないと帰ってこないので、ちょっと待っててもらっているのだ。お茶でも飲みなよ、と湯呑みを勧めて、冒頭に戻る。
「なんで虫駄目なの」
「……トラウマっていうか」
「ほう」
「ジョージって友達がいてさ。小学生のときなんだけど」
「えっ、外人?」
「ううん、吉本譲治、日本人」
「なんだ……東京には外人がうようよかと思っちゃったよ……」
「俺それまでは虫そんなに絶対嫌じゃなかったんだけど、ちょっと嫌かもくらいだったんだけど、ジョージは虫好きだったんだよね」
「うん」
「そのジョージが、夏休みかなんか、みんなでキャンプ行った時にさあ、虫を持ってきたの」
「何虫?」
「なんか……よく木にくっついてるみたいな、てかてかしたやつ」
「カナブンとかかな」
「そうかも」
「そのカナブンがどうしたの」
「……その虫を、ジョージが、俺の背中の、上の方にくっつけたんだ」
「うん」
「ここのとこ」
ここ、と後ろ側の襟元を指差した有馬くんが、恐怖を思い出したのか顔を青くしてぶるぶる震えた。なんかその後の想像がつくぞ。
「……そんで……その虫が……」
「背中に入ってきたの」
「そう!それ!服の中に!俺の肌に!」
「そりゃあトラウマだねえ」
「もうその後めっちゃ夢に見たもん……うなされた……」
「それから虫みんな駄目なの?」
「みんな駄目。伏見が俺にハチけしかけてきた時とかほんと死ぬかと思った」
「伏見くんハチ操れんの!?」
「完全に操ってた」
「そんな馬鹿な!」
「あっ、でもさー、俺が虫駄目なこととか他の奴に言わないでね」
「なんで?」
「誰も知らないから」
「そうなの?」
「弁当も知らないから」
「そうなの!?」
「伏見がハチと仲良しだった時も、ハチは駄目だろ!としか言ってないし」
なんだかとても特別なことを知ってしまった気がする。当也も知らないようなことを俺が知ってしまって良かったのだろうか。有馬くんは他に苦手なことあるの?と聞いたら、麺をすすること!と元気に答えられた。それは朔太郎が大笑いしながら言ってたから知ってる。俺も見てみたいから今度来た時ラーメンを出してあげよう。
「他の人の弱みも握りたい」
「ただよしくん悪だね」
「代わりに朔太郎と航介の弱点を教えてあげるから」
「小野寺はねえ」
「乗り気か!悪い子!」
「だって聞きたいし!」
まだ車は帰ってこない。というか、姉が乗って行ったのでどこかに置いたまま仕事放り出して遊びに行っている可能性すらある。まあもし店の車が戻ってこなかったら家の車で送ってあげるからいいんだけど。
「小野寺はー、長いズボンが駄目なんだよ」
「へ?」
「こないだ教えてもらったんだけど。いつも八分丈くらいのズボン履いてんの、好きだからかな?と思ってたら、違うんだって」
「俺の首みたいな感じかな」
「多分そう」
「へえー、不思議だね」
「ただよしくんも不思議だよ……」
「ジーパンとかは捲るの?」
「捲ってる」
「冬寒いね」
「冬は大体ブーツ履いてる」
「それはありなの!?」
「ありらしい」
「わけわからん」
「布が嫌なんだって。靴はちゃんと足にくっついてるから平気らしいよ」
「はああ」
「面白いよな」
「長いズボン履かせたらどうなんのかな」
「怒るんじゃない」
「小野寺くん怒らしたら怖そう」
「滅多に怒らないけどなあ」
「航介は注射が駄目なんだよ」
「あー、よくいるよな、そういう人」
「刺さってるとこ見たくないから目逸らす、とかじゃ抑えられないぐらい嫌らしいよ」
「……よくいるレベル以上じゃん」
「採血検査とか、健康診断であるじゃん?」
「うん」
「こないだあったみたいなんだけど、嫌すぎて熱出て、健康診断出来なかったって」
「……昔になんかあったの?」
「うんにゃ、本人に聞いたんだけど、何にもないって。とにかく嫌なんだって」
「へえー」
「尖端恐怖症ってわけじゃないと思うんだけどね」
「裁縫の針は平気なのかな」
「高校の家庭科の時間は普通にしてたけど」
「まあ、注射はなー、やだよな」
「やだよ。でも、やだなー、ぐらいじゃまだまだなまっちょろいんだね」
「いろいろいるなあ」
「ねー」
