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おはなし



「一戦いかがですか!」
「わー、トランプ」
「……揃ってるの?それ」
「へ」
だん、と机の上に叩きつけたのはまごう事なきトランプだ。高校生の時よく三人でやってた、裏っかわが赤くてもにゃもにゃした模様の、ありふれた普通のやつ。伏見くんは小野寺くんの横でクッションを抱えて丸くなったまま起き上がらないので、参加するつもりがないのだろう。小野寺くんはにこにこしながら乗ってきてくれた、けど当也から爆弾が落とされた。え、これ、当也のお父さんの部屋から勝手に持ってきたやつなんだけど、揃ってないとかあんの。そう問いかければ、そりゃあるでしょ、古いやつだし、と当たり前に答えられて、愕然。うとうとしていて、眠たげな目を擦った航介が、あんまり瞼が上がってないまま声を上げた。小野寺くんがけたけた笑う。
「……なにすんの」
「航介寝起きだー」
「……うるせー……」
「七並べでもして揃ってるか確認する?」
「そうしよ」
「航介もやる?」
「やる……」
手早く四人分に分けて、中を見る。勝ち負けにこだわるための七並べじゃないので、運勝負ということで、7とジョーカーを持ってる人は最初に出してもらって手札が自動的に減る式にすることにした。けど、小野寺くんがハートとスペードの7、当也がジョーカー、航介がダイヤの7、俺がクローバーの7をそれぞれ出して、そんなに手札に大差はない。じゃんけんしたら小野寺くんが勝ったので、そこから時計回りにぐるりと順番を回すことにした。小野寺くん、航介、俺、当也だ。
「おとなりのカードを出すんだよね」
「そうそう」
「トランプなんて久しぶりだー」
「……俺らしょっちゅうやってたんだよ……」
「暇だったからねえ」
「ババ抜きとか、もう誰がババ持ってるか顔見ただけで分かって、つまんねえったらありゃしない」
「すごいじゃん」
「ドボンとかやったね」
「やったやった」
「セブンブリッジとか」
「なにそれ?」
「トランプでやる麻雀だよ。簡単に言えば」
「へえー」
「ダウトなら小野寺やったことある?」
「ある!めちゃくちゃ弱い!」
「はははは」
「……すっげー想像つく……」
「そう?」
「俺らでダウトやるとさあ、最終的には嘘つき当ての殴り合いになるんだよ」
「……航介一時期何も信じてくれなかったし」
「お前らが嘘しかつかないから」
「そういうゲームじゃん」
「ゲーム外でも嘘つきっぱなしになったろ!特にお前だよ眼鏡!丸い方!」
「なんのこと?」
「さあ」
「しらばっくれんな!」
「弁当がポーカー強いって、伏見が言ってた」
「……当也はポーカーずるいんだよ……」
「そうなの?」
「だってもともと顔動かないじゃん!いつもこれじゃん!」
「そんなことない」
「しれーっとフルハウス作って当たり前みたいに出してきた次の手札で平然とブタだったりすんだよ」
「でも朔太郎だって馬鹿みたいに引きが良かったじゃん」
「自慢じゃないけどスリーオブアカインドくらいまでなら出せるぜ」
「なにそれ?」
「……小野寺ポーカーやったことないの?」
「ない。ルールが覚えられない」
「今度教えてあげるよ。面白いよ」
「当也に教えさせたら小野寺くんの表情なくなっちゃうじゃないか」
「うるさいな」
とか言ってる内にだいぶ机の上に札が揃ってきた。ハートはあと3枚だし、スペードとクローバーは全部揃った。ダイヤは誰かが5を止めてるせいで進まないけれど、多分当也か航介だ。小野寺くんはそんなことしない。
