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うみ



弁当と航介って、どんな話するんだろう。陸に上がろうと三人で砂浜の方へ向かっている時、ふと気になったのだ。喧嘩してるとこはよく見るし、会話がないわけでもない。でも、二人だけだとどんな話をするんだろう。浮き輪とボールをそれぞれ片手に引っ掛けて、あついあついと歩く二人を見比べて、一つ頷く。
黙っててみよう。
「……疲れたのかな……」
「お腹空いたんじゃない」
「ああ……」
荷物の置いてあるところまで帰ってきてすぐ、ぐう、とあからさまな寝たふりをして、浮き輪を枕に寝転がった。特に起こされもしない。興味なしかよ。まあいい、さあ、二人だけで何の話をするのか俺に聞かせるんだ。
「……………」
「……………」
「……あ、それ取って」
「ん」
会話下手くそか!馬鹿!基本無言か!?この根暗!
ぽい、とペットボトルを手渡した弁当と、それを受け取った航介に、いらいらっとした。熟年夫婦かよ。もうちょっとなんかあるだろ、内容のある話をしろよ。満足いくまで俺寝てるからな。ふざけんなよ。
「……………」
「……………」
「……………」
「……あ?」
「ん?」
「あれ。小野寺?」
「だから見えないって」
「あそこだよ。ほら、そんなに遠くない」
「……ああ。ん?」
「ん!?」
「……なにやってんの……」
「知らねえけど……」
しばらく続いた無言にいらいらしていると、ぼそ、ぼそ、と会話が出てきた。なお、件の話に出てきた小野寺は、有馬らしき人と頭おかしい眼鏡の人らしき人といるようで、多分眼鏡の人の方を、持ち上げて海に投げ込んでいた。横たわってる俺からでも見える。俺だったら絶対やらねえわ、と声に滲み出た引き気味の語尾で、二人が言葉を途切れさせる。
「はああ、痛い」
「……なにが」
「日焼けした」
「そんな時間経ってねえじゃん」
「お前知ってるだろ、俺すぐ赤くなるの」
「……そうだっけ」
「黒くならない。赤くなって痛いだけ」
「伏見が日焼け止め持ってたぞ」
「今さら塗れってか」
「マシになるんじゃねえの?」
「もういい。諦めてる」
「ふうん」
「……お前、他人事みたいな顔してるけど、似たり寄ったりの真っ白だからね」
「は?」
「北国育ちはみんなこの色なのかって有馬言ってたし……」
「……お前ほど白くねえよ」
「同じだわ」
「ふざけんな」
「てめえの見た目でいやに白い方が気持ち悪いんだよ」
「……………」
「日向に出てもいいけど、熱射病にならないでね」
「ふん」
「それに、航介だって焼けたらまず赤くなるんだから、今晩痛いのは自分だからね」
「うるっせえな!」
日に焼けようと思ったのかじわじわ日向へと出ていった航介が、ひゅんって影に帰ってきた。焼ける通り越して焦げる、無理、だそうで。ごきゅごきゅとペットボトルを傾けて一息で空っぽにした航介が、ビールが飲みたい、と零し始めた。
「買ってくれば」
「めんどくせえじゃん」
「ほんのすこしの運動も面倒がるとは、デブ活激しいな」
「……………」
「んだよ」
「……お前のそれ……ほんとどうにかした方がいい……」
「は?」
「その態度だよ!なんで人を罵る時だけ生き生きすんだよ!」
「唾飛ばさないで、汚物」
「この砂浜の中で一番心が汚いのはお前だからな!?」
「そんなことない。あそこのおじいさんも案外疚しいことを考えているかも」
「考えてねえよ……」
「あそこの小さい男の子も」
「絶対考えてねえよ!」
コントかかなにかかな?だはあ、と疲れたように溜息をついた航介を鼻で笑った弁当が、暇になったのか黙って遠くを見つめ出した。あっ、と声を漏らしたので目を開けて見れば、眼鏡の人がすごい高さまで小野寺に投げ上げられて、水柱を上げて水中に落ちたところだった。痛くねえのかな、朔太郎が痛がるとか有り得ないでしょ、と二人は話し出してそれっきり海の方は見ていないみたいだけど、今小野寺が走ってって眼鏡の人のこと沈めた。えっ?なにあれ?殺人事件?前科持ちはちょっと。
わさわさと弁当が俺の後ろで砂を掻き分けている。指先でやってるからそんなに深くは掘れてないけど、なにしとん、と呆れたような航介の声がした。
「カニとかいないのかな」
「は?」
「カニ」
「……いないんじゃねえか」
「ヤドカリでもいい」
「尚更いねえだろ」
「はあ」
「なんで急にカニ」
「お前の水着に入れたくて」
「思いつきが最早凶悪犯のそれだよな」
「え?僕の顔面は凶悪犯も顔負けです?自主申告?」
「殴らせろ!」
どたどたごろごろ、背後で喧嘩が始まった。砂が飛んでくる。航介相手だと弁当の言葉遣いがすげー荒いんだよな、新鮮なことに。ころころと転がってきた空っぽのペットボトルを砂に立てて、寝返りがてら体勢を変えると、ぜえはあしながら二人が戻ってきた。全身砂まみれである。
「ほら。まだ寝てんだから煩くすんなよ」
「誰のせいで……」
「鼻ん中に砂詰めてやろうか」
「そんなだからお前わざわざ東京出てきても女にモテやしないんだろうな」
「顔面凶器に言われたくねえしここが裁判所ならお前は流刑だ」
「いつの時代だよクソメガネ」
「ビール飲みたい」
「買ってこいさ」
「お前行けよ」
「てめえで行け」
「先に飲みたがったのお前だろ」
「じゃんけんしたらいいでしょうが!」
「うわ」
「びっ、くりした……」
「じゃんけん!したら!いいんじゃないでしょうか!?」
振り向いて噛みつくようにそう言えば、大人しくじゃんけんしていた。パーとグーで、負けたのは航介だった。いってらっしゃい、と見送るついでに、焼きそばを頼んだ。お腹空いちゃったんだよね。
「酷い目にあった……」
「おかえり」
「航介どこ行ったの?」
「買い物」
「俺も付いてく!お腹空いた!」
航介とほぼ入れ替わりに帰ってきた大雑把に馬鹿組が、びしゃびしゃのまま座り込むので、水を飛ばされたらたまらんと寝転がるのはやめにした。そしたら代わりに有馬が浮き輪を枕に転がったので、腹に砂をかける。小野寺は財布だけ持って航介を追いかけてった。
「くすぐってえよ、やめろよお」
「砂でねこ描いてんの、動かないで」
「……ねこ……?」

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