有馬くんの湯呑みにお茶を淹れ直してあげて、話を続ける。有馬くんみたいに原因が分かってるのはトラウマだけど、俺とか小野寺くんみたいに原因不明なのは解消のしようがないよね。航介の場合は、もしかしたら覚えてないくらい昔に注射で嫌な思いをしたのが残っちゃってるのかもしれないけど。
「伏見くんって苦手なものあるの?」
「うん。目隠されるの駄目」
「手で?」
「手でもなんでも。真っ暗は平気みたいなんだけど、見えなくされてんのが駄目だって」
「後ろからだーれだってやったらどうなんの」
「ブチ切れる」
なんか伏見くんだけ闇を抱えている気がする。有馬くんは気づいていないみたいだけど、「見えなくされるのが駄目」ってことは、誰かに目を隠されて視界がなくなった結果トラウマになるくらい嫌なことが起こった、ってことだ。理由なく本能的に受け付けられないんじゃない限り、そういうことだ。深く突っ込まないでおこう。有馬くんも特に気にしてないみたいだし。
「朔太郎はねえ」
「えっ、朔太郎にも苦手なこととかあんの?」
「あるよ。あんまりないけど」
「なに?」
「細い足場」
「……ん?」
「安定しない足場が苦手」
「それ誰でも苦手なんじゃ……」
「有馬くんジャングルジムやったことある?」
「うん」
「アスレチックとかにある吊り橋渡ったことある?」
「うん」
「平均台走れる?」
「うん」
「朔太郎、どれも駄目なんだよね」
「へえ!?」
「そもそも近づきたがらない」
「そんなに?」
「ピアノにも近づきたがらない」
「……平均台とか、出来ないわけじゃないんだよな?」
「いやー、やれば出来るでしょ、曲芸みたいな真似得意だし」
「ちっちゃい頃落っこちたとか?」
「聞いたことないけど、有り得るかもね」
「へえー」
「……当也は?」
「ん?」
「当也の苦手分野は?」
「……お化け」
「それは知ってる、有名だし」
「ただよしくん他に知らないの」
「有馬くんこそ知らないの」
「俺はただよしくんが教えてくれるんだと思って」
「俺だって有馬くんが教えてくれるんだと思ってたよ!」
「……えっ、他にないの?」
「わかんない」
「聞いてよ」
「やだー!有馬くんが聞きなよ!」
「やだよ!絶対あのすごい冷たい目で見られんじゃん!」
「俺なんだかんだ言って当也と二人で話したことないんだよ!?」
「じゃあこれを機に話せばいいじゃん!」
「もっと心温まる会話がしたいー!」

結局メールで聞いてみることにした。じゃんけんで負けた俺が。くそ。
有馬くんを家まで送るついでに、「そういえば当也の連絡先知らないやー!」「あっじゃあ教えてあげなよ弁当!この先きっとただよしくんとめっちゃ重要な連絡取るよ!」と不自然極まりない寸劇を繰り広げて、メールアドレスを手に入れた。面白いよね、俺ってば当也の連絡先知らなかったんだよ。今までどうやって連絡取ってたんだろうって考えたけど、多分朔太郎か航介伝いに取ってたんだよ、直連絡したこと無し。いっそ悲しくなってきた。
教えてくれてありがとう(はーと)みたいな当たり障りない内容を送れば、丁寧な返事が返ってきた。文章って人柄出るよね。瀧川とか適当に生きてるから打ち間違いめちゃくちゃ多いもんね。朔太郎なんか顔文字だけで返してくることあるし。
とりあえずどうこう足掻いても無駄な時間を費やすだけなので、「突然だけど当也ってどうしても苦手っていうか、嫌なことってある?お化け以外で」と送ってみた。返事が到着するまでにはしばらく時間がかかって、そわそわしすぎて俺は携帯がポケットから出せなくなった。
「……あり……」
返信には、なんでそんなこと聞くの、と不思議がる内容と、ありの行列が気持ち悪くて苦手、と書いてあった。最近聞いたことある、いっぱいあるものが苦手なことを集合体恐怖症というらしい。ひまわりの真ん中とか。そういう感じだろうか。試しにそう聞いてみれば、割とすぐ返事がきて、いや別にそういうわけじゃ、と書いてあった。ありの行列だけが駄目らしい。
「……わっかんねー……」
一応とりあえず、有馬くんに教えておこっと。



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