だらだら口を動かしている間に、結構進むもんだ。小野寺くんが手札と机の上の札とを見比べてにらめっこを始めた時には、下からにゅっと白い手が伸びてきて、一枚手札を抜いて、ぺっと放り投げてきた。伏見くん、起きてるな。面倒くさいから寝たふりをしてるだけみたい。
「有馬風呂遅いな」
「溺れてるのかも」
「身体がものすごく汚いんじゃない?」
「……お湯の出し方が、分からないんじゃねえの」
「えっ」
割とリアルな航介の予想で、当也がお風呂場に見に行った。わやわやと話す声がして、どうやら航介の予想は正しかったようだ。げんなりした顔の当也が帰ってきたから。
「……教えたのに」
「水浴びてたの?」
「ううん、少なくちょろちょろ出しながらなんとかお湯にしようとしてた」
「早く助けを求めれば良かったのに……」
「そういえばこないだね、俺家でお風呂入ってたんだけどね」
「うん」
「歯磨き粉の隣に友梨音がうっかり洗顔フォームを置いて」
「……ああ……」
「……何味だった?」
「刺激的な味だった。すぐ吐いた」
「飲んだら死ぬよ」
「お前内臓系では医者かかったことないんだから、気をつけろよ」
「え?他はあるの?」
「ありまくりだよ。朔太郎骨おかしいから」
「ええ……」
「でも小野寺くんも骨やったことあるでしょ」
「小学生の時にやった。あとは捻挫とか、筋違えちゃったとか」
「小野寺バレーボールやってたんだっけ」
「うん。中学生の時に」
「テーピングとかするんだろ」
「したよー、練習しすぎで炎症起こしたりしてさ」
「へええ、ですってよ、部活動未経験者」
「……………」
「……俺は部活入ってた」
「分かった、言い換える。運動部未経験者」
「そんなん朔太郎もじゃん」
「自分のこと棚に上げんな」
「ねえ、お話中のところごめん」
「はい」
「なんだよ」
「5止めてんの誰?」
「俺持ってない」
「当也」
「違う」
「見せなさい」
「あっ、やめて朔太郎」
「こら!」
「だって」
だってもへったくれもない。当也が5を出してくれないとゲームが進まない。小野寺くんなんてあと一枚なのに。ぺっと奪った当也の手札の中には勿論当たり前のようにダイヤの5が鎮座ましましていて、この負けず嫌いめ、大概にしろ。これは勝ち負け云々じゃなくて、枚数数えの七並べなんだから、別にびりっけつだったっていいでしょ。
「……はい」
「あっがりー!」
「……小野寺くん4だったんだ……」
「出せねえ」
「俺も出せなあい」
「上がり」
「当也こら!」
「あいたっ、いた、だって、ダイヤの3持ってたし、ずっと」
「そんなに負けたくないか!さくちゃんパンチ
!」
「いたた」
当也のことをぼこぼこにしてやった。なんで俺が、って顔でぶすっとしてるけれど、自業自得だ。俺と航介がそれぞれAと2を持っていたので、トランプはジョーカー含めて全枚数が揃っていることが分かった。どっちがAでどっちが2だかはお互いの心の平穏のために追求しないでおく。
髪の毛から水滴がぽたぽたしている有馬くんがお風呂から上がってきて、頬っぺたがぽっぽしている。前から思ってたけど有馬くんってすぐ逆上せるよね、体質だろうか。わしわしとタオルで頭を拭う有馬くんが、なにしてたの?トランプ俺もやりたい!みんなばっかりずるい!と騒ぎ出したので、じゃあみんなでババ抜きでもする?という話になった。伏見くんもやる?と声をかけたら、もそもそ起きた。やるらしい。
