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うわさばなし



「伏見みかん食べるの?」
「ううん」
「じゃあなんで積んでんの」
「航介に剥かすの。おいしいから」
「……航介が剥くとおいしいの?」
「うん」
「手からなんか出てんの?」
「馬鹿。小野寺なんか肋骨折れろ」
「なんでえ……」
「航介はみかん剥く前にやわやわ揉んでくれるの。小野寺がやったらみかん潰れるでしょ」
「うん。潰したことある」
「だから待ってんの」
「自分でやったら?」
「は?」
「なんでもないです……」
以上、俺がみかんを食べている間に目の前で繰り広げられた会話である。小野寺はしゅんとしてるし、伏見はみかんを積んでいる。ちなみに航介は弁当に足に使われて、二人で買い出しに行った。
元はと言えば、ついさっきまではみんなで航介のお仕事の話をしていて、貝いいなあ、食べたいなあ、なんて俺が言ったもんだから、用立ててやろうか?って航介が言ってくれた。とっても優しい。そこまでは何の問題もなかった、けど、直後弁当が買い物に行きたがって、航介が車を回すことになって、じゃあ港の方に行って買える魚やら貝やらがないか見てきてやるよ、なんて話にまでなって、だから俺は主に航介に無駄な仕事を増やしてしまった罪悪感に苛まれているのだ。別にそんなに強請ったつもりじゃなかったのに、弁当もすんなり行くって言ってたし。伏見じゃないから、俺は我儘に慣れてないのだ。お兄ちゃんだし、一応。
「いつまでしょぼくれてるの、有馬。ほら、もう一つ食べな」
「……うん……」
「……お前が食わすから食ってんだろ」
「でも有馬みかん好きだから、好きなもの食べてたら元気出るかなって」
小野寺がしょぼくれた俺を気遣ってみかんを渡してくれるのですら申し訳ない。なかなか二人は帰ってこないし、美味しいものが食べられるのは嬉しいけど、航介今日だって朝から仕事で疲れてるはずなのに。
「俺悪い子だ……」
「お前が悪い子だったら俺ってどうなんの」
「もっと悪い子じゃない?」
「おい、良い子だって言えよ」
「あっごめんなさい、ごめ、痛い!ピアス引っ張らないで!」
「人が落ち込んでる時に漫才やるなよ!」
机を叩いて怒ったらみかんタワーが崩れた。鬼が伏見の顔をしている。間違いじゃない。
俺に向かって3コンボ綺麗に決めた伏見が、頬杖をつき直してみかんを再び積み始めるのを横目に、でもだって、って言い訳をする。ありがとー!って喜びたいのは山々だし、さっきだって行ってくれるっていうからすっげー喜んだけれど、それは他人を使ってもいいという免罪符にはならないのだ。小野寺なら分かってくれるだろ。
「じゃあ一緒に行ったら良かったんじゃない」
「そうじゃない……」
「めんどくせえな」
「大丈夫だよ、別に使われたなんて思ってないよ」
「こっちだって使ったとは思ってない!」
「じゃあなんでしょぼくれてんの?もう俺意味分かんないよ」
「俺にだって分かんないよ!」
「普段やらないことしてるから引き際見失ってんだろ、人間何年目だよ」
「うるさーい!航介も弁当も、俺にもっと逆らったらいいのにー!」
「伏見が死んでも言わなそうなこと有馬が言ってる」
「死にたいの?」
「いいえ」
「うう」
「酔っ払ってるの?」
「酒なんか飲んでねえ……」
実際のところ自分でもマジでなんでこんなにもやもやするのか分からない。すんなり言うこと聞かれたのが嫌なのか、二人を体良く使った罪悪感なのか、透けて見える俺への甘やかしに納得がいかないのか、多分全部そうだし、全部違うとも言える。人間って難しい。それとももしかして俺、体調が悪いのかもしれない。は、と思い至った可能性にかけて自分の額を触ったけれど、何も分からなかった。熱くも冷たくもないし、平熱ってこんなもんだろ。
へんなの、と俺が剥いた食べかけのみかんを勝手にぱくつき始めた小野寺と、みかんタワーの再建に成功した伏見が、テレビを見ながらわやわや話していた。どうやら音楽のコーナーみたいで、耳馴染みのない洋楽が流れて、最近若い子に人気とか言ってる。俺若い子だけど知らねえよ。机に向かって突っ伏したまま耳だけ聞いてると、CDシングルランキング、と飛び込んできて、それは知ってる、と顔を上げる。
「お、起きた」
「きみはっなんばーわーん」
「歌い出した」
「元気じゃん」
「元気ない!」
「構ってちゃんかよ」
「さびしい」
「構ってちゃんだったみたい」
「みかん食べな」
「うん……」
「どうすんだよ、明日朝起きて有馬が黄色くなってたら」
「えっ、困るな……病院に連れて行かないと」
「病院嫌い」
「だってよ」
「でも俺、人間を肌色にする方法知らない」
「あーあ、小野寺がみかん食わせまくったせいで有馬が黄色くなる。今までは青かったのに」
「ご、ごめん有馬」
「いいよ……黄色かろうが青かろうが肌色だろうが、俺の気持ちは沈んだままだから……」
「困るよ!黄色い人に隣にいられたら目がちかちかする!」
「ペンキで塗ったらいいんじゃない?」
「そっか!朔太郎頭いい!」
「天才てれびくんって呼んでくれても構わないよ。ふふ」
「……丸眼鏡、いつからいた?」
「あれ!?ほんとだ!びっくりした!」
「『今のがいいよお。俺は好きだなあ』」
「うん、あっ、えっ!?なに、そんなこといつ言った!?」
「ああ、間違えちゃった。それは初登場シーンだった」
「やめて!そういう頭こんがらがることしないで!」
「来たのはさっきだよ。伏見くんが航介になにかを揉んでもらいたがってるところから」
「割と頭からじゃんか……」
「嫌な言い方やめろ」
「喋り出したのは有馬くんの肌をペンキで塗る提案をしたところから」
「それは知ってるんだよなあ!」
小野寺が手一杯になっている。伏見は嫌そうな顔でちょっと引いた。いつの間にか現れて、どこからか召喚したらしいジュースを啜っている朔太郎が、元気ないねえ!有馬くんから元気取ったら顔しか残らないじゃない!ってにこにこしながら言う。顔しか残らないって怖いよ。生首みたいなもんでしょ。
朔太郎がどうしてここにいるのかって、扉叩いても返事がないくせに鍵はいつもの通り開いてたから、きっと忙しいんだと思って勝手に入ったら、当也も航介もいない代わりに三人がいたんだよ、とのことだった。勝手に入っちゃだめだよ。
「有馬くんがまともだとつまんない」
「まともでいいだろ!普段だってまともだ!」
「いやあ、割と驚くほど馬鹿だよ。脳味噌ぐつぐつ茹ってるのかな?って思ったこと何度かあるよ」
「ひどい」
「酷くないだろ。馬鹿に馬鹿って言って何が悪いんだよ」
「伏見は黙ってて!」
「じゃあさくちゃんが、有馬くんに元気を出してもらうために、過去話しちゃおっかな」
「なに?」
「ちょうど当也も航介もいないしね」
にやり、と悪い顔で笑った朔太郎が、口を開いた。


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