「よーく混ぜなきゃね」
「……貸して」
「あの、半分こに分けて、しぱぱーってやるやつ、やって」
「……?」
「あれだよ!手の中でこう、重ねてしぱぱぱってやるやつ!」
「……これ?」
「そー!」
「リフルシャッフルって言うんだよ」
「へえー!」
当也がやってくれて、航介が豆知識を教えたので、有馬くんは満足した。反り癖がついちゃうからあんまりやっちゃだめなんだよ、と俺も豆知識を披露したら、それはあんまり聞いてもらえなかった。あれ?おかしいな。
何度か繰り返して切って、回して全員一度はカードに触ってシャッフルして、出来るだけ公平になるようにした。これは中高生の時、散々三人でやってた間に考えた揉めない方法である。なんでこんな面倒なことするかって、しょっちゅうトランプやってたせいで、無駄にカードテクニックが上がって、当也がイカサマできるようになってしまったのだ。お前はマジシャンにでもなりたいのか!って突っ込んでみんなでやってみたら、案外出来ちゃったわけで。それから、負けず嫌いが揃ったこのメンバーでのトランプは、イカサマ防止のため全員がシャッフルすることが義務付けられている。特に説明しないけど。
「ババ抜き?」
「そう」
「俺めっちゃ顔に出る」
「俺も」
「……………」
「伏見起きて」
「……起きてる」
順番は、航介、小野寺くん、伏見くん、当也、有馬くん、俺だ。配ってったら、有馬くんは最初からかなりペアが出来て、手札を大分減らした。それとは反対に当也はいっこもペアができなかったらしい。誰にババが行ったのかは分からないまま。俺じゃないことしか分からない。当也か航介に行ったら俺は分かる、癖があるから。有馬くんと小野寺くんは、分かりやすいだろうけど、一緒にやったことがないから未知数っちゃ未知数だ。伏見くんは全く読めない。一通り全員手札を確認したところで、航介が小野寺くんの方へ向き直った。
「ん」
「……ん?」
「ん。取れよ」
ぴよ、と一枚だけ飛び出した状態で手札を向けた航介に、小野寺くんがあからさまに動揺している。どれを引くかは小野寺くんの自由だ、要するに航介のあの一枚は罠である。でも、多分当也も気付いてるけど、ジョーカーを持ってるような素振りは、航介には見られない。元からババ持ちの振りをしておくつもりなのかな。迷った小野寺くんが、出っ張った一枚の右隣を引いた。ふむ、と納得したように頷いた航介が手札を引っ込める。小野寺くんの手札を伏見くんが引いて、伏見くんの手札を当也が引いた。順繰りにスムーズに進んでいくので、警戒しなくていいの?と伏見くんが当也に聞けば、持ってるか分かんないのに警戒するだけ神経使って疲れる、と嫌そうな顔をしていた。確かに。
「ど、れ、に、し、よ、お」
「早くして」
「今選んでんだよ!弁当こんなに枚数があるってことはババ持ってるだろうからな!」
「持ってないよ」
「えっ、持ってないの?なーんだ」
疑っていた有馬くんが、当也の口先だけの持ってない宣言で安心した。ちょろすぎだろ。確かに持ってないけどね、背中伸びてないから。当也はババ持ってると心なしか背中がしゃんとするんだ。ちなみに航介は口がとんがる。俺はよく喋るらしい。癖ってあるよね。
二枚山に捨てた有馬くんの手札から、一枚引いて、俺もペアができたので山に捨てて、航介に向ける。口がとんがってない航介が、俺がおしゃべりしないことに安心してすんなり手札を引いた。ここ手の内分かってるから最高につまんないね?
「はい」
「……なんででっぱらすの……」
「気分」
小野寺くんは航介がババを持ってると思ってるみたい。ぎゅって目を瞑って、出っ張ってるところの右隣を引いた。さっきと一緒。癖かな。小野寺くんもペアが出来て、手札が減った。伏見くんがそこから一枚引いて、一番端っこに入れて当也に回した。当也が少し指を迷わせて、真ん中の一枚を引いて、自分の手札に混ぜる。あ、背中伸びた。伏見くんがジョーカー持ってたんだ、全然分かんなかった。
「ど、れ、に」
「……………」
「なんでなんも言わないの」
「止めても無駄だから」
「なあんだ」
一つずつ選ぼうとした有馬くんが、無言の当也に突っ込んだけれど、ジョーカーを持ってるくせにしれっとしているから普通にスルーした。いやいや!その人ジョーカー持ってますよ!背中しゅっとしてますもん!って言おうかと思ったけど伝わらなかった。駄目だ。
有馬くんの特性として「とにかく運がいい」ということが挙げられる。うんうん唸って当也の手札から引いた有馬くんは、ペアを作ってまたもや手札を減らした。ハートの6とダイヤの6だ。当也は不服そう。ほんと負けず嫌いだな、お前。有馬くんの手札から俺が一枚引いて、
「あれ?」
「あれ?」
「なんで俺一枚もないの?」
「有馬くんどっかに落としたんじゃないの」
「……普通に上がりだろ」
「ええ?上がり?こんな早く?」
「六人でやってるから、スタートから手札少なかったんだよ」
「やったー!一番だー!」
イエーイ!と騒ぎ出した有馬くんが一番乗りである。なんか、なんかな……いいんだけどさ、なんかさ……。ジョーカーがどこにあるかを見極めようとしすぎて全く気にしていなかったけれど、どうも結構手札が減ってきてるらしい。当也が一人でめちゃくちゃ残ってるのはなんでだ。ジョーカーを抜きにしても多いな。
「はい、航介。引いて」
「ん」
「人数が多いとなかなかペアが出来ないはずなのになー」
「……だからなんででっぱらすの?」
「気分」
「絶対航介がババ持ってると俺は思う」
「有馬も!?俺も!」
いやいや、今持ってんの当也だから。小野寺くんと有馬くんが予想してるの、航介の意味のない罠に踊らされてるだけだから。
小野寺くんがやたらめったら警戒しながら航介の手札から引いた。ペアはできずに、伏見くんが小野寺くんの手札からぴっと取る。伏見くんが当也に手札を見せるか見せないかのうちに一枚引いたので、こいつめ、と思われていることが伏見くんは分かったらしく、にやにやしていた。悪い子め。
「朔太郎、はい」
「……俺が引くの?」
「そうだよ。ほら、引きな」
当也に手札を向けられて、これは大ピンチだ。だってこの人ジョーカー持ってるし。バレてるだろうなって絶対当也も思ってるし。やべー。どれだか全然分かんねえ。当也は視線でばれちゃうの防止に最早カードを見てすらいない。適当に手の内でもしゃもしゃって混ぜたっきり、ぷいっとそっぽを向いている。ずるいぞ。
「んー……んんん……」
「早く引いてよ」
「よっしゃこれだ!とりゃっ!あ″ー!」
「ふん」
引いたカードはジョーカーでした。くそう、引きが悪いな。黙っとかないと航介にばれる。もうばれてるかもしれないけど。
「朔太郎」
「なに、あっそういえばさー、こないだ矢野ちゃんがさ、矢野ちゃんって言うのは職場の人なんだけど、井草くんと仲良しで」
「もういい、分かった」
「分からないで!待って航介、矢野ちゃんの話を聞いて!」
「聞かない。引かせろ」
「矢野ちゃんちににゃんこが二匹いるのね、そのうち1匹が白くてもちもちだからおもちちゃんって言うんだけどね」
「早く寄越せよ」
「おもちちゃんこないだむぎちゃちゃんと喧嘩しちゃったんだって、むぎちゃちゃんっていうのはもう一匹の猫で茶色いからむぎちゃちゃんなんだけど」
「朔太郎」
「それで待って待って無理やり引っ張らないでお願い!シャッフルさせて!」
「いいから早く引かせろっつってんだよ!」
「きゃあああ!」
「……よし、セーフ」
航介が無理やり俺の手札から一枚引いて、しかもペアを作って捨てた。あまりにもあんまりな扱いにしくしく泣いている間に、小野寺くんが航介から一枚引いて、小野寺くんから伏見くんが一枚引いた。そのまま伏見くんは手札を、ぽい、と山に捨てて。
「上がり」
「えっ、いつの間に」
「いえー、二番」
「イエーイ!」
きゃっきゃしている有馬くんと、無表情の伏見くんが手を打ち鳴らした。淡々としすぎて怖いよ。ここ王者の席な、と言い出した有馬くんがソファーで踏ん反り返って、伏見くんもちゃっかりにたにたしながらソファーの背もたれにしなだれかかっている。なんだこれ。羨ましくなんかないぞ。当也から引いた一枚はペアができたが、ジョーカーが残っているので全く嬉しくない。航介の方に手札を突き出せば、とっくにばればれな感じで溜息をつかれた。くそう。
「……ほら、引きなよ」
「ちゃんとこっち見ろよ」
「いやだ、顔が怖いから」
「違うだろ、ジョーカーがどこにあるかばれるからだろ?」
「ジョーカーなんて持ってないです」
「よく動く口だな」
「航介嫌い……ゴリラ……」
「これにする」
あっ、それジョーカー。と、言えるわけもなく黙っていると、ぺろんと自分の方に札を向けた航介が、口の端をひくりと引き攣らせた。黙ったままの航介は、他の手札よりでっぱらした一枚の右隣に俺から取ったジョーカーを混ぜて、無言で小野寺くんに突き出した。
「……………」
「航介いつもでっぱってる……」
小野寺くんに右隣はやめた方がいいって言った方がいいんだろうか、いやでもフェアじゃないっていうか、俺だって負けたくはないし、今それ言ったら航介がジョーカーもってるのばればれになっちゃうし、でも有馬くんと小野寺くんは航介がジョーカーを持ってると思い込んでるからそれはいいのか。どうしようかなあ。伏見くんも多分小野寺くんの癖には気づいてる。航介の口がとんがってることには気づいていないかもしれないけど。うんうん考えてる間に、ひゃあ!こわい!とか言いながら小野寺くんは一枚引いてしまった。当たり前のように、でっぱってる一枚の右隣だ。絶対それジョーカーだよお。
「んん」
「小野寺ペア出来なかったの」
「できなかった……」
「ふうん。そう」
当也が普通に聞いたけど、それって要するに「小野寺ジョーカー持ってる?」だよね。この手札の枚数でペアが出来ない、しかも回してるメンバーの癖は知ってる、航介の口が今はとんがってない、ってのを考えたら、そうだよね。ずるいのと知能犯の隙間だ。
引かれる側の小野寺くんはぎゅっと目を瞑ってしまったので、ジョーカーがどうなるかは当也の運次第ということになる。運悪いからなあ、当也。
「……………」
「今朔太郎失礼なこと考えてたでしょ」
「……考えてない」
「……………」
すっごい冷たい目で見られた。怖い。だってまさかここにきて当也がペア作って手札減らすなんて思わなかったから。悪いけど当也、うまく行けばもしかしたら勝ちがぎりぎり見えてくるぐらいには残ってるからね、絶対最後まで残るからね、俺のことそんな目で見れないんだからね!
「アイス食べたいな」
「お前が風呂上がりだからじゃないの?」
「違うよ、この部屋が暑いんだよ」
「……いや、だから、有馬が一人で暑いだけだろ」
「なんでそんなことになるんだよ!」
「だからお前が風呂上がりだからだよ、ちゃんと髪拭けよ」
「髪の毛拭くの苦手」
「拭いてあげようか」
「えっ……伏見が親切なんて……明日は大雪かも……」
「うるっせえな」
ソファー組が大層楽しそうで羨ましいことこの上ない。俺も早くそっちに行きたい!と願いを込めて引いたカードはクローバーの7。ペアにならなかった。世界は俺に厳しい。
「はい」
「ん」
「あ!?」
「なんだよ」
「手札減らしてんじゃねーよ馬鹿!航介のおたんちん!すっとこどっこい!」
俺の手札から引いたカードで航介がペアを作りやがったのでじたばたしていると、それを見て笑っていた小野寺くんが山にハートのQとダイヤのQを捨てて、残り一枚になった。あれ。
「……当也が引いて上がりなんじゃない?」
「あれ、ほんとだ。やったー!」
「3番おめでとう」
「おめでとー」
「……………」
「……………」
「小野寺もソファーの上においで」
「やったー、負けちゃうかと思った」
「……………」
「……………」
「……………」
「ソファーの下、地獄だね?」
伏見くんがベリースイート最高かわいい笑顔で頬杖付いてソファーの下の負け残り三人を見下している。つらい。結局このメンバーで残っちゃったらいつもと一緒じゃないか。もうちょっと勝てるように努力しろよ。もう既に今の段階で当也がジョーカーを持っているのが分かっちゃってるんだよ!なにも面白くないよ!撮れ高ゼロです!
誰がジョーカーを持ってるかの読み合いとか皆無だし、もうやる気もクソもないので、当也の手札から適当に一枚引いたらババだった。二度目まして。航介に回したらそのまま持ってってくれたから、ラッキー!って思ったけど、当也が航介の手札から引いた時に伏見くんが半笑いになった。おいおい、って感じ。
「……え、一周回った?」
「ははは」
「もーやだー!やめてよー!」
「航介が朔太郎のジョーカー取るから」
「俺だって取りたくて取ったわけじゃねえよ!お前だって俺のババ取っただろうが!」
「もおお、あっ」
一周回しちゃ元の木阿弥だ。当也の元に戻ってきたらしいジョーカーに警戒しながら一枚引けば、スペードの2だった。俺の手札にはハートの2がある。二枚とも捨てて、残ったのはクローバーの6。たった一枚、しかも次は引かれる番だ。これはもう勝ちではないか。なんて気分がいいんだ。はい、と航介に一枚向ければ、睨まれた。当也の方からもすごい圧を感じるからやめてくれませんかね。
「……さちえに電話する」
「なんでや!」
「うちの窓ガラスを割ったことにしよう」
「せいぜい怒られろ」
「なんなの!?いくつなの!?負けず嫌いも大概にして!」
「はい」
「伏見が手上げてるよ!」
「……なんだよ」
「勝ちたい勝ちたいって欲がすごいから負けるんだよ。有馬なんか見なよ、溶けてるよ」
「あつい」
「眼鏡の人は一抜けとしても、二人で決着つけたいならスピードとかやればいいじゃん。ババ抜きじゃ永遠に終わんなそうだし」
「……………」
「……………」
伏見くんが正論じみたことを珍しく言うので、当也と航介も冷静になったようだった。ソファーから滑り降りてきた伏見くんが、そうだ、名案思いついちゃった、と人差し指を立てる。ベリベリかわいいのである。
「最下位の人は俺の言うことを一つ聞くとかどう?」
「あれー!俺まだ手札残ってたやー!さくちゃんうっかり☆」
「……えっ、待って、違う、そうじゃない」
「当也からスペードの2引くとこからやり直すから早くジョーカー目立つとこに置いて早く」
「はい」
「いやー!ババ引いちゃったなー!一番左の端っこに置こうっと!航介どうぞ!」
「ん」
「わー、ペアが出来たね!当也がそれを引いたら航介は上がりだね!」
「待て、やめろ!そいつ頭おかしいから言うこと聞いて欲しくない!弁当と航介に言ったの!ねえ!」
「やったー、上がりだー」
「くそお!」
「伏見逃げた」
「あつーい……べんとお、アイス……」
「食べる?」
「あるの?」
「買ってこないとない」
「……じゃあもう負けた朔太郎が買ってきたらいいよ……」

アイス買いに行きました。



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